紙の本
謎が謎を呼ぶ
2023/11/28 15:42
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
山口県の過疎の集落で起きた放火殺人事件。捕まえられた容疑者は、元々その集落の出身であるものの、若い頃は都会で働き、中年に至って帰郷してきた。地元に馴染めず、孤立していた。
事件の背景は?
著者は地元に足を運び、集落で暮らす人たちに取材を試みる。狭い集落の中で飛び交う噂話は本当なのか、思い込みから作り上げられたデマなのか。
曖昧糢糊とした不気味さが事件を形づくっていったのだろうかと印象を抱く。
紙の本
階段から転がり落ちるように…
2021/12/29 12:26
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たにぐち - この投稿者のレビュー一覧を見る
山口連続殺人事件の取材を重ねたノンフィクション。自分が殺害したのではないと主張する犯人の手紙が掲載されており、字体から何から独特でぞっとした。
紙の本
閉鎖的な集落で一体何が起きていたのか。
2021/12/14 20:48
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:タラ子 - この投稿者のレビュー一覧を見る
山口県の集落で一夜にして5人の村人が同じ集落に住む村人に殺された事件について、著者が丁寧な取材を重ねて真相に迫るノンフィクション。
事件が起きた集落は娯楽もなく、限られた住人しかいないため、噂話がはびこっており、動物が死ぬなどの不可解な事件ももともと起きていた。村八分という言葉があるように、閉鎖的な空間では都会よりも人間関係でこじれると生きていくことが難しいということがよくわかったし、誰か敵を作ることで団結を深めるということはどこにでも起きている人間の悲しい性質だなと思った。
またこの本で、何をもって心身喪失、心身耗弱とするか明確な定めがないことから、刑法39条に該当する刑事裁判において、人が人を裁くことの難しさをよく理解できたし、さらにたとえ死刑判決が出たとしても、今回の事件のように妄想障害で自分の罪を冤罪と信じて死刑になる死刑囚もいるのだと思うと判然としない気持ちになった。
著者も感じたように、村人の様子や発言にどこか違和感を覚える展開で、実話なだけに読めば読み進めるほど薄ら寒い恐怖を感じた。
紙の本
「 浜の真砂は尽きるとも・・・・」
2019/10/10 04:35
2人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オカメ八目 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「浜の真砂は尽きるとも」ではないが、死刑囚の身が尽きたとしても、やはり、「世にウワサ話のタネは尽きまじ(世にウワサのタネは無くならない)」と言う感を、しみじみ、ヒシヒシと、すごく重たく感じてしまう一冊。 だから、この「重たさ」に十分耐えられる状態で読まないと、脳がウニになるし、酷く疲れてしまう。ーーーーーーまっ、我らは、皆、ウワサの海ーーーそれも、今やネットと暮らしてるから「ウワサの大海」の中に棲む「魚や生物」だとも感じる。 しかし、よくも、ここまで肉薄したなぁ〜と言う感じだ。
紙の本
やや掘り下げ不足の感
2021/02/28 10:25
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:弥生丸 - この投稿者のレビュー一覧を見る
2013年7月山口県周南市の限界集落で発生した5人殺害放火事件の取材録。比較的記憶に新しく、8年も経つとは思えない。加害者は死刑が確定し、2021年現在も服役中。
取材の苦労は窺えるが、加害者の心の闇に迫りきれていないのが残念。肉親が取材に応じず、死刑囚との文通・面会は厳しく制限されているためもあるだろうが。書籍化は早すぎたのではないかと思う。もっと調査と取材を重ね、事件を深く掘り下げてから出版したほうがよかったかもしれない。
「古老の巻」は読み応えのある章。だが、複数の人の話を一人称にまとめたというあとがきを見て少し落胆した。こうした取材録はあくまで事実に即するべきで、実際と異なる一人称として改変するのはやり過ぎと思ったからだ。
加害者が凶行に至るまでは、生い立ちから集落のいびつな人間関係まで複合的な要因があるだろう。この事件には更なる解析が必要だと思う。
投稿元:
レビューを見る
「高橋ユキ/つけびの村」読了。
「鈴木智彦/サカナとヤクザ」を読んだ時にも感じたことだけど、どんな事実を見ようとしているかだけじゃなく、文章や構成にもドキドキする。
「つけびの村」はタイトルも秀逸だけど、装丁やフォント選びにも惹かれた。文庫やkindleじゃ伝わらないかも。
良い本読んだ
投稿元:
レビューを見る
