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  • カテゴリ:一般
  • 販売開始日:2015/05/29
  • 出版社: 新潮社
  • ISBN:978-4-10-309620-7

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電子書籍

終わりの始まり──ローマ人の物語[電子版]XI

著者 塩野七生

広大な版図を誇り、平和と安定を享受した五賢帝時代。その掉尾を飾り、「哲人皇帝」としても名高いマルクス・アウレリウスの治世は、配慮と協調を尊んだことで、後世からも高い評価を...

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終わりの始まり──ローマ人の物語[電子版]XI

税込 1,540 14pt

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商品説明

広大な版図を誇り、平和と安定を享受した五賢帝時代。その掉尾を飾り、「哲人皇帝」としても名高いマルクス・アウレリウスの治世は、配慮と協調を尊んだことで、後世からも高い評価を得てきた。しかし、その彼の時代に、ローマ帝国衰亡への序曲が始まっていたのだとしたら……? 現代にも通じる鋭い洞察に裏打ちされた、一級の指導者論。 ※当電子版は単行本第XI巻(新潮文庫第29、30、31巻)と同じ内容です。

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評価内訳

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紙の本

『グラディエーター』に描かれた時代の真実

2007/10/18 18:57

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 第1巻からの読者の多くは、この巻以降胸を引き裂かれる思いを強くするだろう。いよいよローマ没落の物語がはじまるからだ。
 五賢帝最後の人、マルクス・アウレリウスの皇帝就任直後から帝国は蛮族の侵入に悩まされ、彼の皇帝としての後半生は戦いに次ぐ戦いの日々となった。『自省録』によって今も広く尊敬を勝ち得ている哲人皇帝の彼が、不慣れな戦場でほとんどの時間を過ごし、やがて遠征中に戦地で死んだことは、実にかわいそうである。しかし、これは前皇帝アントニヌス・ピウス、そしてマルクス自身が蒔いた種でもあった。彼ら二人は、人格的にはすぐれていたが、長い平和に甘んじて、前線の視察など帝国防衛の任を怠った。トライアヌス、ハドリアヌス両帝に見られたような平時の危機管理意識が、この二人に欠如していたことが、ローマ没落の第一段階における、少なくとも一つの要因にはなった。
 さらに、マルクスの息子コモドゥスの愚行が帝国の衰退に拍車をかける。五賢帝のうち前四名については男子がいないため世襲がまったく行われず、現皇帝が適性を見込んだ人物を後継者に据えるという、ある意味、理想的な権力の移譲が続いていた。ところが、マルクスには男子がいた...マルクス唯一の失政とも言われる、コモドゥスへの後継指名はしかし、その後に予想される権力闘争を考えれば仕方がなかった。子供は選べないが、後継者は選べる―ハドリアヌスのこの言葉は、偶然が生んだ後継指名制度の妙をうまく言い当てている。
 本書では、コモドゥスとその時代を描いた映画『グラディエーター』についても興味深い分析が行われている。曰く、冒頭、マルクスに率いられたゲルマニア戦役での戦闘シーンは、往時のローマ軍の戦い方とは似ても似つかぬひどいものだが、何度もDVDを観ているうちに皮肉なことに、これがマルクス時代の戦闘の実際ではないかという気がしてきた。マルクス死後、戦役を終わらせざるをえなかったのも無理はない。等々...作品評としてもなかなかのもので、映画鑑賞の手引きとしてもおもしろい。
 余談ながら、ローマ史をテーマにしたハリウッド映画の多くが、ローマが極悪非道の帝国で、キリスト教徒にもひどい迫害を加えたかのように描いているが、『ローマ人の物語』を読むと、そのような描写のほとんどが嘘か誇張にすぎないことに気づかされる。実際のローマは、市民の権利も他国の主権も尊重し、あらゆる宗教に対して寛容な国家であった。アメリカの映画産業がかくも歪んだローマ像を一方的に作り出してきた理由は、非キリスト教徒に対する軽蔑・嫌悪もあろうが、第一には、ローマ同様覇権国家である自国が、ローマよりもずっと理想的な民主国家であると自国民に信じさせたいからではないか?
 自分としては、『グラディエーター』にはヒーローのマクシムスに代表されるローマン・スピリットが生き生きと描かれ、上のような誇張や嘘はさほど感じられない。だがそれも、実際のコモドゥスが悪役としてはほとんど脚色不要なほど愚かだったからかもしれない。大切なのは、これがローマ皇帝と帝国の一般的な姿だと信じぬことだ。コモドゥスとその時代は、ローマの内部崩壊という長いドラマの最初の一コマなのだから...
 コモドゥス暗殺後、皇帝が乱立し、再び帝国に混乱が訪れる。最終的に覇者となった軍隊たたきあげのセヴェルスは、ローマに再び秩序を取り戻し、内政・外交それぞれに多くの成果を残したが、衰退する帝国の流れはそのような努力によっても止めることはできなかった。遠征中のブリタニア(イギリス)で死を迎えるセヴェルス。遠征地で死ぬ皇帝はマルクスに次いで二人目であったが、のちの皇帝たちにはよくあるパターンの最期となる。彼の死後、長男カラカラは弟ゲタを殺して権力を手中にする。以後、皇帝のほとんどが暗殺や戦死で生を終え、自然死がほとんど見られない暗黒の時代へと突入する。

