フェルマーの最終定理(新潮文庫)
17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になった...
フェルマーの最終定理(新潮文庫)
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商品説明
17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になったこの数学界最大の超難問「フェルマーの最終定理」への挑戦が始まったが――。天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション!
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書店員レビュー
数学が不得手な人間...
ジュンク堂書店京都店さん
数学が不得手な人間にとって、数学の世界は不思議です。どうしてそこまで「数」という実体のないものに魅了され、没頭し、人生のほとんど全てを捧げられるのか―。
この本はそんな「数」に人生を捧げた数学者達の壮大な物語です。誰でもその意味を理解することはできるけれど、誰にも証明することのできなかった「フェルマーの最終定理」。その定理が生まれるまでの数学史と、生まれてからそれに翻弄される数学者達、そしてワイルズの登場。その経緯が本当にドラマチックに描かれています。
この本は2000年に初版が発売され、その後文庫化され、あらゆる人の手に渡り、感動を呼び起こした名著というべき存在ですが、まだ手にとっていない方、数学の世界とは疎遠になってしまった、という方に是非お勧めしたい一冊です。1ページずつ読み進めるごとにそのドラマに引き込まれ、「数」の奥深さに感動し、「美しさ」を感じるでしょう。
京都店理工書担当 坂本
数学音痴のために書かれた数学的感動の物語
2006/06/02 21:14
30人中、29人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:吉田照彦 - この投稿者のレビュー一覧を見る
一九九三年六月二十三日。ケンブリッジのニュートン研究所で開かれた専門家会議において、アンドリュー・ワイルズという数学者が、360年もの間、誰も解くことの出来なかったフェルマーの最終低利と呼ばれる難問の証明方法について講演する場面から、この物語は始まる。
実質的にいって、本書はピュタゴラスの定理に始まり、フェルマーの定理が解かれるに至る二千年に及ぶ学問的過程を紐解いた数学の歴史書といっていい。しかし僕は敢えてこれを「物語」と呼んだ。
実際、本書を楽しむのに、それほど高度の数学的な知識は必要ない。確かに、僕のような数学音痴には理解不能の数式も数々並べられてはいるが、たとえその部分を読み飛ばしたとしても、この「物語」の感動を十分に味わうことができる。
インターネットの検索エンジンを使えば、この定理が最終的に誰の手によって証明されたかはすぐに分かってしまう。少し数学に詳しい人なら、一般教養レベルとしてその知識を有しているだろう。しかし、もし本書を手にする前に、それが誰によって証明されたかを知らない人がいるとしたら、知らないままに読んだほうがより大きな感動を手にできると思う。すなわち本書は、数学音痴のために書かれた数学的感動の物語なのだ。
わずか10歳のときこの定理と出会い、以来、その半生をこの難問に捧げた数学者アンドリュー・ワイルズは、果たして歴史上の勝利者たり得たのか。
本書は、冒頭の講演の場面に至るワイルズの生い立ちと、フェルマーの最終定理を巡るピュタゴラス以来の数学的な歩みとを平行して描きながら、何者かによって歴史的勝利が手にされる瞬間までを見事に描ききっている。
300年余の歴史上、この定理の前に登場する数々の天才数学者たちの生涯はどれも劇的である。なかでも、おそらく僕ら日本人読者の関心を強く惹くのは、のちにフェルマーの最終定理を証明するための大きなヒントとなる「谷山=志村予想」という仮説を考え出した日本人数学者、志村五郎と谷山豊の二人だろう。志村が大学の図書館でどうしても借りたいと思っていた本を谷山が先に借りていたことが縁で友人になった彼らは、一九五五年九月、日光で開かれた数学の国際シンポジウムでこの仮説を発表、本格的な共同研究に取り掛かる。しかし一九五八年十一月十七日、谷山は突然、自殺を遂げてしまう。死後、彼の机の上に残されていた書き置きには「自殺の原因について、明確なことは自分でも良く分からないが、何かある特定の事件乃至事柄の結果ではない。ただ気分的に云えることは、将来に対する自信を失ったということ」とあった。その数週間後、彼の婚約者も後を追うように自殺している。
その35年後、フェルマーの最終定理の証明に関連して谷山=志村予想が証明されたという報道が出たとき、専門家の中には、フェルマーの最終定理が証明されたことよりもずっと大きな快挙と見る者も多かったが、ジャーナリストたちは「フェルマーにばかり焦点を合わせ、谷山=志村には軽く触れるだけ——あるいはまったく触れないことになりがち」だった。このとき志村はいった。「谷山=志村予想のことは書くのに、谷山と志村については誰も書かないというのは、奇妙なことですね」と。
本書は、フェルマーの陰に隠れた人類の功労者たちの人生に光を当てる物語でもある。
ここにもいた、すごい日本人!
