辺見庸のもっとも絶望に満ちた作品
2023/06/06 10:42
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:天使のくま - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書の読後感は、ひたすら絶望がひろがってくるというものだった。
モデルとなったのは、相模原市の障害者施設における大量殺人事件。主な登場人物はその障害者のきーちゃんと殺人にいたる職員のさとくん。主人公である障害者の一人称で語られていくが、同時にその分身として健常者のあかぎあかえも。
きーちゃんは重度の障害者で、舌すら動かすことができない。ただ、意識だけがあり、感覚だけがある。目が見えるわけではない。意思を伝えることすらできない。そうした絶望の中で、意識は思索を続ける。限りなく絶望的な世界で、思索を続ける。だが、そこに照射されるのは、同じく絶望的な外部の世界だ。それが例えば安倍内閣だ。
一方さとくんは介護職員として、きーちゃんらの介護に向き合う。さとくんから見た、きーちゃんたちの絶望的な生に対し、それが人間なのかどうか、疑問を持つ。それは人間として生きるに値するのか。そうではないから、死んでもらう。さとくんは、やるときはやる。
けれども、絶望的なのは、絶望的に見える生に対して価値を認めないという考え方そのものだ。人の命を仕分ける考えこそ、現代社会につながっていく、絶望的な回路ではないのか。
別に、安倍内閣だけじゃない。きーちゃんの意識の中に入ってくるものは、世界各地の残虐な風景でもある。
きーちゃんは意識だけの存在のような、絶望的な生ではあるが、その意識の中の想像力が、心を走らせる。なのに、周囲は、きーちゃんに心があるのかどうか、疑問に思う。心が無いなら、殺してもいいのではないか。けれども、殺す側に人の心があるのかどうか。
人の心が感じられないほど、想像力の欠如した政治が、人の心をむしばんでいく。
繰り返し使われるフレーズ、「ロッカバイ」、子守歌ではあるが、どうしてもぼくはサミュエル・ベケットの戯曲「ロッカバイ」を思い浮かべてしまう。そういえば、ある一節では、ロッカバイの歌にまじり、「いったりきたり」「しあわせな日々」「わたしじゃない」と続く。
ベケットの作品、例えばとりわけ末期の「いざさいあくの彼方へ」などは、死んで墓場に入っているであろう人のモノローグだ。生きる可能性がすべて消尽した世界が、他の作品でもたびたび語られる。
辺見がベケットを念頭に置いていたのかどうかはわからない。それでも、ここにある世界は、どうしても、そもそも人として消尽してしまったきーちゃんの、それでも心を持って生きる意識に対し、それよりもはるかに絶望的な社会に置かれた人の姿が映しだされる。そして、作品の中で何度も語られる現実の世界のことを考えると、本当にそこには絶望しかない。ただ心を持って生きていくというところにまで降りていくことができない絶望しかない。それは政治の話などではなく、私たち自身がそこに降りていくことができない絶望である。
辺見のこれまでのどの作品にも増して、絶望に満ちた作品だ。
投稿元:
レビューを見る
不快感以外、何も残らない読後だった。
こうした小説を書きたいなら、何も、津久井やまゆり園事件を題材にしなくてもいいではないか?
作者の筆力の無さと、人間性を疑う。
自分が、植松聖が身勝手な殺人で、植松に共感できないし許せないというのも、あるが。
犯人を美化しすぎだろう。いくらなんでも。
「ゆで卵」「もの食う人々」の、鬼気迫るが、グイグイ読ませて良い読後感さえ与える才能はとっくに枯れたのか。
投稿元:
レビューを見る
映像を見る勇気はないけれど、やっぱり気になって手にしたこの本。なんでこんなに読むのが苦痛な本を読んでるんだろうって、思いが頭の中をぐるぐる…
何にも知らないで、綺麗事言って、良い人ぶってるだけなんじゃないの?
