科学的懐疑を日常的に抱けば得られる愉しみ、可能性と限界があるから面白い科学の魅力などを書いた雪氷学の世界的権威のエッセイ。深く温かい。とりわけ『失われた世界』を子どもと読んだ後日談に、泣ける!
2002/08/22 14:38
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投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
科学者のエッセイといえば、『吾輩は猫である』の寒月のモデルとも言われる寺田寅彦のそれが白眉だ。中谷宇吉郎は、東大の寺田研究室で物理学の基礎と研究への姿勢を学んでいる。研究費が少なく設備も貧弱な新設大学でも弱音を吐かないよう、恩師にアドバイスを受けた中谷は、北海道に赴き十勝岳で雪の結晶を採集することから始めた。
本書には記述がないが、米国に雪の結晶に魅せられたベントレーという写真家がいた。『雪の写真家ベントレー』という伝記絵本があるが、科学の対象として雪に対峙した研究者は世界にはまだいなかったのである。ベントレーの写真を中谷は見ていたそうだ。
本書のタイトルとしても使われている「雪は天から送られた手紙である」という名言は、その伝記絵本にも添えられているが、中谷宇吉郎の科学的資質と文学的資質が見事に表徴された言葉ではないだろうか。
何てロマンチックな表現だとかねてから感心していたが、天文学者の池内了先生による『雪は天からの手紙』解説には、「上空大気の温度や湿度の情報が雪の結晶という手紙として送られてきていると確信した、そんな初心を思い出したのではないでしょうか」とある。科学者たちの視座を初めて知り、「そういうことか」と益々感心させられた。
科学的情報を雪の手紙として受け止めるような感覚、すなわち「科学的意識」と「美意識」の止揚並びにデュアリズムが、傑出した科学者の特徴ではないかと私は感じている。
生活者の誰もがそれを持つべきではないかというようなことが、中谷宇吉郎のメッセージなのかもしれないとも思う。
終戦から4年後の1949年に湯川秀樹のノーベル賞受賞が決定した。理論物理学にはやはり同賞に輝く朝永振一郎という巨人もいた。恩師・寺田寅彦のことも含め、中谷宇吉郎がそうしたキラ星のごとき先達たちに触れて書いたエッセイが「科学者たち」という章にはまとめられている。
彼らのなかに共通に見いだせた心のありようが、著者自身の独創的研究への熱意を支え、あるいは研究対象に対する謙虚さを保ちつづけるように機能したのであろう。ここに収められた滋味あふれる文章を読んでいると、「雪は天からの手紙である」という言葉を、この研究者をして言わしめた人類のポテンシャルとでも言うべき大きなもの、その力を感じるのである。
「北国での研究」と題された章では、厳寒の戸外で作業をつづけたり真夏に低温室で研究をすることが書かれているが、エッセイにおいても恩師のアドバイス通り弱音は吐かれていない。雪山で雑作なく焚火をしてみせる当地の老人への感嘆やら、工学部や医学部にも場所を提供している低温室の盛況ぶりなどをおもしろおかしく書き留めている。
線香花火の火球の化学反応や、土器の曲線を統計学的に捉えようとした弟の研究などを書いた「日常の科学」の章も、世を騒がせた千里眼の女性たちの話や、立春に卵が立つという話に触れた「科学のこころ」の章も、深い洞察によるくユーモアのセンスが光る。
最後の「若き君たちに」の章に収められた「イグアノドンの唄」は、疎開先の羊蹄山麓で送った終戦の冬の思い出であるが、全編のなかでも非常に印象深い。科学や物語などを育む想像力の素晴らしさが、生の厳しさとともに描かれている。加えて、ここに至り、中谷にとっての「雪は天からの手紙」のもう一つの重い意味が理解できる気がした。
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
御船千鶴子や長尾郁子など、科学を否定する超能力者には厳しい。一方で雪や氷など自然界の極小のそんざいには、やさしいまなざしを向けていた。
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雪の結晶の研究で知られる中谷宇吉郎のエッセイから、若者に読みやすいものを選んだエッセイ集。当時の北海道大学の低温室での研究の様子、科学のこころについて、読みやすい文章で科学研究の楽しさが語られており、理系の人だけでなく文系の人にもおすすめ。
