すばらしい新世界
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今の日本がもう一度考えるべきテーマも隠されているのでは?
2011/03/16 08:37
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:チヒロ - この投稿者のレビュー一覧を見る
10年前に、新聞に1年間掲載されたもので、かなりの長編です。
飛行機を3回も乗りかえ、その後は馬に乗って空気の薄さに慣れるために何日もかけてたどりつく、ヒマラヤの奥地が舞台。
そこで貧しく慎ましく生きる人々には丘の上まで続く田畑に水を送る術がありません。
貯水池まで水を送るポンプを動かすエネルギーさえあれば・・
暖房もままならない村人たちは山の木を切り、村外からも木を伐採に押しかけ、
その結果、木々の無くなった高地に降った水が集まって流れ、下流のインド、バングラデシュなどで洪水を招く。
コストもメンテナンスの手間も極力抑えた小さな風力発電機が必要でした。
風力発電の技師である主人公・天野林太郎はヒマラヤへ向かいます。
これは、最初は秘境の地での風力発電から始まるエコを主題とした作品かと思いきや、
次々と、章を追うごとにその冒頭で作者がテーマを導き出す。
途上国でのボランティアとは。
国際社会の在り方とは。
エネルギーの将来は。
親子・夫婦の在り方とは。
そして日本と外国での宗教の在り方、感じ方とは。
ヒマラヤでの穏やかな時間の中で、林太郎はその問いの答えを探します。
先進国から途上国へ、分不相応な最新設備が寄付されても、
彼らの生活に根付いていなければ、壊れて朽ち果てるだけ。
ボランティアや援助は、現地の住民みずから考え作り動いていけるものでないと意味が無いのだということ。
科学が進んでいることが必ずしも幸せというわけではないということ。
林太郎は、そこでめぐらせた考えや気持ちを毎晩日本の妻にメールで送り話し合います。
そして妻からは、かなり的確な意見やアドバイスが返ってくる。
日本を離れて、家族を離れて、初めてその存在を思う。
そして見知らぬ土地、しかも日本とは正反対の文化を肌で感じて、
その両方を俯瞰した位置で考えることが出来る。
そこは単身ヒマラヤにやってきた彼の息子にとっても限りない新世界でもありました。
「新世界」というのは、もちろん見知らぬ土地と文化をさしつつ、
それを体感した人間が見出す、新たな自分自身かもしれない。
この作品を読んだ人が林太郎らの視線を借りて、今の日本の抱えるエネルギーを始めとする様々な問題を、新たに考え直すきっかけになればと思っています。
池澤夏樹氏の人と環境との関りを描き、新しい世界への光を予感させる長編小説です!
2020/08/23 11:51
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、『スティル・ライフ』(中央公論新人賞・芥川賞)、『母なる自然のおっぱい』(読売文学賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)、『花を運ぶ妹』(毎日出版文化賞)など数々の名作を発表されている池澤夏樹氏の作品です。同書は、途上国へのボランティア活動をしている妻の提案で、風力発電の技術協力にヒマラヤの奥地へ赴いた主人公は、秘境の国の文化や習慣に触れ、そこに暮らす人びとに深く惹かれていきます。留守宅の妻と10歳の息子とEメールで会話する日々が続き、ある日、息子がひとりでヒマラヤへやってきます。人と環境のかかわりを描き、新しい世界への光を予感させる長篇小説です!
