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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
人がその姿かたち、性格とさまざまであるように、家族のありようもさまざまだ。
昭和と呼ばれた時代の家族像と平成のそれでも違うだろう。
それでも、家族は生活のひとつの単位ではある。
そのもとになるのが夫婦だろう。
大学の時の出会いから伴侶のガン死まで四十年にわたる夫婦が残してきたもの。
それは夥しい数の歌であった。
特異ではあるが、それもまたひとつの夫婦像、家族像なのだ。
本書は、2010年8月に乳がんで亡くなった歌人河野(かわの)裕子とその夫である同じく歌人永田和宏の、その出会いから別れまでの長い期間に互いに詠み合った相聞歌ともいえる短歌の数々と、二人のその時々のエッセイを抜粋して出来上がっている。
タイトルにもなっている「たとへば君」は、まさに二人の出会いの頃に河野が詠んだこんな歌からとられている。
「たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてくれぬか」。
そういう若い愛を詠んだ歌を好きな読者もあるだろうが、やはり私は河野の短歌の代名詞ともいえる、家族を詠ったそれの方が好きだ。
「たつたこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる」。
この歌のあとに、「これからも私は、たったこれだけの家族にかかずらわって歌を作ってゆく」、河野のこんな文章を添えて、エッセイも残している。
それでいて、河野は療養中何度も狂気のふちを歩くことになる。
家族はそんな妻をそんな母を受け入れるしかない。
そういう凄惨な事実を家族という殻で包み込むのもまた、家族なのだ。
河野はそれさえもすべてわかって、この世を旅立ったにちがいない。
少しずつ少しずつ
2018/05/05 23:29
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投稿者:たあまる - この投稿者のレビュー一覧を見る
歌人夫婦の河野裕子・永田和宏の本で、乳がんが再発して逝った妻の遺した短歌と随筆を、夫が自らの歌と文章(科学者らしい冷静な文章)も交えながら編んだ本です。
少しずつ少しずつ読むのがぴったりの本。だって、何ページも読むと、切なくてたまらなくなるから。
タイトルは河野の若き日の代表作である、
たとえば君 ガサッと落ち葉すくふやうに 私をさらつて行つてはくれぬか
から採ったものですが、若き日に「たとえば君」とよびかけられた永田が、逝ってしまった河野に「たとえば君」とよびかけ返している返歌のようにも思えます。
何度も読み返したい歌集です。
2015/08/23 20:48
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投稿者:mars - この投稿者のレビュー一覧を見る
夫婦2人の出会いから死別までの作品が載せられています。途中奥様ががんを患います。それからの歌がますます鮮烈です。文語のもつリズム感と相まって、夫婦それぞれの想いがよく伝わってきます。
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投稿者:雪子 - この投稿者のレビュー一覧を見る
若い日の歌と生活から、晩年の河野が癌の再発で亡くなるまで。河野の作品は生活実感がそのまま歌に表れる根っからの歌人。永田の歌が反対の立場の心を表す。文章以上に相手に伝える歌の力があるのかを教えてくれる一冊。
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「たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか」
河野裕子さんを知ったきっかけは谷川史子さんの『積極-愛のうた-』(集英社/2006年刊)の表題作で河野裕子さんの短歌が短編のモチーフとして使われていたことだった。
谷川史子さんの漫画にも通ずる、純粋で真っ直ぐなんだけれども、芯が太く、汚れのない感情が31文字の短歌によって歌われていてとても感銘を受けた。
河野さんの第一歌集『森のやうに獣のやうに』は絶版となっており手に入らなかった。
この本が文庫化されていることもつい先日知り、急ぎ購入した。
歌に生き、歌に死んだ歌人であることは間違い無いが、負けん気が強く人間味に溢れる(若輩の自分が言うのも失礼な言葉だが)可愛らしい人であったことが歌の中からありありと伝わってくる。
