人類文明発祥の地イラク
2023/08/30 12:33
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投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
とても面白い冒険談だった。地理や歴史が好きな私だが、チグリス川とユーフラテス川に囲まれたイラクの湿地帯をよく知らなかった。その地で、地元の船大工が作った船に乗り、旅をしようと計画した日本人のおじさん二人旅の話だ。結局は、船は造ってもらえたが、船旅は日帰り周遊となったが。イラクというと、危険なところという認識しかなかったが、二人のブリコラージュ的な旅の仕方に引き付けられ、湿地帯に生きる人々の自然との共生や、氏族間の拮抗などが、物語を盛り立てる。人類最古の都市国家・人類最古の文字の生まれた地がとてもまぶしい。
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投稿者:雄ヤギ - この投稿者のレビュー一覧を見る
イラク南西部でイランと国境を接し、ティグリス川とユーフラテス川に挟まれている湿地帯、そこに生きる人々や文化を取り上げている。この湿地帯はウル、ウルクといった都市文明が始まったころから権力に対抗する人々が集っており、数十年前にはフセインが築いた水路によって湿地帯に流入する水の量が激減、現代でも上流のイラン、トルコで建造されたダムによって水量が減ったり、イスラム国の台頭で治安が悪化し、氏族の勢力が増すなど、湿地帯を取り巻く環境は不安定になっている。著者はこうした背景を丁寧に解説しつつ、証拠となるような体験も紹介してくれているので、とても分かりやすい。あまり同じような内容の本を見かけないので、とても貴重な本だと思う。
世界のディープなとこ
2023/11/11 14:38
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投稿者:ブラウン - この投稿者のレビュー一覧を見る
地球は広いと思い知らされた! 戦争・紛争・テロに砂漠なイメージしかないイラクに湿地? 現地のホスピタリティや食文化、そこで暮らす人に芽生える認識等々の興味深い異文化を根掘り葉掘り調べては、著者の人脈、計画性、コミュニケーション、場当たり的な機転を総動員して、湿地の未知を知っていく様子を、快活明快な筆致で綴られている。著書のファンになっても著者のファンになることはほとんどなかったが、今回に限っては高野秀行のファンになったと胸を張って公言したい!
忘れられた?「辺境の地」が文明の生まれたところ
2023/10/24 18:58
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投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
マンダ教徒が暮らしていたところとして出て来るので読んでみた。著者が取材している青木健の「古代オリエントの宗教」ではイラン・イラク戦争以降の戦争の中でマンダ教徒は居住地を追われたかのように書かれているがみんながみんなそうではないようだ。ナイル川のような南から流れる川ではダメでチグリス川のような北から南に流れる川でないと洗礼儀式に使えないとあるのはヨルダン川が北から南に流れる事と関係があるのだろうか?
イラク共産党がマンダ教徒などが中心となって成立したというのはイスラーム教徒の世界では無神論者は「人間以下」だと見做される事と関係がありそうだ。他の中東の共産党はユダヤ教徒とキリスト教徒の中から生まれ出たというし。そうなるとソ連のアフガニスタン侵略に関わり「アフガニスタン民主共和国」の支配政党となったアフガニスタン人民民主党はイスラーム教徒以外の宗教の信者が少ない土壌に生まれているのでどうなるのだろう?
ザンジュの乱が「世界最初の奴隷解放闘争」とあるけれどスパルタクスの乱を見落としているようだ。
メソポタミア文明は葦と湿地帯と共に成立したという視点は面白い。
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刊行前から読みたい、とわくわくしていた本書。
(ある程度、危険のある地域ではあるけれど)危険で未知なところをぐいぐい冒険していくというよりも、長期にわたってその地域に滞在し、地域の人たちになじんでいく中で、さまざまなことを調査していくスタイルの本。
湿地帯の人々の暮らしや、マーシュアラブ布など、興味をそそられる内容が満載でとても楽しく読みました。環境や政治状況の変化などによって、今後この地域がどのように変化していくのか、ぜひまた続編をいつか読みたいなと思いました。
コロナ禍などさまざまなことで心が折れそうになりつつも、地道に調査したり、他の道を切り開いていくのはさすが高野さん!という感じでした。
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祝・第28回植村直己冒険賞受賞!!
