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投稿者:武蔵野蔵武 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者は私が卒業した大学の学長をされていた方である。もちろん在籍時の
学長とは違う。学んだ言語は異なるものの、考え方は理解できる部分が
多かったのは幸いである。
今年60歳の還暦を迎えるにあたり:
夏目漱石「こころ」 太宰治「斜陽」を著者のおすすめもあり読むことにした。
また一度学んだスペイン語の学習を再開した。外国語を学ぶこととは他者を受け入れる
ことという著者の言葉は名言である。
教養より 亀山郁夫の 人生が
2023/12/22 22:30
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投稿者:清高 - この投稿者のレビュー一覧を見る
内容・評価
タイトルが「人生百年の教養」とあるので、教養とは何か、がメインテーマであるのはわかる。また、「百年」とあるので、「老い」についても書いてある(第8章)。
しかし、筆者は、亀山郁夫の人生を書いた本ととらえた方が適当だと思った。
ドフトエフスキー体験(からスターリン時代の芸術家に広がった)、管弦楽部所属経験からのクラシック音楽の話、英語帝国主義を憂えること、これらが印象に残った。
意外なことに電子書籍を使った読書も紹介している(一例:p.274「キンドル」で徳岡孝夫,土井荘平.百歳以前.を読んだ)。
筆者としては、本書は、教養について考えるというよりも、東京外国語大学学長だった(プロフィールより)亀山の人生をたどることに興味を持ったので、5点とする。
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亀山郁夫先生が、若い頃、賭け事やアルコールに依存したこともあったとは。そんな過去の苦い経験も含めて、これからこの困難な時代を生きていく後輩たちに送った書。
温かく真摯な書だと思った。
神という絶対的な存在を持たない我々には、芸術がそれに置き換わることができること。
目から鱗!
大人であるには、「公共の嘘」を受け入れるしたたかさが必要であること。
リアルな助言。
村上春樹や大江健三郎を読むにあたって、ドストエフスキーの知識が基礎となること。
ドストエフスキーはやはり避けては通れぬか…。わかってはいるのだ(笑)亀山先生が言うのなら読もうではないか。
「桃李成蹊」
なにはともあれ、これからもバリバリ本を読もう!
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ドストエフスキーといえば亀山郁夫氏。
東京外国語大学、名古屋外国語大学の学長を務められていたとは知らなかった。
教養とは「共通知」とも言える。
「知の取得は、おおむね探求型から選択型に代わり、それと同時に『共通知』の体系は根本から揺らぎはじめ」た。
そこには、情報の点的な取得があって、継承という線的な流れが機能しなくなっている課題がある。
一冊の本を読んでも、教養がなければ見過ごしてしまう、感じ取れない節がある。
お互いにそうと分かっていて進むような、深い対話を実現するためには、母語でなければ困難を伴う。
「教養知、すなわち教養人と呼ばれる人々における知は、『全人』的という表現に値する、ある有機的な結びつきのなかで披露されるわけです。すなわち哲学です。教養と常識は、裏づけとなる哲学があるか、ないかによって二つに分岐する、といってもよいでしょう。哲学が、最終的には、『人格』の理念と深く呼応していることはすでに述べた通りです」
後半のリーダーシップ論も面白い。
今の自分にとっても「黙過」は主題になりえる。
「問題は、いっさいを『黙過』せず、すべての問題にコミットすべきなのか、それとも問題によっては『黙過』も可とするのかという点にあります。組織全体の名誉を考え、黙過することによって汚名から逃れる場合もないではありません。誰しも、汚名を恐れています。しかし、黙過によってたとえ組織が救われても、個人の良心は痛みつづけます。その痛みに敢えて目をつぶるのか、つぶらないか。理性は、むろん、つぶらないという選択肢を指示していますが、本能は、つぶりたいと考えている。全体か、個人か。その場合、上から見下ろすか、横から凝視するか。すべての組織、すべてのリーダーを悩ませる根本問題です。」
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最初はとっつきにくい本だったけど、内容の幅広い厚みのある人生の指南書て感じ。ドストエフスキーを縦糸に人生を横糸にして書いたしてあるが、色路教えられ勇気をもらい本を紹介してもらっている。
これからも人生の伴奏者として百歳に向けて我々の檄文を寄せてほしい。
若いころは酒とかけ事にのめりこんだと書いてあるけど何にのめりこんだのだろう。
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あるロシア文学者の半生と教養との向き合い。今の流行りの教養論。自分のコンプレックスとかも正直に吐露している。
音楽と外国語推し。文学との付き合い。自分という書物。一元化を強いるグローバリズムへの対抗として日本の伝統文化への回帰。実学志向への批判。
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ドストエフスキーの訳書などで知られる亀山氏の教
養について語られた自伝的著作です。
そもそも教養とは何か。から始まり、自身にとって
その教養を身につけるためにどのような人生を歩ん
できたかを語ります。
納得させられたのは、高校生の時からの読書量とそ
の中身です。
重厚な文学小説に挑んでいます。
