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投稿者:七無齋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本では幕末から明治時代に在位した英国の女王だが国際的なつながりもよくわかり興味深い。国際感覚よりも私見で境に接したようにも思える女王だがその一面が窺えるようだ。
電子書籍
イギリスの最盛期
2020/04/12 22:41
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投稿者:福原京だるま - この投稿者のレビュー一覧を見る
ヴィクトリア朝といえばイギリスの最盛期のイメージだがこの国を率いたヴィクトリア女王がどういう人物だったかはあまり知られていないので勉強になる
紙の本
女性であり、妻であり、母であり、なにより大英帝国の君主であるということ
2011/01/03 01:21
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:りん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ヴィクトリア女王―世紀の愛―」という映画をレンタルDVDで視聴したついでに、勢いで買ってしまった本ですが、思いがけなく「目からうろこ」の一冊になりました。
もともと、ヴィクトリア朝を舞台にした物語が好きで、風俗や衣装、建築関係には前から興味があり、いろいろ本も読んだことがありますが、女王その人については一般的な知識しか無かった私にとって、「君臨すれども統治せず」のお手本といわれた女王はアルバート公との幸せな結婚生活とヨーロッパ各地に嫁いだ子供や孫たちによって「ヨーロッパの祖母」となった“女性であり、妻であり、母”のイメージしかありませんでした。
加えて、戦後生まれの日本人である私にとって、立憲君主と聞くと、政治に基本的に関与しない天皇陛下のような感覚が強かったので、ヴィクトリア女王が、国の政策や方針に対して、首相と意見を戦わせ、ヨーロッパの情勢や戦争に対して敏感に反応し、インド皇帝という称号に執着を見せるなど、君主としても大きな存在であったという事実は強烈な印象を残しました。
その意味でも、本書がとくに「君主」としての女王を描くに当たって、“戦う女王”という表現を使ったのは、とても興味深く的確な表現だったと思います。
また、構成がほぼ時系列で時の政権と女王との関係を追っているので、ところどころで小説とは違う読みにくさはあるものの、女王の治世の概要をたどるには調度良いボリュームの本だと思いました。
ジョージ三世の四男ケント公爵のひとり娘として生まれ、女性として、妻として、母として、そしてなにより64年という長い治世の間、大英帝国の君主として生きるために、想像を超えたエネルギーを保ち続けた偉大な女王は、20世紀の幕開けとなった1901年に81歳でその生涯をワイト島にあるオズボーン・ハウスで閉じることになります。
戦い続けた女王は、愛する夫との思い出が残る場所で、何を思って人生の幕を閉じたのか・・。
女王が亡くなる前に発した明確な最期の言葉は、「私はまだ死にたくない、まだまだ差配しなければならないことが数多く残されている。」だったそうです。
大英帝国の“君主”であり続けた女王らしいと感じるのは、私だけでしょうか。
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19世紀後半のイギリス史は保守党と自由党の政権争い、アイルランド問題に選挙法改正、帝国主義と覇権主義とが複雑に絡み合い非常にわかりづらい時代でもあります。それを理解しやすくするためには一本の基軸を用意するのが重要なのですが、その軸となりうるのが同時代を統治し続けたヴィクトリア女王であることは間違いないでしょう。また、彼女を基軸とすることによってそれまで教科書で語られてきたようなイギリス史に別の視点からアプローチされることとなり、新たな一面を見せてくれます。例えば教科書では帝国主義的な保守党のディズレーリ内閣と自由主義的な自由党のグラッドストン内閣という構図が、ヨーロッパの勢力均衡を図り安定と平和へと向かわせるディズレーリと不干渉主義でヨーロッパの安定を崩しまた大英帝国を衰退へと向かわせるグラッドストンというヴィクトリア女王からの視点が見えてきます(もちろん彼らへの評価はどちらが正しいというわけでもなく、人により時代により見方が変わるのは言うまでもありませんが)。また本書では、60年以上もの統治期間により培われた「外交家」ヴィクトリア、ヨーロッパ王室の「名付け親(ゴッドマザー)」としてのヴィクトリア、母として妻としてのヴィクトリアから、彼女の(当たり前だが)決して完璧ではない人間性を見ることができます。大英帝国最盛期の女王として君臨してきたヴィクトリア女王、彼女の決して理想化されていない素の姿とその時代の流れを見ていく上で非常に有意な本だと思います。
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イギリスが「大英帝国」に発展する真っ只中の時代を統治した1人の女性の一代記です。副題にある「戦う女王」はまさに、女性として、妻として、母として、そしてなにより君主として生きた彼女を一言で表すに、もっともふさわしい言葉です。
その中身はというと、実に9割が政治・外交史で占められていて、このことは、かの女王が私たちの想像する以上に「政治を生きた」人物であったことを示しています。イギリス君主をあらわす名言「君臨すれども統治せず」が定着したのはヴィクトリア朝のことと言われます。しかし、閣僚と頻繁に会談し、時には外相を呼びつけて叱咤・非難し、さらには首相に退陣を迫る、そういった女王の足跡を見ると、彼女の実像がイメージとは程遠いものであったことがわかります。
