「虫屋」と「サル屋」という、人間を外から眺める視点が一致している養老孟子さん、山極寿一さんの対談
2020/07/21 14:10
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投稿者:ぴんさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「虫が見る世界とサルが見る世界をもう一度、眺め直してみたい」と述べて、「日本人はことさら人間中心の世界をつくってきたわけではなく、とりわけ虫をはじめ身近な動物たちに思いを寄せて、彼らのほうから眺める自然というものを心の中に入れてきた」と問題提起。「人間が生まれながらにして持つ感性のは生物としての倫理がある。それを大切にして、人間以外の自然とも感動を分かち合う生き方を求めていけば、崩壊の危機にある地球も、ディストピアに陥りかけている人類も救うことができる」という問題意識で、「虫屋」と「サル屋」という、人間を外から眺める視点が一致している養老孟子さん、山極寿一さんの対談を書籍化。「自然に対する感覚を失って、人間が機械的な反応しかできなくなったって気がするんです。」自然は人間が考えている以上に簡単に変わるし、人間が変えているということを、人間が知らない、と著者二人は指摘。自然の生物を通して人間の進化と自然との共生に関する変化について、「コミュニケーション」、「情報化」、「脳の進化(容量拡大)」、「日本人の情緒」という視点で、二人の学者から見た捉え方を解説、提唱する。
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投稿者:6EQUJ5 - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトルが示すとおり、解剖学者の養老氏と類人猿学者である山極氏の対談本。読みやすい一冊です。メインの対象は違えど、それぞれの細かな観察眼が感じられました。
人間の愚かさを気づかしてくれます
2020/12/09 08:37
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投稿者:オランマニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
子供の頃から昆虫や動物が大好きで、この本を読んで全てが納得。
動物園にて『動物たちは汚い』『虫は気持ち悪い』と言葉にしている方には、是非とも読んで頂きたい一冊です。
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人間を外から(自然側から)見てきたお二人が、現在の人間社会に対する危機感を話し合う。
なんでも情報化、均一化、工業化することによって、こぼれ落ちるなにかがあると。うまく言語化はできないが、人間に必要なものがそこにはあると。
情報に溢れる中、情報化された部分だけを鵜呑みにするのではなく、情報化されきれていない部分まで物事を見てみるよう意識して見たい。
少し抽象的で理解しにくいところがあった。
お二人とも知識経験豊富なため、行間で語り合っている部分が多々あったのかもしれない。
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まあ、2人ともだいたい知っている話が多かったかなあ。本当はコロナ以降の話が聞きたかったのだけれど、今回は仕方ないかなあ。それと、2人がだいたい同じ路線だから、なんか化学反応的に新しいアイデアが生まれるということもなかったような気がするなあ。自然にはひとつとしてまったく同じものはないのだ。それを、ことばにすることで、ひとくくりにしてしまう。それが情報になり、それで論理的にものが考えられるようになるのだろうが、ひとつひとつ違うということを感じられなくなってしまうんだな。倫理というのは論理ではないから、感じることができなくなるのは困ったことなのだ。うーん、なんか、分かったような、分からないような、どっちにも意味がとれるような文章が多かったからなあ。新井先生にしかられる。でも、倫理の話は松尾豊さんの番組でも話していて、けっこう興味深かった。で、養老先生が「中動態」とかことばを出したのでちょっと期待したのだけど、そのあと話は広がらなかった。「微気象」というのもちょっとキーワードとして出てきたなあ。おぼえておこう。それから、学習というのはようするに「自習」である、なんて言っていた。確かにそうなのだ。だけど、その自習するようにもっていくのが大変なんだなあ。それが、我々の仕事やな。
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一般教養として読むのももちろん楽しい1冊ではあるが、「教育」の視点から読み進めると、ハッと気付かされることがほんと多いなと痛感。
今の教育がいかに自然の摂理に反してるか、養老さんと山極さんは的確かつ痛快に断じてくれているので、私にとっては清々しい気持ちにさせてくれる内容だった。
やはり、経済界に動かされている今の日本の教育は不健全なんだなという確信を、またひとつ得ることができた。
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虫の専門家とゴリラの専門家の対談本。いかに人が自然を差し置いて自分勝手なモノの見方をしているかを考えさせられた。専門的な話を軸に、身近なテーマを幅広く扱っているため、とても読みやすく読み応えもある一冊であった。
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都市化がヒトから感性を失わせ、"意味のないもの"を許容できない社会をつくりだしているのではないか。
解剖学者と動物行動学者のかみ合ったり少しずれたりする対談が面白い。
昆虫の分布が構造線び影響を強く受けているというくだりが興味深かった。
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虫好きとゴリラ好きには共通点があるようで意外にないっていう話。
養老さんと山極さんと好きなお二人の対談というので期待し過ぎていたのか、表面的な話で終わってしまった感じがした。
水上交通をもっと重視するべきという話が面白かった。
