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不思議な小説だなあと思いながら、ぐいぐい引き込まれてしまった。ところどころのグロテスクな描写やエピソードに「こういう風に表現する必然性はあるのか?」と首を傾げながら読み、印象的なエピソードにも「これがどんな風に発展していくのか?」と気にしたりしていたけれど、本書の紹介文の「ゴシック」という表現に納得。
別に必然性もないけれど、そういうものなんだと。とにかく、全体を貫く印象は「不穏」。
すっきりとした解決はないけれど、この雰囲気を楽しむ小説なのだと理解した。
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あまりの面白さに2日にかけて朝と夜に本を手放せないほどだった。読了直後の興奮状態で書いているので多少熱が入りすぎているかもしれない(後で校正するかも)。何と言ったらいいんだろう。不思議な面白さ。訳者の柴田元幸さんが好きだとおっしゃるのがわかる不思議な魅力。ミステリのような、ファンタジーのような、ホラーのような、いろんな要素がないまぜになって、現実と異世界を行きかうように話が進む、何とも不思議な雰囲気を持った作風。読み通してはじめてわかる味かもしれない。タイトルは「雲」と何ともシンプル。もし映画化されたら配給会社が陳腐な説明をつけそう-青春時代の傷を抱えて世界を回ってきた男はやがて不思議な出会いから過去の謎へと導かれる-といったところか。実際物語の軸は主人公ハリー・スティーンの人生で、親も孤児、本人も天涯孤独の身から、知り合う人に次々と導かれるようにスコットランドからアフリカ、南米へと巡り、カナダへとたどり着く。そこ模様のように出てくると感じたのは本、家族(男女、親と子(どの家族もなぜか親を名前で呼ぶ)、子どもたち)関係といった要素。スコットランドでの生活が鵜っともやがかかったような幻想的な描かれ方なのに対し、アフリカ、南米、ディジーの島で起こる出来事は明るくも恐ろしい。その幻想の対比が面白い。そしてカナダでの生活には地に足がついた現実感があるが、それでも妻や子をめぐる地震の思いが影のように刺している。それらに比して第四部の青春時代の辛い出来事の真相と現在に続く事実の部分は思ったよりカラッとしている感じである。それだけにエピローグが効いてくる。
本の作りが素敵。カバー絵も、所々挟まれる本の表示絵や表札、そして手紙や挿入された書物の活字などデザインがすべて素敵。稀覯本ではないけど本書も本として持っていたい一冊。
もしかして気づかない謎が隠されているかもしれない。折を見て読み返したい。またマコーマックの他の作品も読んでみたい。
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『ひょっとしたら、一見ごく取るに足らない要素 ― 聞き間違えた一言、誤った想定、無理もない計算違い ― こそ実は、物事の連鎖における何より強力な環なのかもしれないのだ』―『学芸員いま一度』
旅先の鄙びた古本屋で目に留まる一冊の古書。物語がそのように始まると、ついウンベルト・エーコの小説を思い浮かべてしまう。だがしかし、この物語はエーコが好んで描いた劇中劇のような形式に素直に嵌まることはない。スコットランドでかつて観測されたという「黒曜石雲」にまつわる記録は十分に摩訶不思議な物語を展開しそうだというのに。
一人称の主人公の語りは、古書の周りを回りながら自らの来し方を辿り、如何にして自身をメキシコの古書店に赴かせしめたかを説明する。その物語がやがて古書に書き残された物語と交差し、荒唐無稽とも思われる古い記録の謎が解き明かされる為の必要不可欠な過程なのだと思わせるかのように、語りの接ぎ穂は常に古書へと戻ってゆく。過去の一つひとつのエピソードは、主人公の抱える心の重荷の秘密に迫りながら、何も解決されぬままその重さを増すばかり。どこかで古書との繋がりが明かされるのではないか、それを切っ掛けに何かが解決されるのではないかと思いながら読み進めるのだが、古書の謎の解明は遅々として進まない。次のエピソードこそとの期待感だけが膨らみ続ける。
しかし、読み手の期待はゆっくりと少しずつ裏切られる。そして控え目な語り手こそが、実は波乱万丈の物語の主人公であったのだと結論せざるを得なくなる。作家エリック・マコーマックの巧みな誘導の術中にすっかりと陥ったのだ。解明されるべきことは解明されたとはいえ、主人公の軛が解かれた訳ではなく、ただ物事の連鎖というものが、偶然とも見える人知を超えた因果によって織りなされていくものだということを知るのみ。不思議な感慨が残る。
翻訳の柴田元幸によれば、マコーマックは幻想小説を主にものにする作家とのことで、確かに本編全般にその雰囲気はある。一方で、エピローグに至るまでの長い長い問わず語りの自叙伝は、歩んできた道程で遭遇した不思議な出来事を、淡々と受け止める人生論のようでもある。人生というものには、はっきりとした自覚できる序章もなければ、集大成を伴って迎える大団円もない、と主人公が、つまりは作家が、捉えているようであることが、どことなく不気味に響く幕切れの言葉からも読み取れるようでもある。
『といっても、誰かに意見を求める気はない。いつも思うのだが、自分一人の胸にとどめておいた方がいい事柄もこの世にはあるのだ』―『エピローグ』
