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電子書籍
少年キム
著者 ラドヤード・キプリング (著) , 斎藤兆史 (訳)
19世紀後半、大英帝国は黄金時代を享受していた。ところが英領インドを目指すロシアの南下に伴って「グレート・ゲーム」(闇戦争)が勃発。激しい謀報活動が繰り広げられる。インド...
少年キム
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少年キム (ちくま文庫)
商品説明
19世紀後半、大英帝国は黄金時代を享受していた。ところが英領インドを目指すロシアの南下に伴って「グレート・ゲーム」(闇戦争)が勃発。激しい謀報活動が繰り広げられる。インドの豊かな自然を舞台に、次第に戦いに巻き込まれていくインド生まれのイギリス少年キムの成長を描く冒険小説の傑作。
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紙の本
人も世界も灼熱の塊
2011/04/17 23:16
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
パキスタンに近いラホールの街で、路地から路地へと走り回っている親の無い少年。そのまま成長すれば、普通のインドのおっさんになっただろう。ただ彼は白人で、親は英国人だった。それはプラスにもマイナスにも働くだろうが、機転が聞いて好奇心旺盛、それで一人の通りがかりのラマ僧に出会う。「通りがかりの」と言っても、これが果てしない通りがかりで、ブッダの伝説にある河を探して、チベットから旅して来た高僧なのだ。
少年は僧の人徳に惹かれ、高位を投げうって放浪に出た老僧は少年の、多分躍動する生命力に惹かれたのだろうと思う。二人は旅の道連れとなる。
この僧が、博識で、敬虔で、誠実で真摯で、それでいて野心的で、知的好奇心が旺盛で、大胆で、慈愛に熱情にあふれて、まったく素晴らしいのだ。そしてチベット仏教の法話や教えを説く彼が、インドの人々に尊敬され、愛され、すっかり馴染んでいるのは、土地の文化によるものと、彼の人徳によるものと、半分ずつなのだろう。
それから少年は資金を稼ぐ必要があり、アフガニスタンの馬商人の仕事を請け負う。やがて少年の出生のいきさつから、彼は英国人としての教育を受け、今まで使い走りとして働いて来た仕事の真の意味を知る。それは大英帝国の権益を守るために、インドに触手を伸ばしつつある強国の動きをスパイすること。特に目前の敵はロシアだ。
こうして少年は、精神の師としてラマ僧の薫陶を受けて、一方で世界への参加という体験を組織によって得る。少年に見所があると評価されるのは、土着の事情に通じ、そこを軽やかに泳ぎ回る術を心得ているとことにある。少年はインドという土地、英国の政治、そして師の三つの環境を得て、経験を積んで実力を身に付けていく。
かといって少年の成長物語とも見えにくい。むしろ少年に象徴されるインドと英国のふたつの世界に、ラマ僧が挑んでいくように見える。それほどこの枯れきったような老僧は、能動的で魅力的だ。それは読者である僕も東洋人だからだろうか。この複雑な構造の物語で、もし読者の立場によって見方が変わるのだとしたら、多分ディティールも構成も巧妙に作られているのだろうし、それで手に汗握る展開であることも、その世界の仕組みをよく知悉していることに支えられている。
この奥深く得体の知れないインドという世界、そこでスマートな支配をしていると思っている英国人、たしかにいくらかの搾取はされていたとしても、支配者には理解できない世界を形作ってマイペースで生きるアジア人達。多様な宗教、それらをうやまう人々、東西から行き来して交錯する人たち、それらが実に生き生きとの描かれていて、植民地支配の是非などとは別に、少年より老僧よりこの亜大陸そのものが作品の主役となっているようにも思える。少年が身につけなんとする叡智も、パワーゲームの力学も、埃まみれの街角の悪人も、一つに溶け合った巨大な塊を見せつけられた思いがする。