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  • 販売開始日: 2012/04/01
  • 出版社: 新潮社
  • ISBN:978-4-10-115743-6
一般書

剣客商売十三 波紋

著者 池波正太郎 (著)

小兵衛の剣友を見舞った帰途、大治郎の頭上を一条の矢が疾った。心当たりはなかったが、これも剣客商売ゆえの宿命か。「お前が家を出るときから見張られていたのではないか」小兵衛の...

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剣客商売十三 波紋

税込 616 5pt

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商品説明

小兵衛の剣友を見舞った帰途、大治郎の頭上を一条の矢が疾った。心当たりはなかったが、これも剣客商売ゆえの宿命か。「お前が家を出るときから見張られていたのではないか」小兵衛の一言で大治郎は、次の襲撃を呼び寄せるように、下帯ひとつの裸身で泰然と水浴びをはじめた――「波紋」。旧友内山文太を想う小兵衛の心情を描き格別の余韻を残す「夕紅大川橋」など全5編。第13弾。

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評価内訳

一歩先に「老い」と「死」を迎える友の姿に、小兵衛は……

2012/01/25 18:34

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

この『剣客商売』シリーズ第十三巻は、天明三年春の、桜の花が散りかける頃から始まっている。前の第十二巻第四話『十番斬り』の冒頭で、天明三年の年が明けて秋山小兵衛六十五歳、大治郎三十歳、おはると三冬は二十五歳、大治郎の一人息子で小兵衛の初孫でもある小太郎は数え年の二歳になったと述べられていた。小太郎は、この第十三巻第二話『波紋』で、間もなく満一歳になると述べられる。その頃には蛙が鳴いている。

史実では、既に天明の大飢饉が始まっていて、この年の前後数年間に何万人もの人が餓死する。前のほうの巻で、天候が不順であることや、田沼意次が進歩的開明的な政策をとっても、最も苦しんでいる農民を救うことができないので悩んでいる、というくだりがあったりしたが、その後、深刻な流民や疫病の話は出てきていない。江戸時代に大小の飢饉は何度もあり、一番有名なのが天明の大飢饉で、田沼意次が失脚したのも、『剣客商売』シリーズに登場する一橋家の陰謀や松平定信との確執だけでなく、大飢饉へ対処しきれなかったことが、背景にあると思えるのだが。

さて、第一話『消えた女』は、小兵衛の妻にして大治郎の母であったお貞が死んだ後、小兵衛が関係を持った女性にまつわる話である。小兵衛は彼女がなぜ黙って金を持って消えたのか、わからない。どうせなら有り金全部持って行けばよかったのにそうしなかった理由もわからない。そして、彼女と自分の娘かもしれないけどそれにしては年が合わない小娘が、目の前にいる。といっても、声をかけるには、距離がありすぎる。彼女は捕り物の囮に使われているのだ。危ないじゃないか、と気が気でない、小兵衛。

いつものようにスーパー老人小兵衛の活躍もあり、小娘のほんとうの父母が誰なのかもわかるが、それでもやっぱり、小兵衛は、愛した女がなぜ有り金全部持って消えなかったのかがわからない。でも、彼女は小兵衛を愛していたのだろうし、事情があったのだろうと、推測する。思いやる。蛙の鳴く声を聞きながら、黙って冷えた酒を飲む、小兵衛と弥七だった。

小兵衛って、年をとっても、「男」の部分が、ちっともなくならないなあ……。今更の感想だけど……。もっとも、おはるからは、子供を産ませろ、という不満の声も聞かれるから、たとえば、2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」の白河法皇などに比べると、やはり、もののけよりも仙人に近い。

そして、第十三巻第二話『波紋』である。秋山大治郎が路上で刺客に襲われ、もちろん撃退したが、敵は更に人数をふやして、道場を襲ってくる。これももちろん、三冬と協力して撃退する。このパターン、私の大好きなものである。今回は更に、心配してようすを見に来た小兵衛も協力した。なにしろ敵は弓矢も使うので、油断がならなかったのだ。

