サイト内検索

詳細
検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、年齢認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

新規会員70%OFFクーポン

アプリで立ち読み

hontoアプリの確認

立ち読みには最新の「honto」アプリ(無料)が必要です。

バージョンの確認はアプリの「設定/情報」から確認できます。

最新の「honto」アプリをご利用の方

立ち読みする

最新の「honto」アプリをダウンロードされる方

hontoビューアアプリ

ブラウザで立ち読み

  • みんなの評価 5つ星のうち 4 10件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • 販売開始日: 2014/08/28
  • 出版社: KADOKAWA
  • レーベル: 角川選書
  • ISBN:978-4-04-703426-6
一般書

日本に古代はあったのか

著者 著者:井上 章一

中世は鎌倉幕府から、近世は江戸幕府から始まっている。新しい時代がいつも関東から始まるのはなぜか? 教科書で習う「時代区分」に疑問をもち、関東中心史観に陥っている私たちの歴...

もっと見る

日本に古代はあったのか

税込 1,408 12pt

ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは

ほしい本に追加(値下がりすると通知がきます)

ご利用中のデバイスが対応しているかご確認ください

  • ブラウザ
  • iOS
  • Android
  • Win
  • Mac

対応デバイスごとのコンテンツタイプやファイルサイズヘルプ

本の通販連携サービス

対応デバイス毎のコンテンツタイプやファイルサイズ

対応デバイス コンテンツタイプ ファイルサイズ
ブラウザ EPUB
iOS EPUB 3.7MB
Android EPUB 3.7MB
Win EPUB 3.7MB
Mac EPUB 3.7MB

予約購入とは

まだ販売されていない電子書籍の予約ができます。予約すると、販売開始日に自動的に決済されて本が読めます。

  • 商品は販売開始日にダウンロード可能となります。
  • 価格と販売開始日は変更となる可能性があります。
  • ポイント・クーポンはご利用いただけません。
  • 間違えて予約購入しても、予約一覧から簡単にキャンセルができます。
  • honto会員とクレジットカードの登録が必要です。未登録でも、ボタンを押せばスムーズにご案内します。

予約購入について詳しく見る

ワンステップ購入とは

ワンステップ購入とは、ボタンを1回押すだけでカートを通らずに電子書籍を購入できる機能です。

こんな方にオススメ

  • とにかくすぐ読みたい
  • 購入までの手間を省きたい
  • ポイント・クーポンはご利用いただけません。
  • 間違えて購入しても、完了ページもしくは購入履歴詳細から簡単にキャンセルができます。
  • 初めてのご利用でボタンを押すと会員登録(無料)をご案内します。購入する場合はクレジットカード登録までご案内します。

キャンセルについて詳しく見る

商品説明

中世は鎌倉幕府から、近世は江戸幕府から始まっている。新しい時代がいつも関東から始まるのはなぜか? 教科書で習う「時代区分」に疑問をもち、関東中心史観に陥っている私たちの歴史観に鋭く切り込む。

あわせて読みたい本

この商品に興味のある人は、こんな商品にも興味があります。

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

小分け商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

この商品の他ラインナップ

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー10件

みんなの評価4.0

評価内訳

日本に古代はなかった

2008/10/15 07:27

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ゆうどう - この投稿者のレビュー一覧を見る

●西欧と中国の共通点

ヨーロッパの歴史は、ギリシャ・ローマの古代、ゲルマン民族大移動後の中世、ルネッサンスの近世、という大きな枠組で語られることが多い。中国では、秦・漢帝国の古代、隋・唐帝国の中世、宋帝国の近世、という時代区分が一般的である。

ヨーロッパにおける古代と中世の画期が、西ローマ帝国の崩壊した476年。中国のそれは、後漢が滅びる3世紀初頭である。いずれも都市国家の形成を経て大帝国が出現した古代から、異民族の侵入による混乱・停滞の中世へと向かうのである。古代から中世への移行は、ヨーロッパ、中国とも、年代のずれは多少あるが、似たような経過をたどる。一説には、異民族の移動は、紀元後から数百年に及んだ寒冷化の影響で、北方の民族が南下したために起きたという。

翻ってわが日本であるが、ローマや漢のような古代帝国は存在しなかった。また、日本史ではおおむね平安時代までが古代に含まれるが、それだと中世の始まりが12世紀になってしまう。ヨーロッパ、中国とのずれがあまりに大きすぎる。

つまり、日本に古代という時代区分を設けるからおかしなことになるわけで、ヨーロッパ、中国のような古代は日本にはなかったことにしたらどうか、というのが著者の主張である。