議院内閣制が誕生して間もない時代、貴族政治から議会中心の民主政治へとシフトする過渡期にあって、女王の国政への介入は後世から見れば決して正しいものばかりではなかったでしょう。しかし、夫君アルバートの待遇問題、夫君の死とそれに伴って生じた君主不要論など、いくつもの問題と取り組んだ女王の戦いぶりは、1人の人間として充分に魅力的で、なにやら19世紀からの圧倒的なパワーに当てられたような錯覚さえ受けます。そして、大衆政治の立役者と評された自由党の大宰相グラッドストンと女王とが対峙したことは、未だ君主制と革命、そしてウィーン体制とその崩壊といった混乱の中にあったヨーロッパ大陸に接しながら民主制を醸成させていく上で、きっと避けて通ることは不可能だったのだろう、などと考えさせられるのです。
著者の語り口は終始とてもテンポよく、ありがちな客観描写に走ることなくあえて女王の視線からイギリス政治を描ききった手腕には脱帽します。政治史好きな私にとってはとても読みやすく、爽快なひとときでした。
(2008年7月 読了)
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ヴィクトリア女王がおさめていた
絶頂期の大英帝国を描いた本
タイトル通りヴィクトリア女王視点です。
英国の王族も日本の皇室と同じように
政治的実権はなくただ晴れの場で挨拶するだけ
くらいに思っていたけど
ガンガン政治に介入してたんだね
民衆の歴史も軍人の歴史も芸術家の歴史も面白いけど
女王様の歴史も面白い
王者ってのはこういう人生を送るのか。
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神奈川県立外語短期大学准教授(イギリス政治外交史)の君塚直隆によるヴィクトリア女王の評伝
【構成】
第Ⅰ章 「暗黒時代」の女王即位
第Ⅱ章 戦う女王への変貌
第Ⅲ章 アルバートの死と王室の危機
第Ⅳ章 女王から「女帝」へ
第Ⅴ章 二大政党の確執と女王の憂鬱
第Ⅵ章 大英帝国の女王として
連合王国が海洋支配の拠点を広げ、大英帝国へと成長する「パクス・ブリタニカ」の19世紀はまさにヴィクトリア女王(生没1819-1901、在位1837-1901)の時代であった。ジョージ3世の四男の娘という王位継承からは程遠かったはずの少女が、次第に継承順位を上げて18歳の若さで玉座に座ることになった。この「長い19世紀」の大半を、妻として母として女王として君臨した彼女の生涯を追うのが本書である。
前半は王位継承から夫君アルバートとの結婚、そして死別までの話でハノーファー朝とザクセン、ベルギー、プロイセン等の他の大陸王室との血縁関係などがちりばめられており、宮廷の内側の話が中心である。
しかし、アルバートの死の前後から、内政・外交への関与を強めていく。女王は治世の初期においてはパーマストンのような強硬的な外交姿勢に否定的な立場をとっていたが、二大政党による議会政治が機能し始め、グラッドストン率いる自由党の党勢が強まると首相・外相と正面衝突してでも「大英帝国」の外交政策を推し進めようとするほど強い態度で臨むようになり、治世の後半期にはドイツの帝国宰相ビスマルクとともにヨーロッパの国際関係の最重要プレーヤーにまでになっていた。
本書は英国Foreign Officeなどの公文書はもちろん、ヴィクトリア女王、アルバート公の私文書も縦横に駆使しながら、ピール、パーマストン、ダービ、ディズレイリ、グラッドストン、ソールズベリなど政党政治確立期の名高い政治家たちと女王の関係を明らかにするとともに、激変する19世紀後半のヨーロッパ情勢にあって長期的にその舞台にのぼり続けた唯一人の外交家であるヴィクトリア女王の外交姿勢を通して、イギリス外交史を語るものである。
文章も読みやすく、十分楽しめる内容である。
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ヴィクトリア女王の年代記としてなかなか詳細に記載されている。あまり目新しい視点は無いが当時の時代経過を追うにはなかなか良い文献ではないかと思う。
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[ 内容 ]
植民地を世界各地に築き、「太陽の沈まない帝国」と呼ばれた19世紀イギリス。
18歳で即位し、この繁栄期に64年間王位にあったのがヴィクトリアである。
後に「君臨すれども統治せず」の確立期と言われ、女王の役割は小さいとされたが、実態は違う。
自らの四男五女で欧州各王室と血縁を深めた女王は、独自外交を繰り広げ、しばしば時の政権と対立した。
本書は、全盛期の大英帝国で、意思を持って戦い続けた女王の実像を描く。
[ 目次 ]
第1章 「暗黒の時代」の女王即位
第2章 戦う女王への変貌
第3章 アルバートの死と王室の危機
第4章 女王から「女帝」へ
第5章 二大政党の確執と女王の憂鬱
第6章 大英帝国の女王として
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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母であり妻であり女帝であったヴィクトリア女王の姿を、本人の日誌からの引用も交えて描き出した本。やや強引ながらも、まさに「女帝」として力強く君臨したヴィクトリア女王の姿に感動する。
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震災の影響とプロジェクトの追い込みであまり内容を
覚えていないが、2大政党制の成り立ちがわかり
わるくはなかったかな?