私は、もっと大治郎と三冬の活躍が見たいのだけど、『剣客商売』シリーズは、小兵衛が中心になる話の方が多い。そして、老人の述懐が多い。かつての弟子や友人知人が長い年月の間に転落してしまうことや、老いて貧しかったり、病にかかったり、鋭かった頭が衰えてきたりする、哀しみ、寂しさ、そんな話も多い。それでも全体に明るい雰囲気が残っているのは、軽妙な会話やユーモラスな場面がちりばめられていることと、やはり、小兵衛がスーパー老人で、しかも、そばにおはるがいてくれるから、なのだろう。なにも自家用運転手さながらに小舟を漕ぐだけじゃないのだ。武州の草加から野菜を売りにくる婆さんの身の上話を聞いたり、その婆さんはもしかしたら庭先ですれちがった男の母親かもしれないのに誰も気づかなくて、私なんか、ああー、親子の対面ができない、こんなんかわいそうや、あかんあかん、って思ってしまうのだが、それでもこの小説では、小兵衛が、冬より夏がいいと言うと、すかさず、

>「冬は炬燵があるものねえ」

と返したりする、おはるの明るさ、健康さが、全体の雰囲気を支えている。

第三話『剣士変貌』では、一介の剣士として生きているうちは剣の腕も人柄も良かった男が、道場主となったことが人間としての堕落のきっかけになり、ついには罪を犯すようになってしまっていた。一方、彼にねらわれた商人もまた、かつては穏やかな人柄だったのに、法律上はともかく道徳的には悪人に成り下がっていた。ちょっと成功したり、身内が死んだりという、それ自体は、いわば、ありふれた、あたりまえの出来事がきっかけで、人が(悪い方に)変わってしまうというのが、悲しくも、こわくもある。

第四話『敵』には、藩の財政の立て直しを請け負う「仕法家」というものが登場する。また、田沼意次が印旛沼の干拓や北海道の開拓に着手しようとしている、という記述もある。印旛沼の干拓は徳川吉宗も試みて、失敗した。この小説には出てこないが、田沼時代の後、水野忠邦も試みて失敗している。そして、意次の失脚は、この「干拓」の失敗の直後にやってくる。秋山小兵衛や大治郎や三冬たちにも、どんな運命の変化が訪れるか、私は心配でしようがない。

さて、『敵』では、財政手腕も人柄も優れた仕法家が暗殺されてしまう。田沼意次はこの事件を重く見ていた。秋山小兵衛と大治郎と、四谷の弥七たちが大活躍するのが楽しい。最後に、意次によって、徳川吉宗に関わる秘密が明かされる。意次は父の代に紀州から吉宗に率いられて江戸に来たから、こういう話も出来るのですね。しかし、結局、大きな政治的陰謀の話とかではなかったのは、ちょいと残念。

第五話『夕紅大川橋』では、小兵衛の親友内山文太の秘密が明かされる。それとともに、文太の「老い」が、小兵衛の胸をしめつける。そして、「死」。

小兵衛が、大川橋へ疾走していく。秋の日が沈もうとする頃、まだ大勢の人が行き交う大川橋で、小兵衛は、無頼者たちをたたきのめす。あっという間に走り去る小兵衛。人々は、天狗か、と噂する。

今まで、天狗になったり河童になったり、スーパー老人小兵衛は変幻自在に活躍してきたけれど、このラストは、遊びでもいたずらでもない。小兵衛もまた、「老い」と「死」の恐怖と孤独を実感したとき、もののけになるのだろうか。ほんの、いっときだけでも。