2009/08/31 23:54
20人中、19人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
「xのn乗 × yのn乗 = zのn乗」という式において、乗数n=2の場合、x、y、zの整数解は、三平方の定理でおなじみのように容易に見つかる。しかし、nを3以上にすると整数解が存在しない。これが、17世紀の数学者フェルマーが掲げた数々の定理のうち、最後まで証明されていなかった「フェルマーの最終定理」である。フェルマーはある本の片隅にこの定理を書き込み、「私はこの証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」と付け加えたという。まったく人をくった男だが、謎を残したまま彼は世を去る。
以後3世紀ものあいだ、オイラーを始めとした数学者たちがこの定理の証明をこころみるも、どれも失敗に終わる。しかし、1994年ついにアンドリュー・ワイルズというイギリス人がこの難問中の難問を解いた。本書は、フェルマーの最終定理の証明に奮闘した数学者の軌跡を描いた物語である。クライマックスはもちろん、ワイルズがこれを証明するまでのプロセスであるが、古代ギリシアのピタゴラスから始まる数学の歴史とともに、フェルマーの証明に重要な役割を担った数学者の色とりどりの人生も描かれている。副題をつけるとしたら、さしずめ「最終定理をめぐる数学者列伝」といったところか。
日本人にとって特にうれしい驚きは、谷山豊と志村五郎という2人の日本人による理論がこの証明の重要な契機となった事実であろう。「くたくたに疲れ果て、希望を失っていた」終戦直後の日本の数学界に飛び込んだ谷山と志村は、欧米ではすでに時代遅れであった「モジュラー形式」という分野の研究を始める。二人三脚で研究を続ける彼らはやがて、「すべての楕円方程式はモジュラー形式である」という予想を立てる。のちに「谷山―志村予想」とよばれるこの予想は、これが証明されれば、フェルマーの最終定理が証明されるだけでなく、数学のまったく異なる領域が結びつけられ、数学という学問を飛躍的に前身させるという実に革新的な発想であった。実際、ワイルズはこの予想を証明したことにより、フェルマーの最終定理を証明したのである。
谷山は31歳の若さで自殺をするが、志村はその後も研究を続け、親友との共同予想にますます確信を強める。そしてついに、彼らの予想がワイルズによって証明される機会を迎える。その感想を求められたときの彼の様子は次のように描かれている。
「志村は、穏やかに微笑むと、控えめに、しかし威厳をもってさらりとこう述べた。『だから言ったでしょう』」
ああ、こんなところにも偉大な日本人がいた!戦後の貧しさの中から努力をして、世界から注目をされる研究をおこなう人材が数学の世界からも輩出されていたとは。しかも、賞賛を浴びてもおのれの偉大さをおごることなく、静かに笑って受け答えをする。真の日本人の美徳を備えた人物ではないか。本書はイギリス人が書き、イギリス人が主人公の本であるが、はからずも偉大な同胞の存在をわれわれ日本人に伝えることとなった。
このほかにも、勝ち目のない相手との決闘の前に、自らがなした数学上の発見を一晩で書き残し、死んでいったフランス人エヴァリスト・ガロワ。女性の学問が認められていなかった時代に、卓越した才能と努力によりフェルマーの最終定理証明に大きな寄与をした女性数学者ソフィー・ジェルマンなど、本書には魅力的な数学者が数多く登場する。彼らに共通するのは数学に対する真摯な情熱である。これは、それを掻き立てる数学という学問そのものの魅力を反映しているのかもしれない。
山登りに似た数学の本
2006/10/29 11:07
14人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くにたち蟄居日記 - この投稿者のレビュー一覧を見る
数学から離れて幾歳月という状態だが 本書には感動した。一日で読んでしまったほどだ。皆さんの言われている通り 数学が分からなくても十分堪能できる。
この本は何の本に似ているかというと 登山の話に似ている。ふもとから部隊を組んで 一歩一歩キャンプや基地を設営していく。キャンプを作っていった人たちは 各時代の数学者達だ。彼らなくして とてもこの最終定理は解決できなかったはずだ。各数学者は自分のキャンプを立てて そうして死んでいく。そう 正しく亡くなって行くのだ。本書はそんな数学者達の群像をきちんと捕らえている。ガロアの決闘前夜の姿は感動的だ。キャンプを作った中に日本人がいるのも嬉しい。特に頂上にアタックする最後のキャンプは大部分が日本人が作ったことがわかって嬉しかった。
