阿頼耶識の発見
著者 横山紘一 (著)
唯識とは、『西遊記』で知られる玄奘三蔵がインドから中国に伝えた仏教思想の根本。それは「人生で起こるどんなことも、心の中の出来事にすぎない」という教えであり、執着や嫉妬、怒...
阿頼耶識の発見
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商品説明
唯識とは、『西遊記』で知られる玄奘三蔵がインドから中国に伝えた仏教思想の根本。それは「人生で起こるどんなことも、心の中の出来事にすぎない」という教えであり、執着や嫉妬、怒り、絶望、失敗はすべて心の深層部の仕業だと説く。この心の最深部を「阿頼耶識」と呼ぶ。心の表層に生じる感情や思考は、阿頼耶識にもれなく蓄積され、それが無意識のうちに表情や体調となって現れ、美醜にも影響する。表層と深層が常にリンクするという心の構造がわかると、シンプルに強く生きられる。ストレスの多い現代人に向けた心の教科書。
著者紹介
横山紘一 (著)
- 略歴
- 1940年福岡県生まれ。仏教学者。東京大学大学院印度哲学科博士課程修了。立教大学文学部名誉教授。大乗仏教・第二期の「唯識」思想を研究。著書に「十牛図入門」「唯識とは何か」など。
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唯識の説明は大変わかりやすい
2016/01/15 09:32
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:タヌ様 - この投稿者のレビュー一覧を見る
唯識を実感のもってすとんと落ちるなどということはあり得ないのだろう。
まだ私には。
横山紘一氏の著作はいくつか目を通していますが、これが唯識については一番わかりやすいものとなっています。
ただである、書いたものをよんで唯識を理解したなんてことはまずないと思うべきである。人間が思い描ける人の意識と無意識の世界に足を踏み入れるのであり、繰り返し、それは何年という何十年という年月が必要であろう。そう思っている。
唯識思想
2022/08/09 08:01
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:福原京だるま - この投稿者のレビュー一覧を見る
唯識についてわかりやすく解説されている。いちいち脳科学を否定したり量子力学を援用したりといった部分がどうかと思うが唯識の思想の要諦を知るには良い
エヴァの通奏低音
2017/04/28 11:29
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
一人一宇宙、苦の原因は執着。己の心の中の深層心理を探求することにより自由に楽な気持ちで現代社会を生きてゆこうと願った書。読中・読後にヱヴァンゲリヲンの数々のフレーズが蘇ってきた。
第1章は簡潔明快だが、第2章は冗漫
2015/04/29 23:01
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:AAA - この投稿者のレビュー一覧を見る
唯識研究の大家が書いた唯識についての啓蒙書。
二章構成で第一章では唯識の観点から「心の仕組み」が明らかにされ、第二章では唯識に徹することで各人に起こる「心の変革」が論じられている。
第一章では仏教学につきものの難しい言葉を丁寧に言い換え、理解の補助として図解を多く用いてくれているので、読んでいけば、唯識(=ただ見ること)の大まかな仕組みが手に取るようにわかることだろう。
だが第二章はいまいちである。唯識という見方に基づいたいろいろな行いをすることで、どのように心(特に阿頼耶識)が変わるのか、また心を変える手助けができるのか、その具体例が第二章のほとんどを占めるのだが、第一章で唯識の精密な理論を手際よく解説するのに比べて、ここでの説明は粗雑に感じられた。いやおそらくその説明のひとつひとつは著者の実感がこもったものなのだろうし、個々の具体例に疑問を感じたわけではないのだが、かといって大いに納得したというわけでもない。なぜそのような行いをするようになるのか、またすればいいのかについての、つまり(成仏のための)実践についての理論が説明されていないように感じたのである(それとも第一章で示された唯識という見方を体得すればもしくは体得したければこのような行いを自然とするようにもしくは意志的にすべきというようになるのだろうか)。だから個々の具体例が羅列されているだけのようで、冗漫な印象がしたわけである。
ただ唯識の説明は巧みであり、この著者の本をいくつか読んでみたくなったのは確かだ。