やっぱりその頃の読書は後の人間を形づけるのだな
あと思い知らされます。
ちなみに亀山氏の「教養とは?」の問いに対する答
は「もっとも高価だけれど、もっとも安く手に入る
最高のブランド品」だそうです。
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ちょっと難解。
ロシア文学者の著者が教養について書いた内容。
特に通底にドストエフスキーがあり。
あまりよくわからないことが多かったです。
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ロシア文学者であり東京外大学長である著者における教養とは?何が語られるのか、興味を持って読み始めた。人生百年と銘打ったタイトルから、どんな提言が出てくるのか、教養について、一般論的に本質論が展開されるかと思ったが、そんな期待は肩透かしにあった。著者の人生を辿る形で、ドストエフスキーとの関係性を底流に、個人史的な歩みの中で教養というものを捉えている。教養は個人の中で閉じるものでなく、他者との関係性をもって初めて生きるものである、という論旨は納得できる。
還暦を過ぎたあたりからの教養に基づく人生観が語られ暗い印象が落ちてくるが、最後の段になって、ロシアのウクライナ侵攻に触れる段落には警句とすべき文言が見出される。
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亀山氏というと、ドストエフスキーの翻訳が有名だね。いくつか本を読んでいるし、佐藤優氏との対談も読んでいる。本書は、亀山氏の読書を中心とした知の変遷。興味は惹かれつつ、ドストエフスキーとかロシア文学から感じられるカタサのようなものから、退屈なんじゃないかなぁなんて思ったものだけど、予想よりも面白かった。学生運動が華やかだった亀山氏の学生時代から、研究に向かう懊悩、ソ連に行ってスパイと間違えられてほんとに殺されるんじゃないかと思ったような体験など、引き込まれて読んだな。俺自身は夏目漱石の『こころ』は教科書以外未読なんだけど、十代で読んだときと、大人になってから読んだ印象がまったく変わっていたというあたり、読書人の成熟を感じられるエピソードだった。音楽や、大学人としての話、英語とのつきあい方など、話題も幅広く、楽しかった。
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「変えられることと変えられないことの境界を区別できること」「そして変えられないことは受け入れること」
この人の話を聞いていると、文学や音楽というものが、将来自分を振り返ってみた時、かなり大事なものになる、それらから何を得たのか、見ることができたのか、考えることができたのか。自分も後半に入ったのは間違いないのだから、大袈裟でなく、残りの一日一日を考えながら生きたいと思った。
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亀山先生御自身の哲学と,そこに至るプロセスが語られている.結局哲学あるいは思想は,自らが試行錯誤する上で獲得する以外に方法はないので,高校生・大学生あたりがロールモデルとするために活用する書物だろうか.
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イントロを少し読んで興味深く感じ、やや読み進めていくと大半が筆者の自伝めいてきて、いくつかの教養に関する示唆はあったものの、冗長であった。
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ドストエフスキーの翻訳で知られるロシア文学研究者の著者が、少年時代から青年時代を経て、老いに向きあいつつある現在にいたるまでのみずからの来歴を振り返りつつ、教養の意義について語ったエッセイです。
「教養」の失効が問題視されるようになった時代はとうの昔のことで、むしろ比較的近年になって、阿部次郎の『三太郎の日記』に代表される、いわゆる「大正教養主義」について、竹内洋や高田里惠子らの歴史的・批判的な立場からの検証がなされたことで、かえって「教養」ということばを目にする機会が増えたように感じます。そうした現代において、「教養」というテーマを正面に押し出して、その意義についての考察が展開されている、ある意味ではめずらしい本です。
著者は「教養」を「共通知」と規定し、他者と「分かち合う」ことの重要性を説くことで、現代における「教養」の意義をあらたに示そうとしています。一方で、グローバル化が進行する現代において、このような意味での「教養」が押し流されてしまいかねないという現実を、著者はけっして無視しているわけではありません。むしろみずからの考えが「古臭いよ、君は」といわれかねないことを知りつつ、そうした情勢におもねるのではなく、肩の力を抜いて著者自身の学問形成の来歴を、ユーモアをまじえつつ語ります。
こうした著者のスタンスは、「教養」などという「古臭い」「時代錯誤的」なものを押し流す現代の情勢に「打ち勝つ」ことはできないけれども、そうした情勢に「負けない」ためのスタンスといえるでしょう。本書で用いられていることばを借りるならば、「レジリエンス」に通じる力を身につけることが、著者の考える「教養」なのではないかと考えます。
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ドストエフスキー第一人者の著者が多角的な見地から真の教養に迫る。
教養とは、一般的な知識を広く知っていることだと思っていたが、外国語を知りそこから世界の言語や文化を学ぶことで新たな発見に繋がるというのは初めて知った。
私の人生経験が浅いこともあり、深く学ぶことで新しく得られる感覚があまり分からなかった。