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電子書籍

最後の忠臣蔵

著者 著者:池宮彰一郎

吉良邸討入りから引揚げる途次、足軽・寺坂吉右衛門は大石内蔵助に、生き延びて戦さの生き証人となるよう命じられた。義に殉じる事も出来ず、世間の視線に耐えて生きる吉右衛門は、十...

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最後の忠臣蔵

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商品説明

吉良邸討入りから引揚げる途次、足軽・寺坂吉右衛門は大石内蔵助に、生き延びて戦さの生き証人となるよう命じられた。義に殉じる事も出来ず、世間の視線に耐えて生きる吉右衛門は、十六年の後、討入前夜に脱盟した瀬尾孫左衛門と再会する。同じ境遇にある旧友にも、実は内蔵助から密かに託された後事があった。苛酷な半生を選んだ二人の武士の信義と哀歓を描いた表題作など、連作四篇「仕舞始」「飛蛾の日」「命なりけり」「最後の忠臣蔵」を収録。

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みんなのレビュー17件

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評価内訳

紙の本

改題前の単行本は『四十七人目の浪士』である。小林秀雄は忠臣蔵がこれまで人気があるのはもとの事件が日本人の心に強く訴えるものだからだといっていたそうだ。丸谷才一は忠臣蔵の核心は武士道ではなく日本人が歴史的に抱いていた御霊信仰だと分析している。それはともかく、忠臣蔵の奥には深いものがある。

2011/01/08 16:29

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

忠臣蔵ものはやはり寒気の候に楽しむものだろう。

昨年の暮れにも民放テレビで田村正和が大石内蔵助を演じるドラマが放映されていた。特に新解釈の作品ではなく昔ながらの名場面をつなげたもので、特段役者の演技力が優れていたわけではないのだが、どうしても涙をこらえきれないシーンがいくつかあった。
「立花左近との邂逅」。内蔵助が江戸下向の途中、身分を隠すために立花左近を名乗った旅籠で立花左近本人と出くわすのだが、内蔵助一行であることを看破、義挙決行と合点して黙ってこの騙りを見逃す。黙契の義侠心に打たれるのかも知れない。
「赤垣源蔵徳利の別れ」も、いい。決行の前日、内心を秘して兄を訪ねる赤垣は兄が留守であることを知り、兄の羽織を衣文掛けに吊るし、一人手酌酒をして帰る。帰宅した兄はその様子を家人に尋ね、死を覚悟した弟に思いをいたす。
しかしなんといっても「南部坂雪の別れ」。内蔵助が討ち入り決行直前に浅野内匠頭の未亡人・瑤泉院を訪ねる。決意を報告するはずだったが、吉良の間者がまぎれていることを見破り、西国大名に仕官するための別れのご挨拶だと断腸の偽りを告げる。怒る瑤泉院。雪の降りしきる門前に万感の思いで背を向ける内蔵助。直後にその真情を知り、短慮を悔いる瑤泉院………。これほどの泣かせの名場面は少ない。
いつでもこのシーンに出くわすと、そうなる。なぜそうなるのかは自分でもよくわからないのだが、長年にわたって忠臣蔵と付き合ってきた一種の習性みたいなものかもしれない。

他人には説明できない命を賭けた任務があって、しかし言葉には出せなくてもその真情を伝えたい人がいる。その相手は一瞬にして無言のままにすべてを理解する場合もあればタイムラグがあるときもある。人知れずさまざまな紆余曲折の苦闘、苦悩の日々に耐えて、来し方を振り返るターニングポイントがある。その時に実は自分は一人ではなかった、わかりあえる強い絆に支えられていたんだと気がつく。それを確信したうえで生死を全うする人たちの生き様、死に様に私の心は動かされているのだと思う。