「誰も行っていないところに行き、誰もやっていないことをやり、それを面白おかしく書く」という高野さんのポリシーが遺憾無く発揮された一冊。
探検記でありながら、これは一つの研究と言っていいと思う。
日頃から高野さんの著作に触れ、大手マスコミの切り口では拾いきれないディテールが世界には存在することを感じてきた。『アヘン王国潜入記』しかり『謎の独立国家 ソマリランド』しかり。今回は無謀さこそそれらには及ばない。少なくとも薬はやってない。しかし、迷走しながら深みにハマり、しかもその軌跡が何とも美しい弧を描いている点では他作を凌ぐと感じた。まるで、蛇行しながら進むタラーデのよう。
また、高野さんの辺境行は概ね単独行で、ガイドがいたりNPOなどのお膳立てが入ったりすると若干濃度が下がる傾向があるように感じていた。が、今回は全く逆!真逆!なぜなら、山田隊長が最高すぎるから!まさか表紙の前から3人目が日本人だとは思わないですよ、隊長!!!もう、この本はバディものとして認定してもいいと思う。
そして何より、水滸伝メンバーが素晴らしい。それぞれに個性豊か。最後はプーチン(作中でのあだ名ですよ)すら可愛く思えてくる。つまり、それだけ高野さんの人間愛が、この一冊の中で炸裂しているということ。高野さんの目の前で中年男性同士が喧嘩しそうになってるからって、仲裁のためだけに変な歌を歌って踊るって何だそりゃ?!高野作品の一番の魅力はそこだと感じているだけに、読んでいて非常に胸が熱くなった。
コロナを挟んで「高野さんどうしてるかなぁ」と案じていた私の思いは、完全に杞憂だった。パンデミックごときでは、高野さんの冒険は終わったりしなかった。
とりあえず、動画を探してアブー・ハイダルの舟唄を聞いて、アフワールの5000年に想いを馳せてみようと思う。
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この作品、いやこの文献、高野ファンでなくとも必読ですよ!これまでのイラクのイメージが完全に払拭されました。
アフワールという超巨大な湿地帯を、船で旅する目的でスタートしたものの、高野さんは見るもの聞くものを次々と消化し栄養に変え、面白おかしく伝えてくれるし、毎度ながら読み手を惹きつけてくれます。
中でも謎のラグ(布)の歴史を追いかける旅はもっとも読み応えのあるストーリーのひとつだ。
アフワールで協力してくれる仲間を水滸伝に出てくるキャラにたとえて進めていく展開もなかなか面白い。
期待通り、いやそれ以上の文献ですよ、これは。
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イラク南部湿地帯「アフワール」探検記。アフワールの民の暮らしは、持続可能性という点においては、一年前に読んだ石川英輔『大江戸リサイクル事情』(講談社、一九九四)で描かれた江戸時代の暮らしとの共通点が多かった。
・文明は森の消失で滅ぶが、メソポタミアの湿地帯のカサブ(葦)の再生力は高いという話。『大江戸〜』で読んだ竹の話と似てる!と思ったらイラクでは竹のこともカサブと呼ぶ。というかイラクに竹はないので外国のそれをカサブと呼ぶ。同一視可能ということだ。
・アグロフォレストリー(農業と林業)やアグロパストラル(農業と牧畜)など、異なる産業を組み合わせると良い循環が起き持続可能性が高まるという手法があるそうで、アフワールの水牛飼いの暮らしはこれの漁業と牧畜の組合せになっている。これも『大江戸』で読んだ魚付林、魚寄林、網代山(林業と漁業になるのかな)の話と似ている。
アフワールのSDGsっぷりは現代日本でも参考にできるのでは…というような文脈も読み取れたが、アフワールと数百年前の日本、どちらが遠いだろう…。
さて、私は高野さんの単著を読むのはこれが二冊目。高野さんに興味を持って以降最初に刊行されたのが本書だったので、あまりの分厚さに面食らいつつも、「(正直イラクについても水滸伝についても何も知らないが、)最新刊だ、読むぞ!」と思い切って着手した。