そうして 最後の一人が頂上にアタックする。今までのキャンプに育てられてきた若者だ。最終定理はアイガーの北壁並みながら 若者が登っていく。最後の壁が本当に厚かった点は数学の分からない小生でもひしひしと感じる。そして来る頂上征服の瞬間。
本書は正しく「登山」の本だと思う。我々も自分の「頂上」がどこかにあるはずだ。それは数学ではなくても 何かがあるのではないか。
数学の真理を解き明かす楽しさ、情熱、ほろ苦さ・・・あらゆることを教えてくれるベストな本
2011/12/21 01:13
12人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:JOEL - この投稿者のレビュー一覧を見る
フェルマーの最終定理と言えば、数学にいくらかでも関心のある人なら一度は耳にしたことがあるはずだ。数学の分野には長きに渡って、証明がなされていない「数学的予想」が存在する。フェルマーの最終定理もそのひとつだ。ほかにもポアンカレ予想などがある。
1世紀やそれ以上も証明されずにいる、これら数学上の難問に多くの数学者が挑んでははねつけられてきた。フェルマーの最終定理は、なんと350年にもわたって、証明されずに来た。考案したフェルマー自身は、驚くべき証明を見つけたが、余白に書くには狭すぎるという理由で示していない。
この思わせぶりな書き残しが、多くの数学者を虜にした。数学者としての人生を棒に振った者も数知れず。フェルマーの定理自身が、あまりにもシンプルな数式であるがために、一見して簡単に証明できそうなところが、おそろしい落とし穴である。高校生にも理解できそうなシンプルさなのである。
本書は、数学に特別な関心を寄せる読者に向けて書かれているわけではない。むしろ、サイエンスライティングという一般の人に向けて、自然科学分野のことがらを分かりやすく伝えることを目的としている書物である。
本書は、フェルマーの最終定理が証明されるまでを克明に追うが、数学とはいったいどういう学問分野なのかまで読者に理解させてくれる。このセンスは超一流である。なにしろむずかしい数式や証明をほとんど使わずに示していくのであるから。
数学とほかの科学との相違点など、ふだん見落としている特質にも、納得がいく書き方がしてある。その特質がゆえに、フェルマーの最終定理は、燦然と数学史に輝いてきたのである。安易な事実の列挙では証明にならない。いかなる場合にもあてはまるという、完全性が求められる。
著者はインド系の人であるが、メジャーなアングロサクソン系の数学者ではないために、女性数学者やアジアの数学者、それも日本人数学者に向ける視線は温かい。これら女性数学者の存在や、わけても日本人数学者の「谷山=志村予想」が大きなカギを握ることへの詳細な記述は、うれしくなる。こんなにも長期にわたって難問であり続けた最終定理を解くカギが、日本人数学者によって与えられたとは。
著者は、時々寄り道しては、数学の面白さ、フェルマーの定理がもたらした副産物をいろいろと教えてくれる。これが、本書を読み物として数倍も面白くしてくれる。10の5乗くらい面白くしてくれているといえば、本書への賛辞としてもっとふさわしい表現になるかもしれない。
本書をこれほどに面白くしているのには、訳者の力量にも負うところが大きい。いくら分かりやすく書かれているとは言っても、翻訳次第では、むずかしい本になりかねない。訳者は、実に巧みに訳し切っている。相当な骨を折ったとことだろう。その苦労は十二分に報われている。訳者の努力にも賞賛の拍手が送られるべきである。
それにしても、フェルマーの最終定理を証明したワイルズは100ページにもおよぶ証明論文を書き、さらに、その論文の一部の不完全性を補うための追加論文を書いている。フェルマーが何げなく示したシンプルな数式の証明にこれほどの紙数を費やさねばならなかった。20世紀の数学的テクニックが駆使されているので、フェルマー自身が構想した証明とは違うのだろう。
しかし、350年におよび数学者を悩まし続けた難問が解決された。それにまつわる数々のエピソードが織り込まれ、読者をぐいぐい引き込んでいく本書は、秀逸な書物といって良いであろう。
