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今世紀初頭西欧知識人的堕落論
2010/02/21 22:00
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kc1027 - この投稿者のレビュー一覧を見る
西欧知識人が人類を牽引しているかのような世界観は、いわゆる先進国の
人々の間では、地動説以前の天動説や、ダーウィン以前のキリスト史観の
ように、それがないと思考しがたいほどに脳みそのベースになってしまって
いるけれど、きっと今は人類の思考の軸が拡散してきていて、良くも
悪くも何をどう考えるのが「良い」のか、よくわからない世界に
なってきている。
本書の主人公、初老の文学部准教授のデイビッド・ラウリーは、物語が
始まると結構すぐにセクハラ疑惑で職を失い、「百姓」を目指す娘・
ルーシーのところへ転がり込む。西欧中心主義の幻想が解けたリアルな
南アフリカでは、元准教授のおじさんは、本当にただの老いたおじさんで、
多すぎる犬を安楽死させる仕事くらいしかすることがない。
本書中盤以降で描かれる南アフリカの情景は過酷ではあるのだが、
それが過酷であろうとなかろうとアパルトヘイト以降の人種間の問題は
あぶり出され、そんな現実の中でこれまでの西欧の所業に対する贖罪を
全て負うかのようなルーシーの行動は、今後の「アフリカの白人」たちの
苦難と光明を体現するようでいて、尊い。
西欧的知的エリートは本書で何段も何段も堕ちていくのだが、そこで
犬の安楽死の処理をしながら初老の男は、老いてゆく自らと向き合い、
人種を超えて共有すべき大地と向き合い、望まれずに生まれ来る命と
向き合い、まさに「犬のように」犬を葬り去るときに胸に迫り来る想いと
向き合う。そんな想いに、遠からず我らも生きながら対面せねばならない。
堕ちようが過酷であろうが、生きねばならない。
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主人公は嫌な男
2020/06/30 21:55
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
面白い小説の宝庫「ブッカー賞」を2度受賞して、その上に「ノーベル賞」まで受賞している巨匠の作品。もちろん、この作品もブッカー賞を獲得している作品。ラウリーという主人公の元大学教授ははっきり言うと嫌なやつだ。週に1回は(2回の時も)買春し、教え子にも手を出す(このことで彼は職を失う羽目に会う。ざまあみろだ)。そのくせ、自分の娘がレイプされたと怒り狂う(怒るのは当たり前だろうが、お前がどの口でいうのかとも思える)。時代背景としてはアパルトヘイトが崩壊した後の南アフリカ、主人公のラウリーは52才だから旧人類に属している、隣人の黒人が偉そうにしていることに我慢できないし、もちろん娘が黒人たちに強姦されたことも我慢ならない。あいつらはついこの間まで奴隷だった連中じゃないかと嘆く。南アの白人たちの嘆きが聞こえてきそうだ
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2003年ノーベル文学賞受賞者
2017/04/11 04:30
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
高い知性を持ちながらも落ちてゆく52歳の大学教授の姿が印象的だった。文学とは何かを模索する野心作でもある。
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隷従と愛と性欲。インパクトのある心理描写だった。
訳文もかなり魅力的。嵐が丘と同じ訳者さんなんだな、ファンになりそう。
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転落していく教授の話。犬や処女性などのシンボル的な言葉・意味が登場人物の関係の中でぐるぐると廻り廻る。
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ポストアパルトヘイト時代の南アに於ける、白人と黒人、男と女、農村と都市、人間と動物、富者と貧者、ハイカルチャーとサブカルチャーといった二項対立とその混沌とした逆転に次ぐ逆転が、失脚する主人公の流転とその娘の苦難という形でショッキングかつ鮮やかに描かれていて、一気に読んだ。
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ラウリー教授がいとしい!
