ねじまき鳥クロニクル―第3部 鳥刺し男編―(新潮文庫)
著者 村上春樹
僕の考えていることが本当に正しいかどうか、わからない。でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。これは僕にとっての戦争なのだ。「今度はどこにも逃げないよ」と僕はク...
ねじまき鳥クロニクル―第3部 鳥刺し男編―(新潮文庫)
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商品説明
僕の考えていることが本当に正しいかどうか、わからない。でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。これは僕にとっての戦争なのだ。「今度はどこにも逃げないよ」と僕はクミコに言った。「僕は君を連れて帰る」僕はグラスを下に置き、毛糸の帽子を頭にかぶり、脚にはさんでいたバットを手に取った。そしてゆっくりとドアに向かった。(本文より)
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村上春樹の長編小説はひたひたと走るランナーのよう
2010/07/31 14:38
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サムシングブルー - この投稿者のレビュー一覧を見る
K・Iさんの『ねじまき鳥クロニクル』第1部から第3部までの書評を読みました。特に第3部の書評のなかの
「『1Q84』に出てくる「牛河」が出てくるのも興味深い。牛河は、『1Q84』での牛河よりももっと牛河的だ、という気がした。とくに、そのねばっこい饒舌さは一読の価値あり、だろう。」
箇所を読み、さっそく読んでみることにしました。
村上春樹の長編小説はひたひたと走るランナーのようです。ランナーは強靭な肉体を持ち、最強のメンタルで、フルマラソンのイメージトレーニングを完成させている。次第にランナーの息遣いや心臓の鼓動が私の脳細胞に侵出してきます。ページを捲る手は汗をかき、紙がしっとり濡れてくる。親指の形に濡れたあとは恐怖のしみです。
自分の思考を超える恐怖はどうしようもなく、本を閉じても脳細胞に残留している。
第1部の冒頭文「一九八四年六月から七月」、第2部の冒頭文「一九八四年七月から十月」は『1Q84』を彷彿させ、笠原メイは『ダンス・ダンス・ダンス』のユキを彷彿させます。
第3部の最終章「さよなら」の始まりは
「ねじまき鳥さんにアヒルのヒトたちを見せられなくて残念だったな」と笠原メイはいかにも残念そうに言った。(593頁)
この最終章は村上作品を好きにならずにいられない章でした。
次は、村上春樹の絵本を読んでみよう。
深く、深く、圧倒的な、村上春樹90年代の作品
2010/07/20 12:56
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K・I - この投稿者のレビュー一覧を見る
再読していた『ねじまき鳥クロニクル』を読み終わった。読み応えのある物語だった。
「第3部」はよりいっそう重層的な構造になっている。
小説内に「ねじまき鳥クロニクル」という文章が出てきたりして、「メタ」的な構造にもなっている。
結局は、綿谷ノボルとの対決の話だったのだ。ただ、こういう言い方はあまり正確ではないかもしれない。もっと正確にいうならば、「綿谷ノボル的なもの」との対決だった、と。
結末をここに書くことはできないが、この結末を他の読者はどう感じるだろうか。
村上春樹はおそらく、結末を最初から想定して書いていたわけではない、と思う。
毎日少しずつ物語を紡いでいく中で、それが最終的に書かれたのだろう。
『1Q84』に出てくる「牛河」が出てくるのも興味深い。
牛河は、『1Q84』での牛河よりももっと牛河的だ、という気がした。とくに、そのねばっこい饒舌さは一読の価値あり、だろう。
初読から3年後に『ねじまき鳥クロニクル』を再読した。
次は、4年後か、5年後、おそらくそのくらいのとき、再び再読するだろう。
村上春樹作品は僕が一生読み直し続ける作品の一つだ。
幻想的で不思議な物語
2009/10/13 14:09
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:としりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
『1Q84』が大変話題になっている。妻が読んで村上春樹にはまり、これまでの村上作品を貪るように読み尽くした。そんな妻に勧められたのが、この作品である。『1Q84』は評者も読んで面白かったのだが、読み比べると本書の方が『1Q84』を上回る面白さではないか、と感じられる。妻も同意見だった。
文庫本3冊に渡る長編である。第1部を読み始めてすぐに物語に引き込まれる。幻想的で不思議な物語だ。
そして、第1部より第2部、第2部より第3部、と物語が進むほど謎が深まり、次はどうなるのだろう、とグイグイ引き込まれていく。ノモンハンの戦場と現代と、時代を超えての関連も面白い。
面白さは折り紙つけてもいい。ただ、評者個人的な好みで言えば、村上春樹より夏目漱石だなー。
「奪取」をテーマにした、壮大で重層的な愛の物語
2021/05/21 14:33
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:nan - この投稿者のレビュー一覧を見る
