涙(上)(新潮文庫)
著者 乃南アサ
「ごめん。もう、会えない」。東京オリンピック開会式の前日、婚約者で刑事の奥田勝から、電話でそう告げられた萄子は愕然とする。まもなく、奥田の先輩刑事の娘が惨殺され、奥田が失...
涙(上)(新潮文庫)
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商品説明
「ごめん。もう、会えない」。東京オリンピック開会式の前日、婚約者で刑事の奥田勝から、電話でそう告げられた萄子は愕然とする。まもなく、奥田の先輩刑事の娘が惨殺され、奥田が失踪していたことも判明。挙式直前の萄子はどん底に突き落とされた。いったい婚約者の失踪と事件がどう関わっているのか。間違いであって欲しい……。真実を知るため、萄子はひとりで彼の行方を追った。
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愛は時に、幸せよりもせつなさにさいなまれる。
2011/09/24 08:38
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
涙 上・下 乃南アサ 新潮文庫
古本屋で、下巻しかなかったこの文庫を手にとる。たまたま開いた78ページに目を通して買う気になりました。「田川」という地名が目に飛び込んできました。それは、福岡県のまんなかあたりにある昔、炭坑だったところとすぐにわかりました。わたしが生まれた町のお隣の地域です。3歳までいたらしい。当時の記憶はありません。読む興味が湧きました。
登場人物たちが生きています。本を読んでいる間、読んでいないときも、自分の体の中で、柏木萄子(とうこ)さん24才とか、彼女の行方不明になった婚約者刑事奥田勝さんが生き続けました。上手な文章運びです。リズムがあります。音楽を聴いているような感覚がありました。
昭和39年の東京オリンピックをはじめとして、随時、社会での出来事が背景として知らされますが、それは物語の構成にあって、あまり効果がみられません。奥田さんを探す柏木さんの物語です。居場所を転々と変える奥田さんを萄子さんが追っかける展開です。奥田さんは殺人事件の容疑者です。話が進むごと、残虐性は増し、読み手は暗い気持ちにさいなまれます。作者は、そこまで、奥田さんを追い込まなくてもよかったろうに。
戦争中の中国人の言葉を思い出しました。日本軍に攻められて、ひざまずいて生きるよりも立って死にたい。奥田さんは立っていられませんでした。沖縄へ行くのにパスポートが必要だった時代があります。沖縄返還のニュースが届いたのは、わたしが小学生のときでした。同作者の作品「ニサッタ、ニサッタ(アイヌ語で明日の意味)」の原型がここにあります。人生のせつなさがあります。
なぜ婚約者は私から逃げるのか。その理由はやはり「涙」である。
2008/12/21 14:13
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:菜摘 - この投稿者のレビュー一覧を見る
幸福の絶頂にいた萄子と婚約者の奥田。それなのになぜ奥田は逃げ続けるのか。その理由を追い続ける萄子と刑事の韮山。見事に仕掛けられたワナのためとやっと分かるラストまで目が離せない見事な展開。
昭和39~41年が舞台。東京オリンピック前夜の日本中の興奮に始まる経済成長期へ入る日本の活気。それでいて忘れ去ったとは言い切れない敗戦後の苦しい生活の記憶が時折ふと現れては人々を苦しませる、そんな時代を60年代生まれの乃南氏が描ききっている。
乃南の描く刑事、警察像は決してキレ者でもなく勘が冴えるでもない。定年まで巡査だろうと自認する韮山もおよそ手柄とは無縁で、ただ長年培った刑事としての勘と足を使って聞き込みをするという地道な刑事。よく一人の刑事の勘だけでめくるめく解決がもたされる他の大げさな刑事モノと違い、地に足のついている現実味のある展開が非常に好ましい。かと言ってつまらないということは決してなく、いつもすぐそこに手が届きそうな奥田がまたスルリと逃げてしまう、その萄子の悔しさ・悲しさ・やるせなさが、ひしひしと伝わってくる。
そしてついに物語は当時占領下にある宮古島へ。当時の状況と宮古島を襲った歴史的な台風の爪痕を物語に絡めた、満足度100の骨太小説である。
お嬢さんの覚悟、いがいとすごい
2016/10/11 03:04
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:szk - この投稿者のレビュー一覧を見る
恋人のいきなりの失踪に泣き暮れるお嬢さん、意外頑固でわがままを突き通す決意。絶対に見つけ出してやるという執念。これもある程度裕福な家庭があるからこそ許される行為なんだよな、と思いつつ読む。挙式直前の失踪、もちろん寿退社済み。ただただ家族に迷惑をかけつつ、熱海、焼津、豊後、と拙い情報を元に飛び出して行く。当時最先端の新幹線とか乗っちゃって。金を惜しまない追走劇に少し鼻白む。お金出してるのお父ちゃんだろと。少しは家族を顧みればいいのにと。ただそこだけ気になった。話は文句なく面白い。先走る気持ちを押さえ下巻へ。
時代をうまく扱った推理小説では、最近ではこれがピカイチかな。男も女も、愛することに不器用な時代があったんだよね
2003/06/26 20:30
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトルだけで、気を惹く本がある。それが乃南アサの作品となれば、絶対に面白い。そう思って立ち読みをし始めたら、あまりに導入部が上手くて、結局買うことになってしまった。今は平穏な生活を送っている藤島萄子。彼女の心配といえば、結婚生活に失敗し嫁ぎ先から戻ってきた我が子のこと。娘が心を癒すために出かけた沖縄からの便りを読むうちに、萄子の脳裏には忘れられない過去が甦る。
