サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

修正:全品ポイント最大50倍(0603-30)

【ポイント50倍】実用「美容・ダイエット」ジャンル商品 全品50倍CP(~6/30)

  1. hontoトップ
  2. 電子書籍ストア
  3. 新書・選書・ブックレット
  4. 日本人とキリスト教の奇妙な関係
日本人とキリスト教の奇妙な関係(角川新書)

アプリで立ち読み

hontoアプリの確認

立ち読みには最新の「honto」アプリ(無料)が必要です。

バージョンの確認はアプリの「設定/情報」から確認できます。

最新の「honto」アプリをご利用の方

立ち読みする

最新の「honto」アプリをダウンロードされる方

hontoビューアアプリ

  • みんなの評価 5つ星のうち 3.5 2件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×

新刊お知らせメール登録

この著者の新着情報

一覧を見る

読割 50

読割50とは?

読割50とは?

hontoネットストアおよび、丸善・ジュンク堂・文教堂の提携書店にて対象の紙書籍を購入すると、同一の電子書籍が紙書籍の購入から5年間、50%OFFで購入できるサービスです。
購入時点で電子書籍が未発売でも、紙書籍の購入時期にかかわらず、電子書籍の発売後5年間、50%OFFで購入できます。

または読割50のアイコンがついている商品が対象です。

一部、対象外の出版社・商品があります。商品ページでアイコンの有無をご確認ください。

  • ※ご利用には、honto会員登録が必要です。
  • ※書店店頭でのお買い物の際は、会計時にレジにてhontoカードをご提示ください。
  • ※hontoが提供するサービスで、販売価格の50%OFFを負担しています。

読割50について詳しく見る

一般書

電子書籍

日本人とキリスト教の奇妙な関係

著者 著者:菊地 章太

信仰がなくても十字架のペンダント、聖書の売上は世界第3位。しかし信者は人口の1%――日本人とキリスト教の特異な関係はなぜ生まれたのか。キリシタン時代からの歴史を追いながら...

もっと見る

日本人とキリスト教の奇妙な関係

864 (税込)

ポイント :8pt

電子書籍をカートに入れる

ご利用中のデバイスが対応しているかご確認ください

  • iOS
  • Android
  • Win
  • Mac

対応デバイスごとのコンテンツタイプやファイルサイズヘルプ

日本人とキリスト教の奇妙な関係 (角川新書)

864(税込)

対応デバイス毎のコンテンツタイプやファイルサイズ

対応デバイス コンテンツタイプ ファイルサイズ 閲覧期限
iOS EPUB 8.5MB 無制限
Android EPUB 8.5MB 無制限
Win EPUB 8.5MB 無制限
Mac EPUB 8.5MB 無制限
【48時間限定】電子書籍全商品対象!30%OFFクーポン

こちらは「電子書籍ストア全商品対象!30%OFFクーポンキャンペーン」の対象商品です。
※キャンペーンの適用にはクーポンの取得が必要です。

キャンペーン期間:2017年6月28日(水)~2017年6月29日(木)23:59

電子書籍 全商品対象!ポイント最大50倍!

こちらは「エントリー限定!電子書籍ストア ポイント最大50倍キャンペーン」の対象商品です。
※キャンペーンの適用にはエントリーが必要です。

キャンペーン期間:2017年6月3日(土)~2017年6月30日(金)23:59

あわせて読みたい本

この商品に興味のある人は、こんな商品にも興味があります。

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

小分け商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

この商品の他ラインナップ

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

商品説明

信仰がなくても十字架のペンダント、聖書の売上は世界第3位。しかし信者は人口の1%――日本人とキリスト教の特異な関係はなぜ生まれたのか。キリシタン時代からの歴史を追いながら日本人固有の宗教観にせまる。
※本作品は紙版の書籍から口絵または挿絵の一部が未収録となっています。あらかじめご了承ください。

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー2件

みんなの評価3.5

評価内訳

  • 星 5 (0件)
  • 星 4 (1件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

2016/02/16 10:58

投稿元:ブクログ

キリスト教の信仰を200年以上も守り続けた長崎の住民.凄いことだ.日本人が外来の文化に接する時の感覚は,今も昔も変化していないことに驚いた.確かに仏教もお釈迦さまが言っていたことと,今の日本の仏教は別のものと言っても過言ではない.キリスト教も日本の風土に合わせて来た.第7章の「教会に門松を立ててよいか」での議論はとても面白かった.