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紙の本

終わりの始まりからまた始める

2012/02/20 23:48

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kc1027 - この投稿者のレビュー一覧を見る

わたしはローマ人の物語をじっくり読んでいるつもりだ。そしてこの11巻目の『終わりの始まり』まで来て思った。もう1周、読もうと思う。終わりが始まるまで、面白いがままに読んでしまって、終わりが始まることをあんまり想定していなかった。でも、もう1周読むつもりで、終わりの始まりを読むと、それは現実の歴史の中で、終わりをどう始まりにつなげるかを考えるようになってくる。ルネサンスを思うようになってくる。

マルクス・アウレリウスはかっこいい。皇帝にして哲人。世界に君臨しつつも自省的。問題山積でも、黙々と責務を果たす。それでも、帝国は傾いていく。賢帝中の賢帝が生命の限りを尽くして統治を行っても、人間世界は御しがたい。否、世界も地球もそんなに甘くない。パクス・ロマーナもいつか終わりが来る。この現実の凄まじさ。とかくこの世は住みにくい。

世に言う五賢帝のうち、唯一男子に恵まれたマルクス・アウレリウスは、避けがたく訪れる自らの死と、愚息コモドゥスへの帝位承継を前に、どんな思いでいたのだろうか。栄えること、至高の道へと至ることそのものが、やがて凋落を生む。寛容の精神で繁栄を極めたローマ帝国は、ローマ的であろうと努め、その最高の精神の発露をマルクス・アウレリウスに見出したことによって、その使命を果たしたかのように自ら終わりの始まりに立った、わたしにはそう見えた。もうこれ以上はすごくはなれない、と。

でも、終わりの始まりは、頂点でもある。カエサル好きな塩野さんは、どこか引きこもりなオタク的なマルクス帝に結構手厳しいけれど、頂点はあとは下るだけだから、いつも儚い。それでも、もう1周じっくり読むことに決めた自分にとって、艱難辛苦を生き抜いた11巻目のローマ帝国は、日本に居ながらにして仰ぎ見ることができるひとつの到達点であって、そこに至る道筋は、落ちきることを見届けることからまた、始めるしかないのだ。

