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電子書籍
漱石が聴いたベートーヴェン 音楽に魅せられた文豪たち
著者 著:瀧井敬子
ドイツ留学中にオペラの世界に魅了された森鴎外は帰国後、日本での歌劇上演を夢み、幸田露伴は最初期の女流音楽家を妹に持っていた。夏目漱石はヴァイオリンを弾く弟子寺田寅彦に誘わ...
漱石が聴いたベートーヴェン 音楽に魅せられた文豪たち
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漱石が聴いたベートーヴェン 音楽に魅せられた文豪たち (中公新書)
商品説明
ドイツ留学中にオペラの世界に魅了された森鴎外は帰国後、日本での歌劇上演を夢み、幸田露伴は最初期の女流音楽家を妹に持っていた。夏目漱石はヴァイオリンを弾く弟子寺田寅彦に誘われて奏楽堂通いをし、永井荷風はニューヨークやパリで劇場三昧の日々……。本書は、怒濤のように流入する西洋文明・西洋文化と格闘した明治期の文学者たちが、クラシック音楽にどのようにかかわったかをいきいきと描くものである。
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「漱石が聴いたベートーヴェン」を読んで
2005/03/23 13:52
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:evergrn - この投稿者のレビュー一覧を見る
ヨーロッパの文明を取り入れて国を守ろうと必死に努力した先人達のお陰で、植民地化を免れた今の日本人としては、それらの苦労に感謝こそすれ批判できる立場ではないはずです。そのことは充分理解したうえで、付け刃(やいば)の西欧化が、音楽に限っていえば、如何にも表面的な変化しかもたらさなかったことを感じないわけにはいかないでしょう。特に音楽人口の底辺に当る部分については、小学唱歌の授業でさえ充分な水準に達していなかったと思われます。
今日では音程を外す人は殆んど見かけなくなりましたね。こうなるのに約一世紀半かかったことになります。
ところで、「漱石が・・」を読むと文豪達が魅かれたのは、実は言葉による表現や或いは声のイメージによって補強された音楽が中心であったことが分かります。そこにはバッハのオルガン曲のもつ重厚な和声と様式美によってもたらされる陶酔感のような世界は、ごく一部の例外を除いてあまり見られないようです。
音楽はその初めから言葉と結びついていましたが、必ずしも一体化していたわけではないようです。そうした中で多くの人々に音楽の価値を認めさせる近道の一つに、言葉やその他の表現手段との結びつきによって総合的なパフォーマンスを提示する道があります。オペラ、ミュージカル、バレー、映画などのようにです。音楽に対する感受性が人によって大いに異なるのは当然ですが、こうした方法に訴えれば、そのギャップを埋めて多くの人の共感を得られます。今日クラシック音楽の世界ではオペラの人気が高く、高額の入場券がすぐに売り切れる状況はこうしたことを裏付けています。
私達が音楽を聴いて心を動かされるためには、その音楽が持つ語法に聞き手の精神がマッチしなければなりません。言い換えると聞き手の音楽的な経験が、その音楽の語法を包含していなければならないでしょう。音楽的な経験というものは、日々の生活環境の中で繰り返される、音楽的な出来事の積み重ねから生まれます。
もし,明治の文豪達が初めて西洋の音楽に触れたときの心の動きを知ることができたら、大変興味ある結果が得られたことでしょう。森鴎外のように本場で頻繁にオペラを観た人たちの場合でも、それまでの音楽体験から考えると、音楽自体からどれほどの感動を得られたかはかなり疑問だと思います。彼らはまさにロマン派の円熟期に西洋音楽に接したのですが・・・。これは想像に過ぎませんが、彼らは音楽を伴った演劇や詩に感銘を受けたのだろうと考えます。
ところで過去に、音楽の力は宗教や権力やプロテストのために使われてきました。その感化力は恐るべきものがあります。でも私達は人から音楽を与えられるのではなく、音楽から自分が力を得て周りの人のためにそれを使うことが、どんなに素晴らしいことであるかをもう一度考えてみたいものです。今もし西洋の音楽に見習うことがあるとすれば、それは皆が自分から音楽に参加するということでしょう。歌うことや弾くことに加えて創ることまで、一人一人が自然に参加できるような雰囲気や仕組みをつくりたいものです。そうして初めて明治の先人達の挑戦が実を結ぶことになるのではないでしょうか。
この本は、地味ながら実に考えさせられる所の多い、示唆と含蓄のある労作です。