常識的という基準
2018/11/26 16:11
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投稿者:魚太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
常識的であることに、何も問題があるはずがない。しかしたとえば、あとがきで著者が述べているように、著者の「政権寿命予測は外れてしまって」いるのである。常識的に考察した結果と、現実社会との間に乖離がある。常識的であることに問題がないとするならば、矛盾した状況を露呈している社会の方に、当然ながら問題があると判断せざるを得ない。そして社会の大多数がその矛盾しているはずの現状に馴れて迎合してしまっていることは、実に不気味で絶望的ですらある。常識的思考をする人が少数派となってしまう社会に対して、常識以外の何をもって訴え続けなければならないのか。
手軽に読めるけど、決して軽くはない
2019/06/18 20:58
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投稿者:たあまる - この投稿者のレビュー一覧を見る
朝日新書の『常識的で何か問題でも?』は、「AERA」の巻頭コラムの内田樹担当の分をまとめたものです。
3ページ程度のエッセイなので、歯磨きしながら片手で読むのに、ちょうどよい。
手軽に読めるけど、決して軽くはない内容が書かれています。
「戦争に真に反対できるのは「個別性と複雑性」の原理だけだ」とか、
「正義の名において語るときにも節度を忘れてはならない」だとか。
筆者の予想に反して内閣が延命しているのは、予想を外した筆者の責任ではなく、それを許している国民の責任であるように思えます。
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投稿者:タロウとハナ - この投稿者のレビュー一覧を見る
大人が大人であること、人としての感覚を保ち続けることは、今の世代と次の世代にとって大切なことだと解釈しました。
状況を改めて整理する
2018/11/22 15:01
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投稿者:AR - この投稿者のレビュー一覧を見る
ここ数年起きたことを再整理することができました。内田氏の突っ込みはなかなか鋭い。
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投稿者:6EQUJ5 - この投稿者のレビュー一覧を見る
雑誌AERAに2014年9月8日~2018年7月16日付まで「eyes」として連載された文章を集めた一冊。一編ごとが短いのでサクサク読めます。
約4年にわたるので、古い話題もありますが、再度少し前のことを振り返ってみることも必要ではないかと思いました。(例えば「佐賀県武雄市の図書館民営化」「大阪都構想」などなど)
印象に残った一節を引用「古いバイオリンの音色は、ヨーロッパの石造りの家の厚い壁を通して、遠い部屋でも聴き取れる」(p52)
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危機的時代の判断力とサバイバル力
真の知的成熟とは何か
「属国」日本とアメリカ
地方と経済効果とお金の話
国民国家はどこへ行くか
情理を尽くさない政治に未来はあるか
著者:内田樹(1950-、大田区、フランス文学)
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こんな連載もあったんだ!毎回数ページの読み切り型で、扱われているのも、そのときどきでタイムリーな話題が中心。こうして一冊に纏めて読むのも良かったけど、AERA誌上で毎回しっかり追いかけるのも良さそう。
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41 常識的で何か問題でも?
内田樹の新刊。ここ4年ぐらいの内田樹の研究室ブログで書かれたことのトリビュート(いつものスタイル)。情報の鮮度ということで、すぐに積読の最上段へ。
・師を持つということからスタート。源泉から流れ出るものに身を浸すためには、心と体を解放状態にしなければならない。おのれの狭隘な思考の枠組みを打ち破ってまっすぐに受け入れ、次世代に繋げる。それが師を持つということである。毎回読む話であるけど、人は決まった話を何度も繰り返し聞くのが好き(これも内田老師の教えではあるが)なので、いちいちうなずいてしまう。
