紙の本
産業民主主義の再構築
2009/10/09 14:39
9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:相如 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この数年のあいだ、1990年代には完全に下火であった労働・雇用の問題が、日本の政治の中心的なテーマの一つになっている。そのなかでは、終身雇用を回復して派遣労働を規制せよという声と、むしろ規制を緩和して正規と非正規の間の流動性を高めよという声との対立が、少なくともマスメデイアのレベルでは主流であったように思われる。
前者がこの10数年来の経済構造の変動を完全に無視した議論であるとすれば、後者は旧来の日本の雇用システムを単なる解体されるべき障壁としか見なしていなかった。そして両者が別々の関心と文脈から、「フリーター」などに対して「自己責任」言説を同時に投げかけるような不幸な現象も見られた。
これに対して、低賃金労働者の実情を明らかにする一般向けの本は、労働環境の悲惨さを訴えるルポルタージュでなければ、小泉政権下の「構造改革」に全ての問題が収斂していくような筋書きのものが多かった。もちろん問題意識に大きく共感はしたが、こうした本を目にすることが頻繁になるにつれて、日本の雇用システムに内在する構造的な問題を総体的に把握するような議論への欲求が高まるようになってきたのである。
その欲求に答えてくれたのが、一つは宮本太郎氏の『福祉政治』(有斐閣)であり、そしてもう一つの「決定版」と言えるものが本書である。著者の自らの主張をブログでも積極的に表明しており、私も読者の一人であるが、議論の全体像を目にするのは今回がはじめてである。
本書で最も面白いと思ったのは、経済団体が1960年代まで同一労働同一賃金に基づく職務給を提唱していたにもかかわらず、とくに1973年の石油ショック以降に、人材養成や労務管理などのメリットから、終身雇用・年功序列の職能給・生活給の制度が確立し、それと対応するように教育制度が職業訓練の役割を喪失していったという下りである。高原基彰氏も1973年を「現代日本の転機」としているが、この時期に20代前半までに企業の正社員としてメンバーシップを獲得していないと、もはや人生上の挽回が著しく困難になってしまうという日本に固有の雇用システムが確立したわけである。
この日本型雇用システムが現在、メンバーシップを獲得できなかった非正規社員の劣悪な待遇と、その状況に企業ごとに分断されている労働者代表組織に無関心であったことは、しばしば指摘されてきた。しかし、本書で共感できるのはこの日本型雇用の遺産をただ否定するのではなく、むしろそれを基盤として職場に基づく「産業民主主義」を提唱していることである。企業外のユニオンよりも、しばしば「既得権集団」と見られる企業内の労働組合の再構成を主張しているのは、経営者と労働者との緊張関係をもった利害対立のコミュニケーションが制度化されていなければ、経営者も納得する形での労働者の権利回復が実質的な形で実現されることはないからと理解することができる。
最近「フレクシキュリティ」の議論が盛んであり、本書でも言及されているが、目が鱗だったのはフレクシキュリティがコーポラティズムの伝統を背景に、全国規模の労働者の代表組織の発言力がきわめて強い国でこそ可能になっていることである。現在の日本では反労組的な規制緩和論者によってフレクシキュリティが称揚されることがあるが、労働者組織を基盤とした産業民主主義を大前提にしなければ、適切な姿で実現されることは不可能であると言えるだろう。
「一見、具体的な利害関係から超然とした空虚なポピュリズム」(208頁)ではなく「さまざまな利害関係者の代表が参加して、その利益と不利益を明示して堂々と交渉を行う、その政治的妥協として公共的な意思を決定する」(209頁)ような産業民主主義のシステムを制度化していくこと、そしてそのことが労働者の待遇改善(および増税などの不利益の再分配)や企業の業績向上による経済成長の実現を両立するような雇用政策を可能にしていくこと、このことが日本社会の共通認識になっていくことを切に望みたい。
紙の本
日本の雇用システムを知る
2014/08/03 20:01