ただし、高校数学をある程度理解している程度の知識があった方が本書の面白さは倍加するに違いない。その点に留意すれば、だれにでも安心して勧めることのできる、自然科学分野の良書といって間違いはない。
世紀の難問はいかにして解かれたか
2011/12/18 21:27
10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る
「3 以上の自然数 n について、Xn + Yn = Zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない」というのがフェルマーの定理。単純そうに見えて、というかそれゆえにか、証明することはきわめて困難で、300年以上をかけてようやく達成された。本書はいかにしてこの難問が解かれたかをめぐるノンフィクションだ。
前々から評判高く、読む前からこれは絶対面白いと見込んでいたのだけれど、その予想を軽々と上回る秀逸な出来。それ自体が興味深い題材をきわめて良質な叙述で描き出していて圧倒的だ。難問への挑戦という学問の側面と、個々個性的な研究者たちのエピソードが両立しているのがいい。
ある学問的発見がいかにしてなされたか、誰がどういう理論を展開し、どう発展していったのかを語るには、やはり短くてはダメで、ある程度以上の長さが必要だ。でなければ事項の羅列になってしまう。その点、本書は五百ページの分量をたっぷりと使って丁寧に描いている。
もちろん、現代数学の先端理論を扱うわけで、理論自体が素人に理解し切れるはずはないのだけれど、それが数学界においてどういう意味があって、どういう風にすごいのかということをじっくりと解説してくれるので、数学がわかるならより面白いだろうけれど、数学わからなくても充分に面白い。
本書はアンドリュー・ワイルズという人物の人生においても、数学史においてもきわめて重要な瞬間から説き起こされている。フェルマーの最終定理を証明したという発表が行われたときだ。そこから遡り、彼がいかにフェルマーの定理に魅了されたかを描きつつ、フェルマーの定理がどういう問題なのかということを、ピタゴラス以来の数学の歴史をたどっていく。
「フェルマーの最終定理」は数百年間、数学界の謎としてあったわけだけれど、近年はむしろあまり重要でない問題という扱いをされていた。それが現代数論の最先端の問題として浮上するきっかけになったのは、「谷山=志村予想」という予想を証明することが、フェルマーの定理の証明になるという道筋が見つかったからだという。このあたりから数学理論のわけのわからなさ、そしてその面白さがよりいっそう増していく。
谷山=志村予想というのは、「すべての楕円曲線はモジュラーである」というものらしく、「楕円曲線論」と「モジュラー形式」という異なる二つの分野で用いられている別の概念が、実は同一のものだ、という主張。で、この「モジュラー形式」というのがトンでもない。なんと、無限の対称性を持っているのだという。
「谷山と志村が研究したモジュラー形式は、どれだけずらしても、切り替え、交換、鏡映、回転をほどこしても、その前後でまったく変化がみられず、数学的対象としてもっとも高い対称性を持つのである。(中略)残念ながら、モジュラー形式は紙の上に描くことはもちろん、頭の中に思い浮かべることすらできない。正方形のタイル張りであれば二次元平面内に収まるから、x軸とy軸によって定義することができる。モジュラー形式も二つの軸で定義されるが、その軸は二つとも複素軸なのである」283P
複素、というのは実数と虚数のペアであらわされるものらしい。虚数が混じる存在って、どう想像すればいいのやらわからん。このモジュラー形式のわけわからなさがすごくてたいへんエキサイティング。無限に対称ってどういうことだかさっぱりわからないけれど、数学的にはそうなんだろう。(こういうわけのわからなさって、円城塔の小説を読んでいる時に感じるものに似ている。「レフラー球」とか)
このモジュラー形式と楕円曲線論の思いがけない共通性が、数学界においては非常に衝撃的なことだったらしく、現代数論の中心的課題とも見なされていたらしい。なんか、とんでもないことだったらしいということがなんとなくわかる。じつは数学の専門家的には、フェルマーの定理よりも、谷山=志村予想の証明の方が重要だったという。
