紙の本
スラスラ読める
2015/09/20 23:54
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:けy - この投稿者のレビュー一覧を見る
既に終わった物語を語り聞かせてもらうという構成。
身分の違う相手との悲しい恋物語。
有名な話だし、展開も読めるため、目新しくはない。
その上結構長いが、飽きずに読むことができるのは
ヂュマ・フィスの能力ゆえだろうか。
不条理な貴族社会での悩める登場人物たちの
人間ドラマをとくとご覧あれ。
紙の本
マノン・レスコーよりもお薦め
2001/02/14 19:15
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:麒麟 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この小説は、マルグリットという娼婦とアルマンという青年の悲恋の物語です。
話は、マルグリットが死んだ後から始まります。彼女の死後、持ち物が競売にかけられるのですが、その中で、アルマンがマルグリットに贈った『マノン・レスコー』の本を、買い取った人物が、この二人の過去を語っていく構成になっています。
私は、『椿姫』を読んだ時点では、まだ、作中に登場する『マノン・レスコー』という本を読んだことがなかったのですが、とても気になり、すぐに読んでみました。『マノン・レスコー』もまた、悲恋の物語なのですが、私には、『椿姫』の方がずっと哀しく美しい話に思えました。
“純”ではない世界にいたマルグリットの、生涯に一度の純粋な恋が、あまりにもせつなく美しい物語です。
『マノン・レスコー』よりも断然『椿姫』がお薦めですが、併せて読まれると、作中人物の気持ちをより近くに感じられて良いかもしれません。
紙の本
只の悲劇的なラヴストーリー、もしくは説教物語かもしれない。
2002/07/30 00:35
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Marie - この投稿者のレビュー一覧を見る
それでも読んでゆくうちにマルグリットの変貌振りに惹かれてしまう。1800年代後半のフランスの、高級娼婦マルグリットと青年貴族アルマンの『ありふれた』悲しい恋物語。そして物語中に繰り返される作者の説教。普通ならうんざりしてしまうかも知れない物語を、美しく、徐々にけなげに、そして身体・精神共に弱々しくなりつつも男を愛し続けるマルグリットが、物語を優雅に進めてゆく。
今まで散々男に貢がせ、優雅な暮らしをしていた結核持ちの高級娼婦。
そんな二十歳程の娘が、自分の死期を知りつつも、本当に愛した恋人との、のどかな生活に憧れる—相手に負担をかけまいと、自分の貴金属や高価な家具を売り全ての計画を実行しようとする—『貴方は只、あたしが貴方を愛しているように、あたしを愛していてくださればいいの。』こんな台詞を吐けるほど、娼婦は段々と処女のようになってゆく。
…女として死ぬのなら、このような幸せで不幸な死に方があるのかもしれない。
オペラとは違う結末を文庫でどうぞ。
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ただただ後悔の連続で、こっちがつらい気持ちに。崇高ってマルグリットみたいな人のことを言うのかしら。
どんなに愛していると伝えても、相手にはその想いのかけらも伝わらない。その愛の本当の深さに気づくときは、それがなくなってしまったときなのかもしれない。ん~~不便にできてるな~~
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小学校の友達に勧められて読んだ本。オペラではめちゃめちゃ有名な古典みたいですね。
内容は読む前の予想とは違って一種の「純愛」ものでした。
前半はなんかかったるくて読むペースが遅かったけど、後半は一気に読みました。
書かれた時代が全然違うのもあるから「それはどうやねん」と思うような行動をとったりするところもあるけど、愛というものに関しては基本いつの時代も同じなのだなぁと変なところで感心。
オペラも見てみたいな
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椿の花の意味、その生々しさがすごい。高級娼婦の生活の華やかさと悲しみにうっとりする。ファムファタルが真実の恋をしたとき、彼女はファムファタルとしてはもう生きていけずに、自ら滅びなければいけないのですね。
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オペラ『La Traviata』の元になった小説。
高級娼婦マルグリットとアルマンの美しくも儚い愛の物語。
何度も読み返している本です。
