「学力を付ける」ということの本質を知れました。
2024/10/20 13:48
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投稿者:広島の中日ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
学校で学ぶことで生徒はどう学力を付けるのか、そもそも「学力を付ける」とは何なのか、という命題を追った1冊です。
当書では今現在行われている学校での授業が、生徒が「学力を付ける」本質といかに乖離しているか、容赦無く指摘しています。さらに、著者らが開発した新たな「学力テスト」を生徒たちに受けさせ、どういった誤答が出たのか、実際の答案をそのまま掲載し、誤答に至った経緯を検証することにかなりの紙幅が充てられています。
そして、誰もが楽しんで学べる授業の確立まで話は進み、実際の授業の様子が生き生きと著されています。なるほど、こうした授業なら全ての生徒が「学力を付ける」本質を得られるな、とその内容に納得できました。大変奥深い内容の書籍です。
『学力喪失 認知科学による回復への道筋』
2025/03/31 19:12
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投稿者:百書繚乱 - この投稿者のレビュー一覧を見る
算数の基本的なことばである「ひとしい」や「ひかくする」の意味がわからない子どもたち
・問題文の中の大事なことばや概念を知らないから誤読してしまう
・問題文にとらわれすぎて行間を埋めることができない
どの教科の学びにも共通する基盤能力につまずいたまま中学生になってしまったら……
子どもたちが本来的にもってる「学ぶ力」を十全に発揮することができないのはなぜか
その原因と回復への道筋を認知科学の視点から解き明かす
《「記号接地」がひらく学びの未来》──帯のコピー
「新書大賞2025」(中央公論新社主催)第8位の話題作、2024年9月刊
著者は慶應大学教授、専攻は認知科学・言語心理学・発達心理学
子どもの母語の言語習得を第一の研究分野とする研究者
『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店/2022年)で小学生用「たつじんテスト」を開発したメンバーの一人
本書では中学生用「たつじんテスト」の調査結果も含め、子どもたちが喪失した学びへの意欲を回復させるために大人ができることを理論的な裏付けとともに提案する
「たつじんテスト」と「プレイフル・ラーニング」、取り入れてみたい
子どもの教育にかかわる人なら『英語独習法』(岩波新書/2020年)、『言語の本質』(共著・中公新書/2023年)もおすすめ、というか必読
ちなみに『言語の本質』は「新書大賞2024」大賞受賞作
※p.216〈各段に難しくなる〉⇒〈格段に難しくなる〉
子どもの時、なぜ勉強が進まなかった一端がわかる気がする
2025/02/24 21:51
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投稿者:雑多な本読み - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書の「学力喪失」という題が良く解らなかった。なぜ学校に通いだすと知の世界を探索しなくなる人が多く、知識の断片を覚える(死んだ知識という)ことに終始し、学ぶ力を喪失するのではと投げかける。ここでやっと成程となった。著者は認知科学、言語心理学、発達心理学を専攻し、ことばの発達から学校での勉強の仕方まで、幅広く書籍を出している。本書の目次を見ると、
はじめに
第1部 算数ができない、読解ができないという現状から
第1章 小学生と中学生は算数文章題をどう解いているか
第2章 大人たちの誤った認識
第3章 学びのつまずきの原因を診断するためのテスト
第2部 学力困難の原因を解明する
第4章 数につまずく
第5章 読解につまずく
第6章 思考につまずく
第3部 学ぶ力と意欲の回復への道筋
第7章 学校で育てなければならない力 ―記号接地と学ぶ意欲
第8章 記号接地を助けるプレイフル・ラーニング
終 章 生成AIの時代の子どもの学びと教育
参考文献 図版出典一覧 あとがき となっている。
