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私・今・そして神 開闢の哲学(講談社現代新書)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.4 4件

電子書籍

私・今・そして神 開闢の哲学

著者 著:永井均

私はなぜ「今ここにいる、この私」なのか。古来より数多くの哲学者が最大の関心を寄せてきた「神、私、今」の問題について、まったく独自の考察を展開。自分の言葉だけでとことん哲学する、永井均の新境地。(講談社現代新書)

私・今・そして神 開闢の哲学

648 (税込)

私・今・そして神 開闢の哲学

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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.4

評価内訳

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紙の本私・今・そして神 開闢の哲学

2004/11/12 15:57

日本語で哲学するということ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ジューク - この投稿者のレビュー一覧を見る

永井均はおそらく、現代において「日本語」で哲学を行なっている数少ない哲学者の一人である。
たとえば、フッサールにとってドイツ語が、ハイデガーにとってギリシャ語が自身の哲学にとって決定的だったように、永井にとっては「日本語」こそ本当の意味で「哲学」するのに決定的であるのだと思う。

本著における文体がそれを示す。
一見して、抽象度の高い学術用語が極めて少ない。
しかし、書かれている内容は一読して理解できる類の生易しさではない。
極めて平易な文章に詰め込まれた、極めて難解な内容。
加えて、この「難解さ」は、技術的な意味での難解さとは本質を異にした、むしろ言語による理解自体を拒むような性質の事態に言及する試みの「不可能さ」を体現している。

永井がこのような文体上の手法を用いだしたのは、90年代後半になってからのことだ。
それ以前は『<私>の存在の比類なさ』など一連の三部作に代表されるように、筆者もまた従来の学術的伝統にならってテクニカルタームの習慣的使用につとめていたし、それは自分の哲学を理論的に提出する目的にそうものであった。
だが、筆者が自身の問題設定により鋭敏になるにつれ、そのような問題構成自体を永井は放棄する。
この哲学者のかねての主題である「独在性」概念は、概念が概念として成立する以前のある起源的な事態に対する、暫定的な呼び名でしかないからである。
独在性は語られた時点でその意味内容を失うし、そして、このような否定的な表記すら独在性が真に語りうることを根本的に言い漏らさずにいられない。

本著で新たに提示された「開闢」の概念は、このような独在性に“固有”の性質、しかし同時に言語に“本質的な”性質を取り出すための創作概念である。
「そんなものはどこにも存在しないとは同時に、それがすべての始まりである」(p.223)ような「開闢」。
「私」の独在性の可能性の条件であり、“いま”“ここ”“ほんとう”の可能性の条件であり、言語の条件であるような「開闢」。
だからこそ、この演繹的概念は、人称を拒否し、固有性や同一性を拒否し、言語を拒否する。
そして、拒否した時点でとりだされるべき概念の内容一切はもはや全て過ぎ去ってしまっている。

こうしてみると永井の哲学は、当初の厳密で伝統的な学術性から、より自由で創造的なある種の「対話」へと転回を見せた段階から、さらに本著においてある到達点に達したのではないだろうか。
それを「独在性から開闢へ」と図式的にとらえるのは簡単だ。
だが、哲学をする上で必然的に語られなければならない「開闢」について語るとき、どうしても日本語でなされなければならない理由がようやく初めて明らかになった気がする。
日本語で暮らし、日本語で思考する筆者や私たちにとっては、開闢が“生”に生起し、“生”に立ち会えるのは、「日本語」という場しかありえないからだ。

開闢の哲学はまだ端緒についたばかりだ。
この哲学者にとってほんとうの意味での哲学は「まだ始まっていない」のである。


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電子書籍私・今・そして神 開闢の哲学

2017/01/20 03:19

誰かさん「こんな哲学書が読みたかった!」

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:四郎丸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「私」とは何かーこれを問うことをライフワークとしている孤高の哲学者永井氏の、自他ともに認める最高傑作です。

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紙の本私・今・そして神 開闢の哲学

2005/01/23 18:07

永井均を読むことの意味

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この本の論述の趣向はとても分かりやすい。それは(意図されたものかどうかは別として)形式美にかなっている。本書は初心者向けの第1章と玄人筋を想定した第3章、それらにはさまれて中心をなす第2章からなる。そして、それぞれの章うちに相互に関連する三組みの道具立てが設えられている。

 第1章に出てくるの「神の三つの位階」である。土木工事(世界の物的創造)や福祉事業(心の慰め)を行う低次の神。世界に人間には識別できないが理解はできる変化(ロボットに心を与えるなど)を与える高階の神。世界のうちに〈私〉や〈今〉や実在の過去を着脱するより高階の神、すなわち開闢の神。