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あぶ - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本独自の雇用制度を紐解きながら、非正規労働者の雇用についての問題点を
説明されていた。また最終章においては、雇用システムそのものについてというよりは、
労使および行政が雇用システムに関係する法整備にどのように関わることが重要かを
解説していた。
投稿元:
レビューを見る
「日本型雇用システムにおける雇用とは、職務ではなくてメンバーシップなのです。」
目の覚めるような、全てが腑に落ちるような読んでよかったと思える、ためになる本。
成果主義や能力主義などと取りざたされているけれど、ほとんどの企業では形だけの導入で、一番根本の「労働契約」のぶぶんは相変わらずあいまいな労務規定のまま。だから、成果主義が体をなしていないのが現状。
子供が減り、景気が停滞して行きそうなこれからは今までどおりの「日本型雇用システム」は必然的に維持できなくなるだろう。
これまでは、企業が社員を抱え込み定年まで面倒をみるという方針(終身雇用)。最後まで面倒を見る代わりに、転勤や長時間労働なんかも受入れてねっていう使用者/労働者間のギブ&テイクな関係だった。でも、それは成長経済だったからで。これからの企業は、さすがにそこまで面倒をみれなくなる。
だから、企業が放棄した「年齢に相応しい生活を送るためのお金」を今度は国が負担する必要がある。
ある意味「働くこと」という縛りからの開放でもある気がする。
社会福祉と能力主義はセットで考えていかなければならないんだなぁと勉強になった。
投稿元:
レビューを見る
「ルポ 雇用劣化不況」を読んで、労働問題についてもうちょっと考えてみようと思って読んだ本。こっちの本は労働問題について基本的には制度(法律)を切り口にしている。
一言でいえば、ボリューム満点。そして、労働関係の書物に慣れてなかったり、労働法jについての知識がなければ完全に理解することはできない。そんなわけで、大体の内容しかわからなかった。以下、一部分のまとめ
日本型雇用システムをメンバーシップ契約(職務のない雇用契約)という点から説明しているのは興味深い。そして、この観点から、正規・非正規雇用者の間に均等待遇を論じ得るような共通の物差しがあり得るかどうかを問題とする。
他にも、現実に適合しない制度であったり、社会保障、ワークライブバランス、現行の労働組合に非正規社員も加入できるよう主張するなどとにかくボリューム満点。
読むなら気合入れて読まないといけないけど、それなりのものは得られるだろう。
投稿元:
レビューを見る
日本の労働社会の、本当の問題点は何かということを論じ挙げ、そのうえでの解決策を提示といったスタイル。
日本の現状については、良く分析されていると思う。ただその解決策として述べられているのが、非正規雇用者も含めた新しい労働組合結成らしいが、はたして本当だろうか。もっとダイナミックな方策が求められると感じる。
官僚出身者らしい、手堅い慎重な策ばかり述べられている印象。細かい法律論も多く、そのあたりはよくわからなかった。
投稿元:
レビューを見る
これは面白かったなー
先輩に勧められて読んだ。
やっぱり、ものを知ってる人はどれがいい本かも知っているようだ。
日本の労働問題を、労働市場の観点からぶった切る本です。
あ、別に過度に左とかいうことはないので。笑
ずっと行政制度とか法律の問題として捉えてた問題を、違う観点から論じられてびっくりした。
一つの観点に偏りすぎると、見えるはずのものも見逃してしまう。
とりま、労働問題やるなら一回読むべき本かと思います。(´∀`)
投稿元:
レビューを見る
[ 内容 ]
正規労働者であることが要件の、現在の日本型雇用システム。
その不合理と綻びはもはや覆うべくもない。
正規、非正規の別をこえ、合意形成の礎をいかに築き直すか。
問われているのは民主主義の本分だ。
独自の労働政策論で注目される著者が、混迷する雇用論議に一石を投じる。
[ 目次 ]
序 章 問題の根源はどこにあるか―日本型雇用システムを考える
第1章 働きすぎの正社員にワークライフバランスを
第2章 非正規労働者の本当の問題は何か?
