紙の本
能登の片田舎、一人の絵仏師が天下一の絵師をめざして上洛する
2013/03/19 15:51
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投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
浅井・朝倉連合軍対織田信長の合戦がまだ勝敗の見えない頃である。奥村家が仕えていた畠山氏の再興を企てた兄・奥村武之丞が朝倉と手を結ぼうとする謀に巻き込まれ、身代わりのように養父母が非業の死を遂げた。信春(のちの長谷川等伯)は追われる身となって妻子(静子・久蔵)と共に敦賀まで逃れ、単身、上洛を企てる。ところが比叡山焼討ち(1571年)のさなか、織田勢に追われる子連れの僧侶をみて、武術の心得があるものだから、数人の兵をたたき伏せ、僧侶たちを助けた。織田信長の恨みを買い、京入りして、厳しい探索の目を逃れながら食うや食わずの生活が始る。
冒頭から主人公の運命を左右する戦国の緊迫感がギリギリと伝わってくる。本筋はきっと絵師として本質を究める求道のお話だとは思うが、冒険小説のような波乱のスタートに好感を持った。さらに、信春の人物像を「義を見てせざるは勇なきなり」と猪突猛進するおっちょこちょいという好人物から始めているのがよい。そしてお互いに愛と信頼で固く結ばれている夫婦である。駄々をこねる男とこれを諌めるよくできた女房の組み合わせは昔からある人情話なのだが、要所要所でホロリとさせられる。
歴史小説の醍醐味は史実を背景にして、その背景を著者の歴史観で工夫するところもあるからこそ楽しめるのだが、人物を生き生きと描出し、現代人の共感を誘うところにある。
本著では脇役として登場する公家の近衛前久 がダントツに魅力がある。歴代関白の座を占める五摂家筆頭の近衛家嫡男であるから、文化、文芸の第一人者であるのは当然、塚原卜伝から剣術の鍛錬を受けた武芸の達人として腕自慢だった信春の度肝を抜く。そして実は裏舞台で暗躍する実力政治家だったということになっている。近衛前久 は下克上の戦国の世を鎮め、有力大名を糾合し朝廷と幕府の連立政権を再構築しようと深謀遠慮の画策を続けている。当面は打倒信長であった。そして晴信は前久のバックアップを得て洛中に名を高めていくのである。
中央の動乱に揺さぶられる片田舎にあらわれた等伯が有力なスポンサーも理解者もなくどうやって洛中画壇に進出できたのかは定かでない。その経過は波乱にとんだものだったにちがいない。が、それは史実として証明するものがない。だが史実にない空白をなにくわぬ顔で埋めるのも歴史小説である。そしてこれは傑作の歴史小説である。
安部龍太郎は長谷川等伯という独自の画風の背景に武家の血脈を感じ取っている。それは勇猛果敢な行動力である。また、あの世よりは現世利益である。信長・秀吉により急速に統一が達成され、海外交流、自由闊達な気風、そして豪華な絢爛の文化が好まれるようになった。ただそれよりも日蓮宗や禅宗の高僧たちの教えから学びとった宗教的自己完成、それを一流の絵師として同時達成しようとする強い意思が表れている。また峻厳枯淡を護持する大徳寺に集う文化人たちの「わび」の精神も加わり、独自の画境を開いた………と安部龍太郎はとらえているようだ。
絵画芸術。わたしはあまり得手な分野ではないので、作品の写真集など眺めながらも鑑賞眼を高めるということはなく、著者のドラマティックな語りに魅了されて、失敗と反省を繰り返す人間信春の生き方を身近なものに感じた。
本能寺で信長は打たれた。上巻ではまだ信春は広く知られる絵師には至っていない。そしていよいよ狩野永徳との対決が始まる。
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時代背景をまったくしらなかったけど、等伯は過酷な時代に命がけで絵を描いていたのだな、と思った。松林図屏風をみると、すごく静かな印象を受けるが、かなり向う見ずな性格だったとのことで、びっくりした。
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新聞で連載していた時から毎日楽しみに読んでました。こうやってまとめて読むと全体の流れがスッキリ頭に入ってきます。
連載時、永徳VS等伯の決選投票の件にはすごくドキドキさせられました。等伯側から見た永徳は何て嫌な奴なんだろう!
どこまでが事実でどこからが創作か、知りたくなっちゃいます。よく出来てるなぁ。
久蔵の桜図を見ていると、この人は本当に才能があった人なんだろうということがよくわかります。狩野派の陰謀説は実際にあって、本当のところはどうだったのかすごく気になる。事実はともあれ早世してしまったことがすごく惜しまれる絵師ですね。
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信春の妻子を置いて京都で絵に打ち込む日々。そして妻子と共に暮らすようになって、絵に打ち込む日々。どちらも良かった。下巻が早く読みたい。
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阿部龍太郎「等伯」上・下巻(日経新聞出版社)を読了。信長・秀吉・家康の時代を生きた絵師、長谷川等伯。国宝「松林図」はワタクシのような素人でも、ちょっとただならぬものを感じます。ちょっとでも主君のご機嫌を損じればすぐ死亡みたいな時代に、見たもの体験したことを「絵描く」ことに執念を燃やした、というか「絵描く」業(ごう)を持たずには生きられなかった絵師の生涯。年末からこっち、萩尾望都、山口晃「絵描く」業の持ち主の本を書評することが偶然にも続いてて、そのなにかの関連を思う。
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上下巻だから読むのが大変かと思ったけれど
読みやすいです。
波乱万丈!