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「よい爺(じじい)ぶりじゃ」…老境を模索する

2003/09/27 16:06

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:流花 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 老人は、己の来し方を語るのは得意であっても、行く末を語るのは、不得手である。それは、限りなく“死”に近いからであろうか。自分の人生がどのような形で終わるのかなんて、予想ができないし、したくもないというのが、人間として当然の気持ちであろう。
 『剣客商売』も、13巻めである。三冬も、大治郎と夫婦になり、小太郎が生まれてからは、めっきり出番が減ってしまった。出てきたとしても、ほんのついでである。だから三冬の心中が語られることなんてない。心なしか大治郎の出番すら少なくなったように思えてしまう。三冬ファンとしては、やはりおもしろくない。何か『剣客商売』に対する“熱”も覚めてしまった。
 しかし、『剣客商売』で、池波正太郎さんが描きたかったのは、やはり“小兵衛”なのだ。小兵衛59歳という設定で始まった『剣客商売』シリーズ。本書では、小兵衛は65歳になっている。池波さん自身も、本書が単行本として発行された年に、還暦を迎えていらっしゃる。池波さんにとっても未知の世界である“老境”。 “ひとりの剣客がどのような老境に達するか”。それを手探りで模索しながら、ご自身の“老境”も模索しておられたのではないか。
 「よい爺(じじい)ぶりじゃ」…第一話「消えた女」の中で、小兵衛が、堂守の嘉平という六十がらみの老爺をこう表現している場面がある。小兵衛にとっての理想の爺の姿が彼の中に見いだせたのだろう。やはり他人の“爺ぶり”は気になるものである。息子は自立し、孫の小太郎も生まれ、名実ともに“おじいさん”となった小兵衛。時々、剣で人助けをしながら、悠々自適の生活を送る。なかなか素敵な“爺ぶり”ではないか。人生ここまで来れば、人それぞれである。だから、老境も十人十色である。小兵衛の知り合いにも、10歳年上の医師小川宗哲がいる。医師と剣客では立場がまた違うが、二人は碁がたきであり、小兵衛も宗哲の老境を間近に見ながら、己の老境を探っているようでもある。しかし、やはり小兵衛にとって、同じ剣の道を志した者の老境というのが、一番切実に迫ってくるものなのであろう。
 「夕紅大川橋」。これを読んだ時にわかった。内山文太、75歳。辻平右衛門の愛弟子であり、小兵衛とは同門の親友である。妻は病死し、娘の嫁いでいる井筒屋へ引き取られ、孫や曾孫に囲まれて、楽隠居している。その内山老人が、突然行方不明になってしまうのである。しかも、老人が岡場所の妓と猪牙船に乗って、大川をすべっていくのを、小兵衛は目撃している。何不自由ない楽隠居がなぜ? 不可解である。だが、そこには、老人の“過去”があったのだ。本人も忘れていたような、というか、もう無きものとして、彼の心の中に埋葬してしまった“過去”が。現在の幸せな生活の外側で、ひっそりと静かに回っていた“過去”。それが、ここまで来て、思いもかけぬ形で、しかもいっぺんに、目の前に現れる。老人は、その一件の後、呆けてしまい、急死するのである。小兵衛は、この一件の最中、「久しぶりに、愛刀を引き抜いた内山文太の皺だらけの顔に血がのぼり、生き生きとしている」姿を見ている。死の前の一瞬、灯った微かな灯し火。剣の道を生きた男の本性。「自分(おのれ)の半身(かたみ)のような気がしている」内山老人の死は、小兵衛にとって、自分の死を見るようなものだったのだ。
 “過去”の積み重ねが現在であり、未来である。剣客ならば、「勝ち残り生き残るたびに、人の恨みを背負わねばならぬ」。老境も十人十色である。「年をとった」と口では言っていても、老いとはどのような境地なのか、誰にとっても未知の世界なのである。ましてや、自分の行く末——“死に際”を考えることなんて、できるものではない。でも、それでいいのだ。人の一生は、いくつになっても“いかに生きるべきか”を探り続けるものなのであろう。

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環境に迎合せず自然体を選ぶ強さが、人を幸せに導く要素の一つ。

