こうだったのか臨済宗
2021/02/06 08:01
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投稿者:象太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
寺社勢力とは単なる宗教団体ではありません。寺社は仏教留学僧が作った支那とのコネクションを生かして貿易業に精を出す巨大商社であり、広大な荘園を所有する不動産オーナーであり、土倉や酒屋といった町の金融業者に資金を供給する中央銀行でした。(中略)五山は金融と会計のプロフェッショナル集団「東班衆」を抱え、 幕府と結託して比叡山と張り合いました。(本書より)
臨済宗がなぜ発展したのか、この記述に出会ってようやく理解した。高校の日本史の教科書では「禅宗のきびしい修行が武士の気風にあっていた」などと書かれているが、今一つピンと来なかった。仏教勢力の歴史は、経済面から説明した方が理解が圧倒的に速い。
上念さんは話の方が面白い
2019/07/10 04:19
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投稿者:葉隠 - この投稿者のレビュー一覧を見る
上念さんはお話の方がずっと面白い。
文章はちょっと分かりにくくて、そんなに上手ではないと思いました。すみません。
トークで魅せる人ですよね。
でも、教科書が触れてこなかった経済に注目した着眼点は良かったです。
人間の世界は経済活動で動いているのに、教科書やメディアは思想や宗教を主点に置いていて、本質を見誤らせます。
たくさんの人に読んでもらえるといいですね。
後輩の分際でこういうこと言うのもおこがましいですが
2020/08/04 18:02
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投稿者:In - この投稿者のレビュー一覧を見る
ネタバレあるかも?
段落丸々の引用が割合多く、元の本読んだ方がいいじゃんと思ってしまった。正直、日本の歴史を学びたい人は引用元の今谷先生とかの本を読んだほうがいいと思う。
本題となる歴史を経済で読み解くという観点は銅銭や米価の件に関して面白いと思った。 これは自分の問題であり、本に問題があるというわけではないが、引用元をURLにされると読む気がなくなってしまう。
また、倉山先生が室町時代に明るいということはよく知っているが、倉山先生を知らない人からしたら、憲政史の方なので、論拠としては不十分な記述としてとらえられてしまうのではないかと思った。又引きの方が適切かと。
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投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
古来より力を持っていた寺社の力の根源が「経済」である という話に妙に納得してしまった。宗教 信心を表に出して活動されると、当時の人々には反論できなかったのだろうな と感じてしまった。しかし経済政策の観点から見ると 自前の貨幣を持たない というレベルで論外といえる。この巻は「経済」の視点から見ると 見るべきものはない とも言える。
更に謎が深まった
2020/12/30 21:09
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投稿者:FA - この投稿者のレビュー一覧を見る
室町時代は日本で銭貨が鋳造されず、中国からの貿易の見返りによって中国銭=明銭を輸入するのが唯一の貨幣発行の方法であった。
それでは経済政策なんてあったもんじゃないと思うけど、そんな発想もなかっただろうから、それでよかったのだろう。
楽市楽座は信長のオリジナルであるかのように書かれていますが、当時それほど画期的だったかどうかかなり疑わしいのだそうだ。足利義昭が京を追われて、全く実力が伴わないのに「武家の棟梁」を名乗り続けて鞆の浦に落ち延びるまで2年7か月の空白があったり。つまり、室町時代はわからないことが多い。試験にも出ないから勉強もしないし、そもそも教科書にも詳しく書かれていない。たぶん、学者も”苦手分野”なのだろう。
作者が経済で読み解いたこの時代は、更に謎が深まった。
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経済の掟から歴史を豊かに描く。その独自の視点は卓見と呼ぶに相応しいと思う。
