「また会いましょうなあ……」
2010/11/11 16:13
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
同じ作者の『あかね空』でも登場した、深川の高級料亭「江戸屋」の主人秀弥の物語である。ただし、同一人物でありながら、『あかね空』とは、設定が変わっている。『あかね空』では、宝暦十三年(1763年)、三代目秀弥五十二歳、その娘玉枝十五歳となっており、ここまでは、『梅咲きぬ』も同じである。その後が異なっていて、『あかね空』では、玉枝が四代目を継ぐのは天明九年(1789年)である。こちらの『梅咲きぬ』では、もうその宝暦十三年(1763年)に、三代目秀弥が亡くなって玉枝が四代目を継いでいる。『梅咲きぬ』は、寛政二年(1790年)八月、富岡八幡宮の祭の日に、四十二歳の玉枝が幼少時代からこれまでの人生を回想する話である。
寛政二年(1790年)、富岡八幡宮の祭といえば、やはり同じ作者の『損料屋喜八郎始末控え』でも、江戸屋の秀弥が登場し、ちょうど一年前に喜八郎と出逢って恋が始まっている。ただ損料屋喜八郎の物語では、秀弥の本名が玉枝という名かどうかも書かれていないし、『あかね空』や『梅咲きぬ』よりも、年齢が十歳以上若いような感じがする。一方、『あかね空』『梅咲きぬ』には、喜八郎は登場しない。
『梅咲きぬ』には、「牧野豊前守家臣、八木仁之助」が登場する。ところが、ところが、玉枝は、九歳で八木仁之助と出逢って十五歳からお互いに女と男として意識しあい想いあいながら、寛政元年(1789年)になるまで、玉枝四十一才、八木仁之助五十五才になるまで、何もせず、双方、独身を通した末、くちづけをかわしただけで、八木仁之助は国許へ帰る。帰ったら浮世の義理から結婚せざるを得ないことを示唆しておいて。
……損料屋喜八郎への義理立てかもしれないが、どうも、その……作者は冷たすぎる……
玉枝が九歳のときに八木仁之助に初めて出逢った場所は、乗合船の上だ。玉枝は、老人福松に連れられていた。船が大名屋敷のそばを通りかかった時、八木仁之助が長屋の窓をあけてのぞき、玉枝と眼が合ったのだった。
玉枝と福松とが、乗合船に乗る前、土手から大川を眺めるくだりがいい。佃島の先から大川を上って来るいかだ、いかだに追いつく、四畳大の白帆を張った漁船、いかだを追い抜く時に川並に手を振る子供、漁船が投網船のそばを通る時もまた、双方の船の子供たちが手を振り合う。
玉枝が福松とともにいる場面は、情緒たっぷりの、美しい場面が多い。福松と、福松の連れ合いで踊りの師匠の山村春雅とともに花見に行く場面もいい。それから、福松が、歯が弱くなった春雅のために、たくあんを千切りにする場面もいい。春雅と福松とは、土佐の出身で、上方で踊りの師匠となり結婚し、後に江戸に出て来た。それでこのふたりの会話は、大阪弁だったり、土佐弁だったりする。それを読んでいる私も、母方の祖母から土佐弁と大阪弁とを聞いて育ったものだから、どちらのアクセントもイントネーションもよくわかって、楽しかった。
春雅と福松とは、玉枝が六歳のときから、教育係となり、三代目秀弥が亡くなった後も、十五歳で四代目秀弥を継いだ玉枝を支え、八木仁之助との仲も見守った。そして玉枝が二十歳のとき、老老介護の状態となる。大勢の弟子がお師匠さんの介護を手伝いたいと言ったが、福松は、このときになって初めて春雅を独り占めできるようになったことがうれしいのだといい、自分ひとりで介護をする。春雅が福松に残した末期の言葉は、
> 「また会いましょうなあ……」
玉枝は、八木仁之助となら、あのような夫婦になれると思った。だが、身分の違いから、それは出来ないことだと、お互いにわきまえていた。玉枝の募る想いの籠められた涙を、福松は、わけを聞きもせず、慈愛の満ちた目で見ていた。
「わきまえる」という言葉が、山本一力の小説にはよく出てくる。玉枝は、少女時代から、江戸屋の女将にふさわしい器量と才覚を発揮しておとなたちを驚かせ感心させ、まことによく、わきまえた。あまりによくわきまえているし、そのうえ、玉枝が同じ年頃の子供と遊ぶ場面が一切出てこないので、私は、もしかして、玉枝は、おとなに対して過剰適応した、いわゆるアダルトチルドレンではないかと心配し、ひょっとして、だから八木仁之助と何も出来なかったのか……と、気を回してしまった。だって、身分違いだから正式に結婚できなくても、それはそれ、これはこれ、だと思うんだけど……
あんまりかわいそうなので、私は、勝手に、玉枝は、八木仁之助が去った後、損料屋喜八郎といい仲になるのだと決めることにする。年齢も、『あかね空』『梅咲きぬ』の設定よりも十歳以上若いのだと思い込んでおく。そうすると矛盾が生じるとか、知らん。作者、冷たすぎるもん。
投稿元:
レビューを見る
江戸の老舗料亭江戸屋女将4代目「秀弥」の半生を描く
江戸の料亭女将の所作の気品が漂う
日本人ならこうありたいという理想の姿がここにある
騙り集団を懲らしめる件は爽快!
