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打ちのめされるようなすごい本
著者 米原万里
「ああ、私が10人いれば、すべての療法を試してみるのに」。2006年に逝った著者が、がんと闘いつつ力をふり絞って執筆した「私の読書日記」(週刊文春連載)に加え、1995年...
打ちのめされるようなすごい本
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打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
商品説明
「ああ、私が10人いれば、すべての療法を試してみるのに」。2006年に逝った著者が、がんと闘いつつ力をふり絞って執筆した「私の読書日記」(週刊文春連載)に加え、1995年から2005年まで10年間の全書評を収録した最初で最後の書評集。ロシア語会議通訳、エッセイスト、作家として56年の生涯を走り抜けた米原万里を知るには必読の一冊。この本には、彼女の才気とユーモアが詰まっています。
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紙の本
井上ひさし氏と丸谷才一氏の解説文を読む
2009/06/03 08:15
34人中、31人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
2006年5月に逝去した米原万理さんは、ロシア会議の通訳だけでなくエッセイ小説などの書き手としても高い評価を得た女性でした。そんな彼女はたくさんの本を読み、そしてたくさんの書評を私たちに残してくれました。この本は書評家米原万理さんの書評の集大成です。
しかも、単行本では井上ひさし氏が解説を書き、今回の文庫版には丸谷才一氏の解説まで加わりました。井上、丸谷両氏が絶賛した書評とはどのようなものか。
二人の解説から、書評とは何か、米原万理の魅力とは何か、が見えてきます。
井上ひさし氏は本書の解説「思索の火花を散らして」の中で、書評を「書物の芯棒になっている考えやその中味を上手に掬い出すのが要約であり、この要約というのもだいじな仕事だが、書評にはその上に、評者の精神の輝きがどうしても必要になってくる」と定義付けされています。
これは丸谷才一氏がよくいう「紹介と批評性」と同じでしょう。丸谷氏がいう「批評性」を井上氏は「評者の精神の輝き」と書いている。その上で、井上氏は「評者と書物とが華々しく斬り結び、劇(はげ)しくぶつかって、それまで存在しなかった新しい知見が生まれるとき」、それは良い書評になるのだといいます。
かつて丸谷才一氏も「知性を刺激し、あわよくば生きる力を更新すること」が「批評性」であると、『イギリス書評の藝と風格』(『蝶々は誰からの手紙』所載)に書いたことがあります。
井上氏がいう「それまで存在しなかった新しい知見」が丸谷氏の「生きる力を更新する」ものになりうるのでしょう。
つまり、書評とは単に本の紹介や感想を書くだけでなく、創作として書評を読む読者に生きる力を与えるようなものであるべきだというのが井上、丸谷両氏の論考です。
今回の文庫版解説に「わたしは彼女を狙っていた」とウィットに富んだ題名をつけた丸谷才一氏は、米原万理さんの書評を論じながら、しかも氏の考える「良い書評」論を展開していきます。
丸谷氏は米原万理さんの魅力を「本を面白がる能力」、次に「褒め上手」、そして「一冊の本を相手どるのでなく、本の世界と取組む」姿勢の良さ、と書いています。
特に最後の条件は丸谷氏のいう「批評性」とも関係するのですが、氏は「批評とは比較と分析によつて成り立つ」としています。
先に「生きる力」と書きました。実は私たちはその力を自然に持つものではない、多くのことを経験することで、その力を持つことができるようになるのだと思います。
その力を得るまでに積み上げた経験、それは書物で得たものも含まれるでしょうがそれだけではない、が一冊の本をどのように読み解くかの基準になっていくのではないでしょうか。
そのようにみたとき、書評家米原万理さんは単に「無類の本好き」だっただけでなく。複合的に物事を見る眼をもった女性だったにちがいありません。癌治療をしながらの書評などは他に比べようもないほど面白い。
◆この書評のこぼれ話はblog「ほん☆たす」で。
紙の本
筆者が遺した、魂の道標
2009/05/23 16:05
26人中、23人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:はりゅうみぃ - この投稿者のレビュー一覧を見る
読書が趣味だと普段から公言しておきながら、実は「読書」について熟考した事はほとんどない。
「本」を「読む」という行為が人生においてどういう意味を持つのか、一つの答えをくれたのが筆者の絶筆を収めた本書・「打ちのめされるようなすごい本」だ。
筆者の米原万理さんは2006年にご逝去されたが、本書は彼女がご健康である頃から最期の最期まで書きつづった闘病記録までその生涯のほぼすべての書評を納めている。
本書が書評集として大傑作であるのは言わずもがなであるが、ここには彼女自身・筆者の人格形成の根本も刻み込まれている。
多岐多彩に渡る本の分野、時に圧巻、時に洒脱味を交えた冴えた文体に胸震わせて読み進めるのであるが、それと同時にこの豊かな才能がもうこの世にない事に何とも言えない虚無感を感じる。
この奇跡の集成、知識の宝庫を一瞬にして無にしてしまう「死」の恐ろしさ。本書が見事であればある程失くした至宝に寂寥の念を禁じえないし、何より「生」を燃やす事の意味を考えてしまうのだ。
彼女は読んだ本を「書く」ことにより、本の存在もご自分の存在も永遠のものとした。
今生きている私たちがこうして彼女の遺産を分けてもらえるのは、精一杯生を生きた人からのギフトだがそれは結果論で、筆者は私たちに贈り物をするために書いていたわけではない。
おそらく彼女は仕事ではなくとも書く事をやめなかったと思う。なぜなら凄まじい闘病記から感じる生への執着はそのまま、読み続けたい、書き続けたい、と願う筆者唯一の祈りの表れだからだ。
それではこうして形に残さなければ「読む」事は無駄になるのだろうか?