ただ、第1巻の後半は歴史叙述が多過ぎる感が否めない。もちろん諸々のフリなんだろうけど、もっと独自の視点で歴史学に負けずに斬り込んでもらった方が面白いと思った。
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歴史バラエティ
物事は単純
経済理論を単純化して考えてみると
過去のアレコレが腑に落ちるのが本書
寺社が鎌倉・室町でどのような存在だったのか改めて教えてくれる一書です
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非常に面白かったです。
今まで教科書や他の歴史書に書いてない内容で、衝撃を受けました。
人間は少しでも豊かに暮らしたいし、価値のあるものを持とうとする。
不満が溜まれば爆発するし、力を持てば暴走する。
戦い続ければ力を失い没落し、上手くバランスを取ったものが力を持つ。
経済から歴史をもっと近く感じることが出来ました。
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呉座勇一著『応仁の乱』と同時進行で本書を読む。歴史を経済学の視点から見ることの有益性を実感。国家を安堵する目的で輸入された仏教。しかし、先進国である中国・朝鮮へ仏教を学ぶと同時に、先進技術・物品の交易に関わり、宗教団体が経済マフィアにも喩えられるほど力を持っていったことも納得。比叡山延暦寺に僧兵がいることも、違和感なく受け入れられた。少し行き過ぎた著者の推論があるものの、学校の歴史教科書には欠落している考え方が面白い。
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友人から勧められて読んだ。貨幣量、経済的背景から歴史を見るという視線が斬新。メディアに登場する著者は行儀が悪いので、トンデモ本かと思ったが意外に面白い。続きも読みたい。
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上念氏の本は以前から読んでいたのですが、最近ネットにて「経済で読み解く日本史」のシリーズとして全5巻セットが文庫本で出ていることを知りました。文庫本なので持ち運びがしやすく、どこででも読めて助かります。
第三冊目は、室町・戦国時代①です~
以下は気になったポイントです。
・どんなに強い政治権力を持つ者でも逆らえない掟がある、それが「経済の掟」例としては、お金をたくさん刷れば必ずインフレが起きる、お金の量が減ればデフレになる、デフレになるときには自国通貨高になる、である(p3)
・政治権力の不安定化の根本原因は、まさにデフレであり、これを解決しない限り政権の安定は無かった、室町時代の戦乱が続いた理由として、天候不順による飢饉の頻発・武士(守護)による連合政権で不安定だった、以外にも、経済的な理由(デフレ)による(p7)
・本当の貨幣と言えるレベルの国産のお金が登場するのは、天正16年(1588)の天正菱大判から、流通という観点からであれば、慶長6年(1601)からの慶長小判である(p29)
・米との交換レート、鎌倉時代においては、支那では、銅銭1貫文(1000文)当たり、コメ0.5石、日本では1貫文=1石という固定レートを採用していた。(p32)
・国産貨幣を発行しなかったので、実体経済の発達に比べていつも貨幣が不足気味、そのため銅銭の価値を7倍くらいにしないと国内のモノとお金のバランスが取れなかった。つまり、中世の日本はモノより輸入される銅銭のほうがずっと貴重であった、モノよりもお金を尊ぶ、デフレ期待を抱いていた(p34)
・支那との交易は邪馬台国の時代からあったが、銭貨の流入という点で考えると、平安時代末期の「日宋貿易」あたりからが妥当。元寇など政府間では対立はあったが、民間貿易が途絶えることは無かった、この時、すでに明朝の銅銭は基軸通貨であった(p35、39)
・室町時代は銭貨を輸入して、銅銭1枚1文という固定ルートを採用していた、また銭貨の輸入は自由だったので資本取引は自由なので、金融政策の自由を失っていた(p56)
・鎌倉、室町を通じて、比叡山延暦寺(天台宗)の巨大権門に立ち向かったのが、五山(臨済宗:1195年に聖福寺が日本最初の禅寺として開山)、本願寺(浄土真宗本願寺派)や日蓮宗も新興勢力であった(p88)
・箱崎宮は国営港湾(朝廷直轄の貿易拠点)、博多津は民営港湾(平清盛、新興貴族の拠点)であり、民営の方が栄えた。(p96)