なんと語り上手な人だろう、というのが全体通しての感想。イラクにも水滸伝にもご縁のない私でも、大したストレスなく読めてしまった。なかでもわかりやすいのは、あだ名つけ。ジャーシムさんやらハイダルさんやらイラク人がたくさん登場するが、翻訳小説でも外国人の名前には難儀するもの。高野さんは、新たな人物が登場するたびに、本書内におけるあだ名をバシバシとつけていく。ボスのジャーシム氏には水滸伝のボスから名前を取って「ジャーシム宋江」、歌う男前船頭ハイダル氏には「シンガーソング船頭」、トム・クルーズに似てるが日焼けしてるから「ワイルド・トム」、色白で大柄だから「白熊マーヘル」、プーチンに似てるから「プーチン」など。これのおかげで「この人誰だっけ?」現象はほぼなし、ありがたい。さらに、宋江、盧俊義、呉用など水滸伝の人物名となんとなくのキャラクターまでセットで覚えられてさらにお買い得であった。
あだ名の他にも、イラク湿地帯の歴史や現在の暮らしを理解するのに、「日本でいうところの…」と繰り出してくる例えが大変わかりやすい。昔ながらの暮らしぶりをする湿地民のことを「シュメール人」と表現した人がいるのをみて、東京の人も「あの人は生粋の江戸ッ子だから」などと言うもんなあとなぞらえてみたり。湿地帯のひとつひとつの水路を指すのに固有の名前はなく道幅で呼び分ける一般名詞だけで地元の人は困っていないのを見て、日本でも「国道をまっすぐ行ってセブン・イレブンのところの路地を入る」なんて言うよなあとあてはめてみたり。理解上手の説明上手だ。
確かなことは言えないが、どうも今回の旅は、この道うん十年のベテランである高野さんと山田隊長(山田高司さん)をもってしてもなかなか制御しきれない、ままならない、掴みどころのない難しさがあったように感じられる。特に前半戦は、目的に向かって進んでいる感を高野さんたちも得られていなかったようで、私もちょっと迷子になって読み進めるモチベーションがあがらないところもあった。
後半になるとこの雰囲気が一変し、いつもの高野節!、かどうかはわからないがそんなこなれ感と高揚感が溢れだす。「料理手順の取材は聞き書きはダメ(当事者が言語化できていない工程が必ずあるから)」、「あるモノについて話を聞きたい、と人に迫るとき、写真ではダメ、実物に限る」など、ベテランの技が光る場面は多くあったが、最も称賛すべきは、幾度となく自らをピンチから救った高野さんの演芸力だろう。〝抱腹絶倒の「生きる知恵」炸裂シーン〟という稀有なシチュエーションは必読。惚れます。
山田隊長と高野さんは今年「植村直己冒険賞」を受賞されたそうです。おめでとうございます。
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表紙の写真がかっこいい!
なかなか分厚いので読み終えれるか心配だったが、内容が面白かったのでわりとすんなり読み終えることができた。
イラクの湿地帯を水滸伝風になぞらえて記載されていたので、より一層親近感がわいておもしろかった!
誰も知らない未知なるイラクの湿地帯アフワール。
写真にもあったが葦が高い。こんなところに人が住んでるの?
出会う人も強烈で面白い。
アフワールの調査も面白かったが、マーシュアラブ布の調査も面白かった!世界で初めて?この布の原産地を解明したのではないか?単なる探検ではなく調査書を読んでいるような感じがした。
食べ物がいろいろ出てくるが、ゲーマル食べたい!!
シュメールからの伝統などもあり興味がつきない。
人脈がものを言う世界、自分の知らない世界に連れて行ってくれる一冊。
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もはや文化人類学では?と思うが、この読みやすさ、面白さはすごい
内容では、葦でできた家がすごい
地面(浮島?)とは生えた状態でできているのか?
