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さんだらぼっち 髪結い伊三次捕物余話
著者 宇江佐真理
ついに念願の夫婦となった二人。深川の芸者をやめたお文は、廻り髪結い・伊三次の長屋で女房暮らしを始めるが、どこか気持ちが心許ない。そんな時、お文の顔見知りの子供が犠牲になる...
さんだらぼっち 髪結い伊三次捕物余話
03/18まで5pt
税込 560 円 203ptさんだらぼっち (文春文庫 髪結い伊三次捕物余話)
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商品説明
ついに念願の夫婦となった二人。深川の芸者をやめたお文は、廻り髪結い・伊三次の長屋で女房暮らしを始めるが、どこか気持ちが心許ない。そんな時、お文の顔見知りの子供が犠牲になるむごい事件が起きて──(表題作)。掏摸(すり)の直次郎は恋に落ちて、悪道から足を洗う決心をする(「ほがらほがらと照る陽射し」)。伊三次には弟子ができて、お文の中にも新しい命が宿る(「時雨てよ」)。江戸の季節とともに人々の生活も遷り変わる。人気捕物帖シリーズ第四弾!
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紙の本
髪結い伊三次が新居を構えるまで
2010/10/21 20:31
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
息子が罪人をかばっていたと知った時の、不破友之進の大暴れがおもしろい。
龍之介が憧れの美しい人のために罪人をかばいとおすのは、不破友之進が遊郭にいたいなみを妻に迎えたのに匹敵するぐらいの、生涯を賭けた想いとなるであろうか?
もしそうであるならば、髪結い伊三次は、龍之介の味方となって、自分も罪人をかばいとおすつもりだった。
だが、龍之介の想いは、そうなるにはまだ少し、幼かったようだ。
龍之介に向かって怒りの鉄拳を振るう友之進に、伊三次、留蔵親分の子分の弥八、不破家の中間の松助に作蔵が、抱きつき縋りつき被りつき引き倒し馬乗りになり、それでもまだまだわめく友之進に、下手人の娘のことまで思い遣った坊ちゃんのほうがりっぱです、と伊三次が言って、ようやく、落ち着いた。
そこが伊三次のいいところじゃないか、と私は思う。法を曲げてまで情を守り通すというのなら、家族も世間も敵に回さなければならない。平凡な少年にそんなことができるわけがない。それでもそうすると決心したのなら、自分はその味方になってやろう、と覚悟を決める。伊三次のそんなところが、いい!
もっとも、伊三次までが下手人をかばうつもりだったと知った不破友之進が、今度は伊三次に向かって鉄拳を……振るいそうになって、みんなに止められた。
自慢の美しい娘を大名屋敷に奉公に出すために、様々な習い事をさせ、そのために借金を重ねた挙句に、金貸しを殺してしまった武士。
一方で、かわいがっていた幼い娘を、よりにもよって妻に、娘の実の母親に、殺されてしまう武士。
なぜこんな悲しい事件が起こるのだろう。
さんだらぼっちを神棚に飾っている木戸番が、こどもたちを暖かく見守る長屋。伊三次にとって親戚のような人々の暮らすここでも、やっぱり、何かが起こる。
伊三次の隣家では、幼い娘が毎晩、夜泣きをして、母親に折檻されている。母親も、女手一つで子供を育てていて、毎日、稼ぎに出なければならないのに、娘に夜泣きをされては困るのだ。つい、折檻が行き過ぎてしまう。とうとう、お文が、娘を折檻する母親を、折檻してしまった。実の母親に殺されたかわいそうな武家の娘のことが心を占めていたせいだ。今度はお文がやりすぎてしまった。お文は長屋を出て行った。
よりにもよって、お文が、何かを起こすとはね。
お文が出て行った後の伊三次の部屋に、巾着切りの直次郎が来る。人差し指の先を切り落として、手を血らだけにして、脂汗を流して。
直次郎は小間物屋の娘の佐和と所帯を持ちたいのだ。直次郎は、娘の母親にも気に入られている。だから、巾着切りから足を洗ったのだ。
佐和の母親の喜和は、伊三次が昔、忍び髪結いをしていた頃に世話になったお内儀さんだ。かつては大店のお内儀で、何人もの若い男を遊び相手にしていた。だがそれは幼子を亡くした悲しみゆえで、内心は寂しさ、悲しさで一杯だったのだ。伊三次だけはお内儀の胸の内をわかっていた。今では小さな小間物屋の主となり、少々ふけて、かつての鋭い頭の働きに、人としての柔らかさが加わったようである。それは、端から見れば、好き放題な事をした末に落ちぶれた、ということなのだ。ほんのちょっと、そんなふうな物言いをした増蔵親分に、伊三次は、くってかかり、殴りかかった。
伊三次にとって、小間物屋のお喜和とお佐和は、だいじな人たちだ。伊三次は、直次郎を彼女達に近づけたくない。直次郎にお金を掏り取られたせいで、ひとりの男が首をくくっている。おとなしくてまじめな奉公人で、商家の手代として信用され、母親と幼い弟を養っていた。掛取りで集めたお金を掏り取られて、責任を感じて、自殺してしまった。伊三次は、お喜和とお佐和のために、涙を飲んで、直次郎に諦めさせた。
長屋から直次郎を送り出す前に、髪を結ってやる伊三次。優しいけど、やっぱり、直次郎はかわいそうだ。かわいそうだけど、直次郎のせいで、人が死んでいるんだもの、仕方がない。
切ない、悲しい。
伊三次は、長屋を出て、新しく一軒家を借りて、再び、お文と住み始めた。箸屋の翁屋という、九兵衛、八兵衛、七兵衛と三代続いて夫婦が健在のめでたい一家とも知り合いになった。九兵衛に名付け親になって貰ったという、きかん気だが男気のある少年九兵衛も、伊三次の弟子になった。さすが髪結いの小僧、近所の小僧のなかではお仕着せも髪も本人も一番、かっこいい、らしい。
そして、お文は、おなかに赤ちゃんができた。こんなふうに、明るい兆しも見えるけど……
弥八と結婚したおみつは、流産して、心がとても傷ついている。喜びのそばに、いつも悲しみも付いて来るようだ。
橋に佇むお文の肩に、さあさあ、雨に濡れないうちに家に帰ろう、と、手を回してくれる七兵衛の優しさが、そんなさりげない振る舞いが、救いになっている。
ざんざかざんざんと降る雨、長屋の朝顔、川開きの花火、今にも泣き出しそうな空の下の寂しい葬列、直次郎の黒い着物を緑色に見せる秋の陽射し、風混じりに降りしきる時雨。次々と悲しい出来事があっても、伊三次とお文の四季は、なんとか、粋と情と意気地を守って、続いていくようだ。