以上のように展開されている。おそらく、今までの教育(方法)は誤っていたのではと思ってしまう。大学の教職課程で学んでいたり、先輩教員に教えられてやっている。あるいは学習指導要領や教科書を消化しないとということで、児童・生徒を教えればいいということでやってきたあるいは受けてきたのは何だろうかと思う。とくに、答えを教えず、自らあるいはグループで考えさせ、答えにたどり着くことで、探求心を伸ばし、自ら答えをだしていく。大人になれば、答えのないことが多いのが普通だろう。優等生ほど挫折するというのもよく解るように思う。また、スキーマやアブダクション等のことばが出てくるが、これを理解するにも大変だろう。しかし、自分自身が子どものとき九九を覚えるのに苦労したこと等を考えるとしっくりくるところがある。これまでの常識を覆すにはちょうどいい本である。ただ、これを実践するには大変な気がする。とにかく、一読されたい。
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投稿者:キェルケゴ - この投稿者のレビュー一覧を見る
図書館で借りて読んだ本。
以前の子どもにはあった学力が喪失したという話ではなく、もともと学び考えることが嫌いな子が学力そのものを身につけられていないという話。独自の学力テストなどを例に考察されているが、そもそも勉強できるようになるには、やる気とか習慣とか目標といった内面のエネルギーの方が重要だと思う。
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<目次>
第1部 算数ができない、読解ができないという現状から
第1章 小学生と中学生が算数文章題をどう解いているか
第2章 大人たちの誤った認識
第3章 学びの躓きの原因を診断するためテスト
第2部 学力困難の原因を解明する
第4章 数につまずく
第5章 読解につまずく
第6章 思考につまずく
第3部 学ぶ力と意欲の回復への道筋
第7章 学校で育てなければならない力~記号接地と学ぶ意欲
第8章 記号接地を助けるプレイフル・ラーニング
第9章 生成AIの時代の子どもの学びと教育
<内容>
恐ろしい時代になったな、というのが最初の感想。そして高校へも確実にこうした生徒が入ってきてるな、と言う実感。対処法も載っているが、まずは我々大人が、殊に教員が、この事実を知り、どのように考えていかねばならないか、どのような教育をしなければならないか、真剣に考えねばならないだろう。
第1部が状況の紹介。最後にある「たつじんテスト」は、けっこう難しい。第2部の分析は、ちょっと難しいが、実感としてはわかる。第3部は生成AIの話で、ここは年寄りの私には違和感があったが、そういう時代になっていくのだろう。そこに書いてあった「子どもが自分の頭で考えずに、すぐに答えを求めることが習慣になったなら」というフレーズに寒気を感じた。今見ている生徒がそういう傾向にあるからだ。「考えてほしい」。これが私の願いである。
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p.208 "ChatGPT がもっとも得意とするのは要約の作成と翻訳だ"
日頃 copilot を使っていて同感だが、いつまでそうなのだろうか、、
これまで同じ著者の本を読んできているので、私が感じる「新鮮味」は失われつつありますが、それでも学びはあるとは思います
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分数や小数が自動化されてないの、ものすごいわかる…
今でこそなんとなくわかるけど、
小中の時なんて混ぜられたらわからなかったよな…
分数の達人トランプやりたい…!
p.254 分散学習と多様学習
ドリルでないとしたら、何をしたらよいのか。時間を使った別の遊びをするのだ。学習科学で、有効性が確立した学習法がある。分散学習と多様学習だ。分散学習は、あることを学習するのに、同じことを一気に集中して学習するより、少し間を置きながら分散して繰り返し学習するほうが記憶の定着がよいという理論である。多様学習は、あることを学習して定着させるのに、同じことを繰り返すより多様な環境で学ぶほうが定着がよい、という理論である。
どちらの学習法も、人間の記憶や学習の仕組みの観点から、理に適っている。
同じことを続けていると、身体は慣れていく半面、気持ちが緩んできて、集中がしにくくなる(もちろん学習者のモチベーションによるので、一般的にはということで理解してほしい)。子どもはとくに飽きやすい。だから同じことを短期まんタ」で時間の操体を確実に!