・レバレッジを探す人たちという話が面白かった。レバレッジを探すことが大切だが、レバレッジに既製品はなく、誰かにプレゼントされるものでもない。目の前にあるありものをまず使ってみることを通じてしか、レバレッジを探すことが出来ない。ブリコロールの話の変種かなと思う。話を聞いて変種であると判断するのは簡単だが、ブリコロールの話からレバレッジの話に持ってくるのは難しくてできそうもない。自分は中高が曹洞宗系の仏教校であったから脚下照顧という言葉になじみが深く、時折思い出す。意味は、まず自分の足元を見つめなおす自己反省を促すということであるが、自己反省を促すことは、同時に自分の身の回りにあるものや人へ感謝することも含まれているのではないかと自分は解釈している。その点、脚下照顧はブリコロールの話にも近いと思った。もう一つ、脚下照顧に近い発想を持つ物語が思い当たる。東京ディズニーランドのスプラッシュマウンテンの話だ。主人公ブレアラビットは、「笑いの国」という桃源郷を求めて旅に出る。その間、悪者のブレアベアとブレアフォックスに狙われ、返り討ちにしながらも最後は捕まってしまう。危機一髪のブレアラビットは機転を利かせ、「あのいばらの茂みにだけは投げ込まないでくれ」と叫ぶ。理由は単純で、いばらの茂みとはブレアラビットの故郷の事であり、いばらの茂みにだけは投げ込まないでくれと懇願すれば、悪者は投げ込むと相場が決まっているからである。晴れて、いばらの茂みに投げ込まれ(ここでアトラクションの最大の山場、フリーフォールが訪れる)、故郷に帰還したブレアラビットは故郷でいきいきと音楽を奏でるかつて友人たちを見て、そこが実は自分にとってのかけがえのない「笑いの国」であったことに気づく。これが、スプラッシュマウンテンの話である。ここから得られる教訓もまた、自分の足元を見つめよ、である。かなり脱線したが、読書感想文の続きを。
・成熟の話。成長とは、複雑さを甘受し、重層的になることであると本書で書いてあった。同時にそれは、戦争の未熟性を提唱するものである。戦争とは、全ての者を敵か味方かという2種類の箱に峻別し、敵であれば殺し、味方であれば守る。かなり少ない、単純なオペレーションで済む産物である。戦争は、世界から驚くほど複雑性を縮減する。そして、戦時中、そのさなかで全く戦争に影響を受けず、小説を書き続けた人物がいる。それが太宰治である。太宰は複雑性が縮減していく社会に生きていながら、自らの書き物の個別性���複雑性で対抗していたのである。これが成熟した日本人の像であった。
・言論の自由=好きなことを人々が言う権利ではなく、異論が飛び交う「場」、様々な政治的発言がなされる「場」に対する敬意と信認である。
・属国であるという事実。日本はアメリカの属国である。この言説に反駁できる論拠はないが、証明する事実は多くある。しかし、日本政府は日本が主権国家であることを声高に主張する。その為、日本国民の中で日本が主権国家であることに疑問を感じないこと人は多く、日本がアメリカの属国であるという人は少ない。しかし、そもそも、日本が主権国家ではないことを自覚しなければ、主権国家になる道筋は開かれない。己の欠性に気づくことが、成長のチャンスである。
・政府は、政策の失敗を認めず、現政策の強化でしか苦難を乗り越えられないと努力を訴える。しかし、そろそろプランBに切り替えるべきではないかという文章があった。これは難しい。組織の人間として、それが絶対的真理ではなくても一定の目標を暫定的真理として採用して全員が同じ方向を向く組織と、絶対的真理を各々が求めて様々な方向に向いている組織では、明らかに前者の方が強い。ただ、前者の組織が採用した暫定的真理の賞味期限を見極めるのはとてつもなく難しく、並みのバランス感覚では務まらない。リーダーの宿命としてその困難は降りかかる。プランBに切り替える、つまりプランAの賞味期限を見極めるのは言うは易く行うは難しだと思った。
・無駄にならない思考習慣。リスクヘッジとは、最悪の事態を免れる為に、一定のコストをかけることである。それでいて、最悪の事態が来なかった場合は、そのコストは100%無駄になる。しかし、それはリスクマネジメントを考える上で、当然のことである。それは今の社会において常識ではないのかもしれない。リスクマネジメントにコストをかけて、最悪の事態が起こらなかった時に、そのコストについて無駄ではなかったと認識する思考習慣を社会の共通了解にしなければならない。
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いろいろな時事問題をについて、それぞれの問題をとらえる際にわたしたちが忘れてはならないことは何かということを気づかせてくれる貴重な書である。
どれも900字の文章であるが、その内容は900字をはるかに超える重みを持っている。
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https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20447