何気ない心情の吐露が誰かにとっての因果を生み出すとも限らないのだから。
ところで黒曜石は英語で「Obsidian」という。その言葉の響きが草野心平のとある詩を想起する。マコーマックが描き出した不思議な黒曜石雲の心象風景は、その草野心平の詩と不思議と呼応するように見える。
『
黒燿石(オブシディアン)ノ微塵ノヨウニ。
キシム氷ノ黒イ。
海。
黙(モダ)スハ岩礁。
時間ノ中ニ頭ヲ抱ヘ。
満満ミチル無数ノ零ノ。
黒ガラス。
天。
』―『風景』
スコットランド、エアシャー(Ayrshire)から望む荒涼とした波立つ大西洋の風景と草野心平が見た海景の繋がり。それを詩人が「黒曜石の微塵」と例え、更に天の模様と対比させる。偶然の繋がりが、ここにもまた。
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グラスゴー近郊のスラム「トールゲート」で育った主人公ハリーの魂の遍歴の物語であり愛を渇望し目の前にあることに気づけなかった物語である.メキシコの田舎町の古書店で出会った一冊の古書「黒曜石雲」から糸が解けて大いなる大河のような物語が始まる.スコットランド,ダンケアンでのゴシックホラーのような味わい,アフリカでの冒険小説のような雰囲気,カナダでのサクセスストーリー的な展開や家族への複雑な愛といった盛りだくさんな内容で,しかも本にまつわる謎も含めて,読み応えのある骨太の小説だった.表紙の絵もどこか不安な荒涼としたこの本にぴったりだ.
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怪奇と幻想が交錯する、ゴシック小説のような赴きのある作品でした。
物語の語り手であるハリーは、数々の不思議な経験や恐ろしい体験をしています。しかし本当の恐怖は、ごく穏やかな日常の中に潜んでいるのかもしれないと思えるところが、一番怖かったです。
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メキシコの古本屋で見かけた古書「黒曜石雲」。それはスコットランドのダンケアン町に起きた不思議な気象状況に関する記述だった。
ダンケアン。その名前に私の心は乱れる。それはまだ若かった頃の私が数ヶ月の間滞在し、情熱的な恋をして、そして酷く破れて去った炭鉱の町だった。
ここから物語は、ハリー・ステーンという名前の”私”の人生の回想となる。
ハリーは世界を回る生活だった。
生まれたのはスコットランドの工場町のトールゲートというスラムだった。大学を出て教師になるために訪れたのがダンケアン、恋に敗れてどこかへ行こうと船乗りとして海に出る。しばらくアフリカに滞在して、カナダに家を持つが仕事でまた世界を回る。
ハリーの人生は相当波乱万丈で、突然の別れに襲われたり猟奇的なものを見たり倫理的に問題のある問題を突きつけられたりするのだが、本書における語り口が淡々としていてどこか他人事ですらある。
書かれている伝承や、実際に経験したことも、なかなかグロテスク。出産で妻が死ぬと産まれた赤子を殺し自殺した夫、突然目玉が飛び出し大量に出血して死んだ子どもたち、不発弾が爆発して人を飲み込み崩れた長屋、女の母乳しか飲んではいけないシャーマン、アフリカの種族同士の争いで切り刻まれつなぎ合わされた死体、超常的な力を得た人たちに対する脳実験、互いに性行為も語り合う父と娘の深すぎる信頼関係、冷静な時は三人称で妄想に囚われている時は一人称になる物書き。
そうしてハリーが語る半生は、メキシコで「黒曜石雲」を手に入れたところまで追いつく。
「黒曜石雲」に書かれた不可思議な雲の現象は本当に合ったことなのか?そしてついにずっと避けてきたスコットランドを訪ねることにする。
ハリーの人生には突然の別れがあり、聞きたかったが聞けなかったことがあり、そして常に自分の人生に落ち着けなかった。
愛する人はなぜ自分を裏切ったのか?愛する人達は自分に突然訪れた死をどのように迎えたのか、親しい友人はその後無事に生きているのか、今彼らがいたらなんというのか…。
それらを少しでもわかるためにハリーはスコットランドへと向かう。そしてハリーに示される、新たな不安と、素晴らしい希望と、そしてそれらをも足元から揺るがすような悪い予感…。
自分の人生の謎、残酷で矛盾に溢れ怪奇に満ちたこの世界、だが自分の謎に向かい合おうとするのなら、不穏な先行きであってもそれは人生の旅なのだろう。
<いつも思うのだが、自分ひとりの胸にとどめておいたほうがいい事柄もこの世にはあるのだ。P453>
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今までに邦訳されている3作品を実はかつて読んでいるんだけれど、正直イマイチ入り込めなかったんだよね。
ところが今回のこれは! 面白かったです。
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マコーマック「雲」http://tsogen.co.jp/np/isbn/9784488016746 読んだ。おもしろかった。ある男の奇妙な一生と人間関係、と言うと単純だけど纏わりつく死とか繰り返し現れる眼窩を貫くエピソードのせいで不穏さがすごい。ちょっと寓話感があるのにファンタジー色は弱いという不思議な本。久々に物語世界に浸った(おわり