現代はこんな粋な人間は男女問わず少なくなりました
投稿元:
レビューを見る
★4.8!
帯にある「凛として生きる」という言葉がぴったりの、江戸時代を凛として生きた母娘の物語。★5と迷うくらい良かった。こういうEDO文化というか考え方、好きだー。
投稿元:
レビューを見る
読後は淋しかったですが、
綺麗な作品で心が洗われました。
娘や女性としての悲しさと
女将としての強さのバランスが
上手く描かれていました。
投稿元:
レビューを見る
山本一力らしい江戸ワールド。
主人公と先代女将の凛とした女性としての強さ、たたずまい、機転に感銘を受けた。
自分の至らなさを痛感でき、勉強になった。
ホント山本一力の描く世界は好きだな〜。
投稿元:
レビューを見る
1年半くらい前に、暇つぶし用に買った本。
暇つぶし目的だっただけに、読み終わる頃には
半年近く過ぎていた気がする……
江戸のとある名門料亭に生まれた女の子が、
3代目おかみである母の背を見て育ち、
4代目として1人前に成長するまでが
書かれています。
立ち回りあり、親類との別れあり、
初恋の風化する様あり、と、
主人公の半生描いているだけに、
それなりに色々起こっています。
ん〜…でも、基本”性善説”な話だなぁ、と。
主人公の4代目は、山本氏の他の作品にも
度々登場しているそうです。
なので山本氏の作品のファンならそれなりに
楽しいかもですね。
投稿元:
レビューを見る
主人公の娘・玉枝は利発な子だ。その玉枝が尊敬しあこがれる母・秀弥の言葉や振るまいを一生懸命理解しようとする。いくら利発な子とはいえ子どもは子ども、理解できないこともあるがそれでも母を女将と敬い従う。女将の言動の意味を理解しようとする。母・秀弥は娘・玉枝をいずれは四代目女将となれるよう厳しく躾ける。全て娘の将来を思ってのことだ。作者は親の愛とは、子どものしつけとはどうあるべきか、人としての生き方は如何にあるべきかを物語を通じて読者に問いかける。老舗女将として矜持を持って凛として生きる母娘の姿に清々しい感動を覚えた。道理をわきまえた人を見るのは気持ちが良い。ましてその相手が子供であれば尚更のことである。
投稿元:
レビューを見る
この人の作品にたびたび出てくる
深川の老舗料亭「江戸屋」4代目秀弥
その少女時代から一人前の女将になるまでの話
作者得意の人情と心意気
かなりお約束の世界ではあるけれど安心して読めます
やっぱりこの人は長編のほうが好き
投稿元:
レビューを見る
母が送ってくれた本を入院中に読みました。
時代小説をちゃんと読むのはそのときが初めてで、最初は慣れない名前や年号にとまどったものの、すんなり物語の世界に入れました。
簡単に真似できないけれど、学ぶところがいっぱいです。深川の人たちの助け合い精神や心意気、羨ましいです。
おっしゃんが福松さんに言う最後の言葉に涙しました。
投稿元:
レビューを見る
江戸屋四代目秀弥の子供時代の物語。
三代目の物語ともいえる。
少し話が飛ぶ場面が多いが、
損料屋の時から気に入ってた秀弥。かっこよい。
嫌なコトを忘れられる時間である。
投稿元:
レビューを見る
この主人公に憧れます。
ちょっとせつない恋もありますが、それもまたいい。
こんな風に、かっこいいステキな女性になりたいと思います。
投稿元:
レビューを見る
江戸時代の料亭の女将という人間像についてじっくりと分からしてくれる貴重な一冊。著者の山本一力さんの本は、総じてこのようなじんわりと「人の道」について諭してくれるものが多い。