またそれを一番深く近くで寄り添った伴侶の永田和宏の心情とともに読むことができる。
理想的な夫婦像である。
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380首の短歌とエッセイで、乳がんで、逝ってしまった妻との相聞歌が、書かれている。
歌は、勿論の事、恋人時代から40年もの間、短歌を通して、お互いの思いを、二人とも思いやって来たことも、感銘する。
『共に棲みまだ七、八十年あるやうな君との時間ゆつくり過ぎよ』
と、アメリカ在住の時に詠っている この最後の『ゆつくり』が、
「ゆっくり」で、無いところが、本当に、時間が、長く過ぎて行ってくれることの願いが、ここにも含まれているように思う。
そして、子育ての事が書かれてある所も、自分の身体も、時間も丸ごとみな子供達のためだけにあったのが、「こどもたちのいない日」のところで、今度は、子供達が、自分を置いて遠くに行ってしまうと、、、子供の自立を学び取り、夫婦との共有時間の長さを上手く表現している。
恋愛の時の京阪七条駅の葉ボタンをキャベツと、称した永田氏のことを、植物オンチと、書かれていたが、春紫苑と姫女苑との違いを分かる人も少ないと、思う。
やはり、短歌の選者をしているので、四季の花や野花などにも詳しいのだろう。
『あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがゐない』
切実な気持ちで詠われたのだろう。
関西人のあほやなあの言葉で、のけぞって笑っていた姿が、まだ、その椅子に腰かけている気にさせるのに、そこに座る主人公の不在に、戸惑う気持ちが、切に、心に響く一首である。
同様に、城山三郎の『そうか、もう君はいないのか』と言う本を思い出した。
「たとへば君」ともに夫婦愛の素晴らしさが、書かれている。
子供からのお勧めの本で、時間を忘れて、読んでしまったが、もう一度短歌を、かみしめたい思いで、再度読んでいる。
永田和宏先生の授業(生物)を、聴講していたから、余計に、感動して読んだ事だろうと、思う。
『たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに 私をさらつて行つてくれぬか』 「薔薇盗人」
の君は、永田氏であると、私は確信している。
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相聞歌の極致を垣間みた。
病気で自分、あるいは伴侶を失うこと、常に新鮮な目で伴侶と添い遂げることを短歌というフィルターで本当に鮮明に描いていると思う。
エッセイを交えつつ配置された歌たち、両者の目線が混じる瞬間の感情のすれ違いや隙間を的確に描いた鬼気迫るノンフィクションであるとも感じました。
可能なら、帯のある状態で買ってほしい。
引用は、あえて自分の好みではなく象徴的な一首を。
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【この世はこんなにも美しく、残酷だ。感動の相聞歌】2010年夏、乳がんで亡くなった歌人の河野裕子さん。出会い、結婚、子育て、発病、再発、そして死。先立つ妻と交わした愛の歌。
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歌人である河野裕子氏と永田和宏の出会いから、結婚・子育て・闘病、そして別れまでを、お互いの短歌とそれぞれが発表してきた文章を交えて、綴っていく。
河野氏は主婦として母親としての役割を果たしながら、歌人としても大いに成功を収めてきた。永田氏は京大の教授としても活躍されている。
2人とも歌人としてばかり時間を使えないのは同じであるのに、その歌はずいぶん様相が異なる。永田氏は仕事や歌の世界の区切りがはっきりしてるのに、河野氏はその境界が混じりあっていて、互いに有機的につながっているように感じる。これは、性別によるものなのか、彼女の個性なのか、とても興味深い。
さらに、河野氏の文章(新聞や本などに当時掲載されたもの)は、軽妙でありながらしみじみとかみしめたくなる味わいがある。
ものを書く人として生まれてきて、それを全うした人なのだなあと今改めて思う。
お二人はなんでもよく話し、時に喧嘩をすることがあっても、互いを思いあうおしどり夫婦であったことは間違いない。その上、共通言語である短歌を通して、また別の見方で(短歌を詠まない私には感じることはできないが)、お互いを深く理解し、また、これ以上分かち合うことはできないこともあるのだということを知っていた。魂のレベルで共感するとでもいえばいいのだろうか?