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一言、不思議な本だった。
主人公の若い頃の回想から現代まで、一緒に人生を追体験した感覚で、読み終えた後は長い旅を終えたような感覚になった。
ストーリーに関係無さそうなもの含め、不気味でグロテスク、たまに官能的なエピソードがこれでもか、これでもか、とてんこ盛り。でも何故か読む手が止まらない。古本の出会いが自分の過去の事実に誘う、、というロマンチックそうな触れ込みをそのまま信じてはいけない。簡単に言うとスラム街で生まれた男性のサクセスストーリーなのだけど、そうは感じさせてくれない。
決して明るく無い。色調でいうと、グレーのベースに、深いグリーンやブルーが油絵のように重ねられていく感じ。
ハンセン病と思われる男性フロントマンの鼻カバーの形容とか要るかな?でも、これも小説全体の色調を整えるために必要かと思うと腑に落ちる。
その分、真っ青なワンピース、とか、真っ白な猫、など明るい色味で形容されてるものが自然の脳内の視覚に焼き付く。
やっぱりこの本のテーマは愛、なのかなぁ。男女もだけど親子愛も。最後は期待に漏れず、不穏な前触れを感じさせ、ぞっとして終わった。怖すぎる。
最後、主人公が黒曜石雲の著者に感情移入して、学芸員の姿勢に怒りを覚える場面は印象的。
改めて思うと、ストーリーは捉え所がなく、やはり一枚の絵画を鑑賞したような感覚だなぁ。ひと握りの純粋で綺麗な存在を知覚するには、その何十倍もの不気味で奇怪で不条理な背景が必要なのかも。
クセになりそうな作家さんだった。
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様々なジャンルをクロスオーバーしている長編。
じわじわと現実が侵食されるような雰囲気が良かった。何かの機会にまた読み返したい。
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これは色んな面白さが詰まった物語だった!!古書店で見つけた「黒曜石雲」という不思議な雲についての本。そこに記された「ダンケアン」という地名は若い頃、苦い経験をした地だった。そこから物語は彼の半生へ。両親を悲劇的な事故で失い、大学を出て職を得たダンケアンでのミリアムへの情熱的な恋、そして裏切り。失意のままアフリカ行きの船に乗り込み、流されるまま世界を巡る。各地で運命を左右する人々に出会い、心揺さぶる経験をしてきた。結婚し、子供も得た今「黒曜石雲」の謎を追ううち、懐かしい人と再会し、衝撃の真実を知る。不気味なゾクリとさせる不意打ちのラストがなんとも言えない印象を残す。
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「パラダイス・モーテル」では風呂敷を広げるだけ広げて「これちゃんと畳める?」とこちらがワクワクと不安でいっぱいになったところで手その風呂敷を手品で消してしまい、こちらの胸にぽっかり穴を開けて茫然とさせ(褒めてます)、「ミステリウム」では一度きれいに畳んで見せた風呂敷を残りページも少ないのにもう一度クシャクシャにしてから畳み直すと言う荒技で読むものを呆れさせた(褒めてます)マコーマック、ちゃんとお話畳めるやん!!何なら四角やなくて綺麗な花になってるやん、くらいの大団円。いやはや、やるやんマコーマック。
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面白いかどうかというとすごく面白く読めるんだけど、振り返って作品としてどうかというと疑問符が付くという、やや奇妙な手触り。柴田さんはこういう小説が好きなのか、ふむふむ。稀覯本の中身に始まり人体実験まで、奇想が投げ出されて特にオチがない一方で、いくらなんでも初恋を引きずりすぎでメロドラマなオチに持っていく、柴田さんもいう「緩さ」がある。
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『黒曜石雲』なる謎の書物との遭遇を発端にして語られる一人の男の魂の遍歴。
書物とは時間の雲の下に何層にも重ねられて閉ざされている空間であるから、その扉を開けることはその向こうにある墓に参ること。葬られている何かの幽霊を見ること。
今までの人生を振り返るとき、現実には起こらなかったあらゆる行為、あらゆる不安と期待と快楽が、為されなかった行為のために拡大された虚しい時間を呼び戻すと同時に、「私」の属している物語がかつて読んだことのある、或いは聞いたことのある無数の物語の反復であることに気づく。
すこぶる面白かった。
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エリマコはどれを読んでも面白いが、今回は「おいてけぼり度」「変態度」が低くて、自分的には肩すかし。じっくり読めるが、主人公がねー「自分がない」人間で、世話焼かれすぎ、流されすぎで、当然、何度もヤ○マンにひっかかるのよ。そのたんびに悲劇のヒロイン扱い、ク○ビ○チを聖女扱い、なんだこれ。○ッチとはそういう生き物。災害と一緒。かかわる方が駄目。多分皆さんには評判良さそうな本だけど、今までの「未完成な感じ」に惹かれてた自分には、ちょっと疲れる作品だった。「野生の王国」感はとても堪能した。