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☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB31329351
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「虫(養老)とゴリラ(山極)」は分かりますが、このタイトルはチョットねって思いました。
人間の社会はこれでいいの?虫とゴリラの視点で人間のおごりに物申す。という内容の本です。
今まで山極寿一先生の著作は未読なので、養老先生との対談形式なら山極先生の知識や思想を知るのに良いかと思い読んでみました。
芸がないと感じた「虫とゴリラ」というタイトルですが、山極先生が「と」について語る場面がありました。
西洋の「a」and「b」は、 「a」か「a」ではない「b」であるが、日本の「a」と「b」は、その2つが同じ価値観を持って相互を了解し合える関係になるのだと。
この発言があったから、『虫「と」ゴリラ』というタイトルにしたのだと勝手に決めつけました。
このお二人の価値観はおそらく似ていて、対話を読んでいてもすべてを言わずとも分かり合えている感じがします。
もう少しやさしく(知識レベルと価値観が違う)読者にもわかるように説明して欲しい箇所もちょくちょくありました。
見方を変えると、この両者はお互いに新しい発見は見出しにくい間柄なのかも知れません。
お二人が広範で深い知識を得た背景には、身体を使った豊富な体験が基盤にあることが良く分かります。
情報の蓄積が進んだ現在、虫や植物は図鑑やインターネットで調べればすぐに見ることができます。
それではダメで、「虫捕り」や「植物採集」ができる場所に行かないと本当の自然を理解することはできないと力説しています。
自然の中では、嗅覚や触覚や聴覚など持ちうる全ての感覚を駆使しているのでインプットの質と量が違ってくるのは当然ですね。
ところが、人間は自然を壊し過ぎたと嘆いています。
技術が進歩し、できなかったことが「できるようになる」と人間はどんどん「やっちゃう」。
野山を切り崩し、ビルや道路などを作りすぎた。
その結果、昔はめったに出遭うことのなかったサル、シカ、イノシシが近年人前に現れるようになった。タヌキやクマも。
自然現象に法則性を求める試みが行われているが所詮無理であり、自然を情報化すること自体がそもそも間違いだと養老先生は言います。
「ここにある虫が飛んできた。何が起きますか?」って、わからない。
確かに、いくら科学が進歩しても宇宙や地球や自然については分らないことだらけです。
例えば、一本の木があって、枝がどのように伸びて、葉がどのように茂るかということすら永遠に分かりそうにありません。
本対談の後半部では、虫やゴリラから離れて人間の愚かさを憂いています。
未来の社会にとって大切なことは、安心を保証することですが、現在はそれが大きく崩れています。
技術の進歩は安全を作ることができますが、その安全を安心にできるのは人です。
ところが、現代は人への信頼が揺らいでいます。
本来信頼を作るためのコミュニケーションが信頼を壊す作用を持つようになってきたからです。
政治でもビジネスでもフェイクが流行り、信頼が破壊されています。
人を判断する時は、結局言うことじゃなくて、やっていることで判断することになります。
言ったことはやらないで、反省するそぶりもない人を信頼し将来を託すことはできないですから。
安心に対する保証が感じにくいのは、自然への信頼が揺らいでいるせいでもあろうというのは本書らしい意見ですね。
自然とも感動を分かち合う生き方を求めていけば、崩壊の危機にある地球を救うことができるというのも同感です。
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解剖学者の養老孟司さんと、霊長類学者の山極寿一さんによる対談を収録した一冊。虫とゴリラの目で日本の未来を語った作品で、養老さんは虫、山際さんはサルやゴリラをたとえに使って、最新のビッグデータやAI・SNSなどについても語られる(2人とも研究対象が異なるのに、不思議と会話が噛み合っていたのが凄い…)。社会学・歴史・生物学からITまで幅広く語られる「知」の宝庫の2人の対談は、読むだけで勉強になる。
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養老先生は虫を観察して人間を考える。
山極先生はゴリラとともに体感し人間を考える。
地球上にいる生命の祖先はどのように生きたか、何億年単位で生命の先輩たちを調べたお二人が情報共有しながら、人間の立ち位置を整理した内容でした。
江戸時代にマタギによって根絶やしにされたサルの話しや、洗剤による鎌倉の川の汚染では下水道を整備して水がキレイになったら、元々居なかったフナを放流した話しなど、今の時代では信じ難い問題がなかったかのような日本なんですね。
日本文化は述語的な文化、西洋文化は主語的な文化。日本特有の生き方も考えさせられます。
ひとつ気になるのが、車社会は環境に良くないまではいいのですが、その代わりに水上交通と上空交通の提案は、結局、海の環境も空の環境も良くないのでは?と思いました。でもたくさん研究されてきた生き物については参考になりました。
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お二人とも大学で教育に携わっていらっしゃったフィールドワーカーなので、やっぱり、教育に関する言葉がズシズシ響く。
以外、一部引用。
--心地よいものばかり求めていったら、ダメになると思います。……AIが分析したら、心地のいいものばかりつくる可能性がありますよね。(山極先生)
--今のような環境に子どもを放り込んじゃうと……ようするにもう、「受け付けない人」ができちゃう。(養老先生)
--学校って、何かを教わる場所だと、皆さん思っていませんかね。学習というのはようするに「自習」なんですよ。……自分が学ぶ以外に、学びはないんです。(養老先生)
--学習というのは「自習」と「対話」だと思います。(山極先生)
人間教育の鍵は、幼児期と思春期にある、とのこと。もっと早く読んどけばよかった……
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2021/02読了。山極先生と養老孟司先生の対談。虫とゴリラというタイトル通り、昆虫やゴリラ、自然と現代社会をはじめ、情報化社会、五感など縦横な議論を展開。