2012/02/23 19:10

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る

 剣客商売も、とうとう十三弾。
 毎巻五、六話を収録しているわりに、似たような話もなく、飽きがこない。
 そして、その中には、必ず、気に入ったり、強く印象に残る作品がある。
 今回も印象に残った作品が二話あった。

 ひとつは、本領に合わない環境に身を置いたために、道を踏み外してしまった剣客を描いた【剣士変貌】
 小兵衛も好意を抱くほどの好男子だった横堀喜平次は、長年の宿望を達し、道場を構えることができた。
 しかし、師の中西と小兵衛は不安を感じていた。
 道場の主となった横堀は、中西の許へも、小兵衛の道場へも、ふっつりと姿を見せなくなってしまったのである。

 自分の性質に合わない環境が、人にどのような影響を与えるか、という一例を見せつけられた作品。
 しかし、それは悪い環境が与える影響というのではない。
 環境も自分も健全。
 ただ互いの波長が合わず、環境に合わせたために心身のバランスを崩す、といった相性のようなものだ。

 この横堀喜平時のように、環境に合わせて心身のバランスを崩す者がいる一方、環境に合わさず、自分の波長を守る者もいる。
 著者の池波正太郎がそうだった。

 池波正太郎は、小学校を出てから茅場町の株式仲買店で働き始め、チェッカー係というのをやることになった。
 テープに打ち出される相場の変動をメモし、これを店内の客や店員に、大声を張り上げて知らせるという役目だ。

「ここで私は甚だ困惑した。どうしても、大声が出ないのである。いや出したくないのである。(略)人間が大声をあげるということは、人間自体の肉体、または感情に、著しい刺激か昂揚があってこそ自然なのであって、機械から出る数字を、むやみやたらに、たった一人で空間に向かって叫ぶと言うことが、どうにもバカバカしくてならない。普通の声でやっていると、もっと大きく怒鳴れと支配人が言う。私には、まことにいけないところがあって、こう無理に強要されればされるほど、相手の思うままにならなくなってくるところがある。」
〈エッセイ【「ろくでなし」の詩と真実】(『おおげさがきらい』に収録)より〉

 とうとう、これが原因で池波少年はカブヤをクビになってしまう。
 大声を出さなければクビになるとなって、店員一同、池波少年を諫めてくれたそうだが、ついに大声は出なかったという。
 多少意固地になっていたのかもしれないが、環境に迎合せずに自然体でいることを、身体が選んだように思える。

 水木しげるも池波正太郎と同様に、環境に波長を合わせなかった一人だった。
 詳しいことは『ねぼけ人生』に書かれているが、学校も就職も長続きせず、軍隊に入ればビンタの嵐。
 しかし、そんなことには動じない。
 というより気にしていない(ように思える)。

 自然体を守ること、自然体でいられる環境を見つけることは、なかなか難しい。
 しかし、池波正太郎や水木しげるは、自然体であることを選び、環境に迎合しない道を選んで、損や苦労をしたものの結果的に幸せをつかんだ。

 横堀喜平次は、そんな自然体でいる方法や、波長の合わないものをはねつける強さが欠けていたのだろう。
 中西や小兵衛が横堀を杞憂したのも、そういう力の不足を感じ取っていたからなのかもしれない。

 こうして環境との相性を考えてみると、自然体を選ぶ強さが、人を幸せに導く要素の一つなのかもしれないと思った。

 * * *
 小兵衛と同門だった内山文太の秘密と死を描いた【夕紅大川橋】も良かった。
 小兵衛が自分の半身のような存在とまで言った内山文太に、自分の知らない秘密があった。
 そして、そのことで問題が起きたにも関わらず、自分に相談してくれなかった。
 その内山の死に、小兵衛の抱く寂しさと悲しさを含んだ怒りが、とても印象に残る作品だった。

【収録作品】
 消えた女、波紋、剣士変貌、敵、夕紅大川橋。

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2010/09/13 07:49

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