って、突きつけられてる気がする…。
植松死刑囚が描いた絵を思い出す。あの絵を見た時、狂気の沙汰だ…一線を超えた人の絵だ…とふと思った。なにが彼を、その一線へと追いやってしまったんだろう…。
夜寝る前に読む本じゃなかった…。
けど、読むべき一冊だと思う。
投稿元:
レビューを見る
好き嫌いの別れる作品かと思います。私は嫌いというわけでなく、と読みにくいと感じたため、低い星ですが、ぜひ多くの人の目に触れてもらいたい作品でした。
投稿元:
レビューを見る
考えさせられるテーマではあるけど、とにかく読みにくかった。何回も挫折しかけた。
映画ではどう表現するのかな。犯人視点?にするのかな。
投稿元:
レビューを見る
https://www.youtube.com/watch?v=OwtK_r9cWJk
https://www.youtube.com/watch?v=JTJUZ7fodLM
投稿元:
レビューを見る
相模原障害施設やまゆり園で起こった障害者殺傷事件をモデルとした物語。
身動きも出来ない「きーちゃん」は思う事だけは出来る。
そのきーちゃんの別人格「あかぎあかえ」や犯人の「さとちゃん」の思いで構成されていく。
非常に読みにくいが、その読みにくい文章で障害者の思い、障害者に対する思いを表現しているのだろう。
最後の数ページはさとちゃんが事件を起こしている時の思い。
「こころ」があるか無いかで殺すか殺さないか決めていく。実際の犯人は話せるか話せないかで決めていったらしい。
自分や家族が重い障害を抱えてない事に安堵する自分を見つめ直す作品でした。
投稿元:
レビューを見る
異様な読書体験。
現実と虚構が入り混じった情景描写、うたた寝から覚めかかったような不安定な視点、しっかりと伝わる湿度とにおい。
のみこまれて漂っているうちに、凄惨な事件へと物語はすすむ。
読後しばらくは言語化するのが難しく、頭を抱えた。
時間をおいて再読したい。
投稿元:
レビューを見る
映画の予告おもしろそうだったけど
小説読みにくい。
しかも映画と小説ストーリー違うんかい。
3分の1だけ頑張ったけどリタイア。
投稿元:
レビューを見る
読後のスッキリしない気持ち。内容に対してじゃなくて、自分の無関心を晒され炙られ終わることへのスッキリしなさがすごい。
障がい者施設殺傷事件の起きる少し前から発生時を被害者の視点から描いた本作。語り手の重度障害者のきーちゃんの独白(きーちゃんは言葉を発せず、目が見えなく上下肢も動かない)で話が進んでいく。
その話のなかで障がい者という存在がいかに不可視化されているか、障がい者の社会的な位置づけが不確かでぞんざいなものかというのが感じられる。マジョリティの都合で可視不可視が決められてしまうなか、事件や特集のときだけ意見して普段は素知らぬフリをしていることへの指摘。終盤を読んでいてそこが心を抉られました。
考えすぎも良くないけど、考えずに風通しが良いことばかりしてるのもダメだなと感じる読後感。自分の無関心さと偽善を抉る1冊でした。
投稿元:
レビューを見る
他人の無意識にこんなにずっぽりと入ったのは、初めてかも。誰に聞かせるでもなく徒然なるままに、脈略なく飛んだり、ものすごく広がったり縮まったりする妄想とか、とても人間ぽい。
こんなにも頭はお喋りでも、おこころはないって見なされたら、さとくんの「人間の定義」から外れる。さとくんという名の、不特定大多数。さとくんの思想は、誰しもが罪悪感と共にもっている考え方だと思う。知らないフリ、聞こえないふり、可哀想で片付けたい感情。
時代や国が変われば、思想なんてガンガン変わる。でも、流されるのではなく自分の頭で考えなきゃね、と思わせる本だった。
投稿元:
レビューを見る
語り手のとりとめのない想念が延々繰り返され、現実と想像の区別も曖昧。くどいと感じることもあるが、読み手の倫理観や正義観を揺さぶるような鋭い言葉でドキッとさせられた。
終盤の犯行に及ぶ描写は息を呑む。
投稿元:
レビューを見る
映画を観終わってから気になって仕方がなかった。
正直言って読みにくい。
『きーちゃん』の目線。でも目は見えない。もちろん浮遊も出来ない。
そういう所から語られてる思いで話が進んでいく。
『さとくん』が登場するといくらか読みやすく感じるものの、犯行の最中であろうストーリーの『音』と表記されている部分に震える。
『月』というのはそういう意味もあるのかと。
読み終わり思うことは、
攻撃的でありながら寄り添っている著者なのだなということと、
私は薄っぺらい言葉も出ない異常さも感じない『無』なのだろう
こんな読後はなかなかない
投稿元:
レビューを見る
語り手が障害を持っている主人公きーちゃんであるというのが新しい。きーちゃんの考えが淡々と述べられ、最初は読みづらさがあったがきーちゃんが考えているコト、きーちゃんのさとくんへの想いがしっかり頭に入り込んで終盤にかけての展開は息を呑んだ。
多くの人に一度は読んで重度身体障害者、施設スタッフの現状を考える作業をしてほしいと思った。
私は実際に重度身体障害者の方に会ったこともなければ介助をしたことがあるわけでもない。
テレビの中で施設の方が介助をしてるのを見たとしてもテレビで映せる綺麗な部分を一部分だけ。実際には想像もできないような神経が削られる出来事、場面がたくさんあるのだろう。
その事実が人格や考え方を変えてしまうこともあるとは思う。
しかしどの命にも優劣はなく天秤にはかけてはいけない。これは当たり前。
問題と思ったのはこの重度身体障害者の介助をしているスタッフの心のケアがしっかり出来ているのか。さとくんのように現実を目の当たりにして心が壊れる瞬間が生まれてはいけない。あの事件が起こった容疑者側の背景にも目を向けたい。
日常的に入居者への虐待が行われてしまっている施設もあると言われてる今、しっかりとその根本に目を向けなければならない。互いが対等であり人としてあり続けるためには尊重が必要。その尊重を作るにはまず施設スタッフの気持ちに寄り添った働き方を作らなければならないのだと感じた。
投稿元:
レビューを見る
ドグラ・マグラを読んでいるような気分になった。
誰が本当に存在するのかが読み取れず、非常に難解だった。