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紙の本

ローマ帝国衰亡の原因

2002/12/28 12:25

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:jupitorj - この投稿者のレビュー一覧を見る

ローマ人の物語11巻を大変面白く読みました。しかし広告のように、マルクス帝に「ローマによる平和」の終わりの始まりを見る論調には疑問を感じました。その論拠はマルクス帝が即位前にイタリア本国を出ていないこと、マルクス帝の時代に蛮族のドミノ倒しと言う現象が初めて本格的にローマを襲ったことにあるようです。確かに、現場に触れた方が良い情報が得られます。しかし現場から距離を置いた方が冷静な判断ができるという効用があり、情報を総合・分析するには現場から距離を置いた方が良いでしょう。マルクス帝も即位後はドナウ防衛線という現場に張り付きました。マルクス帝以後のローマ人が即位前のマルクス帝を見習って皆、現場を軽視したという訳でもないでしょう。それに蛮族のドミノ倒しと言う外部からの現象にマルクス帝には責任がありません。哲学者で外国に行ったことのない人物を排除するためにこのような物言いをしてるのではと疑いたくなります。そして私は「ローマによる平和」の終わりの原因は蛮族のドミノ倒しと言う外的現象に加えて、内的な要因として「公共善を維持することに誇りを抱く誇り高き人々」(以下「誇り高き人々」とする)が少なくなっていったことが原因と考えています。10巻では「誇り高き人々」がローマのインフラを支える姿が描かれました。なぜ「誇り高き人々」が減少していったかと言えば、212年にカラカラ帝がローマ市民権を帝国の全住民に与えたこととキリスト教の普及が大きかったでしょう。ローマ市民権が軍団兵になる資格などと結びついていたことから分かるように、「誇り高き人々」にとって、属州民ではないローマ市民であることは誇りでした。属州民である「誇り高き人々」にとっては、ローマ市民権を得ることは目標でした。その誇りであり、目標であるものをカラカラ帝は奪ったのです。そして、市民権を得るのに帝国の住民でありさえすればよいとのなら、蛮族は帝国内に移住するとローマ市民になり文明の恩恵と良い土地に住む恩恵を受けられると考え、蛮族移動の誘因になります。キリスト教は、初期は特に、公共善の維持よりも隣人愛に重きを置きました。国全体や遠くの人々のことも考えて「公共善を維持することに誇りを抱く誇り高き人々」よりも隣人愛を実践する人が尊ばれます。公共善について考えるよりも神学論争に熱中する人々が多くなります。

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紙の本

マルクス・アウレリウスの円柱を双眼鏡で見ていて、三日目に、首相官邸警護の警官に不審尋問された、こんな話を書けるだけでも塩野は凄い

2005/03/08 20:08

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

「誰もがローマ時代で最も安定した時代と認める百年にわたる五賢帝の統治。その最後を飾るマルクス・アウレリウスを軸にした巻」歴史。

二部ではアウレリウスの息子、そのあとは彼に認められた軍人達の話と言った具合に、中心にいるのはあくまでアウレリウスである。

話はローマ、カピトリーノ美術館にあるマルクス・アウレリウスの騎馬像から始まる。何体もあった銅像のうち、この一体だけが残った理由が、アウレリウスとは似ても似つかないキリスト教を公認した最初の皇帝コンスタンティヌスの像と何故か間違われ、破壊から免れたというのだから、塩野の視線は厳しくもユーモラスだ。

第一部は「皇帝マルクス・アウレリウス」。ハドリアヌス、次期皇帝アエリウス・カエサル、その元で暮らす17歳から40歳、それが帝国の没落にどう影響したのか。ローマ帝国を襲う不作、ペスト、キリスト教、周辺の蛮族。前皇帝の下で一歩もローマを出ることの無かったアウレリウス。彼が直面したのは、繁栄の元で密かに進んでいた帝国の、時代の変化だった。

塩野七生が、マルクス・アウレリウスの円柱を、双眼鏡を片手に見ていて三日目に、首相官邸警護の警官に不審尋問されたという件は、意外で笑った。そこでは、トライアヌス円柱と芸術上の価値と、史的価値の比較もある。「一級の芸術品とは必要でないことは切り捨ててこそ成り立つもの」という当たり前の指摘に、新鮮な驚き覚えるのは私だけだろうか。

以下、第二部「皇帝コモドゥス」、そして第三部「内乱の時代」で終るが、量的にも第一部には及ばない。高校の世界史で教わったことなど完全に忘れていたせいもあるが、塩野が説明してくれなかったら、あの映画『グラディエイター』が、このアウレリウスの後継者コモドゥスの時代を描いたものだとは気付きもしなかっただろう。特に、戦闘シーンの間違いを指摘しながら、しかしもしかするとその混乱こそが、アウレリウスの戦闘の本質であったかもしれない、と思うあたり、やはり塩野である。