すばらしい新世界とはどういう社会なんだろう
2019/03/17 16:20
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
もちろんこの「すばらしい新世界」というタイトルは、1932年にハックスルーが発表した人工授精やフリーセックスによる家庭の否定を描いた反ユートピア小説からきている。現在に生きる私たちにとってのすばらしい新世界とは何かを考えさせられる。主人公もそうだったように「ネパールにこそ新世界がある」と単純にはいかない。この小説のあと、東日本に大震災が起こり原発も深刻すぎる事態が起きた、これで風力や太陽光のことを政府も真剣に考えるだろうと思っていたら、彼らの脳内のベクトルは別の方向に向かっていた。この小説の中で主人公は「林太郎は子供を授かりものだとは思わなかった。そうではない。せいぜい預かりもの。しばらく預かって、育てて、返すべきもの。どこに返すのか。社会ではないだろう」と言っている。共感できる言葉ではある
平凡であることの非凡
2006/06/03 21:56
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
とある電機メーカーの技術者が、発電機の据え付けのために、ネパール内奥地の小王国に赴く一部始終。実際プラント系メーカーでは、出張でエジプトに行った、ナイロビに行ったといっただのの話はしばしば聞くところ。IT系ならインドは日常的な話。それぞれ内面にしまい込んでいるにしろ、カルチャーショックを受けて帰って来ていると思われる。国内はインフラがある程度行き渡って需要が頭打ちのところ、企業が成長の継続を求めるならワールドワイドな展開、それも特に第三世界を目指す方向は今後も続くであろう中では、さらにありふれた風景と化すだろう。どこに作品性があるかといえば、その発電機が風力発電という新し目なものであり、新しいエネルギー供給パラダイムを孕んでいるところにある。
さらに、注文主は農業支援などしているNPO団体で、需要自体も極めて小規模、量産して初めてペイするようなもので、単発なら企業としてはビジネスにならないとして切り捨てる範疇である。そこをニッチとはいえモデルの世界展開を図り、、、うーん、小説の紹介と言うよりシンクタンクの提案書みたいだ。
製造業の技術者なら、設計段階で新技術のもたらす社会的影響を夢想するのはこれも日常的と思うが、本作ではちょうど奥さんが環境ボランティアだったりして、その思考過程が家庭の生活レベルでとても丁寧に書き込まれている。
同じヒマラヤものでも篠田節子「弥勒」のような強烈な展開は無いし、登場人物が個性的な割にはドロドロした人間関係のドラマも薄いけど、小さなロバで高山をポクポク進む道中や、隣接したチベットとの関わりを捉えたエピソードは興味深い。ただそれよりも、凡々とした日常から広がる世界が少しずつ変化していく瞬間をうまく捉えていて、現地から衛星通信で日本とメールがつながったりもして、(秘境っぽさは薄れてるけど)現代の物語として説得力を持っている。大事件ばかりでなく、小さな意識の変化の積み重ねの先に「新世界」に向けての変化が少しずつ進んでいるのだという現場感覚を仮想体験できるところに、奇妙な味わいを楽しめるのではないだろうか。
風をとらえる物語
2023/02/12 08:06
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
重電メーカーに勤める技術者である林太郎は、妻アユミと個性的な息子森介と地味で平凡な生活を送っている。ある時に交わした意識の高い妻とのひょんなやりとりから、ネパールの山奥の風力発電設置に携わることになる。
赴いたガミという土地はチベット国境付近にあって急峻な山脈に孤立して貧しく、灌漑に使用する電力を求めていた。林太郎は会社の協力も取り付けてダリウス形風車を設置する作業に従事する。僻地のわりには大きなさ波瀾もなく現地のNGOの日本人や現地の人に都合良く協力してもらって、さしたる波瀾もない。そんな物語的なところよりも異郷の地の視覚的な描写や、信仰はじめもろもろの課題をめぐる考察などに眼目がありそうだ。
そんな長い物語にも、終盤に新たにチベットで発見された貴重な埋蔵経を巡る争奪戦が明らかになって、林太郎もそれに加担することになる。正義感に燃えて緊張するのではなく巻き込まれた不安心理がおもしろい。インドに亡命したダライ・ラマにその経典を渡して林太郎の旅は終わる。
海外で活躍する日本人、といういつもの描き方を残念なことに刷新はしれくれず、しかもちょっと長いがかろうじて退屈はしなかった。続編も読むことにする。買ってあるし。