その中でも、この本は日本料理店を経営する方には是非お勧めの一冊です。
投稿元:
レビューを見る
深川の料亭、江戸屋の玉枝6歳が 四代目女将、秀弥を
継承するまでの物語です。
著者の山本一力さんは、小説の舞台である深川に住いし、
愛する深川を背景とする小説が多い作家さんです。
ヒロインの秀弥は、これまで損料屋喜八郎始末控え、赤絵の桜にも
江戸屋の秀弥として登場しています。
ストーリーは、秀弥(玉枝)が6歳から踊りの稽古を通して
行儀作法やコミュニケーションを身体で学んでいくありさまです。
先生は上方育ちの踊りの師匠夫婦であり、母親です。
「楽なことを覚えたらあきまへん、あなたが七つでしっかり
覚えられたら、あとは一生もんや。その歳で楽な方へ走る
ことを覚えたら、あとになって苦労するのはあんたですえ」
「ひとを羨むのは、あんたの母親を悲しませることや。
そんないやしいことしたらあきまへんえ」
「どんなことにもものには、ほどということがある」
「ひとの暮らしに欠かせない雨でも、降りすぎたら
嫌われるということさ、ほどのわきまえができて
いるものは、いろんなひとに大事にされる。玉枝
ちゃんなら、きっとそれができるだろうよ」
こういう教えを素直に身につけた女が、いい女にならない
わけがありません。
背筋をぴしっと立てて生きていく、権威や金になびかない
いい女がどのように育っていくのか、この本を読めばわかります。
「所詮、小説よ、理想に過ぎないわ」というあなた!
あなたは、ぜったいいい女になれません。ておくれです。(きっぱり!)
投稿元:
レビューを見る
江戸時代、深川の老舗料亭の女将とその娘の物語。こんな物語が大好きだ。大店の4代目女将となる娘を一人前の後継者とするべく厳しく育てる母。その思いを深く理解し幼いながらもその才気を見せる娘。二人を支え師となる踊りの師匠夫婦。女の器量とか不景気だからこその大店のあり方とか、すっぱりと筋が通っていて気持ちがいい。店が大きくなるとそれだけそれを続けることが大変になる。昨年世間をにぎわせた某料亭は大店という事に何かを忘れ利益さえ上がればいいと慢心してしまった。女将はどんな教育を受けたのだろう。この人の書く時代小説の主人公はきっと胸を張って生きていいる感じがとても読んでいていい。
投稿元:
レビューを見る
「あかね空」を始め、山本作品にたびたび登場する、深川の料亭「江戸屋」の女将、秀弥。
三代目秀弥の娘玉枝が、温かく、時に厳しい目に見守られながら、老舗女将として成長していく物語。
玉枝が様々な人々から、厳しくも優しく教えられたことがすごく心に残る。
◯若いうちから楽することを覚えたらいけません。
◯辛い時は好きなだけ泣いていい。でも、自分が可哀想だとあわれむことだけはいけない。それは毒になる。
◯身の丈に過ぎたぜいたくは、世間様の笑ものになるばかりでなく、江戸屋の暖簾にもさわります。
◯質素とみすぼらしいのとは別のこと。
◯たとえ相手に非があろうとも、あからさまにそれを言いたてたり、物言いや顔つきを変えたりしてはならない。
すごく耳が痛い…。
それを、玉枝がちゃんと吸収していけたのは、ひとえに周りの大人たちが手本となってそれを示していたからだと思う。たった15の年から女将として生きていくことになり、江戸屋や深川の祭りの采配を立派につとめあげるようになった4代目。この時代は飢饉が重なって不景気だったけど、そんな時だからこその大店のあり方もとても気持ちいいものでした。
これからの江戸屋や玉枝の行く末、どんな5代目を育て上げるのか…また別のお話で彼女に会えるのが楽しみだ。