紙の本
むー、単行本のデザインを引きずらないというのは、立派だけれど、ここまで姿が変わると、さてここにも忍法が、と思うのは私の短絡か…
2004/11/01 20:54
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
《先祖が見つけ出した霞流忍法書。その目録を与えられた松吉は友人のお供で幕末の京都に向かう。医術を学ぶ彼の前で繰り広げられる武士たちの姿》ユーモア時代小説。
漱石の『坊ちゃん』と忍者と聞くだけで、なにかとんでもないミスマッチな印象を抱くけれど、漱石の小説の発表は1906年。まだ幕末に活躍した人たちが活躍していた時代だと考えると、なんとなく腑に落ちる。忍術が大手を振っていた時代の直後、とまでは言わないまでも、おじいさんが忍者をやっていた人だっていただろう。とはいえ、この小説、なにも漱石の坊ちゃんが手裏剣を投げるという話ではない。文学といえば、式部、漱石、治で納得する日本人の心を上手く掴んだタイトルではある。
時代は幕末、文久三年(1863年)。九代横川兼房が書いたまま、物置に忘れ去られていた忍法書。養父甚右衛門の先代昌隆が発見し、体術に自信のない自分は試しもせずに甚右衛門に奥義を伝え、甚右衛門はそれを幼いうちから松吉に教え込んだ。医術を身につけようとする松吉の夢は篤志家の申し出で叶ったはずだったが、庄屋の鈴木尚左衛門が、貧しい松吉に学資と引き換えに出した条件は、尚左衛門の孫 寅太郎の江戸行きの面倒をみることだった。
学問も剣術の勉強も中途半端、失敗は何でも人のせいにする寅太郎は、親の金を湯水のように使いながら江戸に向かうものの、ふたりの足は途中から風雲急を告げる京都に。そこは尊王攘夷を巡って、新撰組が産声を上げたばかりの町だった。
芹沢鴨、土方歳三、沖田総司、坂本竜馬などの若き姿を見ながら、井桁屋の紹介で医術の勉強を始めた松吉に対し、志士を気取ったお調子者の寅太郎。井桁屋の娘で絶世の美女 琴乃を巡って、公家や新撰組が入り乱れて話は盛り上がる。
特に後半、時代をこえた融合が起きて、話は予想外の展開をし始める。筒井康隆ばりの吹っ飛びだけれど、気の弱い男たちの右往左往する姿や、武士達の虎の威を借る様子、それを冷笑するかのような女たちの逞しさ、彼らを巻き込む歴史的重要な事件などが上手く溶け込み、読んでいて確かに『坊ちゃん』を思い出すのだから、奥泉の試みは大成功だろう。
芥川賞受賞作『石の来歴』以降、『『我輩は猫である』殺人事件』『グランド・ミステリー』などジャンルをこえた作品を発表し続けている奥泉の、エンタメ系ベストといってもいい。新聞小説という枠を超えて、続編を読みたくさせる一冊。
紙の本
普通の時代小説にしておいたならもっとおもしろかったのに
2007/08/19 23:54
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ピエロ - この投稿者のレビュー一覧を見る
出羽の国で、家に伝わる霞流なる忍術を会得した主人公の松吉。が、これからの時代、忍術では食べていけない、江戸で医術を学ぼうと同郷の者と旅立つが、どういうわけか着いた先は天皇のおわします花の京。時あたかも尊王だ攘夷だと騒がしい時代。医者の家に書生として転がり込むことはできたものの、沖田総司や坂本竜馬とも顔見知りになって・・・。幕末の京都を舞台にした時代小説。
と思って読み進めると、最後に驚かされます。
夏目漱石『坊ちゃん』へのオマージュ作品ということで、松吉が次から次に様々な事件に巻き込まれていき、それを得意の忍術を使ったり仲間に助けてもらったりでなんとかかんとか乗り越え解決していく様は、読んでいてとても楽しい。が、これはおもしろい時代小説を読んだなぁと満足感に浸りそうになっている物語終盤にきて、え!何これ?と驚くような展開に。実験小説というかファンタジー小説というか・・・。著者らしいといえばいかにも著者らしいのですが、ここは普通に時代小説にしておいたほうが、数倍おもしろかったのではないでしょうか(まあ、そうなると今度は著者らしくないといわれてしまいそうではありますが)。なんとも不思議な小説です。
ちょっとしか登場しませんが、松吉の妹のお糸の健気な姿がとても印象に残りました。
投稿元:
レビューを見る
だからいったいどのへんが『坊ちゃん』なのか?
