蜻蛉始末
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“とんぼ”宇三郎がいい。話の前半と読み終えた後で、彼の印象が全く違ったものになっていた。
2005/01/03 01:22
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投稿者:風(kaze) - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書の前半は、藤田傳三郎の視点で読んでいった。ところが話の中盤から、“とんぼ”宇三郎が俄然生彩を帯びてきて、読み終えてみれば、これは傳三郎ではなく宇三郎が主役の話だったのではないか、そう思えて仕方なかった。
幕末から明治初頭にかけて、政商として活躍した藤田傳三郎と、彼の忠実な“影”として生きた“とんぼ”宇三郎、このふたりの運命が交錯し、変転する様を描き出して行く話である。長州藩の萩で暮らしていた頃は、傳三郎が“主”で、宇三郎は“従”でしかなかった。しかし、傳三郎が時代の大きなうねりのなかで翻弄され、深刻な挫折を経験するうちに、宇三郎の存在が次第に増してくる。表舞台に登場して名を上げていくのは傳三郎だが、読み手の心のなかで魅力的な存在感を示していくのは宇三郎である。萩では行動を共にしていたふたりが離れることによって起こる主従関係の微妙な変化、より具体的に言えば、傳三郎を心から慕う宇三郎が“影”としての呪縛から次第に解き放たれていくところ、そこが面白かった。この話の妙を感じて、わくわくさせられた。
長州出身の傳三郎が関わりを持った歴史上の人物が、実名で出てくるところにも興味を惹かれた。なかでも、幕末に長州藩で奇兵隊を組織するなどして活躍した高杉晋作、明治初頭に起きた「尾去沢銅山払い下げ汚職事件」で悪名を馳せた井上馨のふたりの人物の描写が印象に残る。とは言え、本書でスポットライトが当たっていたのは藤田傳三郎であり、それ以上の輝きを持って描き出されていたのは、傳三郎の“影”として生きた宇三郎であったと思う。
時代の闇の中から、藤田傳三郎と“とんぼ”宇三郎のふたりの人物が立ち上がってくる小説。これまでに読んだ北森さんの作品では、『狂乱廿四考』や『狐闇』の世界に通じるものがあるだろうか。
とまれ、宿命的な繋がりを持って、幕末から明治にかけての激動の時代を生きたふたりの男の物語『蜻蛉始末』。ぐいと心を掴んで引き込んでいく小説の力があり、読みごたえがあった。