忍ぶ川(新潮文庫)
著者 三浦哲郎
兄姉は自殺・失踪し、暗い血の流れにおののきながらも、強いてたくましく生き抜こうとする大学生の“私”が、小料理屋につとめる哀しい宿命の娘・志乃にめぐり遭い、いたましい過去を...
忍ぶ川(新潮文庫)
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商品説明
兄姉は自殺・失踪し、暗い血の流れにおののきながらも、強いてたくましく生き抜こうとする大学生の“私”が、小料理屋につとめる哀しい宿命の娘・志乃にめぐり遭い、いたましい過去をいたわりあって結ばれる純愛の譜『忍ぶ川』。読むたびに心の中を清冽な水が流れるような甘美な流露感をたたえた芥川賞受賞作である。他に続編ともいうべき『初夜』『帰郷』『團欒』など6編を収める。
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追悼・三浦哲郎 - 馬橇の鈴の音が静かに
2010/09/06 08:45
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
昭和三十五年下半期の第四十四回芥川賞の選評は読むと、受賞作である三浦哲郎の『忍ぶ川』について「古い」という表現が目立つ。
「一口に云えばいかにも古めかしい」(中村光夫)、「私小説系統の作品で、古いと云えば古い」(石川達三)、「古めかしい感じがし」(宇野浩二)と、新しい文学の台頭がはじまった時代背景があるとはいえ、各選考委員ともその「古さ」に抵抗があったように感じる。
もちろん、それがすべて否定ではなく、だからこそ芥川賞受賞につながったのだが、舟橋聖一のように「今はやりの新人の作というと、晦渋で汚れたものの多い中では、古さこそ、新しさでもある」という評もある。
秀逸なのは川端康成の評であろうか。「幼くて、古いが、純な感銘があった」と書き、そのあとで「自分の結婚を素直に書いて受賞した、三浦氏は幸いだと思える」とつづく。
三浦哲郎の兄姉の不幸は多くの作品に残されている。芥川賞受賞作で三浦哲郎の代表作でもある『忍ぶ川』にもそのことはふれられている。
三浦の生家のそのような暗さは彼自身のありかたにも濃厚に作用したはずだし、生涯そのことからのがれられなかったと思える。
しかし、三浦はそのような不幸に甘んじることはなかった。作品で何度もなんども書きながら、兄姉の悲しみや絶望を思い、そのことで人間の本質に迫りつづけた作家であったといえる。
そのはじめに『忍ぶ川』がある。
もっというならば、作品のなかの登場人物の名でいえば、小料理屋忍ぶ川で働く志乃との出会いがなければ、三浦哲郎はまったくちがった旅路を歩いたかもしれない。
もう何度めになるだろう。三浦哲郎の突然の訃報に暗澹たる気持ちになって久しぶりに『忍ぶ川』を読んだ。
けっして「古い」という印象はない。純愛とは、こういうどうしょうもない純な気持ちから生まれてくるにちがいないと思う。
まして、この物語にでてくる三浦の父も母も、兄姉のなかで唯一生き残った目の不自由な姉もなくなり、そして、いま、その主人公さえ逝ってしまったという事実の前で、こうして作品だけがいつまでも美しく気高く残るのだという感慨にしたっている。
『忍ぶ川』に、雪深いふるさとで「ささやかすぎる」結婚式をおえた新しい夫婦が、「地の底のような静けさ」の果てから聞こえてくる鈴の音に耳を傾ける場面がある。
裸のまま部屋を抜け出して外をみやる二人。「まひるのようにあかるんだ雪の野道を、馬橇が黒い影をひきずってりんりんと通った」と三浦は書いているが、その黒い影こそ、三浦の不幸な血であったかもしれない。
三浦は志乃にであって救われた。『忍ぶ川』を書いて救われた。志乃もまた三浦にであって救われた。そして、私たちもまた、すくわれる。
これからも何度でも『忍ぶ川』を読むだろう。三浦哲郎に会いに。志乃に会いに。雪の野道をはしる馬橇の、りんりんという音を聞きに。
合掌。
◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でお読みいただけます。
名作とは,かくありき。昭和の香りが満載です。
2010/10/04 10:00
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たけぞう - この投稿者のレビュー一覧を見る
昭和36年に2品で発行され,昭和40年に今の7作品の形で改訂発行となったようだ。私の手元の印刷はちょっと古いのだが,すでに第70刷。最新版は果たして何刷なんだろう?
