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江戸東京怪談文学散歩(角川選書)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 1件

電子書籍

江戸東京怪談文学散歩

著者 著者:東 雅夫

江戸、東京には、怪談や怪奇小説の舞台が随所にある。芥川龍之介、永井荷風、岡本綺堂、三遊亭円朝から宮部みゆきまで、怖ろしくも興趣尽きない、古今の名作怪談にゆかりの場所と不思議な伝承を案内する。
※本作品は紙版の書籍から口絵または挿絵の一部が未収録となっています。あらかじめご了承ください。

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紙の本江戸東京怪談文学散歩

2009/02/17 15:59

地縁を得る

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:うみひこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 地縁という言葉をこの書物で初めて知った。この言葉は本当はその土地の人間関係を得ることをいうらしいのだが、私は、土地そのものと縁を結ぶという意味で使いたい。
 実は先日、誘われて深川の芭蕉ゆかりの深川文学散歩というのに参加したのだが、こちらはほとんど俳句に縁がない身、芭蕉文学館で熱心に展示物見る連れを置いて、ぼんやりと小さな庭に出てみた。庭の中にある階段を上ってみると、いきなり隅田川の土手に出た。そして、その滔々とした水の流れの豊富さに打たれたようになって見つめていると、心がどんどん時代を遡って、江戸に飛んで行くのを感じた。
 それからは、歩いている道すがら、川や橋の名、お寺の名前も、何か聞いたことがあるようで気になって仕方ない。何故か心は芭蕉を離れて、岡本綺堂や鏡花の世界に彷徨っていき、杉浦日向子が描いた江戸時代の面影を求めて、下町を一日歩きまわった。
 その後に、この書を手に取った。そして、物語の舞台としての東京下町に、地縁を得たのだなとしみじみ思った。あの時ちらりと見た場所に縁のある物語や、心の中で忘れられないでいた物語の舞台を、ここで知ることができた。
 例えば、第一章で作者が案内してくれる芥川龍之介の『妖婆』の世界。まさしく、深川散歩中に、芭蕉がいた頃はウナギ川といったかもしれないと説明された運河、小名木川と平行して隅田川に流れ込む立川界隈が舞台。
祈祷師である妖しげな老婆に捉えられている恋人の娘を救おうとする若旦那とその友人の物語。芥川にしては、少々明るい怪談なのは、舞台が江戸時代だからなのかもしれない。畠中恵の小説にも出てきそうなほど頼りない若旦那の恋は、ほとんどしっかり者の友人が解決を付けてくれるのだが、その中でも特にぞくりと来る場面がいくつかある。それは、妖婆が娘を折檻するまるで安達ヶ原の一場面のような描写と、妖婆が水に浸かる場面の描写。一日に一度立川にずぼりと身を浸している老婆の姿を目蓋の中に再現させていると、あの町の水の流れが目に浮かんでくる。作者の説明をもとに、物語の舞台をもう一度歩いてみたくなる瞬間だ。水の都江戸を舞台の怪談を味わいに、また、深川に出かけたくなる。
 続く森鴎外と泉鏡花の章は、百物語やら怪談会が流行った時代と向島界隈が語られる。作者が歩むに連れ、ほのかに見えた向島の様子が、また現代のビルに変身したり、怪しげな過去の姿を露わにして見せたり、変身を繰り返していくようで面白い。
 さて、その次の章の宮部みゆきで、作者は、又、深川界隈に視線を戻す。物語の舞台の説明だけではなく、ここで懐かしくも、杉浦日向子の『百物語』の中でも忘れられない「数原家の蔵の話」にまた出会う事ができて嬉しい。その屋敷があったとおぼしいあたりに、なんと、池波正太郎描く『鬼平犯科帳』の軍鶏鍋屋のモデルがあるという。これは、やはり、深川は再訪しなくてはならないと思うところだ。
 次の章の荷風では、ラフカディオ・ハーンの翻訳者で怪奇文学の紹介者としてなくてはならない平井逞一をモデルにした『来訪者』について語りながら、永代橋のあたりを作者は彷徨うのだが、深川に縁の深い荷風のこと、何度も視線は隅田川の方へ戻ってくる。
 もちろん、岡本綺堂の章では切支丹坂から始まって、文京区から港区の坂道が、少々怪談めいた後日談と共に語られているし、三遊亭円朝の章では新宿から『乳房榎木』の板橋へと、橋づくしで作者は動き、語ってくれるのだが、その中でもやはり立川に架かる橋が出てきてしまう。
 しかも、巻末には、作者と宮部みゆきの『深川あやし談義』つき。正しく、深川が呼んでいるような構成になっている。
 水の妖気と江戸から現代へと続く、怪しい物語の系譜を辿る旅は、とにかくまず深川から始めるのが肝心のようだ。
 春になったら、この書を片手に、まずは、隅田川の花を求めて旅を始めようと思う。

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