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天皇の軍隊
著者 大濱徹也
日本人にとって「軍隊」とはなんだったのか。大日本帝国軍隊は、天皇に直隷するまさに「天皇の軍隊」であった。天皇は軍人の「頭首」として、斃れた将兵の魂魄を守る者としても存在し...
天皇の軍隊
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天皇の軍隊 (講談社学術文庫)
商品説明
日本人にとって「軍隊」とはなんだったのか。大日本帝国軍隊は、天皇に直隷するまさに「天皇の軍隊」であった。天皇は軍人の「頭首」として、斃れた将兵の魂魄を守る者としても存在した。しかし、天皇の名による軍隊生活の実態とは…。徴兵の恐怖感、凄惨な私的制裁、兵士たちの性生活と花柳病、遺された家族の貞操…。戦争が長期化するなかで、軍隊は大衆化し、軍官僚は肥大化して「天皇の軍隊」は大きく変質していった。(講談社学術文庫)
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紙の本
下級兵士の視座で近代日本史をみる
2016/12/16 20:54
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:親譲りの無鉄砲 - この投稿者のレビュー一覧を見る
読後感じたことだが、本書は、巻末の文献解題を先に読んでおいた方がよい。そこでは、いくつか基本文献を挙げた上で、「天皇の軍隊」を把握する上では、徴兵制、軍人勅諭、日清・日露戦争、統帥権の独立辺りが重要な論点になるとして、さらに各論的な文献紹介を行っている。こうして論点がすっきりしたところで、本論を読み進めるのがよさそうだ。
明治初期の徴兵制は、「国民皆兵」の理念とは異なり、実際には「抽選」でありさらに富裕層への手厚い免役制度があった。一旦不幸にも「籤」に当たってしまったら、常備・後備軍通算7年拘束されてしまう。残された家族への生活保障もない。対抗手段として兵役逃れの様々な手法も編み出された。一つが「兵隊養子」というもので、例えば夏目漱石の北海道養家への入籍もそうらしい。免役される富裕層よりも忌避できない貧困層の方が肉体的に虚弱の傾向があったという皮肉な話も心に残る。
兵営生活の非人道性(勿論、当時はそのような観点はなかった)への指摘も舌鋒鋭い。入営までの詳細や、入営後の貧しい食事に代表される内務班生活なども実体験者の日記や証言などを取り入れている。特に、証言資料の多い上級武官のものではなく、庶民出身の一般兵卒のものを丹念に調べているところに好感が持てる。
さらに「天皇の軍隊」として欠かせないのが、明治天皇から渙発されたとする「軍人勅諭」。1忠節を尽くすを本分とすべし2礼儀を正しくすべし3武勇を尚ぶべし4信義を重んずべし5質素を旨とすべし、の五箇条だ。分量も手ごろで大変うまくできている。軍紀を徹底させるためのものだが、戦闘マシーンとしての「メンタル」を養うのによさそうだ。我々は、服従精神のメカニズムを、さらに集団心理学的アプローチをもって詳細に理解すべきではないだろうか。明治天皇は臣民に対する慈しみの気持ちを多分に持ち合わせたであろうが、その心情とは裏腹に、軍隊のフィルターを通して、組織への苛烈な服従を迫るメカニズムとして働く。その圧迫メカニズムが、今度は、「放佚」の中に自己を取りもどそうとする兵士を生み、脱走、買春(「花柳病」による戦力の弱体化が問題視された)、私的制裁(今でも「いじめ」の問題は無くならない)、新米上官への古参兵の不服従といった軍紀問題になっていった。しかし根本的解決を見ないままに昭和に入り、戦争の長期化下での人的消耗、教育の劣化とともに、過度なストレスの中での戦地住民に対する略奪暴行等の戦争犯罪の原因となった。花柳病対策として軍が関与した従軍慰安婦問題は今なお禍根を残している。
昭和以後の軍国主義の暴走は外せないが、要因の一つ統帥権問題は、あまり触れられていない。天保銭組と呼ばれる現場を知らない軍事エリートが陸軍中央を形成し、軍政・作戦指導を牛耳ったことに触れている程度。このあたりは物足りないが、紙数の関係でやむを得ないことかもしれないし、文献解題に挙げられた他書に任せるというのがスタンスのようだ。
戦前生まれだが著者の大濱氏は軍隊経験がない。そこに焦りのような切迫感があるようだ。筆者はいう。いまだ近代日本の軍隊は、「天皇制軍隊」といわれるほどに、時代のなかでは解き明かされていない、と。そのイメージは「敗戦」というネガティブな結果を経て今に至る時間経過の中で、過酷なまでに切り捨てられてきた。戦争体験者は時代とともに減っていく。戦争が遠くなり、一方で政治や社会がきな臭くなっている今、強いイマジネーションをもって、歴史に学ぶことが求められている。本書はその入門書の位置づけなのであろう。