「法令遵守」が日本を滅ぼす(新潮新書)
著者 郷原信郎 (著)
「申し訳ございません。違法行為を二度と起こさないよう、コンプライアンスを徹底いたします」とは、不祥事を起こした際の謝罪会見での常套句。だが、こうした「コンプライアンスとは...
「法令遵守」が日本を滅ぼす(新潮新書)
ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
商品説明
「申し訳ございません。違法行為を二度と起こさないよう、コンプライアンスを徹底いたします」とは、不祥事を起こした際の謝罪会見での常套句。だが、こうした「コンプライアンスとは単に法を守ること」と考える法令遵守原理主義そのものが、会社はおろか、この国の根幹をも深く着実に蝕んでいるのだ。世の中に蔓延する「コンプライアンス病」の弊害を取り上げ、法治国家とは名ばかりの日本の実情を明らかにする。
著者紹介
郷原信郎 (著)
- 略歴
- 1955年島根県生まれ。東京大学理学部卒業。東京地検特捜部、長崎地検次席検事などを経て、桐蔭横浜大学法科大学院教授、同大学コンプライアンス研究センター長。
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
小分け商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この商品の他ラインナップ
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
「コンプライアンス」の本来の意味
2007/02/23 15:18
11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
近年新聞テレビ等で頻繁に聞かれるようになった「コンプライアンス」。「法令遵守」という訳語は、アメリカなどで実際に使われている意味、つまり原語の意味からすると的確なものではないという。それは単なるニュアンスの違いを越えて、法令を破ったら悪、逆に言えば、法令さえ守ればそれでよいという法令に対する日本社会特有の体質を浮き彫りにしている。著者は、この体質が引き起こす問題点について、ここ数年マスコミを騒がせている、企業の不祥事や事件を題材にしながら論じる。
その第一は、公共事業の談合問題。高度経済成長期における談合は、官庁が提示する限られた予算に対して、業者側が話し合い、適正な業者へと割りふるという自由競争的な原理をもっていた。ところがバブル崩壊後は、すべての談合が違法とされ、純粋な競争入札制度が導入された。一方では、構造改革の流れで、官庁による監視の目が緩んできており、その結果、低価格で事業を請け負った業者の欠陥工事が横行することとなった。第二は、ライブドア・村上ファンド事件に見られる証券取引法の問題。一連の捜査・逮捕劇を通じて東京地検がこれらの企業を提訴したその罪状は、本来の判例から見ると実にささいなものであるという。その背景には、株式の分割販売などアメリカなどでは処罰の対象となり、本来証券取引法においても定めている罰則が、実際に日本ではこれまで行使されなかったという事情がある。第三は、耐震強度偽装事件。その背景にあるものは、いいかげんな設計をしても、検査機関の検査を通ればそれでよいという建設業界全体に浸透した考えである。そこでは設計・建築・検査・販売という業界全体が共謀して不正行為を助長する体質ができあがっている。最後に、パロマの瞬間湯沸かし器事故をとりあげ、これも事故の原因がメーカーとしての自社にはないということを法的に立証することだけを念頭に置いた法令遵守的態度の結果であると断言する。
これらどの事件においても、法令遵守が徹底して行われてきたことが問題の大きな原因となっている。法令さえ守っていれば、自分や自分の会社は責めを負うことはない。このような考えが結局は、社会に対する大きな迷惑を生むのだ。また、同じ考えは官界とマスコミにも蔓延しており、彼らを通じて社会全体にこのような風潮が広がっているのが現状である。「コンプライアンス」とは本来このようなものではない。社会が何を本当に求めているのかを組織全体が敏感に感じ取って、その都度臨機応変に対応していくことこそが、コンプライアンスの本来あるべき姿である。
最後の結論部分はある意味、理想論という気がしないでもないが、本書は、事なかれ主義におちいりがちな現代の企業や組織に対し覚醒を促す点で啓蒙的な読み物であり、十分説得力のある議論が展開されていると思う。
最近の経済事件は、よく仕組みがわかりません。
2009/03/29 11:11
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:龍. - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近の経済事件は、よく仕組みがわかりません。
何が正しくて、何が悪いのかの判断がよくわからないのです。「泥棒をした」というのは、悪いことだとわかります。しかし、「インサイダー取引をした」というのは、事実関係があいまいでよくわからないということが多いです。
しかし、一旦マスコミに「悪」と決められてしまえば、悪になってしまう。
本書は、最近の法をめぐる問題を「法令遵守」というキーワードから論じています。
「法」の存在の裏に様々な意思があると著者は指摘しています。ところが最近の事件は、その意思を無視した法律の文言だけでの判断となるため、世間の感覚とずれが生じていると指摘しています。
つまり形式的には法に触れていないという企業行動が多いのです。
法は、現実社会に即した形で運用されるべきもの。形式主義がまかり通ると、本質を見失います。
また、この形式主義にマスコミがのっかってしまうのも問題。法が裁く前に、マスコミが裁いているような印象があります。
「コンプライアンス」という言葉の訳語は「法令遵守」。これには形式主義の響きがあります。しかし、本書の中で、著者が主張している訳語は、「社会的な要請にこたえる」。
本質が大切。
龍.