たぶんこの取材の核だったことについて、蓋を開けてみたら期待とは違ったものだった。そこからこの作品は着地点を失った気がする。あとがきで述べられてたことーノンフィクションの新たな試みであるという趣旨ーも、理解できなくはないけど、それならそれを前面に押し出して売るべき?と思った。私はちょっと消化不良でした。
投稿元:
レビューを見る
「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」。2013年に集落人口12名の山口県の農村で5名の村人が殺害された放火殺人事件。
冒頭の川柳は、犯人の自宅の窓に貼られたものであり、事件当時、大変話題になった。次第に事件の全容が明らかになるにつれて、この川柳は、村人たちから”村八分”にあった犯人が、殺害を示唆するものと世間では喧伝されるようになり、私自身もそう思い込んでいた。しかし、その実態は異なっていた。
本書は、裁判の傍聴記等を得意とする一人の女性ライターがnoteに連載していたルポルタージュの書籍版である。noteの連載は一時期、SNS上でかなりバズっており、その内容に追加取材を行って、本書はまとめあげられている。
著者は事件の舞台となった農村に何度も足を運び、遺族や関係者らへの徹底した取材を行う。その中で浮かびあがってきたのは、「噂が噂を呼ぶ閉鎖的なコミュニティ」の姿である。誰もが誰かを噂する、そしてその噂の内容は当然、誰かを悪しざまに言うものになる。
罪なき5名を殺害した犯人に情状酌量の余地はない。それでも本書を読むと、犯人が逮捕直前に、自らが唯一心を寄せることができていた2匹の愛犬に残したメッセージに悲しさを覚えてしまうのも事実である。
投稿元:
レビューを見る
犯人が妄想症で実際嫌がらせがあったのか
無かったのか、犯行の真実は藪の中。
確かに限界集落で、楽しみが無く噂話しや
村のしきたりや言い伝えなど多岐にわたって
取材しているが、村人の噂話が犯人を孤独と妄想障害を悪化させたのかハッキリしないままモヤモヤ
して取材は犯人の具体的な動機に結び付かず
思わせぶりに話が進んでいくかんじがする。
具体的な何かが無く突っ込んだ所かない
ドキュメンタリーで、作者の軸がブレているのが
そのまま本になっている。
投稿元:
レビューを見る
書籍化が決まって舞い上がったのか、
やけくそになったのか、
後半で失速したのが残念。
「チームつけび」はどうなのか
(^◇^;)
投稿元:
レビューを見る
文章が好き
作品全体の雰囲気が好き
内容結末に納得がいった ◯
また読みたい
その他 ◯
凄惨な事件でした。
不気味な張り紙の存在が、テレビの画面に映し出されるたびに、興味をそそられました。
しかし犯人にあのような行動を起こさせたのはなんだったのか、一番知りたかったことはわからず、テレビのコメンテーターは(しかたありませんが)憶測を述べるばかり。
そして事実はうやむやのまま、テレビで報道されることはなくなりました。
それからどれくらいたったのか、本書を手に取りました。
なるほど、そういうことか。
と納得。
噂が人を殺すって、ありうると思うもの。
あんな閉鎖的なコミュニティーならばなおさら。
後半部分の独白に読み応えあり。
投稿元:
レビューを見る
つけびの村
噂が5人をころしたのか?
高橋ユキ
田舎はろくな娯楽もないところでいじめられている。実のところ謎に満ちたこの事件のすべては、開巻すぐに紹介される犯人のメモ書きに集約されている。
タイムライン
https://booklog.jp/timeline/users/collabo39698
投稿元:
レビューを見る
山口県の山村で実際に起きた事件の取材を通して、限界集落の現実やうわさ話が個人に与える影響、精神疾患と刑法の問題点などを提示する作品。作者が村人や犯人などに行ったインタビューを読んでいるとまさに自分が当事者のように感じる構成に脱帽。
投稿元:
レビューを見る
紀伊國屋書店のメルマガで紹介されていたので購入。元は『note』に掲載されていたもので、SNS辺りでもバズっていたらしいのだが、その辺りのことは全然知らなかった。
取り上げられている事件はうっすらと記憶にある。『八つ墓村』になぞられた報道がされていたことも、何となくではあるが、覚えている。ただ、当時、そこまでWeb上で騒がれていたようなイメージは、あまり無かったので面白かった。噂という不確かなものに右往左往しているように見えるが、これって現実でやっているか、SNSでやっているかの違いぐらいしかないよなぁ。
ところで、内容とは無関係だが、紙の本になった時、日付などの数字が漢数字でないのは物凄く違和感がある。雑誌ならいいんだが、元がWeb連載とはいえ、単行本では漢数字にして欲しい。InDesignのスクリプト使えば一発で直せるじゃんよ……。
投稿元:
レビューを見る
本の中にも書いてあるが、読んでも特に何か気づきやら何やらを得られるわけではない、ちょっと変わったノンフィクション。あるがままを、是非を問うことなく(この言い方は正確ではないが)、描いている。そのあるがままから、何をどう感じるのかは、読者次第。その視点において、読者は傍観者ではなく、まさに当事者になるのだ。