『きれぎれ』の興奮を思い出す
2020/04/15 21:26
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投稿者:ワシ - この投稿者のレビュー一覧を見る
今さらながら圧巻される始末。
めぐるめぐる、思考はめぐる。常識は揺らぎ、軸はぶれ、絶対点を見失う。
そして果てた存在は次のお宿を目指してあちこちをめぐる。
このスピード感と圧倒的な没入感。
一見しただけでは支離滅裂なのに、どうしてここまで響くのかは分からない。
執筆に七年もの期間をかけた六百ページの大作。
読み進めたら実にわずかな、そして大変密度の濃い時間だった。
江戸時代260年の侍か
2025/04/06 06:15
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
はたまた平安時代400年の源氏なのか世界観がはっきりしません。桐の壺を飛び出し次なる宿を目指すという町田さんの意志は明確、第二皇子のように光輝くことでしょう。
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宗教と宗教に寄りかかる人間の哀しさがとってもオモロかった。
「見苦しいなあ、見苦しいんだよ。自分のやったことなんだから諦めて処刑されればいいじゃないか」P632
このセリフが全てじゃないか。
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こういう小説は初めてだ。何と名づけていいのか。一種のパロデイ小説か。はたまた、妄想小説と呼ぶべきか。これは純文学になるのか。前例を求めのなら、筒井康隆の小説にはちゃめちゃな小説があったと思う。言葉遊びの中で妄想が広がって行き、現実か夢か区別がつかなくなってくる。石松の金毘羅詣りを元にパロディ化しているのだと思う。ページはかなりあるのだが、最後まで読めきったのは、何かがあるのだろ。
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町田康の多くの小説は、多彩な擬音・現在と過去の区別・実在なのか創造か・人間なのか動物か・死んでいるのか生きているのか等等 意味不明・摩訶不思議な調子で淡々と続くのです。結末も何だかスッキリしない読後感があったりするのですが、面白いいんです! 読みながら何故だか声を出して笑ってしまうんです。
この小説は、ある世界で師匠に仕えて暮らしているうだつの上がらない弟子”鋤名彦名”が主の指令で大刀を遠い国の神社に奉納する道中記ですが、いきなり大刀奉納って江戸以前?とか思うのですがやはり町田小説は凄いのです。現代ぽいテンションと江戸的な様相を呈した舞台となっていて何がなんだか判りません。。。
この彦名は各地を旅しながら不本意にも人を殺したり強盗を働いたり街を破壊したりと次々と犯罪を繰り返して行く、それでも主の命である大刀奉納を目的にどんどん障害を乗り越えたり逃避行したりしながらつき進んでいく。
一度は磔になって殺されながらも最後にはミッションを完了するのだが目の前に現れた現実は、、、
人生は”宿屋めぐり”です延々とぐるぐる廻るみたいです
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これまでになく破天荒・奇天烈な内容の小説で、特に導入部どう解釈してよいやら悩んだのだが、次第に強引に物語に引き込まれていく。「ヨブ記」など宗教的なテクストを想起させる部分が多い。
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摩訶不思議、数奇奇天烈。時代考証滅茶苦茶のストーリーが章立てもなく続く。町田氏ならではの飄逸諧謔が随所に鏤められており厭きさせない。騙され追い落とされ七転八倒する主人公。虚偽欺瞞が何のひっかりもなく横行する現代に、正しい倫理観を打ちたてようと煩悶する著者そのものを見る。
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ときに理解を超えるが、しかし読まないわけにはいかない。自我がだだもれになって、主人公と読者の境目すら怪しくなる。主とはつまり・・・。『告白』につづいて傑作を読んでしまった。ああ、しばらく読書したくない気分。
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長かった!