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この本の大元のエッセイを書かれた中谷宇吉郎博士って、以前 KiKi が同じく岩波少年文庫で読んで「しまったぁ~!! この本はもっと早く読んでおきたかったぁ!!!!」と後悔(?)した「科学と科学者のはなし」の寺田寅彦さんのお弟子さんだったんですねぇ。 最初に「あとがき」から読んで、その一事をもってして俄然この本に興味を持った KiKi。 ついでに言うと、この本の後には「千夜千冊」の「雪」が待ち構えているわけですから、かなりの期待感で胸を膨らませながら、読み進めていきました。
が・・・・・・・・
正直なところ、中谷宇吉郎さんの文章には寺田寅彦さんの文章ほどには興味も感銘も受けなかったことをまずは白状しておきたいと思います。 これは偏に KiKi が根っからの理系人間ではないことに原因があるのかもしれません。 寺田さんの文章にはさすが夏目漱石の直弟子だっただけのことはあって、なんと言うか文系人間にも受け容れやすいある種の「語法」のようなものが備わっているのに対し、こちらの本はどちらかというとやっぱり理系頭脳の人の文章っていう感じがそこかしこに漂っているんですよね~。
もちろんすべてのエッセイからバリバリ理系臭が放たれているわけではなくて、ところどころにとても興味深い話も書かれていたりするのですが、どちらかというと、ものすご~くおりこうさんの男の子が優れた指導者の元でしっかりと纏め上げた「夏休みの自由研究 理科編」のレポートみたいな感じがするんですよね。
(全文はブログにて)
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読んでいたら「自由学園」のことが出てきてびっくり!
同窓の友人M君から自由学園学術叢書第一を贈られたのでさっそく読んでみた。この小冊子には霜柱の研究と布の保温の研究とが収められていて、研究者は自然科学グループという名前であったが、内容を見ると5、6人の学園のお嬢さんの共同研究であることが分かった。
初めの霜柱の研究というのをなにげなく4、5ページ読んでいくうちに、私はこれはひょっとしたら大変なものかも知れないという気がしたのでゆっくり注意しながら先へ読み進んでいった。(略)これはまことに(略)、広く天下に紹介すべき貴重な文献であるということが、読み終わって確信されたのである。
この研究を読んで、私は非常に驚いたのである。この仕事についてはまず第一に指導した先生がよほど偉かったのであろうということが考えられた。それから「物理学」の知識がさほど深いとは思われぬ若い娘さんたちが、優れた「物理的」の研究をある場合には立派になしとげるという良い例がわが国に出たということをうれしく感じた。
高校生の女の子たちが、霜柱の研究をあっけらかんと、しかしかなり深いところまで成し遂げたことにびっくりしておられるのですね。
驚くべきことに、これ、1940年に書かれた文章です。
ということは、このときの女の子たちは、ご存命であれば、88歳くらいという計算になる。
ああ、でもわたし、自由学園がそういう学校だということは、学園出身者の99歳の方のお話を母から聞いていて、わかるんだ。
そういう教育を行っていて、純粋に興味を抱いたことを研究できる環境が整っているということ。
それにしても、びっくりしました。
中谷さんの著述には、日本の発展にとって科学的に考える市民が増えることが大事というようなことが書かれていたのが印象的でした。
いわゆる専門馬鹿、の学者さんではなく、科学と社会とのつながりを考えていた人だったようです。
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請求記号:404ナ
資料番号:020106688
降ってくる雪の結晶の形から、上空の温度や湿度が推定できるということです。
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タイトルはメルヘンだが、中身は物理学者のエッセイ集。
中谷は寺田寅彦の弟子というか教え子で、寺田寅彦についての話も出てくる。
寺田寅彦のエッセイと比べると、少し硬めな印象もあるが、執筆当時の時代背景を考えると仕方がないかもしれない。