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最盛期の大英帝国に君臨した女王の評伝。在位は63年を超え,昭和天皇よりちょっと長い。最近読んだ清盛本よりずっと面白かったのは,著者の筆力が大。あと,時代が近代だからかな。近代好きなので。
ほぼ時系列に沿って,女王中心の描写が続くのだが,結構な分量があって,「長い18世紀」がウィーン会議で終わった後,19世紀末までのヨーロッパの歴史も概観できる。序盤と終盤,若き女王と老成した女王のあたりがとても読ませる内容だった。中盤は議会政治との確執が描かれ少しとっつきにくい。
イギリス王室の王位継承は,男子優先の長子相続制が基本。王子がいない場合,王女が年齢順で王位を継承する。子がいなければ傍系へ。これは16世紀以来の伝統で,実際に何人もの女王が出ているのはよく知られたとおり。ヴィクトリアの父は,ジョージ三世の四男。王位が回ってくることはなさそうだったが,将来女王になるはずだった長兄(王太子)の娘シャーロットが最初の出産で子とともに死亡,他の兄にも子がないか早世していたため,話は変わってくる。父と祖父(ジョージ三世)の死によって,ヴィクトリアは生まれてまもなく,継承順位第二位に踊り出ることに。小さいうちから女王になるための帝王教育が始まる。
伯父の死により18歳で即位。翌年の即位式での女王の立ち居振る舞いは驚くほど堂々としていたという。ややリップサービスかも知れない。はじめはやはり経験浅く,首相メルバーンに頼り切ってしまうところもあった。好みの宮廷人事を押し通して政権交代を妨害してしまう事件も(寝室女官事件)。
その後は次第に女王も成長してゆく。20歳で母方従弟のアルバートと結婚。以後17年で9人の子をなす。16人のマリアテレジアには負けるがすごい。これで宮廷外交も有利になって,晩年には各国の君主に親戚が大勢。ドイツのヴィルヘルム二世は孫(初孫)だし,ロシアのニコライ二世は孫の夫。
長い在位の間には様々なことがあった。クリミア戦争,第二次アヘン戦争,セポイの乱,アフガン戦争,ボーア戦争。内政ではアイルランド問題や,保守党と自由党の二大政党制の確立。「君臨すれども統治せず」とは言うが,女王はかなり積極的に政治にかかわっている。1848年の仏二月革命,独三月革命の余波が尾を引き,君主制廃止の主張が高まる共和制危機も経験した。選挙権の拡大に起因してジャーナリズムを意識しなくてはならなくなっていく。国民の目に見える形で女王の存在意義を示さなくてはならない。
パーマストン,グラッドストン等,歴代首相との確執,息子の出来にやきもきしたり,ビスマルクに敵意を抱いたり。結構感情がはっきりしている印象を受ける。やはり我が国の天皇とはイメージが違うな。政治にかかわり書簡もいっぱいのこってるからいろいろわかるんだろうか。即位50周年,60周年のお祝いは,各国から人を招いて盛大に。金婚式,ダイヤモンド婚式の名前はこれに由来するのかも。即位50周年記念式典,60周年記念式典は,それぞれ「Golden Jubilee」,「Diamond Jubilee」というらしい。エリザベス二世のDiamond Jubileeは来年だそうだ。
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ヴィクトリア女王の人生を追いながらイギリス,ヨーロッパ,それを取り囲む歴史もみることができて面白い.ヴィクトリア女王に愛着が湧いてくるところが他の歴史書と比べて読みやすくなっている要因かも.同時代の世界史を学ぶときにも,この本を読んでからだと随分とっつきやすくなるだろう.