短歌という制約された文字数の中で、より輝きを放つ部分だけを切り取られた情景。余分なものをそぎ落としてこそ、強い思いや哀しみ、辛さを浮かび上がらせることができる。
短歌に詳しくない私が読んでも、後半、特に病を得てからの河野氏の歌には、多くの人にストレートに届く強さが際立つ。喜びも哀しみも、うれしさも不安も、いろいろなことが混ざり合って本質が見えにくくなっていることがある。けれど、因数分解をするように、それを形成しているいくつものことがらを解きほぐし、その性質や成り立ちのもっとも肝心なところを取り出して見せてくれる。
ああ、もっともっと裕子さんが何を見て、何を感じるのか、知りたかった。
新たな歌をこれ以上読むことができないのは、残念でなりません。
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相聞歌、というひとつの歌のカテゴリーがある。もともとは互いの安否を気遣う私的なやりとりを指し、それが『万葉集』では男女の恋歌を意味するものになり…と、起源を語れば色々あるのだろうが、なんというか、お互いに、相手を想い、相手に伝える、その双方間のやりとりそのものが「相聞」という言葉には含まれているのだと思う。そして、そういう意味では、この本はまさに「相聞」だ。
京都大学内の歌会で初めて出会ってから、惹かれ合い、人生を共にしてきた2人の歌人、河野裕子と永田和宏。その2人の、出会った当時から、河野が60代という若さで乳癌で亡くなるまでの40年の間の「相聞歌」が、時間の流れや時代の背景と共に、力強いみずみずしさをもって収められている。
現代でもよく、「この歌を◯◯さんに贈ります!」といった光景に出くわすことがあるけれど、昔も今も、「誰かのために歌を贈る」というのは、やはり特別なことだったのだと思う。それが、本当に相手のことを考えてその人が詠んだ歌なら尚更。
そして、三十一文字だからこそ、そこには誰かのための歌だけではなく万人が楽しめる文学性が生じる。抽象も具象も、論理も感情も、全てを盛り込んだ劇的な光景が、言葉を通して目の前に現れる。惚れ惚れする。
短歌に親しみなく生きてきた人でも、これは、ぐっとくるものが多く、良い意味で分かりやすい(背景の説明などもあるので)素敵な作品になっているのではないだろうか。エッセイと、記録と、歌のコラボレーション。お気に入りの歌に付箋を貼りながら、ぐいぐいと引き込まれて読み込んでしまった。そして、下手くそだけど、私も、少しずつ歌を詠みたいな、と、思う、そんな気にさせてくれた一冊。
中でも気に入った作品をいくつか。
河野裕子さんの歌。
・陽にすかし葉脈くらきを見つめをり二人のひとを愛してしまへり
・夕映を常に明るく受くるゆゑ登り詰めたき坂道があり
・息あらく寄り来しときの瞳の中の火矢のごときを見てしまひたり
・妻子なく職なき若き日のごとく未だしなしなと傷みやすく居る
・ほしいまま雨に打たせし髪匂ふ誰のものにもあらざり今も
・白桃の生皮剥きゐて二人きりやがてこんな時間ばかり来る
・あの時の壊れた私を抱きしめてあなたは泣いた泣くより無くて
・病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ
・この家に君との時間はどれくらゐ残つてゐるか梁よ答へよ
・この身はもどこかへ行ける身にあらずあなたに残しゆくこの身のことば
・手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
永田和宏さんの歌
・水のごとく髪そよがせて ある夜の海にもっとも近き屋上
・乳房まで濡れとおり雨に待ちいたる 捨つるべき明日あまつさえ今
・吾と猫に声音自在に使いわけ今宵いくばく猫にやさしき
・奪衣婆のごとく寝間着を剥ぎゆきて妻元気なり日曜の朝
・二人乗りの赤い自転車かの夏の万平ホテルの朝の珈琲
・馬鹿ばなし向うの角まで続けようか君が笑っていたいと言うなら
・一日が過ぎれば一日減つてゆく君との時間 もうすぐ夏至だ
・たつたひとり君だけが抜けし秋の日のコスモスに射すこの世の光
・呑まうかと言へば応ふる人がゐて二人だけとふ時間があつた