全3部読了。実に色々な解釈のある話題作だが、個人的には様々な欠陥や余剰(望んで手に入れたものではなく、しかも自分たちには持て余す事情のようなもの)を抱えそれに立ち向かった夫婦の壮大なラブストーリーと捉えられると感じた。
というのも、後半になっていくにつれ岡田亨の行動(意識下にせよ無意識下にせよ)の動機の中に妻への「愛」が色濃くなってゆくから。一見支離滅裂で非現実的な無意識下の行動…それでも根幹には「愛」がある。それも戦争や暴力などの血生臭い「悪」と切っても切り離せぬもの。表裏一体というか相対的なものというか。
妻がいた頃、妻が生活を支えてくれた第一部の始め頃は全て妻をはじめといつも周りに翻弄されがち…受動的に変化に順応しがちな村上作品の主人公にしては珍しく、大きな「喪失」に主体的に立ち向かう(かつその動機が限りない「愛」である)という点が物凄く刺さった。きっとその「愛」は亨がこの現実世界=朝に目覚まし時計が鳴る世界に生きている限り決して損なわれないのだろう。だからこそのあのエンディングというわけで。
謎めく世界にもとうとうピリオドが訪れました
2002/07/15 17:47
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ゆうきっく - この投稿者のレビュー一覧を見る
不思議な世界にもいよいよ幕が閉じようとしています。
猫の失踪、妻の失踪、不思議な昔話に怪しい人物、そして、井戸の中で見たもの…
それらが全て複雑に絡み合い、そしてだんだんとほどけて行く…
ちょっとずつ、自分の心の中も整理されていくかんじが心地よい反面さびしくもある。
面白かった。
井戸の中で、その謎を解くための世界に導かれる…
ワタヤノボルとの関係や、あの電話の女の正体や…
本当に、不思議で謎めいていて、ココロ惹かれました。このシリーズは一読するのがイイと思います。自分自身の行動にも少し変化が出てると思います。長い文章が書きたいなあと思いました。
小さなキーワードが後に大きく響く…とな。
村上春樹をはじめて読んだのがこのシリーズでした。はまってしまいそうです。
日本一の不愉快男・牛河も登場する村上ワールド
2020/04/01 22:33
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「1Q84」にも登場する、日本一の不愉快男・牛河も登場する村上ワールド。この文庫本には所収されていないこの本を書いていたころの作者のアメリカでの生活ぶりを作者本人がエッセイとしてまとめたものが全集で読める。これも必読だ
人間のB面
2021/06/24 20:46
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:レムニスケート - この投稿者のレビュー一覧を見る
世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを読んで村上春樹さんの本をもっと読んでみたいと思い1Q84を読む前に手に取ったのがこの作品です。
この作品も世界の終わりと同様に途中で不可思議な現象が起こりますが、ファンタジーなどでは無くあくまで現実から離れることはありません。今作は世界の終わりよりも現実の描写が多かったのではないかと思います。人間のうちに隠れている暴力的な面あるいは狂気的な面を色濃く映し出していたという印象がとても大きいです。
今私たちが生きている平穏な暮らしの中では出くわすことのない、しかしちょっと違うところに目を向ければ見えてくる人間が同じ人間に対して行う残酷な行為、そういったものがありありと想像できました。中には描写がリアル過ぎて怖くなるところもありました。(ホントに怖いです。)
どんな人間にも、その人自身でさえ気付いていない悍ましい面があるのかもしれないなと思わせてくれる作品です。
いちばん難しい
2002/06/04 13:07
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:白井道也 - この投稿者のレビュー一覧を見る
再読してみて、第1部・第2部は自分なりの解釈が持てた。でも第3部は難しい。
はじめ読んだ時、この小説は“愛とその責任”のようなものがテーマかなぁと、漠然と思った。でも今は、もっと大きなものがテーマなんだと思う。大雑把に言うと、この混沌として不確実な世の中でいかにして具体的で手触りのあるものを獲得していくか、というようなこと。
加納マルタ・クレタが居なくなり、猫が戻ってきて、第3部はいろんなものが登場する。笠原メイの手紙、ナツメグの語る物語、少年の夢のような現実の物語、綿谷のパシリである牛河というオヤジ、“首吊り屋敷の謎”という週刊誌の記事、シナモンがPC上で語る“ねじまき鳥クロニクル”などなど。すべてが関連づけられてるようで雑然としてるようで、寄せ鍋のように全部まとめて煮て食う、というわけにはいかない。
彼(シナモン)はいつものように「客」を運んでくる。僕と「客」たちはこの顔のあざによって結びついている。僕はこのあざによって、シナモンの祖父(ナツメグの父)と結びついている。シナモンの祖父と間宮中尉は、新京という街で結びついている。間宮中尉と占い師の本田さんは満州と蒙古の国境における特殊任務で結びついて、僕とクミコは本田さんを綿谷ノボルの家から紹介された。そして僕と間宮中尉は井戸の底によって結びついている。間宮中尉の井戸はモンゴルにあり、僕の井戸はこの屋敷の庭にある。ここはかつて中国派遣軍の指揮官が住んでいた。すべては輪のように繋がり、その輪の中心にあるのは戦前の満州であり、中国大陸であり、昭和十四年のノモンハンでの戦争だった。
丁寧にも作者は、この物語の相関をこのように述べている(p285)。