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19世紀イギリスの繁栄期に64年近くも女王の座にあったヴィクトリア。
「君臨すれども統治せず」という言葉もあったため、政治にはあまり口を出さなかったような印象があるが、実際はそうでもなく、かなり熱心だったという実像を紹介。
女性であり、若くして即位、9人の子だくさんで家庭的なイメージといったあたりから、実際よりも政治的でないと思われている。
王家の跡継ぎがいなくなりそうだった時期の問題から始まり、結婚出産ラッシュ。
しかし早世した子もあって、四男の娘ヴィクトリアしか跡継ぎはいない事態に。
ヴィクトリア自身は伯父にあたる王に気に入られていたが、母親ケント公妃がドイツ人だったために王に信頼されていなかったいきさつも。
首相や大臣達との対立や交流ぶりが具体的に。
メルバーン首相を師と仰いで信頼したが、政権交代で身近な女官も取り替えなければならなくなって、当初はこれを拒否したために揉める。メルバーンは妻子を亡くした後で、父娘のようだったらしい。
ディズレーリやグラッドストン、名前は覚えていたけど、詳しいことはすっかり忘れていたので、また印象が変わりました。
自由主義のグラッドストンとは仲が悪く、ヨーロッパのもめ事に不干渉な態度を無責任と感じたらしい。世間にも不評となって辞めたがまた復帰、長年勤め上げて辞めたときにも冷たい態度だったとか。
女王が拡張政策に熱心だったという一面も。
長女のヴィクトリアがドイツ皇太子を結婚し(後の皇帝フリードリヒ3世)と結婚したため、ドイツとも縁が深かった。
ビスマルクを嫌っていたが、対面したときに互いに印象が変わったという。
ロシアのことはかなり警戒していて、ロシアが帝国であるために、一つランクが低い「女王」というだけでなく張り合える「インド女帝」の称号を望んでいたとも。
(1872年に女帝の称号を得る)
子どもや孫が各国の王家と縁を結んだので、ヨーロッパ一のゴッドマザーになってゆく。
1861年、42歳の時に最愛の夫アルバート公が亡くなってしまう。
その後は、生涯喪服で通したため、政治に関心を失ったと思われてもいる。
実際に10年ほどは国民の前に姿を現さなくなったのだが、離宮で静養していても書類は持ってこさせ、政務には関わっていた。そして、10年ほどだってからは、やはり国民の前に出なければと思うようになったらしい。
黒い服で通したが、子どもの結婚の時には白いベールを付け、在位50年の時には黒いドレスに銀の刺しゅう、60年の時には金の刺しゅうをしたとか。
長男で跡継ぎのバーティには失望していて、30になっても何も実権を与えなかったのは失策だったと批判的に書かれています。
確かにバーティは大学を中退してしまった遊び人ではあったんですね。
自身が喪に服している時期には、バーティに何かさせた方が良かったかもねえ。
1893年には、ロシアの皇太子ニコライ二世がロンドンを訪問。
バーティの次男ジョージ(後のジョージ5世)の結婚式に出るためだった。ニコライとジョージは母親同士がデンマ���ク王女で姉妹という従兄弟で、そっくりだったという。
翌1894年には、皇帝になったニコライ2世と、女王の孫娘のアリックスが結婚。
後にロシア革命で倒された一家ですね。皇帝の方が格が上なため、結婚式はロシアで行われた。
結婚相手が公国の出だったりすれば、結婚式はイギリスで、ということになる。
面白かったです。
女王は、1901年1月に81歳で死去。
世紀の葬列を夏目漱石が目撃したとか。ちょうど留学していて、下宿の主人の肩に乗ったんだとか。
2007年発行。
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以前から興味を持っていた人物。
大英帝国の栄光の時代に君主であった女性。
単なる象徴的存在だったのかと思ったらトンでもない、まさしく政治に大きく関与し、舵取りをした女性だと知った。
1901年の20世紀の幕開けの年に81歳で亡くなるまで、64年もの間英国女王であり続け、いまだにこの記録は破られていない。
世界が王政から共和制に変わる過渡期の時代に、古いと片付けるのは簡単だが、王政の良さは確実に存在し、それを見直すのは意味のあることだと思う。
彼女の場合、多くの子供や親戚がヨーロッパ各地に広がっており、「血縁を外交に使う」という手が使えたのが最大のメリット。
現代は政府の外務省が一手に外交を引き受けるが、こういう裏の手が使えることは外交の幅をとても広くしてくれる。
残念ながら、今はこういう手は使えない。
彼女が英国の外交に精力的に係わったというのは、間違いなく英国にとってプラスに働いただろう。
さらに自国のみの象徴ではなく、世界に広がった帝国の象徴として、女王という存在はとても統一するのに重要だった。
さて、今の我が国において、国の柱となる父親あるいは母親の存在はあるだろうか?
やはり天皇はその役割を果たせる唯一の人物だろう。
露骨に利用するのはマズイ。
逆に象徴だけにしておくのはモッタイナイ。
だからといって、天皇が政治に口出しするのもアブナイ。
だけれども、明治維新があれだけ成功したのは、明治天皇の存在抜きには考えられない。
次から次に交代する首相の顔を思い出しながら、この国に優れたリーダーが出現しない悲劇を思う。