間に集中して勉強するより、少しずつ時間を空けながらしまたの炭地を促進する問題に戻る
たほうが記憶の定着はよい。その意味で、一夜漬けは効果はわり言っていると思ったの
がうすい。というより、試験が終わったらすぐに忘れてしまう。効果的なのは、練習の時間が長くなりすぎないよう避けるところまでもっていく
に、一定の時間集中したらその後休むか、別メニューで練習するというやり方だ。
多様学習というのは、その意味で、たいへん効果的だ。
多様学習は違うことをしていくので学び手は飽きにくく、学びの集中力が持続できる。さらに、同じ概念(あるいは同じ技)を異なる文脈で使う練習をするので、応用がききやすくなる。言い換えれば「生きた知識」を習得しやすくなるということだ。例えば、バスケットボールで3点取れる長距離シュートを練習するとき、同じ場所から打ち続ける練習をするより、距離や角度を少しずつ変えながら打ったほうがよい。同じ地点からばかりシュートを打つ練習を続けていると、その場所からのシュートの成功率は上がるだろう。しかし、実際の試合では、状況に応じて様々な地点からシュートを打たなければならないので、多様な状況での練習こそ必要なのだ。同じ地点、同じ環境で同じ練習を続けていると、頭(脳)も身体もその環境のもとで順応し、最適化を図ろうとする。すると、ちょっと環境が変わると適応できなくなるリスクが生まれる。臨機応変にパフォーマンスができるようになるには多様学習を心がけなければならないのである。
「時計カルタ」で時間の操作を確実に身体化する時間概念の接地を促進する問題に戻ろう。ずいぶん脱線して理屈ばかり言っていると思った読者もいるかもしれないが、記号接地が難しい抽象的な概念の接地を定着させ、身体化するところまでもっていくには、多様な形で楽しみながら概念を使う練習をすることが必須なのだ。その理屈を理解してほしかったのである。これまでの教育実践ではその観点が足りなかったように思う。丁寧に教えて、子どもがそのときは理解して納得した様子だと、「わかったね」として、次の単元に移ってしまい、せっかく理解した概念を使う練習をしない。すると、そのときに理解していても、すぐに忘れてしまう。それが人間というものなのだが、そのようなサイクルが続けられている印象だ。
学習した単元を完全に身体化するまで絶けることは現す的には無理なことは承知している。だから、授業時間の外で、例えば休み時間や、朝の時間など、ちょっとした関間時間にできる遊びで、学習した概念を使う練習をするのが有効だ。
時間の概念を身体化させるために、筆者は慶應義塾大学
SFCの今井研究室の学生たちと「時計カルタ」を考案した。小学校低学年の子どもたちは、そもそもアナログ時計を読むことにとても苦労している。時計の長針と短針が、時間の推移とともにどう動いていくのかを知らない子どももいる。時計の秒針が一回りで1分、すると分針が一目盛り進み、60回進むと1時間経ったことにリアリティを感じられないと、時間概念の接地は難しい。
時計を読めるようになるにも練習して熟練することが必要だ。時間の進みや戻りを、手で針を動かして確認しないとわからない状態から、頭の中で操作できるようになると時間概念の接地が進むはずだ。
「時計カルタ」はいたってシンプルだ。時刻を示した時計の絵が1枚のカードになっている(取り札)。この取り札は百人一首のように、机にランダムに並べてある。一方、読み札には簡単な文章が書いてある。例えば「きょうもいちにちがんばろう!ごぜん8じはん」などと時間が書かれている。だれかが読み札を読んだら、その時刻を示している時計のカードを一斉に探す。百人一首方式だ。一番早くに正しいカードを取れた人が、そのカードを自分のものにできる。
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子どもの母語習得をみていると、人はみなとてつもない「学ぶ力」を潜在的にもって生まれてきているのに、学校にあがって育っていくうちに次第にそのすごい力を喪失したようになり学力不振や学習性無力感に苛まれる人が多いのはどうしてなのだろう、という思いが著者の出発点。
話を進める上では著者も関わって開発された「たつじんテスト」のデータ(出題内容と小中学生の正答率)が多く引用されており、それを見るだけでもこどもの語彙力や読解力の現実におどろき危機感が増すし、説得力もある(心理実験に精通しているから作問も行き届いていて勉強になる)。教育関係者や小中学生の親だけでなく、子どもにかかわる人はみな目を通しておくべきかと思う。
データそのものも興味深いが、認知科学の知見に基づいた私たちの脳あるいは心の癖や傾向についての解説もわかりやすく、子どもの教育にとどまらず学びがある。
「学力の回復」に関して著者はあくまでも学校教育の中で対応するための手立てを提案しているが、実は学校にあがるまで(就学後でも学校外)の日常生活の中で大人がどう導いたり応じたりするか、というのがかなり大きい気がする。
第I部の「学力「知識」」観について(第2章)や「たつじん」テスト開発の経緯(第3章)はちょっととっつきにくい部分も多いかもしれないので、それぞれの章末のまとめ(←親切設計)に目を通してまずは第II部の具体的な例を読んでから最後に読み返してもいいかもしれない。