見た目もきれいだ
建材のひとつとして注目されていいくらいだ
それにイラクの料理
どれも美味しそうだけど、なかなか食べられなさそう
イラクに行ってもてなされたい
水牛の乳製品ゲーマルが気になる
考えるより先に動き、舟を建物?から出すところも面白い
計画を立ててなど、問題解決のひとつの技法にすぎないのだ
肝心の舟での湿地帯の旅は少し消化不良だけど面白かった
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メソポタミア以前からの時間軸、テイグリス=ユーフラテス川の流れ、湿地帯の規模、降るような星空‥言葉も習慣も、日本に生まれ育った私にとっての「当たり前」や「常識」がまったく通用しない世界。これまで世界史の教科書で暗記したワードがポンポン出てくるし、史実なのか伝説なのか謎は謎をよび、頭の中は?と!マークだらけ。
「湿地帯を伝統の舟で旅をする」という当初の目的は前途多難ではじまる前からありとあらゆる不運やトラブルが続くのだが、なんだかんだあっても結局は最高の笑顔で舟に乗れたんだな、と本を閉じた時には思わず貰い泣き笑いしてしまった。そもそも人間は洋の東西を問わず、その文明の始まりから仲間を作り、助け合って(だからこそ余所者を警戒しながら)大自然と共に暮らしてきたのだろう。これまで探検してきたところも凄かったけれど、今回の旅はスケールも情報量も桁違い!写真も絵もわかりやすい。
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久しぶりの高野節。
私達からしたら秘境や聞いたことが無い場所でも、そこには住んでいる人がいて、生活を営んでいる当たり前のことに気づく。
ただ、高野さんは欧米でも研究がされていない場所や、紛争のため鎖国されていて外国人が入ることが出来なかった土地へ行くので、私達からすると未知の世界になるのだ。
気候変動、上流に出来たダムが原因で湿地帯の面積が減っているそうだ。まさに今行かないと消えてしまう幻の取材だったのかもしれない。今のイラクの湿地帯が消えてしまうだけではなく、紀元前から続いてきた人類の生活の痕跡が無くなってしまうかもしれないのだ。世界的にも価値があるルポだと思う。
水滸伝を欧米の人にどう説明するのかは疑問だが…ついでに水滸伝も知って欲しいものだ。
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これは凄い、社会学者の長大な論文を読みつつも色鮮やかにイラクの風景が浮かぶ。そんな読後感を受けました。
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p8 イラクの国名の由来 ウルク 5000年前 ユーフラテス川のほとりで栄えた
p14 三大民族+クルドとスンニーとシーア派が容赦なく肌を押し付けあっているのがイラクとその国境地帯
アラブ、ペルシャ(イラン)、トルコ
p21 船大工なら多くの氏族と取引があり、湿地帯で最も顔のきく人に違いない
p79 イラクに行ったら絶対のこれ食べて (池袋のファイサル)
鯉の円盤焼き、ゲーマル(ヨーグルトみたい)
p71 メソポタミア ギリシャ語で2つの川の間 ティグリス、ユーフラテス川
p208 イスラム世界の裏番長がアリーの後継者であるイマーム、そしてイスラム裏番長最強説を唱えるのがシーア派(アリーの党派)
p237 引きノコ(日本、中国) ヨーロッパでは押しノコ
p242 プリコラージュ フランスの文化人類学者クロード・レヴィ・ストロースが提唱した概念で、ありあわせの材料を用いて自分のものを作ることとかその場しのぎの仕事といった意味であり、文明社会のエンジニアリングと対照をなすとされる
p260 私は長年ミャンマーやアフリカの反体制武装勢力を診てきているが、ゲリラに必要なのはイデオロギーと金と武器の三点セットだ。
p264 マアダンは水牛中心の生活を送っている人たち
p310 一般に、語学力は個人の能力だと思われている。しかしそれは違う。個人の中にある語学力は(絶対語学力)は半分くらいだ。後の半分は相対的語学力であり、相手との関係性による。コミュニケーションは自分ひとりでは成立しない。相手との共同作業なのだ。相手が興味があるかどうか、親しい間柄かどうか、互いの文化的背景を知っているかなどで通じ方は変わってくる。そして、相対的語学力はコツさえつかめば、短期間でグッとあげることができる。