どうせ失ってしまうものならば初めから増やす努力などしないほうがラク?
確かに読んでも読まなくても生は終わる。感じても感じなくても死は等しく訪れる。がせっかく人として生を得たのなら他の生物にはない「知」というものにこだわって生きてみたいと思うのだ。
「知」を得る手段は様々で、例えば経験から得た教訓だとか、己をとことん突き詰める悟りのようなものもあるだろう。
そして筆者は「書く」事を選び、私は「読む」事を選んだ。
だから読む。死ぬまで読む。
死ぬまで書いた筆者のように。
「打ちのめされるようなすごい本」とは、すなわち本書の事である。
紙の本
「ああ、こんなに生きのいい書評集があったのか」と、これはもう、実に心躍る一冊でしたね。
2009/12/29 20:15
19人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:東の風 - この投稿者のレビュー一覧を見る
好奇心の赴くまま、自由に、のびのびと、本の世界を旅する米原万里(よねはら まり)。著者の本は初めて読んだのですが、「ああ、こんなに生きのいい書評集があったのか」と、これはもう、実に心躍る一冊でしたね。その本の魅力を鮮やかに伝える評言の的確さもさることながら、何より、対象におもねることのない著者の真っ直ぐな視線、率直な物言いが清々しく、素晴らしかった!
2001年から2006年にわたって、月一度のペースで『週刊文春』に掲載された書評を収めた「第一部 私の読書日記」。1995年から2005年にわたる十年間の、著者のほぼ全ての書評を収録した「第二部 書評 1995~2005」。以上の二部構成になっています。アメリカやロシアといった超大国が引き起こした戦争の悲惨さ、おぞましさに対する著者の怒りが刻印された「世界を不安定にする最大の脅威」(週刊文春 2004/2/26)、「世界から忘れ去られたチェチェンという地獄」(週刊文春 2004/9/16)の二篇が、とりわけ強く、印象に残りました。
巻末、「わたしは彼女を狙つてゐた」と題された丸谷才一の文庫版のための解説もいいですねぇ。汲めども尽きぬ本書の魅力を言いとめた次の文章など、ぽんと膝を叩きたくなりました。
<これはほんの一例にすぎないけれど、とにかく米原万里は無類の本好きであつた。本好きといふことが書評家の根本的な条件であることは繰返すまでもない。何しろ彼女は、スターリンをきびしく弾劾したあとで、彼が「激務の合間に一日五百頁を読破する読書家」であつたと書きつけ、ほんのすこし、しぶしぶ、好意を寄せるくらゐの読書人だつた。自分と同じやうに本好きだと知ると黙つてはゐられないのだ。> p.570
紙の本
読者も打ちのめすすごい書評
2016/11/25 10:50
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:猫目太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
その圧倒的読書量、著者のロシア(主にチェチェン熱)の造詣の深さ。500ページと膨大な書評集だが、紹介本に対する真摯な感想と内容を保管する(と思われる)知識には感服。マーカーでラインを引く箇所が多数あり、電子書籍で良かったと思う。掲載された時期と、著者の闘病生活が重なり、巷に溢れた「ガン関連本」の治療内容を自身で検証する姿に涙が出た。読書後、米原女史と「すごい本」に打ちのめされた読者が多数出たと思われる。早逝が惜しまれてやまない人だ。
紙の本
とてつもない読書量に脱帽
2019/03/24 23:22
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぽんたろう - この投稿者のレビュー一覧を見る
ブラウン管の中で、コメンテーター席に座っている姿は何度か見たことがあるけれど、発言しているところは記憶になく、あらゆるニュースを見聞きするにつけ、今だったらどんなコメントを発しているのだろうか、と考えずにはいられない方です。
いろいろなところに寄せられてた書評をまとめたものですが、お仕事だからというだけでなく、ただ普通にしていても、おそらく多かったであろうその読書量の凄さはただ唖然。読むスピードも尋常でなければできないであろう分量です。
また、その文章は、書評を読むだけで、その本をどっぷりと読んだ気持ちになれるほどに充足感を味わえるのもので、わざわざどの本を手に取らなくてもよいのではないかと思うほどの鋭さのある書評ばかりだと思います。
人が、一生涯に読める本の数など限られているので、勧め上手の方からのおすすめ本情報は貴重。なので、この本そのものがとても貴重な存在です。
ただ、病を自覚されてからの病に打ち勝つためにあれこれと手を出し試された履歴がわかる書評部分は、悲しく感じるばかりでした。生きることへのこだわりと、病を克服しようとする執念は異常なまでに強く感じました。読み手によっては衝撃的になることも考えられる部分です。