第3章 賃金と社会保障のベストミックス―働くことが得になる社会へ
第4章 職場からの産業民主主義の再構築
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
投稿元:
レビューを見る
日本の労働の現状を分析しつつ、どのような政策を取るべきかを論じた本。
・三六規定(労働基準法第36条の時間外労働規制)は1週間の労働時間の上限(原則40時間)と定めているが、時間外労働を含めた上限を定める必要がある。
・日本は整理解雇(リストラ)の条件が非常に厳しく、個別解雇の条件が非常に緩い。そこで企業から退出を迫られることなく使用者に対して発言できる担保としての解雇規制を考えるべき。
・日本では均衡処遇=同一賃金同一労働の原則が適用されていない。これは同じ内容の労働に同時間従事しても、正規労働者か非正規労働者で賃金に格差が出ることである。
・2000年代に入ってもフリーターはバブル期と変わらない「夢見る若者」として扱われた。その中で非正規雇用問題も、アルバイトは「若者の就労意識の欠如」、パートタイマーは「夫婦間のアンペイドワークの問題」といった言葉で片付けられてきた。
・労働組合=正社員組合になっているのは危うい。非正規労働者を含めた集団的合意形成と共に、特定の人の利害のみを代表しない、使用者から独立した労働者代表組織が望まれる。
この他にも、生活保護制度を救貧という観点でなく、就業促進を図れるものにするよう主張するなど、単なる人道主義に陥らないバランスの良さも評価できる点。
投稿元:
レビューを見る
雇用と労働の社会システムを法学・政策学的視点から詳細に論じた上で、産業民主主義の再構築へと架橋する、骨太の労働論。
ここ最近読んだ数冊の中ではダントツで面白かった。
まず、いわゆる「労働問題」についての解説が的確である。さらに、法学や政策学に基づく決してブレることのない視点が、筆者の論の強度を生んでいる。
そして何よりも、全体を貫く主張がある。個々の問題の解説とそれに対する解決策が必ずセットになっており、しかも提示されている解決策はたいへん現実味がある。また、最終章において「産業民主主義の再構築」を掲げ、それらの解決策実現の土台となる包括的枠組みの提案を行うことで、個々の論点の補完を行うとともに、全体をまとめあげる役割も果たしている。これらの論点はすぐにでも議論の起点となっておかしくないだろう。
最終章で論じられる「産業民主主義の再構築」が、わたしとしては非常に魅力的である。
筆者の提案の要旨は、既存の労働組合を正社員・非正規労働者すべての利害代表組織として再構成し、使用者側からの独立を徹底すること、そして労使協議制の確立と労使双方の政策決定参加の推進を行うべきだ、という点にある。
ここで、「労使双方の政策決定参加」に関し、コーポラティズムが言及されていることに注目したい。コーポラティズムとは、「集団」がそこに属する人々の利害を代表する形で政治運営に関わっていく、といった考え方である。
コーポラティズムに関して個人的に良いなと思う点は、「利害」・「集団」の2つのキーワードが入っていること。
労働は、ときにわたしたちの生死に直結する問題となるため、自己と他者の利害が顕著に現れるところである。さらに「労働組合」という「集団」は、比較的互いの顔が見えやすく、熟議・熟慮が成り立つ範囲としてもかろうじて成立しうる。ゆえに、政治を「利害の調整」という観点から考えると、このような集団単位(立派な共同体だよね、きっと)を基盤にした政治というのは、どんな個人・集団を基盤とした政治よりも、きわめて現実的に考えられるものだと思う。
投稿元:
レビューを見る
この本は……難しいです(笑)
目新しいと感じたのは、最低賃金の成立背景つまり、家計を補助する学生や主婦が主だったためにその低賃金で良かった(所得主筋は男性である)が、もはやその性格は過去のものとなり、フリーター等はその補完的性格である最低賃金で生活を営まなければならない状況にあり、これは現実社会と醋齬をきたしている。