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読むたびに前とは違う視点をもたせてくれる。
自分の結婚後初めての読後。
今回心に浮かんだのは、
短歌という共通の手段を通して夫と心を通じ合わせることのできた河野さんがうらやましい、ということ。
意思疎通の成否はやはり、自己・他者表現の巧拙にかかっていると思う。
男性はえてしてこれが苦手だが、短歌はこの才能がなければ成立しない。夫である永田さんが自然科学系の研究者であることを考えれば、このような相聞歌のやりとり自体がある意味、奇跡のようにも思える。
「(自分の短歌を)わかってくれる読者は、たった一人(夫)いればいい」という河野さんの気持ち、よく分かる。この一節を読んで私にも思い当たることがあった。論文を書くときは知らず知らずのうち、夫に読んでもらうことを想定していたと。
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たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
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夫婦のあり方を感じさせられた。
いつかはどっちかが先に逝く。
そのときのことを考えながら読んだ。
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がんで亡くなった歌人、河野裕子と、夫で同じく歌人の永田和宏がお互いのことを詠んだ相聞歌が収められている。
タイトルは河野さんの代表歌のひとつから。短歌には全く詳しくない私にも聞き覚えがあったので、教科書にでも載っていたのかも。
河野さんの歌は潔いものが多い。むしろ夫の永田さんの方が女々しい(←失礼)歌を詠んでいる気がする。
本には河野さんのエッセイも収められていて、二人の人生を追うように、出会いから結婚、出産、発病、そして河野さんの死に至るまでが記されている。言葉の数としては、エッセイ部分の方がずっと多い。でも、伝わってくるものは、歌の方がずっと多い。
夫婦ともに歌人であるということは、お互いに対する愛情だけではなく、どろどろした感情もそのままさらけ出される。闘病中の河野さんの歌には、夫に対する不満や憎しみとさえ言える思いも詠まれている。逆に、永田さんの歌にも、精神的に不安定になっている河野さんをもてあましているような様子が窺える。
それでも、歌を見ると二人がどうしようもなく夫婦であり、順風満帆でなくとも互いを大切に思っていたことが伝わってくる。特に、河野さんの死が近づいていた頃の歌はすごい。これ以上のラブレターがあるだろうかと思わせる。
初期の頃の若々しい恋歌も好きだけれど、40年の時を共に過ごし、遠からぬ別れを覚悟した二人の歌は、成熟されているのに驚くほど純粋で、胸を打たれる。
亡くなる前日、夫の手による口述筆記で遺されたという河野さんの最後の歌が、とても衝撃的だった。意識が朦朧とする中でも最後まで歌を詠もうとするその姿に、歌人としての生き様を感じた。
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夫婦が出会ってから、妻の死までの日々を、二人の文章と、折々の短歌で綴ったアンソロジー。
遺された夫、永田和宏さんの、河野裕子さんへの愛情が今も尽きないことがよくわかる。
病に倒れてからのことが書かれた章は、重い病を得た人の惑乱も、それを近くで見つめる家族のつらさも、どちらも胸が詰まる思いで読んだ。
とりわけ、同じように家族を乳がんで亡くしたことのある身には、残された側の、あの時なぜこうしなかったのか、という後悔は身につまされる。
いつか、今度は病を得て、病の苦しみと、それを受け入れなければならない不条理にのたうち回る立場になる日が来るのだろうけれど...自分や家族はどうなっていくだろう。
「たとへば君」の歌くらいしか知らなかった私には、河野さんの人柄や生い立ちのある程度が知れて、新鮮な思いもした。