そして嫁が素敵。
下巻が楽しみです。
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ちょうど読み始めた頃に直木賞を受賞したので、なんだかラッキーな気分です。いろいろとドラマチックな展開なわりには、なんだか静かな描写という上巻の印象。下巻に続く。
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話題になったから読んでみたくなり、つい購入。帯の文句にもそそられてしまった。
以前、国立博物館で開催された長谷川等伯展の図録をひっぱり出して、絵を見ながら本を読んだ。二度おいしい。長谷川等伯と狩野派・永徳との対比もおもしろい。早く下巻を読まなくては!
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こんな絵師がいたのかと驚く。政治に巻き込まれる等伯を世に出そうと死を選んだ養父母。静子の献身。心にたぎるものを持ち絵に打ち込む姿は人の心を打つ。久蔵の将来が楽しみだ。
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日経連載時から気になっていた本書が直木賞をとったということで、早速購入して読んでみることにした。
長谷川又四郎信春は能登七尾で評判の絵仏師である。家業も順調で何の不自由もない。しかし、燃えるような焦燥を抱いて、都で絵を学びたいと思っている。その焦燥が信春を不幸へと突き動かし・・・というとかろから、物語は始まる。しかも都には、新時代を拓こうとする魔王信長がもたらす戦乱が待っていた。
等伯は故郷能登にもいくつかの作品を残しているが、余り細かいことはわかっていない。故にこそ、筆者は絵を手がかりにスケールの大きい流転の物語を仕掛けていく。面白いです。松林図の境地に至る下巻が楽しみ。
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読み応えがある。長谷川等伯の故郷七尾から、京都や堺などへの逃避行が丁寧に描かれ、絵を描くときの気持ちや絵の雰囲気、関わる人たちとの関係、家族とのやりとりが丁寧に書かれている。素晴らしい絵をかくきっかけを見つける様子や家族を守ろうとする様子を、手に汗握るような臨場感をもって楽しめる。
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第148回直木賞受賞。
戦国の世に活躍した長谷川等伯の生涯を描く。
波乱だらけの中で、あれだけの作品を残した功績は大きい。
上巻だけで350ページ。読み応えあり。
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安土桃山時代。
刻々と変わる時勢に翻弄されながらも絵師として生きた長谷川等伯の人生。
べたべたとしてなくて、波乱万丈の出来事を俯瞰して読み進めれる。
温かみがあり信仰心の強い等伯の人となり、妻静子の献身ぶり、久蔵の健気さに…
ちょっと良くでき過ぎている、
とか思ってしまうのは、
わたしがひねくれているからかな。
p82.
表現とは病である。どんなに美しく描こうと真実をとらえようと、我欲や煩悩にあやつられた技にすぎない。
とにかく等伯が魅力的。
支援したくなるのもわかる。
権力に媚びず、自己に忠実で、プライドがあり、実力も備わっている。
それなのに、よく泣いていて・・そのバランスが魅力的。
上巻は、信長の時代が終わったところまで。
第148回直木三十五賞受賞。
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上下に分ける必要があるのかな?とは思いますが、題材も他にないような内容なので新鮮でした。
有名な歴史上の人物も多く登場していて面白かったのですが、やはりある程度歴史を知っている上で読んだ方がより楽しめると思いました。
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このたびは直木賞受賞おめでとうございます♪
この小説は日経の新聞小説だったので、毎朝楽しみに読んでいました。
連載中に新聞上で等伯の特集を組んでくれたこともあって(たしか去年のお正月くらい)松林図・枯木猿猴図などを見せてくれたり、安部氏の談話が載っていたりで、等伯と著者のことはなんとなく身近に感じていました。
著者はこの小説を執筆するに当たり水墨画を習い始めたとか、戦国武将が茶道にのめりこむ気持ちを理解すべくお茶はもう10年通ってるとか、その他等伯に対する見解や取材の様子など、いろいろな裏話に興味津々でした。
七尾時代のことはほとんどが創作だとか、逆に久蔵の死因は創作ではなく、本当に狩野派によるものだという説があるとか、そんな話が印象的だったなあ。
という経緯もあり、前から応援してたので受賞はとてもうれしい気持ちです!
とはいえ、正直等伯はあんまり好きじゃないんですよね。
芸のために死ぬ覚悟で生き、苦しんで苦しんで苦しみぬいてたどり着いた境地が松林図。
感動的なんですけど、そのために失ったものが多すぎて大きすぎてつらい。
自己中とも言えるほどの主人公のブレない姿が重すぎて、受け止めきれない感じでした・・・
利休もそうだけど、芸術家って激しいよね。
そうそう、等伯の生きた時代は戦国時代真っ只中!
信長や秀吉や光成他、近衛前久など大物が脇役で登場するのも楽しいです。前久がステキ☆