- 販売開始日: 2012/04/01
- 出版社: 新潮社
- ISBN:978-4-10-115747-4
剣客商売番外編 黒白(上)
著者 池波正太郎 (著)
祖父の代から目黒に道場を構えていた小野派一刀流の剣客・波切八郎は、御前試合の決勝で敗れた秋山小兵衛に真剣勝負を挑み、小兵衛は二年後の勝負を約した。それを待つ身でありながら...
剣客商売番外編 黒白(上)
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商品説明
祖父の代から目黒に道場を構えていた小野派一刀流の剣客・波切八郎は、御前試合の決勝で敗れた秋山小兵衛に真剣勝負を挑み、小兵衛は二年後の勝負を約した。それを待つ身でありながら八郎は、辻斬り魔に堕ちた門弟に自首を促すことができずに成敗してしまう。道場を出奔し浪々の身となった八郎は、想いを通じた座敷女中のお信にそそのかされるまま、お信の敵、高木勘蔵を討つ。
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黒い世界に落ちた八郎を、白い世界から気遣う小兵衛の物語……?
2012/07/15 13:57
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投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
『黒白』という題名から、囲碁を連想した。だが、主人公の波切八郎が得意なのは、将棋だった。そして、彼は、自分以上に将棋の強い女性、信(のぶ)に恋をしてしまう。ところが、彼女は、実は、初心な男を手玉に取る、とんでもない悪女だった……かのように見えたのだが、それもまた、違うようだ。信には、深い事情があり、波切八郎も、底の知れない闇の世界にはまりこんでいく。
剣術一筋に生きて来た、若い道場主が、悪意を秘めた人々によって人生を狂わされるという、陰惨な物語になりそうに見えて、意外や、暖かさと明るさは失われない。父の代からの高弟三上達之助や、同じく父の代からの老僕市蔵の、義理堅さや忠実さは言うに及ばず、闇の世界に落ちてから知り合った、岡本弥助や、その部下の伊吉も、憎めない人物である。それに、なんてったってこれは、あの秋山小兵衛の若き日の物語なのだ。『剣客商売』シリーズ中の短編『剣の誓約』で、小兵衛が大治郎に語り聞かせた、後に妻となり母となるお貞(てい)を、兄弟弟子と争い、小兵衛が勝ったという、あの頃の話なのだ。
同シリーズ中の短編『天魔』に、笹目千代太郎という、驚異的な跳躍力と悪魔的な性格を持つ剣客が登場したが、ちょうど彼と同じような、驚異的跳躍力を持つ、水野新吾という若者が、波切八郎転落のきっかけとなった。
八郎も、新吾も、そのときまで、そんな傾向はまったくなかったのに、ふとしたきっかけから、八郎が同性愛的な欲望にとらわれて新吾に襲いかかりそうになり、新吾は逃げる。
このエピソードは、なかなか、おもしろい。私は、あの秋山大治郎が、短編『剣の誓約』で、片肌脱ぎで弓矢の稽古をする伊藤三弥に出会ったり、その翌日には、小兵衛の隠宅のそばで、男装の佐々木三冬に出逢い、女性とは気づかずに、その美しさにみとれてしまったエピソードを思い出す。大治郎の場合は、同性愛への誘惑にさらされながらその傾向が発露する間もなく、三冬への異性愛へと発展していったけれど。
背の低い小兵衛は大治郎の胸のあたりに頭が届く程度。波切八郎も、ちょうどその大治郎ぐらいの背丈で、大治郎と同じように巌のようにたくましい男性だ。それに信に出逢うまで女性を知らなかったというのも、どこか、三冬に出逢うまで女性を知らなかった大治郎と共通する。いわば、『黒白』は、もうひとりの大治郎の物語、といえるかもしれない。
その物語が、八郎が父親に斬られそうになって逃げる夢で始まると言うのは、衝撃的だ。しかも、目を覚ました八郎の枕元には、父親手づくりの有明行灯があり、父子の愛情は、小兵衛と大治郎と同じように、深いものなのである。
にもかかわらず……八郎は、どうして、このような運命に落ちてしまったのか?小兵衛との真剣の立ち合いの約束をしておきながら、それを破らねばならなくなり、剣客として世に立って行くことを諦め、暗殺を請け負うようになった。こうなった背景には、徳川の天下を守るために暗黒の部分を担う大名か旗本かわからない誰かの意志が、関与しているらしい。岡本弥助は、その人物の配下なのだった。
八郎の下僕だった市蔵が、新妻お貞を迎え、新しい道場を建てた小兵衛の下僕となり、小兵衛の八郎への尊敬と友情は、変わることがない。八郎は闇の世界から戻ってくることができるのか。岡本弥助の仕える主人は誰で、何を企んでいるのか。真相は下巻で明らかにされるのだろう。