p373 書き言葉はここに始まった the first written words started here. イラク政府機関の立てた看板
p436 見切り発車とその場しのぎの連続。
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これは著者の新たな代表作となるに違いない。「謎の独立国家ソマリランド」は、知る人ぞ知る存在だった高野さんが、ノンフィクション界に軽やかな殴り込み(?)をかけ、その名を広く知らしめた作品だった。そして本作は、さらに進んで、これぞノンフィクションの王道だと思わせる、圧巻の内容だ。私たちがまったく知らなかった世界に体を張って飛び込んでいき、見て、行動して、書いて、読む人の世界の見方を変えてしまう。まったくすばらしい。
これまでも高野作品を読むたびに「世界は広いなあ」としみじみ思ってきた。本作もそうだ。西欧中心のものの見方にどっぷりつかっていたのでは見えない、たくさんの人の営み、文化や価値観にふれて、固まった頭がマッサージされるような感じだ。世界の「グローバル化」つまり「アメリカ化」は、押しとどめられない流れのように見えるが、いやそうでもないかも、と思えてくる。
これまで自分は、イラクについてどんな知識を持っていただろうか。うーん、情けないほどに断片的だ。イラン・イラク戦争、フセイン、バクダッド(アラビアンナイトの世界)、メソポタミア文明はイラク?イラン?大体イランとイラクってどう違うのか……、そんなレベルである。それでもまったく問題なく、興味津々で面白く読んでいけるのが、信頼の高野印なのだった。チグリス・ユーフラテスのほとりに生まれた古代文明から現代へとつながる歴史や、今現在の社会情勢も、楽しく読みながら頭に入ってくる。異文化の背景にある歴史を知ることがいかに大事か、教えられるのだ。
・著者独特のスタイルの一つに、「見立て」があると思う。ソマリの氏族を戦国武将にたとえたり、「ミャンマーの柳生一族」という本があったり。本書ではイランの湿地帯の人々を水滸伝の面々になぞらえている。それですごくわかりやすくなるかというと、正直微妙なんだけど、面白いのは確か。私がいちばん気に入ったのは、イスラムシーア派の祖を「裏番長」と見立てたところ。「シーア派は究極の裏番がいつの日かこの世に降臨し、その裏番によって永遠の正しい秩序がもたらされると考えている」そうな。なるほど、これはマイノリティであるシーア派の(過激な)行動をよく説明している気がする。
・「今の主流派は真のイスラムではない」というこの考え方を、著者は「立派なグノーシス的裏読みである」としていて、まあ確かに、と思ったのだが(グノーシス主義は「人間は<偽りの神>が創造した偽りの世界に墜とされている」とする)、その続きにはたまげた。「考えてみれば、マルクス主義もグノーシスっぽいところがある」、なんと!マルクスとグノーシスをつなげて考えるとは、思いもよらなかったが、言われてみればそうかも。「この世界は間違っていて、労働者は疎外されており、それを正しく認識した人たちが立ち上がれば、理想の社会が訪れる……。」同じパターンだなあ。これはオーストラリアの哲学者も論文に書いているそうで「残念ながら私の独創ではなさそうだ」と高野さんは言うが、それにしてもすごい視点だ。湿地帯のマンダ教徒(グノーシス主義の混合宗教)の多くが共産党員だった事実ともぴったり符合しているではないか。
・湿地帯に住む人たちマアダンについての次の分析も、実に鋭いと思う。
「マアダンは抵抗する人かもしれないが、闘う人ではなく、消極的に文明や国家の側と接する人たちだと私は思う。他の抵抗者は『文明』や『国家』にもっと近い。だからこそ戦うわけだが、マアダンの人たちは文明/国家を『他人事』として見ている」
なるほど、支配と被支配といった二項対立からは微妙にずれているところに、湿地帯の民のわかりにくさがあるわけだ。
とまあ、おお!とか、なるほど!と膝を打つところがいろいろあるのだが、もちろん高野さんなので、見所は「行動力」なのだ。表紙になっている舟は、古びた感じなのでもともとあったものかと思ったら、現地で舟大工に注文して作ってもらったものだった。この製作過程も、当地の人たちのありようがリアルに感じられておもしろいし、何より舟がとてもカッコイイ。高野さんも同行の山田隊長も、すっかり背景になじんでるのだった。