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愛憎をリアルに書いている小説で、マルグリットの言葉には自分が幸福にはなれないという悟りが随所に見られ、切ない。ヴェルディーのオペラでは、ヴァイオレットはアルフレッドに看取られて死んでいくが、原作は寂しい最期である。こちらの方がいいと思う。つけくわえるなら、原作のアルマンは別れた相手への侮辱がえげつく、マルグリッドの本心も知らず、余計に救いのない切なさが増幅されている。この物語は結局、社会がどう個人の感情を押しつぶしていくかというケースを語っている。息子が高級娼婦だった女を娶ることを、父親が許せば、この悲劇は起こらないし、妹の婚約者が、親戚に高級娼婦がいるのが嫌だと言わねば、またこの悲劇は起こらない。こうした偏見の連鎖はどこかで誰かが偏見に抵抗して、断ち切らねばならないのだろう。数学者ゲーデルの妻も、差別をうける職業の女性だったらしいが、夫妻は生涯つれそった。19世紀の話だが、残念ながら、「純愛だ」と美化して、お仕舞いにはならない。現代でも実際に元娼婦を娶るには、さまざまな社会的な軋轢が生じるだろう。こうした軋轢があるからこそ、この作品は長い生命をもっているのではないだろうか。
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文庫を手にとって、表紙がきれいなのに驚きました。金の線が鮮やか。有名な作品なので粗筋は聞いてましたが、通して読むと社会問題や通俗などを感じさせる、恋愛を介した社会派ドラマといった感じでした。娼婦を見る男性の目、女性の目、社会の目。お金と縁を切って愛情を通せるか、できたとしてその場合相手はどう思うか。父と息子、娘の家族愛。損得込みの友情と、逆に献身的な友情。そういった現代でも小説のテーマとなりうる題材が散りばめられてます。アルマンがもうちょっと大人だったら、と思わなくもないですが、だったらマルグリットの心を動かすこともできなかったかもしれないし…。結核患者が劇場に行ったり換気の悪い部屋でパーティー開いたりするのにはヒヤヒヤしました。特効薬もないのに、当時はそうだったんでしょうねぇ。
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オペラ「椿姫」の原作。作者のデュマ・フィスは「モンテ・クリスト伯」や「三銃士」を書いたアレクサンドル・デュマの息子。
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すごく見えてくるのが、アルマンの単純さ。
勝手に思い込んで、自分ばっかり苦労している、自分ばっかり悲しんでる、と自分しか大事にしない勝手さ。それは若さゆえ?!
結局、アルマンは一番マルグリッドを卑下していたと思った。
マルグリッドの一生懸命さが悲しい。
日記にしか恨み言を書けない彼女。
プリュダンス(バレエではとってもいい感じの女性だったが)が
好きなように彼女の名前を使い、お金を使っても、
なされるがままの彼女。
泣いた。
こんな人こそ天に召されますように。
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気品あり少女のようでもある娼婦の純真無垢な恋の物語。ヴェルディの歌劇「椿姫」の原作であるという事から読み始めた。読後、愛について考えさせられた。わたしがおそらく純真無垢に愛した人との別れと「椿姫」の話がとても似ていて、涙が溢れて来た。もうすっかり忘れていた事を思い出してしまった。相手の事を思うがための嘘。それをすっかり本気にしてしまって、相手を憎むようになる。愛し合っていても一緒にいられないのは未来があるから?ひとつの純真無垢な恋を一生の幸せにする事は相手を不幸にする事だなんて。そうではないと思いたいが、そうなのかもしれない。しかし、思い込む必要は無く、「かもしれない」で止めておく、一旦思考を投げ出す。自分に嘘はつきたくない。生と死や自分や他人に対して消極的にはなりたくない。日々耐えている。嘘は付かずに耐えている。待っている。何かを。誰かを。「椿姫」を読んで自分の少し放り出していたところが認識できた気がする。今は、嘘をつくよりは、一生を耐える方がましだと思う。孤独を愛している。自分の孤独も、他人の孤独も愛している。同じように私の孤独を愛してくれる人が現れるのを待っているのかもしれない。結局のところ、よくわからないまま、日々を愛し、進んで行く。(2005年11月8日。読。)
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有名なオペラの原作ともなった小説です。高級娼婦という職業について理解がないと、難しいのかなあ、とも思うのですが、悲恋としては傑作だと思います。泣けない私は駄目なのかなあ。。。
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元娼婦と青年の純愛物語。
なんだかせつなくなります。
むくわれない恋の結末ってこうなんだ。
時代とか過去とか職業とかいろんなものが邪魔して二人の本物の恋が…。
納得いかない部分もあり、納得いく部分もあり、こんなに本気で誰かを想ってみたいです。
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お互いがお互いへの思いを貫いた悲恋物語。
マルグリッドの潔さがいい。
人を好きになるということについても考えさせられる。
不朽の名作なだけあります。
古典文学も久しぶりに読むと読み応えがあります。