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配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=01433929
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2年前に同じ著者の「算数文章題が解けない子どもたち」を読んだ。これはちょっと感動もので、それまでに自分が考えていたことをうまく言い当ててもらっていた。その後、「言語の本質」が大ベストセラーになったが、なんだか買いそびれてしまって、アマノジャクな僕は結局読まずじまいだ。そして本書、いくつかの復習と、いくつかの新たな知見を得た。「遊びから学ぶ」実践例を知ることもできた。以下、最近出会ったいくつかの間違い例について。最初に断っておくが僕が相手をしているのは、中学受験や高校受験に向けて取り組む、まあ学校では上位に入る子どもたちである。それでも、記号接地をし、生きた知識になっていくのには時間がかかる生徒も多い。小4生、これは複数の生徒。分数の計算を習い始めたところ。まだまだ大小関係はよく分かっていない子が多い。「たつじんテスト」の数直線上に数値を入れて行く問題をやらせてみたい。昨日取り組んだ問題。1月ほど前に学習した内容の復習である。分数を小数に直す問題だ。2/5を小数に直す際、2÷5とすべきところを5÷2としている生徒多数。もともと分数を2/5という形で書いていれば間違いが少ないのかもしれない。しかし、日本ではほとんどこういう書き方はしないだろう。読み方も2分の5と間違う可能性が大である。two over five としておけばいいのかもしれないが。この点については本書のP.203でGPT-4の解答例でも間違いが見つかる。気になるところだ。さて本題は、2/5を5÷2=2.5としてしまった生徒は、1を5つに分けたうちの2つ分なのに1より大きくなっているということに気付かずに平気で答えを書いてしまっている。つい逆に割ってしまいました…というのはアリなのだが、そこで、ふん?変だぞ、と気付いてほしい。要するに生きた知識になっていないということなのだろう。カードゲームで遊びながら記号接地に取り組めればいいが、週1回110分の授業ではなかなか難しい。それでも、大半の生徒は2,3ヶ月もすれば普通のこととして使いこなせるようにはなるということを経験的には知っているが、でも怪しいままで先に進んでいってしまう生徒もいるだろう。地道にひとりひとりをしっかり見てこちらが気付いて注意を促し、本人たちにも気付かせるように持って行くしかないのだろう。中1生、方程式の文章題で、連続する3つの整数を真ん中の数をxとして表すという課題であった。ほとんどの生徒がすらっとできる中、2名どうしても書けない生徒がいた。「xより1小さい数と1大きい数をxを使って表してみて」と伝えるがなかなか書けない。仕方なく「小さい方はx―1だよ。じゃあ、大きい方は?」と聞くと、2ⅹと書いた。うーん、どうしたことだろう。続けて説明をしたが、結局時間制限もあり答えを教えてしまった。ここでつまずく生徒をいままで見た記憶がないので、ちょっと戸惑ってしまった。それが生徒の方にも伝わったかもしれない。申し訳ないことをした。・・・これらはどちらも昨日の例である。日々このようなことが起こっている。もっと書きためておけばよかったかもしれない。「毎年ここで間違うよ。まあ1回みんなやってみ。」などと言いながらやる単元は心積もりがあるから良いのだけれど。さて、本書の最後で、学びの効率性についての話がある。僕たちがやっていることは、ものを作っているわけではないのだから、なんか効率的というのは違うような気がする。「個別最適」ということばも、そういう点でちょっと引っかかる。そりゃ、退屈する生徒がいない方がいいし、ついて行けない生徒をほったらかしにはしたくないけれど、だからと言ってひとりひとりに最適な方法でタブレットに向かって、あるいは個別指導で、っていうのは短絡的でなんか違うような気がする。集団の中でないと得られないもの、気付けないものがきっとたくさんあるはず。それに、こういう話をするときにいつも思い出すのは、大村はま先生が言っていたこと。良い授業というのは、できる子もそうでない子も目立たない授業。50人ほどのクラスでも、それぞれがそれぞれの課題をもって一生懸命に取り組んでいる。まあ、それが本当の「個別最適」か。それがICTを活用することで効率的にできるようになるのか。うーん、でもなんか違う気がする。本書にもあったと思うが、クラスの中で教え合ったり、分からないことを分からないと気軽に言える環境をうまくつくれればいいのだろうなあ。
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前作「言語の本質」が面白かったので購入。
記号接地問題、アダプション推論に加えて「スキーマ」という概念が登場。
全国学調の点数=学力と捉える風潮に意を呈するところは賛同ですが、代わりになる指標がどういうものだと授業や施策の評価ができるのかは難しそう。
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出版社(岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/book/b650415.html