不幸が起こると、何故自分だけこんな目に会うのか、好転するとこれは主の思召しだ、人殺しや盗み放蕩的な態度を全て贋の世界だからとなんたかんだと理由をつけて自分自身を納得させる。全てが因果応報という事も気付かずに。
そんな人間の弱さやズルさを宿屋で会う奇怪な人に依って暴かれ、そんな時、人はどんな対応をするのかで人間性が問われる。人は嘘を着く唯一の動物だけど、他人には通じる嘘でも自分自身には決して通用しない。主はその自分自身を戒める本来の自分だったのかも。所々で、あっ、と思わせる。さすが町田さんです。
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厚さ4センチぐらい?持って歩くのが大変だったけれど、やっと読み終わった。
「告白」の流れを汲むムード。
わけのわからない時代設定、人名、擬音、そいういうのを乗り越えて読んでいくと、後半残り三分の一ぐらいからスピード感が増していき、なんだか自分のことを言われているような錯覚に陥りながら、あるいは自分が主と対話しているような気分になりながら、ラストに向かっていく。ということは、これは引き込まれているということ?
それにしても、苦しくても辛くても、悲惨極まりなくても、最後には気分上々になれる、不思議な物語でした。
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700ページ超の大長編。
主人公、鋤名彦名の独白形式。
“主”に命じられた大刀奉納の旅の道中、くにゅくにゅに飲み込まれてはじまる苦行のような日々。
自分の都合の良いように言い訳ばかりして、どんどん落ちぶれていく主人公。
結局残るものは何もなかった気もするが、読後の感覚が忘れられない。
読書脳を活性化させられた。
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「パラ…、なんだいそりゃ?」と尋ねたのはのび太。それに答えたのはドラえもん。
「パラサイト」なんて言葉があるね。寄生って意味なんだけど、要するに独力では如何ともしがたい低級な能力しか持っておらぬ存在がために、より上級な存在におべんちゃらを使って、胡麻を摺り摺りして、ご厚恩にあずかるというか、ま、あずかるというよりも甘えるだよね、これは、うん、って違う違う、そげなこと、ドラえもんは答えていないよ。
じゃあ、「パラダイス」。楽園というか極楽というか。まあ、何かよくわからないけれど、とりあえずハッピーなんだよね。昔、スーパーファミリーコンピューターで『ワギャン・パラダイス』なるソフトがあって、ワギャンという名の恐竜、恐竜というてもその外見はちっとも恐ろしくなく、むしろ当世流行りのゆるキャラのような愛らしいルックスをしたキャラクターが、ワーとかギャーとか言って敵を懲らしめるみたいなアクションゲームなんだけど、そういえば、ドラえもんの大長編シリーズの第1作目は『のび太の恐竜』だったね、『ワギャン・パラダイス』とはまったく連関はないんだけれど、っていうかそもそも「パラダイス」でもないよ、ドラえもんが答えたのは。
じゃあ、正答を述ぶると、「パラレル・ワールド」。平行・並行世界というやつだね。今ある世界と同時並行的・進行的に存在している別世界。この2つの世界それぞれに己が存在していて、ある事象に対して、Aという選択肢をチョイスした己が存在しているのは今ある世界。で、Bという選択肢をチョイスした己が存在しているのはパラレル・ワールド、別世界、てな感じ。
僕らは平生より、いろんな判断・決断をしたり、あるいは迫られたりしていて、例えば今日の午飯は鰻丼にしようかチャアシュウ麺にしようかとか、長年連れ添うたパートナーに別れを切り出すべきかあるいは腐れ縁・現状維持にて耐え忍ぶべきかとか。ときには熟考を迫られるお題目もあるけれど、大概の事は即断即決するのは、ぱぱぱっと決めて行かんと捗るものも捗らなくなり停滞するから。