昭和39年、オリンピックの年。日本が戦後から我武者羅に飛び立とうとしていた時代。戦前に事業を起こした父と母のもとでおおらかに育った藤島萄子。彼女が夫に選んだのは、奥田勝という刑事だった。家族の反対を押し切ってやっと結婚にこぎつけた二人。式の直前に、勝が失踪した。萄子にかかってきた電話と「ごめんな」の一言。そして殺害された警察の同僚 韮山、その娘のぶ子。
高校受験を前にした弟の彰文と、勝の消息を求め萄子が歩く川崎の街。今とは全く異なり、賑わいを見せる熱海。ベトナム戦争、ビートルズ来日、美空ひばり、オリンピック、返還前の沖縄。そうそう、私が生まれたのはこんな時代だったんだと納得しながら読んだ。人と人との関係が、ここで描かれるようなときもあった。いや、もしかすると将来においてもこのままかもしれない、そう思わせる。
話はシンプルだけれど、当時の世相、風俗を巧みに取り入れ、そこから人間の苦悩が浮かび上がってくる様は見事。その悠揚とした筆致は、まさに重厚。おなじ乃南の『鎖』については物量にこそ驚ろかされたものの、後半の展開に今一つ乗り切れないものを感じたけれど、今回は文句なし。新婚早々の夫の失踪という設定は、新津きよみ『生死不明』にもあったけれど、迫ってくるものが違う。
新時代の『砂の器』とでもいったら良いのだろうか。それにしてもタイトルの『涙』、これだけで手を伸ばしたくなる。うまいものだ。ただし、読んでいて涙は流すよりは、女の身勝手さに苛立っていた時間の方が長かった。でもタイトルが『苛立ち』では、売れない。はっぱり女には『涙』が似合うのかも。
愛の深さ
2023/01/23 10:33
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kotep - この投稿者のレビュー一覧を見る
結婚を控え幸せの絶頂にいた女性が、結婚式直前に相手から電話で別れを告げられる、ちょっと酷い仕打ちですね。確かに理由を聞きたいと思うのは当然やし、仕方ないと思う。主人公の相手を信じ待つ姿にはちょっと胸を打たれますね。相手をそこまで愛し、愛されたことがない自分には羨ましくも思えますが。
事実は小説より奇でした。
2003/08/17 16:17
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぼこにゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
先日NHKの番組で取り上げられたお遍路さん(じいさまである)が、実は殺人未遂で手配中の犯人だった、というニュースがあった。確か放送を見た警察官が気付いて逮捕の運びとなったんだったか。殺されかかった人には悪いが、松本清張の『顔』ばりの、ほとんど心温まる事件として私は記憶しているのだ。
まあ生きていれば殺したい相手の一人や二人は誰にもいるんじゃないかと思うけれども、実際に行動にうつす人はそれほど多くない。後々面倒だから。このじいさまにしても、贖罪とかいうことよりは、単にその面倒(この場合は逃亡・潜伏)の一環として長々と巡礼をやってただけなんじゃないかという気がする。一体この人は反省とか後悔とか、普通犯罪者に期待されるような殊勝な心持ちになったことがあるんだろうか。
と呆れながらもこの話が、逃亡生活にして悠々自適、というえもいわれぬ呑気な印象に彩られている原因は、何よりも指名手配中の犯人がテレビ出演するという前代未聞(か?)の抜け具合にある。もう忘れてたんじゃなかろうか、人を殺しかけたことなんて。
そうは行かねぇよ、ってんで逮捕されちゃったんだけども。すごいねえ警察は。
そんなような、アホな現実より遥かに重みをもって語られるのがこの小説。主人公はおなじみ『一見可憐でたおやかながらも芯の強い美人』、その婚約者が殺人事件に巻き込まれ失踪、『君の名は』風なすれ違いをえんえんと続けるという筋。婚約者の失踪の理由が最後までよく分からない。私は最後になってもよく分からなんだが。
殺害されたのは婚約者の上司の娘で、彼に思いを寄せていた。最初のうちは不運な被害者かと思いきや、話が進むにつれ意外な素顔が見えて来たりする。この辺、主人公とその婚約者の正義と悲劇を際立たせるための、ご都合主義っぽくていささか興ざめ。世界でこの二人だけが純粋で正しい人々なのか? ま、分かりやすいことは分かりやすいし、悪くはないけど見えないとこでやってもらいたい、という見事な『二人の世界』。いい年してそんな潔癖でいいのか。
婚約者の上司ってのが結構いい人なだけに娘のキャラクターにはちょっと不満。反宮部みゆき的、とでもいうべきか(いや宮部みゆきが好きだとはいわんが)。
何事もままならないのが世の中だから多少の汚れやキズには目を瞑ってやって行きましょう、てのが大人のタフネスではございますまいか。
何だか胸が苦しかった…
2003/07/09 19:03
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひな - この投稿者のレビュー一覧を見る
人間には、どんなに正しいことをしようとして、どんなに正義を貫こうとしても抗えない何かの力が加わることもある。
それは人の噂だったり、疑いだったりするけれど、この作品の中で私の胸を締め付けたのは勝の正義感。そしてそれ故に大事な人まで手放さなければならなかった、悲しさ。
ラストに意外性は無かったけれど、読みやすかった。その頃私は生まれても居なかったけれど、それでもすんなり入り込めたと思う。