http://ameblo.jp/12484/
「コンプライアンス」の罠
2020/11/29 21:57
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者は方を守らせる側の検察官だが、その著者がいたずらに法令遵守を盲信することの危険性を説く。コンプライアンスは単に法令遵守ではなく、その背景を考えた上で実践しないとかえって害をなすということを他の著書でも述べている。提言されているのは「目」を持つ組織になれということ。それから「メディア・スクラム」というメディアによる均質化された特定対象への一斉攻撃につけた命名も鮮やか。
遅れてきた「出羽の神」
2007/11/16 21:04
17人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
洋行帰りが海外で取得した「最新の知識」をひけらかすことを「出羽の神」という。なにかにつけては嫌味たらしく「アメリカでは」「フランスでは」と吹聴したがるからだ。しかし、メディアが発達し、海外駐在、海外留学経験者が激増し、アメリカで暮らした経験を持つものがこれだけ増えると、もう「出羽の神」の価値は激減する。いや、ほとんど無価値となる。本書のキモは、「コンプライアンス」の意味が、本来の英語圏での意味と、日本での翻訳「法令遵守」とは天と地ほどもことなるのであって、本来コンプライアンスとは「法の精神」の村長に裏打ちされた崇高な精神的所作であり、区々たる条文解釈や規定にかかわらず、法の精神に従って、法を尊び、己を律するものなんだ、かの国々では、みたいな講釈をたれる。そして愚かにも日本では形式主義に堕して、「法律さえ守ればいいんだろ」とばかりに法の抜け穴探しに血眼となり、法律の形骸化、自己規律の緩みが蔓延し、日本社会は確実に「滅び」への道を歩んでいることになるんだそうな(以前は、日本は「血の通った行政」で目こぼしを含みつつ、区々たる条例なぞなくてもお上がよしなに社会を統治することが出来たが、「法令遵守主義」の蔓延で行政サイドに裁量の余地もなくなって、益々社会は形骸化し統治しがたい組織になっているんだという)。んな、馬鹿な。もし、アメリカ社会が「法の精神」を尊ぶ独立自尊の社会なら、どうしてエンロン事件は起きたんでしょう。どうして最大最強の会計事務所アーサーアンダーセンは解散をよぎなくされたんでしょう。どうしてアメリカの証券取引委員会は日本の金融監督庁の数倍の捜査組織・監視組織を持っているんでしょう。アメリカ人こそ、法の抜け穴探しの元祖であり、プロである。アメリカ人こそ、「法律さえ守れば良いんだろ」という実質的な脱法行為につっぱしった大先輩である。そしてそのまた大先輩がイギリスであり、フランスであり、ロシアなんである。そもそもドイツで会計制度の整備が進んだのは、17世紀だったかに、当時のフッガー家などがフランス人に貸し付けた大量のお金が、フランス人の粉飾決算書を武器に軒並み計画倒産を仕掛けられ、次々と焦げ付き、回収不能になったからだという。そろそろ「海外では」と海外を美化しては日本社会を大上段から斬るという手法はヤメにしてもらいたい。法三章ですむほど日本人は「うぶ」ではなくなり、やったモンがちとばかりにヒットエンドランを決め込むすれっからしが大量に生まれている。これが「成熟」のもうひとつの側面であり、「豊かになる」ことのコストでもあるのだから。
コンプライアンス病
2019/07/27 14:28
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:きりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
企業のコンプライアンスについて問われることが多くなった昨今ですが、その分不祥事も増えたように感じます。「コンプライアンス病」ってあるんだろうなあ。