・現在の使用価値で1貫が10-20万円であるとすると、日栄貿易(10隻)1回分の貿易で、80-160億円の大金を積んでいた、当時のGDP(724億円)を考慮すると凄いお金(p100,101)
・当初は藤原家の領地だった大和国は、いつの間にか興福寺の荘園になってしまった、鎌倉・室町時代を通して幕府は守護を置けなかった(p107)
・鎌倉幕府の発展と臨済宗(五山)の発展は車の両輪、平安時代における藤原氏と興福寺の関係と全く同じ(p110)
・鎌倉時代、室町時代にたびたび借金を帳消しにする「徳政���」が発布されたが、その理由はまさに気候変動による農業被害が原因であった(p115)
・五山に限らず当時の寺社では、宗教活動をメインにする禅僧集団を「西班」、寺社の経理・財務・荘園経営をメインにする集団を「東班」と呼んでいた(p127)
・貨幣不足の室町時代に唯一の貨幣増加手段である支那との交易を止めてしまったので、デフレとなる。日明貿易が再開される1432年までの21年間はデフレ続き(p147)
・応仁の乱の勝ち組は、細川氏(堺商人)と大内氏(博多商人)であった、本国で内紛のあった四職家(山名、一色、赤松、京極)とは異なる(p163)
・比叡山を焼いた男としては、細川正元(1493)は、足利義教に続いて二人目であった(p178)
・本願寺は、比叡山や五山と異なり、荘園を持たずに信徒からの喜捨によって資金を集めていた、年貢を取るのでもなく関所からの通行税もなく、経済成長に合わせた寄付金による画期的システムであった(p190)
・三好長慶と将軍家は1552年に和解したが翌年に決裂し、長慶が、淡路・讃岐・和泉・丹波・山城など、畿内の主要地域を終わ目る天下人になった(p220)
2019年11月17日作成
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面白かった。
あとがきに書かれている様に学校で教えられる歴史では経済的側面があまり説明されておらず、歴史的事件のそれぞれの当事者に関わる経済的インセンティブを意識することが少ない。しかし例えば比叡山延暦寺を単なる宗教団体と捉えると後に織田信長に焼討ちされる意味が分かりづらいけど、宗教団体が国内外の貿易交易を担っていて財力を蓄えていてそれを守りさらに広げていくための軍事力を当然のように必要とした、と考えると社会の中での立ち位置が途端にわかりやすくなる。さらに様々な関係者を利用し利用されて、と言った権謀作術もそれぞれの持つ機能や能力を見通すとわかりやすくなる。自分の無知も含めて色々と腑におちることが多かった。
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3/24再読
鎌倉から室町時代にかけて、日本の金融を牛耳っていたのは信仰寺社勢力だった!
歴史の教科書は事実の連続でしかなくて、その裏で人の欲望がウネウネと渦巻いている。禅宗もその一つ。現代では心を取り戻す仏教の一つとされているが、室町時代は幕府を支えるパートナーであり、金融機関であり、商社であり、投資家であった。日本の経済をコントロールしていたのは、寺社勢力。そして、この既得権益をぶち壊したのが信長だった。
今も昔も、政治家とお金を持つ人のズブズブの関係は変わらないな〜
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読みやすく面白かった。ただ、歴史を経済の視点で見る。つまりタイトルとは逆の内容。いつの時代もベースは同じなのだな。歴史からの学びを現代に活かしたいものだ。滋賀の田舎にはこれでもかというくらい寺社があるが、その理由も少し分かった。大手企業のチェーン店。なんでもできる今のコンビニみたい。また筆者の意見には偏りがあることを理解して。。。
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学校で学ぶ機会が少ない歴史の『意図』の部分を埋めるのによい本。当時の政治基盤を支えたのは、現代で言うところの巨大商社であり、日銀であり、金融組織であり、軍事力(これは主に応仁の乱以降だが)であった寺社の勢力。寺社の発展が幕府の財政基盤を満たし持ちつ持たれつの関係が構成された。また時代によって、その主役が奈良仏教→浄土系→日蓮系と様々な史略とともに淘汰され、移り変わっていく様がおもしろい。ただ、経済で読み解くと謳っている割には時代的な統計が少ないため、具体的な理解は同著者の他シリーズほど及ばないかと思う。あくまで、歴史の勉強として重視。