2015/10/19 23:39

投稿元:ブクログ

 この本の主役は白石と村人だ。日本人とキリスト教に纏わるエピソードが色々と取り上げられた一冊で、その歴史を時系列的に書いていっているわけではない。

 白石とシドティ(シドチだと思ってた)の対話はずっと気になっていて、ここには白石の結論と性格がわかりやすくまとめられている。白石の詮議は4回にわたる。

 白石の目的はただ一つ。日本より外の世界。西洋の知識がどれほどのものか知ることだ。最新の科学技術や世界情勢を知り白石は驚くが、どうしても納得できないことがある。キリスト教だ。シドティがわざわざ命がけで伝えようとしていることが、まるで白石にとっては「いかむぞ、嬰児の語に似たる」と話にならない。

 デウスについて、シドティは「天地万物はデウスが作った」という。白石は「ではデウスはどうして生まれたのか。デウスが勝手に生まれたのであれば、天地万物も勝手に生まれるものではないか」と。
 また、「罪」について。シドティは「デウスのさだめた戒めを人間は破った。その罪はあまりに重く、自分たちの力でそれをあがなうことはできない。デウスはそれをあわれんで、イエスとなってこの世に生まれ、その罪をあがなったのだ」。
 白石は「罪をあがなえないようにしておいて、それをあわれんで自分であがなうってなんのこっちゃ」。
 白石は、博覧強記のシドティから、こんなバカな話が出てくるとは信じられなかった。
「二人の言を聞くに似たり」と感想を述べている。そして結論する。

「西洋にならって学ぶべきは知識と技術のみ。その根本にある精神には学ぶべきものなし」

 しかし、そこからが面白いのは、白石はシドティの信仰心には感激するのである。父母を捨ててここまで来たその信仰は立派であると。キリシタン部屋に閉じ込めておくのはかわいそうだ。そして長崎に来航する中国船に乗せて早々に国外へ出すべきであると、幕府に上申までしたのだ。が、却下される。シドティは1714年に日本で亡くなる。

 日本はどういう風土であるか。芥川の神々の微笑にもあるが、人間をこえた存在を許容しない風土。それでいて、草も木も、人もみなひとしく成仏するという風土である。

 1805年、5000人ものキリスト教信者が発覚する「天草崩れ」事件が起こるが、その際、独特の信仰形態に変化していたため、これはキリスト教ではなく、異宗であるとして処刑が行われなかったことがある。そして時代は流れて、戦時中の1943年、またも宗教事件が天草で起こる。
 そのやりとりが面白い。
 要するに英米の宗教を信仰している一部村人に対して、特高や村の青年団長や学校校長らが糾弾するということだ。
「日本のためではなく、お前らはカトリック教会のために戦っているし、もし英米が迎えに来たら、喜んでついていくのではないか」(実際は、米が迎えに来たら、日本人のほとんどは喜んでついていったし憲法も押し頂いた)
 信者である村人側は窮地にたたされるが、そこで予備役の陸軍大尉が鶴の一声を述べる。
「これは謀略である。カトリックの精神では、日本の神社を粗末にするわけがない。みんな仲良くできるはずなのに、それができてないのは英米の陰謀である。一致協力すれば日本は勝てるのに、いま思う壺になっているぞ」
 これで糾弾会の流れが変わった。信者側の反論のチャンスが来る。
「私たちはいつもキリスト教であることだけで、いじめられたりしてきた。神社には必ず詣でるけれども、神社にいるあなたたちがぜんぜん受け入れてくれない」
 結局、出席していた、糾弾する側の学校長が頭を下げることになる。
 さて、ではキリスト教信者が神社参拝するのはどういう理屈によるものであるか。
 その根本はここにある。

<マタイによる福音書>
【そのときパリサイ人たちがきて、どうかしてイエスを言葉のわなにかけようと、相談した。
そして、彼らの弟子を、ヘロデ党の者たちと共に、イエスのもとにつかわして言わせた、「先生、わたしたちはあなたが真実なかたであって、真理に基いて神の道を教え、また、人に分け隔てをしないで、だれをもはばかられないことを知っています。
それで、あなたはどう思われますか、答えてください。カイザルに税金を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか」。
イエスは彼らの悪意を知って言われた、「偽善者たちよ、なぜわたしをためそうとするのか。税に納める貨幣を見せなさい」。彼らはデナリ一つを持ってきた。
そこでイエスは言われた、「これは、だれの肖像、だれの記号か」。
彼らは「カイザルのです」と答えた。するとイエスは言われた、「それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。
彼らはこれを聞いて驚嘆し、イエスを残して立ち去った。】

 もしヨーロッパが戦争を仕掛けてきたらキリスト教徒はどうするのか。
「キリスト教の教義は、魂は神のもの、体は天皇と軍隊のものだと教えています」という。
 キリスト教徒は神社を訪れてよいか。
 レヴェレンティア(尊敬)である限り許容される。アドラティオ(礼拝)と区別されることである。天皇陛下をレヴェレンティアしてよい。しかしアドラティオではない、ということだ。
 そうしてキリスト教を信じながら、教会に門松立てたりしつつ、日本人は生きているわけであるが、まあ、ざっくりとしているけれども、大枠はわかった気がする。

 白石も、村人も、「どうも納得できないし、突っ込めるけれども、なんか頑張って信じているし、懸命なので立派だ」という、温情主義から上から目線を抜いたもの、「なんか頑張ってるからええやん」という感情でキリスト教を見ている気がしたし、信仰者自身もそうな気がする。ある時、「キリストがこんな私のために犠牲になってくれた」と、私の友人は涙を流しながら言ったが、私にとって、それはシドチに涙する白石と変わらないと思った。

一般 ランキング

一般のランキングをご紹介します一覧を見る

前へ戻る

次に進む