 第2章には、神の位階に対応するかたちで三つの原理が出てくる。弱いライプニッツ原理とカント原理と強いライプニッツ原理(デカルト原理)。ここでライプニッツ原理とは「何が起ころうとそれが起こるのは現実世界だ」、カント原理とは「起こることの内容的なつながりによって何が現実であるかが決まる」というもの。弱いライプニッツ原理は、カント原理の内部でカント的に可能なものの中からの選択(そのうち一つの現実化)としてはたらくもので、強いライプニッツ原理は、カント的な可能性の空間をはじめてつくりだすものをいう。

 最後に、第3章に出てくる私的言語の三段階。それが神の三つの位階や私と今と現実に関する三つの原理に対応しているだろうことは見やすい。でも、ここではそのことには触れない。というか、その対応関係が私にはまだよく見えていない。

 永井氏がこれらの道具立てを駆使して取り組んでいるのは、「独在性の〈私〉」(現に今在る端的な〈私〉)をめぐるメタフィジックスそのものではない(それもあることはある)。自己利益の主体(人)である『私』をめぐる倫理学でも、生物(ヒト)としての“私”をめぐる人間学でもない。

 私たちの世界の共同プレーヤーたる「単独性の《私》」(概念的に把握された〈私〉)をめぐる論理学──「独在性の〈私〉」の語り方、そしてその語りのなかに見え隠れする「独在性の〈他者〉」とでも呼ぶべき存在者の語り方の問題。もしくは「開闢の〈私〉」と開闢された世界のうちに持続的に位置づけられる「かけがえのない《私》」との関係をめぐる「神学」の問題──である。そういうことだったらよく分かる。でもそれが分かったからといって何がわかったことになるのかが分からない。

 あるいは『私・今・そして神』は、「存在」(現実存在=実存)と「概念」(本質)との断絶をめぐって、そしてそこに言語がどう関与するかをめぐって、言語によってなされた思考の記録である。たとえばそんなふうに要約してもいい。でもそれだとちっとも面白くないし、そんなことを「お勉強」するためだったら永井均の著書を読む意味がない。

 で、いま『私・今・そして神』の三度目の通読に入っている。それは、本書と三部作をなす『マンガは哲学する』や『転校生とブラック・ジャック』までひっぱりだしての大がかりな(?)作業になりかけているのだが、その顛末はここでは触れない。というか、私にはいまだにこの書で永井氏が何を議論しているのか言葉にできない。

 何度読んでも十分に読み込んだ気がしない。本書の平易で丁寧で率直な語り口は、これで分からなければそもそも「分かる」とはどういうことかと問いたださなければならないほどに分かりやすい。それなのに、肝心なところでいまひとつ分かった気がしない。分かったと思ったとたん、何が分かったのだったかが分からなくなる。

 それが、そういう経験を「思い出す」ことが、永井均の本を読むということの意味だと思う。

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紙の本私・今・そして神 開闢の哲学

2005/10/25 02:30

もどかしさの‥‥

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ちひ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 哲学的な課題の数々について著者が日々つらつらと考えたり思ったりしていることが綴られている。最初の方では、〈神はこの世界を記憶や歴史すべてを含んだこのようなカタチのものとして五分前に創造したのだ〉とする説や、〈自分から五〇センチ以上はなれたところには実は何もない〉とする説の考え方を詳しく紹介したり、例をたくさん挙げて考えてみたりする。
 私のこの読み方は間違っているのかもしれないが、私には、この本で紹介され思考されているいろいろな哲学的「練習問題」についての著者の議論が、どこかまでは本気で展開されているものの、どこかからは本気では展開されていないように思えてならなかった。また、何かはっきりしないことがひとしきり語られた後で「今まで言ってきたことは実はこうなのだ」と宣言されることも多く、それによる戸惑いも多かった。
 著者が何を明らかにすることを目的としているのかよくわからない私は、半信半疑のどっちつかず状態のままで著者の議論に付き合うしかない。ときどき「真髄」のようなものがスパッと語られる。頭のはたらきの鈍いわたしにもさすがにその内容くらいはわかって「うんうん」と肯くことができる。その「うんうん」がときどきあるから何とか読み進めていくことができる。
 全体的な印象としては、著者は私に哲学的議論を解説する中で、私をちょっとからかい、ちょっとはぐらかしながら話をすすめているように感じられた。
 恐らく著者の意図とは逆に、著者を疑い続けながら読むしかなかったので、読み誤りは少ないと思える。哲学の本というのはすべからくこうあるべきなのかもしれないが。
 雑誌連載が初出だが大幅な加筆がなされているそうである。

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