そのぱぱぱのせいで、後々、悔いやら反省やらと向き合わんければならない破目に陥るんだけど、でも、生きていくためにはある程度のぱぱぱは必要、忙しいからね人間は。ああ、あのときもう1つの選択肢を選んでおったら、今頃、己はどれだけ快楽・愉悦に浸ることができたことかなんて後悔することもあるんだけど、所詮それは叶わぬ妄想に過ぎず、現実にパラレル・ワールド云々をいうて生きている人はほとんどおらんだろう、忙しいからね人間は。
とはいえ、「もう1つの世界・もう1人の自分」というフレーズにはなんとも蠱惑的な響きがあって、実際にそれを妄想してしまうことを、まあ、赦されているのが人間。特権。猿や犬やミジンコなどが別世界だのもう1匹の猿・犬・ミジンコだのを思念することなどないからね、うん、ミジンコの数え方が「匹」なのかどうかは疑わしいけれども。
結局、今ある世界に、つまり現状に満足できん自分がいるから、そんな阿呆なことを考えるのだ。「今生」が駄目なら「後生」があるサ、などというのも、「後生」に���いて自分がええ思いをしたいがために、今生のことはもう諦めて、残りの人生の艱難辛苦はオール我慢するよ、我に七難八苦を与えたまえ、そのかわり後生のことはおたの申します、あ、でもなるべく辛度い思いはしたくないから、やっぱり二難三苦くらいにまけたって丁髷、なあんてどこかしら不純かつ自堕落な欲望を発露とする、愚。愚。愚。負け。感情の敗北。
別の世界・別の時代に期待すればするほど、今を生きている生身の・リアリティーの伴った自分を疎かにしてしまう。あるいは拗ねる、いじける、怠ける、生蔵。そんな箸にも棒にもかからぬような根性では、今生を台無しにするだけでなく、もう1人の自分も(それは並行世界にいる自分だか、いつか生まれ変わるときの自分だか分からぬが)、同じように台無しにしてしまうことだろう。何故ならば、そんなぐうたらな思想しか持たない魂なんだから。救いようがあらぬ魂なんだから。
決して冷めているわけではないよ。ドラえもんはいないし、恐竜・ワギャンも架空の世界だ。もう1人の自分、if…なんてのも、あるいはドラえもんやワギャンと同レベルの話なのかもしれぬ。
グダグダしておったら、いつまで経っても・いつになっても・どこに居ても、あなたはグダグダのまんま。要するに、今を真実・真正に生きよ、このことに尽きるんだよね。人間だから、おかしな期待感を持ったり、情欲に憑かれたりというのを完全に避けるのは厳しいかもしれないけれど、せめてオイラは真面目に生きていますぜ、そう胸を張って言えるくらいの生き様を見せてやるんだぜと、それくらいは決意し実践せんければあかんのだなあと僕は私は思ったのでありました。
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世界との齟齬に戸惑ったり毒づいたり言い訳したりしながら延々と彷徨し続ける主人公・鋤名彦名。ちょいちょい回想されては異常な暴力と説法を繰り広げる主。
いろいろ思い当たる節がありすぎて、読むのがめちゃめちゃ辛かったです。
泣き叫びながら五体投地したくなるのを堪えるのに難儀。
それは言わないでくれ、そんな所まで踏み込まないでくれ、私の心のデリケートゾーンに。という感じ。
700頁以上ある長編なのに、読了と同時にもう1周しています。
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見事なまでの独り語り。ああでもない、こうでもないとこの「贋の」世界で喘ぎ、苦しみ、ときに悦楽に浸りながら、「主」なき世界を彷徨する物語。贋の世界に入り込んだとき、人はどうするのか?嘘と本当がひっくり返った世の中で、主人公・鋤名彦名は問い続ける。「おれは正しい航路を進んでいるのですか?」
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700ページを超える長編は、読み進むに連れ町田康ワールドがヒートアップし、やがて全開へ。これだけ広げて、いったいどう収拾するのだろうと心配になるくらい(なるほど、そういう結末か)。「パンク侍」の小説が面白いのは、やはり優れたリズムの文体にありと再認識した。
独特の文体や世界観から読み手を選ぶ町田康作品だけど、「小説好き」「落語好き」な人には、ぜひ一度読んでもらいたい(今作ややグロいところもありますが)。
巻末の笙野頼子の解説が、暴走&空回りしています(笑)