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内田先生の著作は難しいがこれは新聞の連載をまとめたものだったのでいささか読みやすかった。以下付箋貼った箇所。グローバル化世界における「勝者」たち個人の自己利益追求という観点から見ることの二つは全く無矛盾的である。グローバル企業はいかなる国民国家の国益も配慮しない。人件費コストの最も安い国で雇用し、環境税制の最も緩い国で操業し、収益は租税回避地に流し込む。グローバル企業の目的は個人資産の最大化である。「グローバル」と呼ぶが、実質は「無国籍的個人主義」に他ならない。この競走の勝者たちは、自分たちは才能と努力によってその地位に達し、財産を築いたと考えている。だから、努力せず、才能に乏しいものが彼らの納めた税金の「フリーライダー」となることを忌み嫌う。それはアンフェアだと彼らは言う。/でも、なぜ人々はスポーツに惹きつけられるのか、それぞれの競技はどのような人間的資質の開花をめざしているのかという話はメディアで誰一人口にしなかった。ただひたすらメダルの数と国威発揚と経済効果(そしてバックステージの家族愛・師弟愛の「物語」)というチープでシンプルな話だけが執拗に語られていた。/whataboutism日本語で言うと「どの口が言うか」である。西側諸国がソ連国内の人権抑圧を非難すると「そっちだって過去に奴隷制度があっただろう」と切り返して、批判を無効化しようとしたのである。「真に潔白な者だけが他人の非を咎めることができる」というルールを採択すれば、誰も他者の罪を問うことができなくなる/けれども、この論法を突き詰めると、最終的には、最も抑圧され、最も収奪され、すべての人権を剥奪された「究極のプロレタリア/サバルタン」以外には人権について語る資格がないという極論に至る。この論法の本質的な欠陥は、正義や人道について語る資格を厳密にすればするほど、正義や人道が棲息できる場所がこの世から失われてゆくという逆説にある。/けれども、歴史が教えているのは「すべての長期政権は必ず腐敗する」ということである。これに例外はない。/やがて独裁的権力者の周囲には、恥ずかしげもなくお追従を言う者たちだけが残り、直諌するひとは残らず立ち去るか、排除されるかして姿を消すのである。長期政権の没落を呼び込むのは為政者自身の無能や失政ではない。彼を喜ばせる以外に取り立てて能力のない人たちがいつの間にか統治機構の中枢ポストを占有することがもたらすのである。/権力とは平たく言えば「いかなる理不尽を働いても罰されない立場にいること」である。問題を起こした政治家たちはここしばらく身近に「権力」の匂いを嗅いだ。そして、どこまでの理不尽や横暴が自分にも許されるのか、その限度を試みたくなったのである。/「それでも処罰されない」という事実が、それだけの権力が自分にはあることを確信させてくれるのだ。子どもが親の愛情を確かめるために「どこで怒り始めるか」の限界を試したり、DV夫が妻の忍耐を自分への愛情表現と解釈したりするのと同一の心理規制である。/内閣を支持する人たちの支持理由の第一は「代わる人がいない」というものです。「一強体制を覆す対抗馬が出ないような精密な仕組みを作った政治力を評価する」というふうに読み替えれば、それなりに合理的な解なのかも知れません。/人間はひとりひとり特異な個性と才能に恵まれている。それを生かして「余人を以って代え難い」タスクを引き受けることが人しての生き甲斐じゃないかということです。/全員が「他の人ができないことができる」ようにばらけている集団では、たしかにメンバーの格付けはむずかしい(というか不可能)でしょう。ですから、集団内部的な格付けを容易にするために成員を規格化することにつよく反対します。集団が弱くなるからです。でも、僕のように考える人は今の日本では圧倒的な少数意見です。ほとんどの人は「誰でもできることを他の人よりうまくできる」という相対的な優劣の競争で上位にランクされることに熱中している。んんん難しい。
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発刊から数年経ち、時事としてはちょっと古い話題ではあるものの内容に関しては全く遜色ないばかりか、今の政治や世事の状況を鑑みつつ読めば発見や自分では思いもつかない見識が満載です。
私には目からウロコの見識がたくさんありました。
先生の、「未来に対する仮説を立てて検分する」という世の中に対するあり方は私たちに、もっと広く物事を見よ、考えよ、本当のありかを見極め嘘や誤魔化しを見抜けよ、と訴えているかのようと感じました。
たとえ仮説が外れたとしてもそれは問題ではなくて、そういう風に物事を関心を持ってみる姿勢がなくてはならないという啓発だと。
流されてばかりではあかんですね。何が出来る出来ないの前にきちんと考えて判断するアタマをまず自分で作らなくては。
今のような空気感の世の中では「正常性バイアス」を解除できるかどうかというのも大変大切なことですね。
これから読んでもためになること満載な一冊です。
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89前思春期、別名チャム世代、自分にも当てはまってびっくり。
あとがきより
競争社会では、誰でも可能なことを周りよりも上手にできる人が評価されるのである。
僕は嫌だけどね。
247長期政権が必ず腐敗する理由を説明できますか?
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成長しない社会を生き延びる術、金ではなくどうすれば人間らしく生きられるか?その手立てを人々は直感的に日本の豊かな山河に求めた。
頭で考える幻想は節度がなく無限、身体には節度があり、身体を優先させる人間は、戦争を始めたり、宗教やイデオロギーに目を血走らせたりしない。
衰退の特徴は単純になり、成長するものは変化し複雑になる。