と言うツッコミは、奥泉光作品なのでしても無駄。
ともあれ、庄内藩で叔父さんと一緒に忍術修行に精を出していた横川松吉君が、幼なじみで調子コキだが金持ちの息子の鈴木寅太郎君と京都でいろいろするお話です。
つうか、松吉は巻き込まれてるだけだがよ。
そのへんが、坊ちゃん的客観的冷静さの持ち主と言うかリアリストっつーんですか?
それにしても、夏目漱石と言う人は笑かすのがうまい作家だったんだなあ、と逆説的に感心したワシなんでした。
肩の力を抜いた幕末モノと言う点では、『彦馬が行く』に相通じるモノがあるかもな。
お勧めです。
投稿元:
レビューを見る
全然面白くなかったです……。
漱石の「坊っちゃん」を擬した文体が主人公松吉の性格とマッチしていない。それでも最初はそこそこ楽しかったんですが、その文体も途中で勢いがなくなってしまうんですよね。ときどき知的な語彙が顔を出してしまったりして。
そのうえ終盤のアレは何なんだろう? もう初めからそういうおバカなファンタジーにしていたほうが、むしろ面白かったんじゃないかと思います。
もう一つ悪いことには、この中公文庫版に付された解説がたいそうまずいんです。全く熱が感じられなければ、読者が気づかないことを指摘してくれもしない。学期末のレポートを渋々書いている文学部の学生のよう。おそらくこの解説を書いた人もつまらなかったんじゃないかと思わされてしまう。
逆に言えば、なぜ漱石の「坊っちゃん」が面白いのかが分かる、というところには価値があるかもしれないけれど、到底オススメできません。
投稿元:
レビューを見る
時は幕末、庄内藩。師匠で養父でもある甚右衛門から霞流忍術を仕込まれた横川松吉。幼なじみの寅太郎を道連れに、医者を目指して京へ旅立つ。やがて二人は京で尊攘の志士たちの熱気に巻き込まれ…。『読売新聞』掲載に加筆。
投稿元:
レビューを見る
「(漱石の)坊ちゃん」「忍者」「幕末」。因数分解しても、共通因数はとりあえず「日本」ということだけという設定がほどよくシャッフル。良質のエンタテイメントです。本家「坊ちゃん」の文体そのまま、坊ちゃん忍者こと松吉はやたらと理屈っぽいわ間抜けな忍術は出てくるわ最後にはSFネタもからむわ。やーもう拍手喝采。
投稿元:
レビューを見る
カンチョー飯渕です。せめて副館長になりたいです。
第5回日比谷図書館チャンプル(2012/10/14)、自分で手にとって借りてみました。
荒筋も普通というか、そんなに主人公が滅多メタに活躍するわけではなく、何より、忍術がほぼ出てこないというシュールさ。
でも、漱石的な明るい笑いの文学という感じで結構楽しめました。
奥泉さんて、芥川賞作家だったんですね。そして、坊ちゃん殺人事件の作者だったんですね。どうりでー。
投稿元:
レビューを見る
『吾輩は猫である殺人事件』の奥泉光さんが描いた作品ということで、いつ坊ちゃんやその登場キャラが登場するか、いつ舞台がつながるか、と待ち構えていましたが、『坊ちゃん』とは直接関係ないようです。
終盤、幕末に居るはずの語り手が何度か現代の京都にタイムスリップする場面があるので、どうせなら一度くらい、明治時代の愛媛の坊ちゃんの世界にタイムスリップすれば良かったのに。
語り手の横川松吉は口下手で、切れの良い啖呵を切る場面はありませんが、冷徹な観察者であり、人物描写は辛辣です。
メインとなる事件は、姉小路卿暗殺事件。
語り手の横川松吉は偶然、下手人側のやり取りらしきものを目撃して事件に巻き込まれていく。