この本を読みながら、いやこのシリーズを読めば読むほど伝わってくるのは、塩野のあるいはヨーロッパの専門家のカイサルに寄せる評価の大きさである。その偉大さについては、再三、塩野は述べもし、この『ローマ人の物語』のなかでもカエサルには二冊を与えるなど破格の扱いなのだが、それでも読者にそれが本当に伝わっているかといえば、疑問のところがある。

いずれ、カエサルも含めてシリーズ全体を読み直すことにはなるが、やはり塩野の人物に寄せる愛情が直接伝わってくるという点ではマキャベリやチェーザレ・ボルジアのほうが、カエサルよりは上に位置するのではないだろうか。無論、二人について書いていた頃の塩野の年齢、これから名前を世に出していくという勢いみたいなものもあるのだろうが、どうだろう。

トーガを身に纏ったローマ時代の人々より、甲冑に身を固めたルネサンスの人々、ルクレツィアであれ、チェーザレであれ、あるいはマキャベリであれ、やはり2000年以上前の男たちよりは、500年くらい前の男女のドラマのほうが身近に感じられる。ともかく、西ローマ帝国滅亡の日まで、300年もなくなってきた。いよいよ、ローマの黄昏がはじまるのである。

お詫びとして別紙が挟まれている。「ローマ人の物語10 すべての道はローマに通ず」の37ページ、「ローマ街道の基本形」と題した図で、最上層の石の厚みがスレートのように薄く表現されていることのお詫びと今後の訂正方法が明記されている。それから「ローマ人の物語」のためにローマに住んでいる、と本文に書かれているが、これは予想外の発言。さすが塩野という感がする。

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紙の本

内容紹介−新潮社

2002/12/02 19:23

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:bk1 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書で語られるのは、五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝として名高いマルクス・アウレリウスから、セプティミウス・セヴェルスまでの治世です(紀元2世紀末から3世紀初)。タイトルのとおり、いよいよローマの衰亡が描かれていくことになります。
 ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を初め、ローマ帝国の衰亡は五賢帝時代の終焉とともに始まったとする史観がこれまで主流でしたが、本書ではこれに異を唱えています。ローマが絶頂を極め、後世の評価も高いマルクス・アウレリウス帝の政治を、第9巻で扱ったハドリアヌス帝やピウス帝、さらにはユリウス・カエサルとも対比させ新たな視点で検証すると、ローマ衰退への道は既に敷かれ始めていたということが明らかになるのです。
 指導者である皇帝たちの資質の変化や、国内の階層間の対立、そして帝国を外から脅かす異民族の存在など、さまざまな要因が作用して、帝国はゆっくりと没落への階段を降りていきます。ついには、マルクスは戦地で没し、その息子コモドゥス帝は怠惰に陥り暗殺され、続く時代では帝国を守ってきた将軍たちが割拠して帝位を争うという、「黄金の世紀」では考えられなかった混乱へと突入していきます。
 永遠に続くと思われた右肩上がりの時代を終え、新たな時代へと踏み入ったローマ帝国。その指導者たちの迷いと奮闘ぶりから浮かび上がってくるのは、「矜持」を中心に据えた新しい指導者論です。同じように混迷と不安に覆われている現代の日本にとっても、彼らの生き方から学ぶことは多いに違いありません。
 「ローマ人の物語」全15巻を時代ごとに三つに区切ると(ローマ建国からユリウス・カエサルまでの「第一期」、アウグストゥスによる帝政開始から帝国の絶頂期までが「第二期」)、この巻は「第三期」の始まりと言うことができます。第一期や第二期のローマ帝国を常に視野に入れて叙述される本書は、「ローマ人の物語」の導入篇としてもふさわしい内容であると思われます。

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2010/06/04 21:22

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2010/01/21 05:59

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