「忍ぶ川,初夜,帰郷」の3品で大学時代の結婚から子供が生まれる前まで。「団欒,恥の譜,幻燈画集」と私生活をベースにした作品が続き,最後に「ロバ」という満州人の話でまとまっている。
3作目までは主人公の私と志乃の話。4作目以降は妻の名前が変わったり,兄弟の死去が行方不明になったり等,設定で違いを出そうとしているが,全体を俯瞰すると一つの流れが感じられる。ただし,「ロバ」だけは異質である。
「忍ぶ川」とは,小料理屋の名前である。志乃の働き口で,出会いの場となった。主人公は,志乃に婚約者がいることを知り,結婚を申し出ると風向きが変わる。この描写がなんとも簡素である。最初は,そんな簡単に別の人と結婚するものか,とさえも思った。
話が進むにつれ,互いの家柄などがつまびらかにされる。価値観の一致と言う言葉が浮かんだ。理屈じゃなく,人が人を受入れる過程を描いていると理解すれば,こんな形なんだろうか。
心理描写を徹底的に廃し,必要最小限の表現は飛躍ぎりぎりの展開だ。月並みだが,美しいという表現がふさわしい。なぜだか,志賀直哉の「城之崎にて」が,昔,理解できなかった事を思い出してしまった。最近,読書にはまり気味なので何とかついていけたが,読書量が足りなかったら,果たして最後までたどり着けたのか自信がない。
読んでいる時,テーマソングが耳に響いた。「あなたはー,もーう,忘れたかしらー」曲名:神田川。ご存知だと嬉しいです。
戦後の貧しい日本が舞台で,寂寥とした中のはかない幸せ。私では,その壊れそうな雰囲気をうまく伝えられそうもなく,修行不足を感じた。評論家の奥野健男さんによる巻末の解説が絶妙だ。ネットで見たら,著名な方だった。もやっとした感じが,なんとうまく言語化されていることか。プロの仕事を見ることができ,本文以外にも楽しめる作品である。
女性の勇気
2017/05/05 14:33
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:szk - この投稿者のレビュー一覧を見る
奥さんとの馴れ初めは初めて読んだかも。でもこれは事実に近いフィクションなのかな。どこまで本当なんだろう。結婚前、女性が生家へ男性を連れて行って、「これが私のすべて」と見せる場面はよかった。その生家というのが赤線地帯の一角にある場所だから尚更ね。そこで引いて去って行く男ならもちろん今後はないわけだし。男性が自分に留まる可能性は半々だろうに、その勇気ほんとうに感服する。私もこのように強くありたいと思った。最終話は満州からやってきた留学生が主人公。他短編とは趣きがまったく違い新鮮だった。けれど悲しい物語だった。
職業作家「三浦哲郎」
2001/04/03 23:53
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:読ん太 - この投稿者のレビュー一覧を見る
第44回芥川賞受賞作「忍ぶ川」含む、他6篇の短篇集。「忍ぶ川」は、著者の長編「白夜を旅する人々」に出てくる末の息子(羊吉)のその後を描いたもののようにも読める。
主人公が志乃という美しい女性と出会い結婚をする。粗筋と言えばただこれだけ。きれいな文章にプラスして、イヤミな言い方をすれば、きれい事ばかりが並べられる。
だが、この「きれい事ばかり」という点がこの著者のすごさである。「きれい事」を読み進めるのは読者にとって苦になるものではないと思う。そして、ただ「きれい事」だけを読まされたのなら、読後に「だまされた!」とでも言いたくなるような気持ちが残ることが往々にしてあるものだ。
ところが、三浦哲郎の作品は読後にどっしりとしたものが残る。悲しいけれど嬉しい。すっきりしないけれど、爽快。といった不思議な感覚。
感情を書きなぐらずに、読者に感情を抱かせるものを書く人。それが三浦哲郎である。
「忍ぶ川」に続く5篇は連作あるいは関連作品といった感じだが、最後の「驢馬」という短篇だけはやや異色。満州から留学生としてやってきた張の目を通して日本(特に戦時中の)を知ることができる。胡弓を胸に抱く張の姿に胸がつまる。
