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36件
重力ピエロ
著者 伊坂幸太郎 (著)
兄は泉水、二つ下の弟は春、優しい父、美しい母。家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった頃、事件は始まる。連続放火と、火事を予見するような謎のグラフィティアートの出現。そしてそのグラフィティアートと遺伝子のルールの奇妙なリンク。謎解きに乗り出した兄が遂に直面する圧倒的な真実とは――。溢れくる未知の感動、小説の奇跡が今ここに。
重力ピエロ
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重力ピエロ
2010/01/15 20:11
全部まとめてみんな好き
11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:惠。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
全部まとめてみんな好き。
この言葉に尽きる。
もう一度言う。キャラから設定から構成、展開まで全部まとめてみんな好き(好み)な作品だ。
辛いバックグランドを持って育った兄弟、和泉と春。和泉と春はスプリングで、泉はSpringで春もSpring。和泉と春は兄弟で、父と母の子だ。それに和泉も春も父に似て嘘が下手だ。
時を経て遺伝子研究会社に勤める和泉と落書き清掃作業に従事する春。大人になった今も二人の仲はいい。そんな二人が暮らす街で連続放火事件が発生し、二人は犯人の追跡に乗り出す。しかし辿り着いた真実は、和泉の予想を遥かに超えるものだった。そしてそのまた上を行く展開が読者を待っていた。
最後半部分に差し掛かれば先は読めなくもないのだが、61もの構成部分(目次)に分かれ、現代のストーリー展開に無秩序のように絡んでくる回想がこうも巧くまとまるものか、と思わず唸ってしまう。
もう何をどう言っても言葉が足らない。書きたいことがたくさんありすぎてまとまりもしない。例えばキャラクター。例えば構成。例えば展開。そのどれもが好みすぎて、何から書けばいいのやら…。
そういえば、読み終えて冷静になって考えてみると不思議なことがひとつある。物語は兄・和泉による「私」目線で進行するのだが、全体を通して物語を導いているのは弟の春なのだ。和泉だけでなく読者さえも、春によってリードされている。お、恐るべし伊坂幸太郎。
さて、構成や展開とは関係ないお話を少し。以前から何度も書いているが、伊坂作品は読者に考える契機を与えようとしている気がする。(未読の人には何のことだからわからないかもしれないが)批判される可能性があることを覚悟で書くが、わたしの刑罰に対する考えは春のそれに似通ったところがある。人を殺した人間は法に則って裁かれるべきだと思うが、猫や犬や子どもやその他弱者を理由なく殺した人間は万死に値する。
また個人的には「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いに対する答えに窮するやりとりなども自分に経験があるだけに重く圧し掛かった。「日本は法治国家だから」という教授には、「法治」の意味を辞書で引け!と思ったし(法治とは、法に則ることを指します。例えその法が悪法でも構いません)、相変わらず本の世界に感情移入してしまう癖は抜けない。
本作で一番心に残った言葉がひとつ。
「本当に深刻なことは、
陽気に伝えるべきなんだよ」
という春の言葉。
この言葉はほぼ全ての伊坂作品の根幹に根付く著者の思いのような気がした。
最後に、ここまで絶賛しておいて恐縮だが、伊坂作品は好き嫌いが分かれるように思う。また、伊坂作品の中においても好きな作品と嫌いな作品が分かれると思う。というわけで、選書はひとつ自己責任で(と責任は他人に転嫁)。
重力ピエロ
2008/12/08 22:10
主役は父親
10人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
重力ピエロ 伊坂幸太郎 新潮文庫
弟の名前は「春」1973年4月8日生まれ、2歳年上である兄の名前は「泉水(いずみ)」、ふたりは異父兄弟。弟はレイプで生まれたこどもだが、4人家族で暮らしていた。そして、母が死去、父は胃ガンで入院している。
同時期に柳美里(ゆうみり)の「ゴールドラッシュ」を読んでいました。両者ともにテーマは「なぜ人を殺してはいけないのか」であり、この本の春もゴールドのかずきも同じ罪を犯します。
最初の17ページまでで春の圧倒的な魅力の虜(とりこ)になります。473ページに渡って、こま切れの話が続きます。文章もぶつ切れ形式なので読みにくい。
弟春のことを放火事件にからめて語る兄いずみです。放火話はゴールドラッシュでもとりあげられています。
DNAとか遺伝子情報にこだわる。生物学上の父と育ての父をもつ春の遺伝について焦点を絞ってあります。260ページの整形は後の同著者「ゴールデンスランバー」への導線となっています。
わたしは読んでいて、放火犯人の目途がつきません。春が犯人では物語が成立しません。390ページ、「目には目を」の解釈がいい。
犯罪者は罰を受けるべきです。そうしないと被害者家族は犯罪者を殺します。親族の絆(きずな)は強いのですが、春の出生のあり方から考えるとこれはありえない話です。毒をもって毒を制すという理屈には共感しました。ゴールドラッシュと同様、愛情を中心に据えた物語でした。
「重力ピエロ」というタイトルが内容と結びつきません。他のタイトルでもよかったと感じました。456ページの父親のセリフはよかった。重松清著「その日の前に」での癌で亡くなった奥さんのセリフ同様、ことし読んで心に残ったセリフとなりました。父親から息子へ、男から男への愛情でした。この本の主役は父親でした。
重力ピエロ
2011/07/09 12:53
家族というもの。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オレンジマリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
妙なタイトルの本だな、と思ったのが始めでした。伊坂さんの著書は大抵、中身は然ることながらタイトルやカバーまでもが魅力的。期待に胸を膨らませて、冒頭から面食らってしまった。
『春が二階から落ちてきた』
ストーリーの土台となる設定は暗いし、正常な人間ならば憤りを感じるような背景も見え隠れしているというのに流れが至って軽快。ネガティブ要因を発することもなく、淡々と物語りは展開されていく。
美青年の『春』は変わった性格をしている。実際にこういう人が友人にいたら、飽きないはずである。発想が突拍子も無いし、発想するだけでなく、それを実行に移してしまう。物事の枠組みというものをハナから無視するような言動が大胆で面白い。春と泉水の父親もだいぶ変わった性格の持ち主だし、母親も常軌を逸した行動を取ったりする女性。泉水が唯一まともな人格に思えるけれども、単に冷静なだけでやはり心の中は彩色豊かな人材ではないだろうか。こういう、登場人物に明確な個性を植え付け、印象を濃くする描き方には敬服します。だって、読了してからだいぶ経った今でも、春と泉水の両親がどんな人物であったか、人物像が浮かんでくるのだ。
一見、なんでもなさそうな放火事件が発生するけれど、そこにひっそりと横たわるルールを探る春と泉水。驚いたのは、DNAがそこで登場すること。一般の人は普通、DNAが何であるか、くらいの知識は持ちえているけれどもどんなコードがどういったルールにのっとってそこに存在しているのか、そのコードがコドンと呼ばれることなど知らないでしょう。でも、何故か引き込まれるし、面白い。そして、そのコードを形成するアルファベットと放火の繋がり。よくそこまで考えついたな、と感心するばかりである。
終盤、残念なことに少し先が読めてしまうんだけれど、泉水の行動に意外性があったりして飽きることはなかった。読み終えてみて考えたことは、家族についてでした。血の繋がりが確かにある家族、血は繋がっていないけれども絆が強い家族。痛ましいけれども、見事なまでの家族の絆に救いがある。人の心の光と闇を包み隠さず見せているような一冊でした。