『四十七人目の浪士』はこの泣かせの勘所を精妙美麗に結晶させて見せた討入後日談である。本著は「仕舞始」「飛蛾の火」「命なりけり」「最後の忠臣蔵」の小・中篇連作集であり、現在上映中の『最後の忠臣蔵』の原案になるものであろう。池宮彰一郎が1992年に傑作『四十七人の刺客』を発表して1994年にこの作品が刊行された。その後文庫版では『最後の忠臣蔵』と改題されている。テレビドラマに刺激され、再読してみたくなった。

「義挙の生き証人として、遺族の相談役として、ただ一人生き延びることを大石内蔵助に命じられた寺坂吉右衛門。逃亡直後の恐怖と惑乱の一夜から、旧藩士兄弟の危機への助力(仕舞始・飛蛾の火)、再び幕府に闘いを挑んで生命を賭けた自訴の顛末(命なりけり)、そして大石とかるの忘れ形見・可音の婚礼をみとどける十七年後(最後の忠臣蔵)まで………。死者たちと心結ばれた一人の男の熾烈な後半生を描く四篇」

池宮彰一郎の構想力に舌を巻く。
柳沢吉保の専横により公儀の討入りに対する処断は彼らを暴挙の罪人とし、その遺児には連座の罪を科する苛烈なものであった。公儀への戦さだとして討入りに挑んだ内蔵助はこのことを予見し、寺坂吉右衛門に密命を託する。それは討入りが天下の義挙であったことの生き証人として生き延びること、さらに義挙に加わらなかったことで誹謗中傷されながら生きねばならない旧藩士たちの保護である。
この過酷な状況を鮮明な背景としたことによって、主要登場人物たちと残された旧藩士たちそれぞれの悲哀、孤愁、痛哭の情の高まりはリアリティをもって読者の心をとことん揺さぶることになる。
さらにここまでの深謀遠慮と藩士たちへ情理を深くした人物という新内蔵助像を描出した著者の独創性にも脱帽する。よりどころをなくし離散した藩士たちには、亡き内蔵助の面影は求心力としてなお重き存在であった。これが最後の忠臣蔵を飾るエネルギーとなっている。

池宮彰一郎の名文がさらに読者を酩酊させる。
感情を抑制した、あくまでも静謐な文体である。しかしその静謐さは喜怒哀楽の感情で緊張した静謐さであって、浮世の冷たさにじっと耐えて生きているものたち哀切をしみじみと伝えてくれる。
また簡潔にして芳醇、漢字のもつ豊かな表現力に魅了させられる。人間の心の闇を事細かに説明することはいたってむずかしい。特にこの作品のような寡黙を強いられた人たちを表現するのはなおのことである。言霊というものか、一言の漢字が生む余韻は、むしろ深いところで現代人の心の琴線にふれるものなのだ。

さらに涙不要で楽しめるのが「いのちなりけり」、桂昌院一周忌法要の裏面にあった討入り始末記である。内蔵助が最終的に敵とした人物はおそらく柳沢吉保であったろう。本編は赤穂の遺臣たちが朝廷、新将軍を巻き込んだ大掛かりな吉保失脚のための謀略なのだが、虚実混沌としてこんな話が本当にあったのだろうかわからないままに、実に傑作なドラマであった。

小林秀雄は忠臣蔵がこれまで人気があるのはもとの事件が日本人の心に強く訴えるものだからだといっていたそうだ。丸谷才一は忠臣蔵の核心は武士道ではなく日本人が歴史的に抱いていた御霊信仰だと分析している。それはともかく、忠臣蔵の奥には深いものがある。

『四十七人の刺客』、智に働いた内蔵助。『四十七人目の浪士』、情に掉さす内蔵助。
企業はもとより組織には情理あいまったところのリーダーに求心する結束が不可欠だ。と、こんなことを懐古する世代にとってはこの忠臣蔵はまさに「最後の忠臣蔵」というにふさわしい。

エンタテインメント作家による現代的新解釈に私は軍配を上げたい。

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