「抒情だ。わたしには感情表現が欠けている。
愛を巧くあつかいすぎるのだ。燃えあがっているときでさえ歌えない。
わかりますか。そのことを悔いに思う。」
あまりにもかなしい
昔からよく思うのは、感受性が強すぎるのも人づきあいがうますぎるのも物分かりがよぎるのも、どれも障害となる。
メラニーになりたかった。
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ブッカー賞を初め
国内外の数々の文学賞を
受賞している『恥辱』です
南アフリカと言う地にあって
今まで
いかに西欧的環境に守られていたか
という現実を
徹底的に突きつけられる出来事に
更なる 恥辱をもって塗れます
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2009年3月4日購入
最近、予定調和的?な本ばかり読んでいたせいか
読み終わった後は毒にあてられた気分である。
読み始めは小憎らしいインテリ中年だった主人公が
愛という名の無力を学んでいくのを読むのは
まことに嫌な気分であった。
最初は大したことない話だなと思っていたが
途中から様子が一変する。
そこからの味のない、
しかし目をそらすこともできない話が始まる。
赤ちゃん教育で冒頭に紹介されていたので買ったが
これを読みながら子育ての本を書くとは…
そのせいでちょっと違う内容を期待していたので
評価は4だがたぶん5に値する内容だとは思う。
それと岩井克人が
私有財産制とは非常に崩れやすい制度だ、といって
アフリカの話を出していたがなるほどと納得。
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あのですね、これをですね、
帰省の折の、新幹線で読もうと買ったのです。
ブッカー賞作家ですし、勧められましたし。
ですが、これは大晦日に読むには、
相当に適さない本でした。
もっともっと、晴れがましさから縁遠い時に、
読むべき本であると気付いたのは、読み終わった後。
絶望とかすかな再生であるがゆえに、
本当に絶望しているときに読むべきだと感じて、
再度読むことは、なぜか避けております。
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話のつくりが対称的できれいだと思う。
主人公は物語前半で触れられる自らの行動と同じ方法で(言ってみれば)復讐されて
被害者の父親と同じ立場に陥ったはずなのにその点に関する言及が奇妙なまでに避けられている。
この辺が"他者"の話になるんだと思う。かなり印象的な本です
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じじい教師が女生徒に手を出したらパワハラ・セクハラで訴えられてしまった恥辱
しかも謝罪より先に自分のプライドを守ろうとしてしまう、まさに恥の上塗り
結果、学校を追放されて、娘の暮らす田舎に転がり込んでいくのだけど
彼はそこでさらなる恥辱にまみれていくことになる
94年にアパルトヘイトが撤廃されたとはいえ
それによって「血のつながり」や「文化的差異」まで無くしてしまえるわけもなく
結果として、それまで「進歩的」とされてきたタイプの人々が居場所を失ってしまったのだと思う
そうやって社会的に宙に浮いてしまった人々はいやおうなくふたつの選択を強いられていく
すなわち、恥辱を受け入れるか否かだ
(アパルトヘイト撤廃は91年じゃなくて94年でした…
訂正させていただきました)
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最高。
ただ頑固な生き方を通すと
こうなっちゃうのかな~、と。
でもオレも丸くはならないぜ!!
http://ffapparelkiroku.blog71.fc2.com/blog-entry-31.html
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本書は割とリアルな大学教授の転落の人生を描いたものだ。
だけど、これはただのセクハラ転落だけの物語ではない。これが実に強烈で刺激的。
人間とは何なのか、人にとって栄辱とはどういうものなのかがテーマだ。
帯には、「中年男がたどる悔恨と審判の日々」とあったんだけど、私はデヴィッドはには悔恨の情などこれっぽっちも感じなかった。そもそも悪いことだと思ってはいないもの。それにデヴィッドは中年というよりは初老といったほうがふさわしいし。しかし開き直っているその態度はなぜだか憎めない。
適当に謝っておけば、なんとか大学にはいられたかもしれないのに、そういうことができない。
欲望にも自分にも正直すぎる。
彼にとって、女性学生とのことは情熱もしくは彼の言葉を借りるならば「エロスが舞い降りた」ことだったのだ。レイプではない。合意の上でのセックスだ。彼女もそれを受け入れていた。
「それの何がいけなかったのだ?」とデヴィッドは”審判”のくだるその時まで思っていることだろう。
昔デヴィッドの家の近所に住んでいたオスのゴールデンレトリバーは、なぜメス犬が通りかかる度に萎縮するようになったのか。
それは、ゴールデンレトリバーが雌犬に反応する度に、人間から懲らしめを受けたせいだ。以来メス犬をみると耳を下げ、怖がるようになった。
犬はなにかいけないことをしたのか?とデヴィッドは思う。
動物が本能に従い行動することは、どれほどの罪なのだ?
そして今回のセクハラ騒動で周囲が自分にしようとしていることは、全くこのゴールデンレトリバーに人間がしたことと同じじゃないか、ディビッドはそう思う。
「犬と人間は違うだろう?」と良識ある人々は言うだろう。人間は性欲などの本能を理性で制御できるからこそ、人間なのだと。
しかし、アフリカのような原始的な土地において、動物と人間の間にはいかほどの違いがあるのだろう?いや、原始的な土地でないにしても。
そう皮肉めいた口調で、クッツェーに問いかけられる。
本書は明らかにカフカの「審判」を強く意識して書かれている。ヨーゼフ.Kは、デヴィッドそのもの。
デヴィッドのみならず、娘のルーシーさえもKかもしれない。
Kは一体自分がどんな罪を犯したのかまるで理解できないままに、”犬のように”殺されていく。
デヴィッドもまた、その不条理な運命を仕方ないなといって受け入れ、審判が下されるその日まで生きる他にすべはない。
「恥辱」のストーリーはどうしようもなく救いがない。しかしこれがなぜか悲哀を感じさせない。ユーモラスですらあるのだ。
これがこの小説の凄いところだと思う。
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(再読中)
うーん、これはー、これはー、キツイ。きつい本だがすごい。可愛い女子大生と合意の上かと思ったら、ところがどっこいセクハラで訴えられる大学教授がその後もっと酷い事件に巻き込まれる・・・。救いはあるのかないのか、自分でどうにかするしかないのか。南アフリカ社会に生きる白人(アフリカーナー)という世界。これぞ現代海外文学を読む醍醐味。それにしても父娘の会話がなんというインテリジェント。
翻訳のテンポがよく、つらい内容の物語も、 なんだか日本語の美しさに救われそうだ。これは英語で書かれていてもこういう印象を持つような文章なんだろうか? 巻末の解説は野崎歓氏も、翻訳を褒めている。