一科学者でありながら、反戦のメッセージを公的な文として書いているところなど、現代の科学者と比べると骨がある。
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中谷宇吉郎・雪の科学館に行って来ました。
この本が面白かったので
ぜひ行ってみたかったのです。
本の中では、
実験室の様子や茶碗の湯の話が
今でも印象深いです。
ここに来て,スライドショーで、
映像と一緒に中谷先生の事を学びましたが、
本の中の先生のほうが生き生きしていた様な感じがします。
しかし、百聞は一見に如かず
雪のことを学ぶには、
展示や実験が、ばっちりでした。
喫茶室で
湖を眺めながら、人口の霧を眺めながら
頂くコーヒーは、素晴らしいだろうなー。
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中谷宇吉郎先生をご存知ですか?人工雪の製作に世界で初めて成功した物理学者。髄随筆家でもあった中谷先生が雪の話だけなく、地球や卵などいろいろなものを通して科学の面白さを語ったエッセイ集。娘は'霧の彫刻家'中谷芙二子さん。
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師・寺田寅彦博士が引き受けてきたある事故の検証を綴る「球皮事件」。
一時期国の朝野を大いに騒がせたという超能力実験騒動の顛末を回想する「千里眼その他」。
立春の時に卵が立つという迷信に踊る各国の人々が試みる実験、そして湧く報道。さて、卵は立春にしか立たないのか否か。世間の喧騒そっちのけで中谷博士は自宅の机で卵を立てる「立春の卵」。
果たしてそれは本当に健康法か? 研究の過程と結果は書き方ひとつ、とくに新聞では活字の配置と重点の置き方でまるで違った印象を読者に与える。そして間違った健康法が世間を風靡し、政府も踊る。ジャーナリズムの本質を鋭くついた「兎の耳」など。
雪や氷の研究を続け、世界で初めて雪の結晶を人工的につくることに成功した物理学者中谷宇吉郎博士が生涯に30 冊以上出版したエッセイ集のなかから、対象年齢中学生以上の読み物としてふさわしい科学の面白さと味わいに満ちた21編を集めた「岩波少年文庫」。
真摯に物理学に取り組んだ中谷博士の、暖かなまなざしを感じる随筆集。
本文からの引用はちょっとそれとは趣が違うものにしてみました。
2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授を取り巻く大騒ぎも記憶に新しいところから「湯川秀樹さんのこと」より。
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2013年1月27日に開催された、第2回ビブリオバトルinいこまで発表された本です。
テーマは「手紙」。
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第2回 ビブリオバトルinいこま テーマ「手紙」で紹介した本です。
http://ikomabiblio.jimdo.com/記録/第2回2013年1月27日/
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雪の結晶がキラキラと。
胚芽米に言及されている部分を興味深く読んだ。
「科学を尊重せよ」「科学を警戒せよ」
青空文庫でも一部著作が読めるのだな。うほう。
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世界で始めて人工雪を作るのに成功したのは
北海道大学で、雪の結晶の研究を続けていた
中谷宇吉郎博士でした~
このエッセイから過酷な気象条件のなかで行われた
研究の様子を知ることができます。
表題にもなっている“雪は天からの手紙”は
雪の研究に一生を捧げた博士が残した
結晶のように美しい言葉です
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どこまでもおだやかな物理おじさんのエッセイ。すとんと腹に落ち、さり気なく興味をもたされます。立春に卵が立つ話なんか、読んだらやらずにはいられない。
似非科学が簡単に蔓延してしまうことへの苦言なんかも、本心はどうあれ、文章に書くならこの穏やかさを持ちたいものです。