それともう一つ。労使の団体交渉について、労働組合への加入は管理職を除く正社員であり、利害関係者として管理職や非正規社員は排除されている点。
これだと労使間協議の際、利害を主張できない非正規社員が真っ先に不利益を被ることになる。
しかも、一企業では非正規社員数と正規社員数の比率が逆転しているところもあり、そのような少数の(正規社員の)主張が労働組合全体の主張といえるだろうか、疑問を禁じ得ない。
もちろんその他、主にEU諸国の取り組み事例を紹介し、それをEU礼賛主義ではなく、模倣する際の注意点や批判もあり、丁寧に書かれているにも関わらず読解力の無い(労働問題は全くの門外漢な)僕には理解の難しい点が多く感じました。
偽装請負問題も分かったようで分からない、一知半解の状態で、もう少し社会勉強をしてから読むと面白いのではないかと思いました。
キャバ嬢の労組結成がタイムリーな話題となってるので、これから数年に労働問題のパラダイムを迎えるのは間違い無いと思います。
投稿元:
レビューを見る
世界に類を見ない日本型雇用システム。これら日本独特の労働社会問題をどのように解決させるか、諸制度や機能の歴史的背景、欧州との比較などを含めて詳細に説く。ワーキングプア、非正規労働者など近年の労働諸問題解決に繋がるヒントも多いが、具体的な手法や提案をさらに訊きたいところ。
投稿元:
レビューを見る
第三章賃金と社会保障のベストミックス、この章が良かった。やはり、労働政策×社会保障論を同時に論ずるのは鉄則。労働マーケットから離れてしまった人は一時的に社会保障で支え、労働法による環境整備でまたマーケットに戻れるような施策を にとても同意。 また学校と労働の乖離の問題点指摘の部分もとても納得できた。
1つ残念なのは、非正規という言葉を使っていること。労働法界では非典型雇用労働者と使うのがスタンダード。
投稿元:
レビューを見る
日本における労働社会が、世界のそれと比較されることで俯瞰的に見えてくる。
良く目にする報道のように、残業にかかわる使用者・労働者の裁判を未払賃金の問題としてフォーカスすると、長時間にわたる(健康維持が難しくなる)労働時間という問題から視点がずらされてしまう。
確かに!
問題は、しかし、使用者だけでなく、労働者も長時間労働を容認していることにもあり。
民間企業に勤めていた際は残業に抵抗なかったしな…
理由として、もちろん残業代が得られる事もあるけど、やるべき仕事に時間を注ぎ込みたいという思いからもあり。
それからもし長時間労働の少数人員に替えて、短時間労働人員を多数にした場合、その企業の競争力ってどうなんだろう。
少数精鋭の方が情報伝達も管理もやりやすいし、仕事にたいする意識や情熱も共有しやすいように思う。
職種によるけど。
企業としての競争力が落ちたらそもそも人を雇うことすら出来なくならないか?
って考えてしまったけど、この考えがもう日本の経営陣の思想に毒されてるんだろうか。
投稿元:
レビューを見る
岩波だけあって油断してると字面を撫でるだけになってしまうが、それだけ内容の濃い本だった。
労働に関する諸問題として、労働時間や賃金、生活給制度、非正規労働、労働紛争など幅広くカバーしている。
著者が冒頭に述べている通り、国際比較と歴史的パースペクティブを軸に論を展開しているので、歴史や法律、欧米の事例といった話が主。
とりあえず幅広い現状が知りたい人にはオススメ。
投稿元:
レビューを見る
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/43/2/4311940.html ,
http://homepage3.nifty.com/hamachan/ ,
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/