「忍ぶ川」に続く5篇は私小説に近いものだ。
著者がどうしても書かずにおれなかったことは、彼のまるで呪われたような家族の事、そして、もう1つは体で感じ、目で見た戦争であったのではないかと思う。これらの事を、丸々読ませるのではなく、丸々以上に読ませる著者に「作家」という職業を改めて教えられた気がした。
不幸な血統の美男子と貧乏な美女との質素な恋愛
2024/11/27 16:00
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:森の爺さん - この投稿者のレビュー一覧を見る
大昔に田舎の診療所で順番待ちしていた時に、置いてあった雑誌を暇潰しに読んだら、熊井啓監督「忍ぶ川」の中の加藤剛と栗原小巻のラブシーンの写真が掲載されていて、既に色気づいていた中学生の私はその美男美女のラブシーンにすっかり見入ってしまったものである。 その後映画の原作である本書を読み、映画は更に後にDVDで若き加藤剛と栗原小巻の美男美女カップルに改めて見入ったものである(吉永小百合もヒロインに意欲を見せていたが、熊井監督と意見が合わずに見送られたらしが、「清純派」の彼女では出来なかっただろう)。
本書には題名になっている第44回芥川賞受賞作である「忍ぶ川」と「初夜」、「帰郷」、「団欒」、「恥の譜」「幻燈画集」、「驢馬」が収録されている短編集であり、著者と夫人との恋愛と結婚、結婚後の生活までを題材とした私小説集(「忍ぶ川」から「帰郷」までが私と志乃で書かれているが、「団欒」から「幻燈画集」では表現が異なる)でもあるが最後の「驢馬」だけ異なっている。
映画の加藤剛も美男子だが、著者についても写真で見る限り美男子で、八戸市で呉服屋を営んでいた実家は裕福、高校時代はバスケットで「隼の哲」と呼ばれて国体に出場し、早大政経学部に進学という人もうらやむ「ハイスペック男子」だったが、三男三女の六人兄弟の末っ子三男として生まれながら、戦前に長女、次女が自殺(次女が自殺したのが主人公の誕生日だったので、誕生日を祝ってもらえなくなった)、長男は失踪するという悲運(「呪われた家族の血」)に遭遇し、戦後早大進学後に学費を援助していた次兄も失踪してしまい、大学を休学して故郷で教師をした後、再上京して早大第一文学部に再入学するという家族運に恵まれなかった。
そうした背景を持つ主人公が学生寮近くの料亭(貧乏学生にとっては敷居が高い)で働く志乃と知り合い、交際するようになるのだが、彼女は当時の東京の娼婦街である洲崎(川島雄三監督の映画「洲崎パラダイス 赤信号」が思い浮かぶ)の射的屋の娘として生まれ育っており、現在は栃木にいる家族の貧乏ぶりがまた凄く、住む家が無くお寺の好意により一家でお堂に住んでいるという状況である。 志乃には婚約者と言うべき相手が存在するが、主人公との結婚を選択し、父親の臨終に主人公を連れて行く。 志乃の父親の死後、二人は主人公の故郷に行き質素な結婚式を挙げて初夜を迎えた後に近場への新婚旅行に出かけるという短編が「忍ぶ川」であり、結婚した二人が家庭生活を送り子供にも恵まれていく様子が他の短編では描かれている。
短編小説であり、かつ文体は簡潔で読み易いのだが、あくまでも主人公側から見た恋愛であり、何故学生に人気のあった志乃がサラリーマンの婚約者より実家も呉服屋を畳んで作家志望の貧乏学生となった主人公(自らの家の血ゆえの暗さも持つ)を結婚相手に選んだかは書かれていないのが、却って「男前なのでモテたんです。」という鼻持ちならない感を感じずに済む。 そして家らしい家を持たなかった志乃にとっては主人公の実家こそがようやく手に入れた「家」であることが読み取れる。 また、 志乃と結婚し、家庭を気づいていく忙しい中で主人公の自分に流れる「呪われた血」に対する恐怖も薄れて行ったと思いたい。
著者は生前志乃のモデルである夫人に「俺の書いたものは絶対読むな」と言っていたことから、夫人が本書を読んだのは発表から40年以上経過してからであり。 また、「団欒」の風呂に行く途中で子供に怪我をさせた事件というのも実際に起きた話だったらしい。