日本史は中世から始まるのである。国家と呼べる体制を築いた飛鳥、奈良は、隋・唐の体制を模倣して作られたわけであるから、中国の中世との同時代性を認めても良いだろう。また、ドイツやデンマークでもいきなり中世から歴史が始まるので、日本も同様で構わないのでは、ということである。

●関東史観、関西史観

また、本書の後半では、関東史観、関西史観について論じられている。日本の政治史において、鎌倉幕府の存在を重視するかしないか、それが関東史観と関西史観の違いであるという。

関東の人間は、武士による新しい社会の到来として鎌倉幕府を位置付ける。日本の政治の中心が京都から関東に移り、質実剛健な武士の生き方が、華美で軟弱な京都の貴族文化を凌駕したと説く。貴族中心の古代は終わり、鎌倉幕府成立から武士の社会、封建制の中世が始まる。これが「関東史観」である。

一方、古墳時代から日本の中心地であった畿内の人間は「関西史観」の立場をとり、京都中心の政治史を固持する。鎌倉時代に京都が凋落したわけではない。現に、執権北条氏が滅びた後、再び政権は京都に戻り、室町に幕府が開かれたではないか、と。鎌倉時代というのは、荘園からの上がりを取る権力層に、それまでの貴族、寺院に加えて武家が割り込んできただけだ、というのだ。

私が思うに、武士といっても、源氏(清和源氏)にしろ、平氏(桓武平氏)にしろ、天皇の子孫である。その意味では「天皇の政権」は続いているわけで、まったく新しい支配層が登場したわけではない。藤原氏に代わる源氏、足利氏、徳川氏が出てきただけのことではないか。もっとも、徳川が新田源氏の末裔というのは詐称かもしれないが……。

西洋史と東洋史を同じ枠組みで捉えようという壮大な構想は目から鱗が落ちるようで、知の地平が切り開かれたような爽快感がある。しかし、最後に関東史観、関西史観という狭量なオチにもっていったのは残念である。

また、いろいろな歴史家の考え方や歴史観を披瀝して実証的ではあるが、著者自身の古代、中世の定義がいまひとつ明確ではない。この点ももっと分かりやすく論じて欲しかった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

知的遊戯としては面白い。

2016/05/15 23:45

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:わびすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る

歴史区分は研究上の必要で便宜的に利用するものだと思う。歴史区分を再構築することで、歴史が変容するとしたらその方がおかしい。ゆえに本書の論点は最初から不毛である。京大と東大の学閥の話やヨーロッパ史の中世の認識など面白いところも多いが、あくまでも知的な遊びとして面白いということである。飲み屋で友人と話すネタとしてはよかった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

日本史における古代の定義の話

2014/10/05 21:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:純塩 - この投稿者のレビュー一覧を見る

井上章一と古代、という組み合わせから、衝動買いのe-bookである。読んでいって、最初はしまったと思った。古代そのものの話より、その定義についての話が延々つづくからである。元々、日本史には大変疎い人間が、どちらかというと歴史の先端の話をそれも、東京と関西で、それぞれの定義が異なり、最近は関西(京大)の説が優勢であるとか。でも、その中世の定義が、世界の他の動きとは異なっているというところから、少し面白くなってきた。要するに、明治の時代に中世の定義が新しく作られていったというのである。それは脱亜入欧を目指す当時の論壇の、東大の説、すなわち鎌倉幕府が出来て武家社会が出てきたところが、中国と違うごく日本的な時代区分であって、それは、とりもなおさず京都が旧態依然とした保守的な、どちらかというと中国の真似をしてきたやり方を、根本的に捨て去るべき時代であるととらえ、古代に定義づけられたが、実は、中国では古代は日本の数百年前に終了していてるのだが、全くアジアと国中国の歴史とは独立した動きが日本に有ったとしたい、当時の東大が、今教科書に載っているような定義を作ったのだということである。また、歴史学者の出身がそれを後押ししてきたというところも面白い。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

古代はある

2014/12/03 11:13

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:atmark - この投稿者のレビュー一覧を見る

古代はない、というのは語義矛盾では。
「古代」とは他国でいう帝国のようなものがあったかどうか
 ではなく、その起源というべき文化、あるいはのちに一掃されるような
別の容態があったかどうかを確認する時代性を意味していると思います。
それをいかにも天皇史観で通史的に語ることだけが歴史である、という
認識はそもそも歴史学者がとってはならない視点であるはず。
東西史観はそのことに比べれば些細なことであって、それ以上に
この書は歴史本ではなく政治本と言うべきでしょう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2010/06/05 21:22

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2010/11/08 16:42

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2011/06/05 19:33

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2012/06/01 03:30

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2013/04/02 23:28

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2017/03/01 06:11

投稿元:ブクログ

レビューを見る

実施中のおすすめキャンペーン

本の通販連携サービス

このページの先頭へ

×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。