本の内容(著者からのメッセージ)、目次、著者略歴
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9月に購入して以来、積ん読になっていた、本書を少しだけ読んでみた。
小中学生の学びの躓きの原因が認知科学によって明らかにされていく。そんなところに原因があったのかという気付きが心地よく読み進められる。
例に取られているのは、小学校の算数が主なようだが、英語の場合はどうなのだろうかと興味を持った。今井氏には、同じ岩波新書から『英語独習法』という著書もあるのだから、そちらにも少し目配りがあってもよかったのでは。英語教育学者の研究も待たれる。
索引はないが、各章の末尾にまとめがあり、詳細な参考文献表や読書案内も付いているので、大変親切なつくりになっている。
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今井氏から毎回新しい気づきを得る。今作は「記号接地」というキーワードであった。なるほど、ドリルで型が身についても、文章題を解けないのは本質を理解できていないからかと。
遊びながら学ぶこと(プレイフルラーニング)が効果的であるということであったが、何年生のどの単元に対してどのようなアプローチが必要で、と考えるとメソッドを確立するのは厳しいと感じた。
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職場で、学力向上のための取り組みを何かやれ、というミッションを受けた若い先生にいろいろ質問されるので、私も勉強するんだけど、公立の中学校でやる「何か」というのは朝自習の時間にみんなに共通の課題に取り組ませるとか、学級で勉強に関して何か目標を立てさせるとか、そういうことしかできない。で、それをやったから学力があがる、なんてことは常識的に考えても起こりえないと私は思う。
だからと言って「公立中学校で学力を上げることは無理」とか言っちゃうと責任の放棄になっちゃう。
私個人としてはちゃんと答えをもっていて、すべての先生が、自分の専門の教科の授業に責任をもって、ちゃんと授業をするのが一番の「学力向上の取り組み」だと思っている。とにかく中学校は、本来の仕事(プロの授業を作ること)以外の仕事が多すぎて、授業がおろそかになっている先生が多い。
さて、本の感想。
本書ではまず、「たつじんテスト」というオリジナルのテストの分析などを通して、学力が身につかない小学生が、いったい何につまづいているのかを解説している。算数の文章題の意味がわかっていなかったり、数直線や分数が全く理解できていなかったり。これは実感として、すごくわかる。私は専門は数学ではないが、他の教科の問題でも、そもそも問題の意味がわかってないよね、意味が分からないからテキトーにしか答えてない、もしくは最初から考えようとしていない、もしくは全く意味がわかっていなかったり、間違って理解しているまま一生懸命考えていて、思考が全く違う方向に行ってる…とか、そういう生徒を日々目の当たりにしているから、すごくわかる。
本書では、そういう子どもが「意味がちゃんと分かる」ように、体験・経験を通して「記号接地」させることが重要だと説明している。
これも私にはすごくよく分かる。というか、私は子育てするときに、そういうことを意識して子供に語りかけてきた。例えば洗濯機に液体洗剤を投入するとき、「0,6杯だから、キャップのこの辺までだよ。半分だと0,5杯だからね」とか。料理や手芸をするときにも算数の概念を使う。子どもが3歳くらいのときから、分数や少数を使う会話は、日常生活で自然と生まれる。
学校でもそういうふうに、生活に結びつけて教えることが大事と。そういのが、「生きた知識」である。概念がわかり、生活から学び、逆に、学んだことが生活に生かされる。いくら社会科で語句を暗記しても、実際に社会参画に生かせなかったらそれは「死んだ知識」だ。
すごくよく分かる。
ここからまた、本の感想じゃなくて愚痴になっちゃうけど、子どものころから親に(大人しくさせるために)スマホの画面をずっと見せられて、暇な時間はずっとゲームのコントローラーを握って育ってきたような中学生は、生活体験が全然ないので、記号接地させるのは難しい。洗剤をキャップの半分まで入れたらそれは「0,5である」ことすらわかっていない中学生が、信じられないくらいたくさんいる。こちらはそれくらいは分かっていることが前提で話を進めるので、もう中学校の授業は成立しない。
こういうのは公立中学校の一教員ではどうにもならないので、もっと政府や、文科省や、子ども家庭庁?やらが、ゲームやデジタル機器が子育てに及ぼす影響について広報するべきだと思う。
↑この頃新書読んだらだいたいこういう結論にしか至らないよ…。
p226
子どもは言語の発達の道筋で、このように、身体で感じてすぐわかる類似性を使って、見てもわからない、抽象的で本質的な類似性に注目して一般化ができるようになる。自分で気づくことができる手がかりを使って具体から抽象へ自分の力で登っていく。これがブートストラッピングである。この変化は一度だけでなく、、発達の過程で何度も繰り返して起こるし、実は、ことばの学習だけでなく、すべての学習で起こることである。
すべての知識の学びにとって、子ども自身で点を面に拡張することは、必要不可欠な過程なのである。