この姉小路卿暗殺事件というのは、本当にあったようです。
もちろんその他にも主人公やその仲間にまつわる小さな事件が発生し、日々は過ぎていくのですが、なにぶんメインの大事件に行きつくまでが長い長い。
物語は主人公が子ども時代に霞流忍術の修行をしたことや、悪友・鈴木寅太郎との京へ向かう道中、その道中に二人の仲間と知り合うことなど、様々な普通の日常が語られる。メインの事件が起こるのは、ようやく本の半分に辿り着いた頃。
最初からバンバン事件が起こるサービス満点のエンタメ系小説とは違います。
そういう点で、本作品は、純文学寄りなのです。
京都では開国・攘夷・佐幕・討幕派入り乱れてごちゃごちゃと権力闘争やっています。
中には悪どい連中もいて、純真な田舎者はカモにされたりします。
そんな時代に生まれてなくて良かった。
というか、今またそんな時代になりつつあるとか、今後そのような時代になりそうだとか。
横川松吉が姉小路卿暗殺の犯人を知っているらしい、ということで、宇都宮の国士・遠山大膳なる役者侍が乗り込んで来て談判します。
口達者な遠山大膳は見事な反対尋問によって松吉の自信を喪失させ、なかったことにしようと企みます。
いつの世にも橋下徹のような黒を白と言いくるめるような連中はいるもんですね。
多分、人類の歴史始まって以来、多くの勇気ある告発者がこのような屁理屈によって葬られてきたことでしょう。
やはり告発する時は、確実な証拠と人的手回しが必要。
そして物語のクライマックス、奇しくも同じ『坊ちゃん』をテーマとした
『贋作『坊っちゃん』殺人事件』(柳広司)のラストのような見開きモブシーンを思わせるごちゃごちゃ慌ただしい展開に。
ところで、苺田幸左衛門という侍が登場して仲間のようになるのですが、苺田という姓或いは地名は現実にあるのでしょうか。
検索すると、『苺田さんの話』(小沢真理)というマンガばかり出て来てよく分かりません。
http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20150819/p1
投稿元:
レビューを見る
冒頭から抱腹絶倒!
電車の中で読むにはあまりに危険!
本家『坊ちゃん』をはるかに凌ぐ毒舌に、ばっさばっさと薙ぎ払われる小心者の登場人物たち。
上司や同僚の顔を重ねてみれば、日ごろのストレスも晴れるかも。
投稿元:
レビューを見る
河出文庫版で読んだが、ここには中公文庫版のデータしかないので、ここにコメントする。
河出の表紙はポップな感じで、内容によりあっているように思うけれど。
さて、これはカバーにあるように、漱石の『坊ちゃん』のトリビュート小説。
設定も、ストーリーも全く違うけれど、文体が『坊ちゃん』(あるいは『猫』)を思わせる。
短い文を重ね、状況描写をする中に、語り手の時に人を食ったような観察がすいっと入り込む文体だ。
割と状況を「単簡」に、恬淡に受け入れてしまう人物のようだが、文体がそういうキャラを作っている気もする。
語り手にして主人公の「おれ」=横川松吉の率直さというよりは素直さがこの小説を爽快なものにしている。
それから、松吉の悪友、鈴木寅太郎へのまなざしも、どこか愛がある。
この人物は俗物で、卑怯というどうしょうもない人なのだが。
漱石の『坊ちゃん』を痛快には思わないが、同じように故郷を出て挫折する松吉たちの道行は、決して悪くない結末のように思われる。