で、谷山=志村予想とフェルマーの定理が密接に関係しているらしいという発見をきっかけに、アンドリュー・ワイルズの挑戦が本格始動していくことになる。ここからのワイルズの孤独な戦いもすごいけれども、詳しくは実際に読んでもらうに如くはなしということで。
読み終えると、数学すげえ、人間すげえって気分になる本当にドラマティックな一冊。たった一人でその偉業がなされたわけではなく、学問的営為は積み重なる試行錯誤の果ての果てにあるものだということもよくわかる。そして、「数」というものがいかに摩訶不思議なものなのか、その魅力の一端に触れることができる。
とにかく、面白い。
はまった。。。
2013/10/04 20:51
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:センタープラザ - この投稿者のレビュー一覧を見る
数学に興味もなく、あまり得意科目でもなかった人間が読んでも面白かった。
何度も読み返した。数学の知識があればもっと楽しめたのかもしれないが、それでも面白かった。
ピタゴラスから、アンドリュー・ワイルズまで、数論とそれに情熱を傾けた数学者の事跡をひもときつつ、フェルマーの最終定理が如何に証明されたかを描く
2020/03/12 20:14
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぴんさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
1995年2月13日、アンドリュー・ワイルズのフェルマーの最終定理の証明に誤りがないことが確認され、360年に渡る歴史に決着がつく。17世紀を生きたフランスの大数学者であるピエール・ド・フェルマー。彼が残した有名な定理は、様々な数学者たちを魅了し、悩ませてきました。この本は、およそ三世紀を経て完全な証明がなされるまでを書いた、数学者たちの一大ドラマです。解けなかった難問にどうやって立ち向かったかが追える最高の小説、と言ってもいいでしょう。数学がテーマだと固い印象を想像していましたが、とてもドラマチック。数学嫌いを自称する人にこそ読んでほしい、数学者たちの物語がここに!数学に明るくない私でも、概要はよくわかり、大きな知的興奮を得られます。著者と訳者の力量に感嘆。
数学者のロマンを知る
2016/11/13 09:51
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Otto - この投稿者のレビュー一覧を見る
数学が苦手な私でも、数学者の人生を賭した情熱に
感化されて、ワクワクしながら読み進めました。
数多の数学者の人生を台無しにした「フェルマーの
定理」の証明への挑戦。理知的なイメージを覚える
数学者を夢中にさせた、その魔性に科学者の真理へ
の探究心のロマンを感じました。
素晴らしい!の一言
2018/09/16 20:09
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:岩波文庫愛好家 - この投稿者のレビュー一覧を見る
表題の『素晴らしい!』は、この定理の証明に、なんと日本人が2人関わっていたという事実です。今から約300年以上前に投げ掛けられたこの定理は、海を渡って日本人の頭脳が役に立ったなんて、名誉な事だと思います。
しかし、確かに一見あっさりと証明出来そうな(あくまで出来そう、というだけですが)この定理が、あれほど専門的な解法で解けた事に溜め息が出るものの、もっと別のシンプルな解法はないのだろうか?300年以上も前に投げ掛けられたこの定理をこんなやり方でしか解けないなんて...。
おすすめです。
2016/04/03 22:24
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:栞ちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
私自身、コテコテの文系人間で高校での授業が数学との最後の関わりというレベルです。それでも最後まで面白く読むことができました。一つの定理の証明に多くの数学者が、どのようにかかわっていたのか、その苦闘ぶりが大変興味深く感じられました。数学というだけで拒否反応を示している人がいれば、ためしに読んでみてほしいです。
とても面白かった!
