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紙の本岡山女
2003/10/09 19:35
このね、カバー画を描いているのが甲斐庄楠音、このひとの一生はね、もしかするとこの小説の主人公のそれより面白いかも
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
岩井志麻子には一種独特な雰囲気がある。ただ田口ランディのような、広範な支持を受けるといった時代の寵児的な華やかさはない。どちらかと言うとマニアックな世界で支持を得ているといったほうがいいかもしれない。最近は、あえて自分を露出させているけれど、正直、TVで見ていると、無理をしているなと思う。そうした岩井の、直木賞の候補作。気になっていたので読んでみたが。
題名にあるように、ずばり岡山のある女性を扱った連作で、時代は明治。しかしここに描かれる明治は、私たちがイメージする東京や大阪といった都会風景とは、どこか微妙に違う。そんな地方を舞台に、夫に殺されかけたことで、人の霊を見るようになった主人公の女性が出会う、様々な人間の心の狭間を描く。
どこか男を惹きつけてやまない主人公が乗った玉の輿。しかし夫は事業の失敗で錯乱した挙句、妻の左眼を傷付けそのまま自殺。残された妻は、やり手の、それでいて自分たちが手掛ける事業は失敗続きという、どこか憎めない両親の手で霊能者に仕立て上げられていく。
噂を聞いて集まる様々な人々。美人の写真集めに熱を上げる学生、鉄道開通で体を壊す男、娼妓。それらの人物たちに、ハレー彗星、清涼珈琲液、学生生活などを上手く絡めて時代の雰囲気を見事に描き出す。正直、私は今まで、そのようなことを小説で読んだことは殆どなかったから、それだけでいいなあと思う。とくに清涼珈琲液の話は面白い。まさに、神はディテールに宿る、である。
とはいえ、岩井が自分の故郷を取り上げるのは仕方が無いとしても、あの方言の奔流を前にすると、正直、また明治の岡山かと思ってしまう。私は方言否定論者ではなくて、むしろ残しておきたいほう、でもバランスというものがある。同じように過去の地方の世界を描いても、再会することが待ち遠しい京極夏彦の世界と何処かが違う。
そういえば、話題になったホラーの『ぼっけいきょうてい』も心底楽しむことはできなかった。今回の作品に関しては直木賞の最終選考には残ったとはいえ、読者は正直で、前作ほど読まれた形跡が無い。文章は上手いし、時代の採り入れ方も自然で玄人好みだけれど、それだけに終わる可能性がある。
その後の岩井の健筆は続々とだす新刊を見て分かってはいるものの、私は一冊も手にしていない。むしろ今回も採用された妖しげなカバー画、それを描いた異能の日本画家「甲斐庄楠音」、彼の一生を知人の画廊経営者から聞いて、むしろそのほうが面白いのではないか、そんなことを思った。
岩井を好きな人ならば魅入られること間違いなし。岩井には申し訳ないけれど、今のところ、私には甲斐庄のほうが気にかかる。