2020/05/23 20:57
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:makiko - この投稿者のレビュー一覧を見る
フェルマーの最終定理という言葉ぐらいは聞いたことがあるけど内容は知らない、数学は高校の全国模試で偏差値65あれば喜んでしまうレベル、という私でも大変面白く最後まで読めました。数学者は、凡人の私には思いつきもしない問題を突き詰めていくのだなぁ。翻訳ものであることを忘れてしまうほど自然な日本語に訳されているところも、この本の凄いところの1つだと思います。高校生のときに読んでいれば、もっと数学を好きになれたかもしれません。
フェルマーの最終定理が証明されるまでの感動の物語!
2019/04/30 22:39
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっち - この投稿者のレビュー一覧を見る
フランスの数学者フェルマーがかの有名な「フェルマーの最終定理」を唱えたのは1637年。彼は、「算術」という数学書の余白にこの定理を書き込むとともに「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことができない」というメモを残した。
この思わせ振りなメモ書きが、300年以上に渡って多くの数学者を悩ますことになる。
本書は、「フェルマーの最終定理」により翻弄された多くの数学者の物語であるとともに、フェルマーがこの定理を唱えるに至ったピュタゴラスの定理から現代数学に至るまでの数学史でもある。
そして、ついに1995年にアンドリュー・ワイルズが証明論文を発表するまでが感動的につづられている。実は、ワイルズはその2年前に証明論文を発表しているが、その証明に対し欠陥を指摘され、その欠陥を補うアイデアを得るまでに2年の歳月を要しており、350年間証明されなかった「フェルマーの最終定理」を証明したという数学界の頂点に立つ寸前に欠陥が指摘されて奈落の底に沈み、かつそれを補うアイデアを得るまでのもがき苦しむ様がひしひしと伝わってくる。
また、本書は究極の難問が証明される過程を説明する作品であるにもかかわらず、作者は難しい数学理論抜きで説明してくれていること、日本の数学者である谷山、志村、宮岡、岩澤などのエピソードがあり、日本人にも親しみやすい逸話が登場すること、文章が上手でとてもよみやすい(構成力は作者の成せる業、文章力は訳者の成せる業か)ことなどが本作品の特徴であるが、何にも増して一番の魅力は、小説でないのにあたかも小説であるかの如くドラマティックに話が展開され、読者をぐいぐい引き込んでいくたいへん楽しめる一冊であるということである。
フェルマーの最終定理が楕円曲線を応用する事でどの様に解決したかを見たかったので。
2019/03/11 02:53
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Blue Water - この投稿者のレビュー一覧を見る
フェルマーの最終定理が楕円曲線に関する定理の応用で、アンドリュー・ワイルズに依って1994年10月に解決した事の経緯を見たかったので購入しました。
倍積問題は、フェルマーの最終定理の応用で、nを3と置いてフェルマーの最終定理を使い、体積はX、Y、Zの3項なので、X、Y、Zの三乗の和が2に等しいと置いて、カルダノの三次方程式の解法が複素数の立方根で表現可能なので、倍積問題の解は複素数で表現する事が出来て、ハミルトン数を使う必要は無く、X、Y、Zを各々分離して、式変形をして行くと、簡単なXの三次式となり、合わせて条件式も出てきて、最終的に2の立方根を平方根の級数和で表す事に帰着します。ハミルトン数の成分は4項であり、X、Y、Zでは足りないので、結局、2の立方根は実部、虚数部共に、平方根の4項以下の級数和で表す事が出来ます。
平方根の中の数は有理数であり、分母を有理化して4項の平方根を通分すると、4項の平方根の中の数は整数となり、この整数を絞り込む条件式は類体論の方から出てきます。
わかりやすい
2018/07/08 01:35
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:蘭丸 - この投稿者のレビュー一覧を見る
フェルマーの最終定理自体は非常に難しい証明があり、本質理解は非常に難しいですが、その周辺のエピソードがこの本には書かれており、楽しくフェルマーの最終定理について学べます。
数学史を知ることのできる代表作
2017/12/25 16:48
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ゆっき - この投稿者のレビュー一覧を見る
数学の歴史に興味を持った最初の本である。