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本を開いて目次を見て、すごい本読んじゃったな……という気持ちになる。読み進めて最終章周辺、すごい本読んじゃったな……という気持ちになる。
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『三体』が前提とする宇宙観が、私はどうにも許せなかった。
「許せない」と言うのは「正しくないと思っている」とは違う。
正しい正しくないはこの際議論すまい。
ただただ許せなかったのだ。
三体の宇宙観は、
”宇宙で、ある程度の安定した存在は自身の再生産を目指す。再生産を目指すものしか宇宙では安定しえない。再生産するためには資源が必要となり、しかし無限の安定性を目指す存在に対して資源は有限である。そういった前提のあるが故に宇宙とは闘争か逃走の舞台である”
だ。
本作はそういった宇宙観とまったく異なる宇宙を提示する。
『三体』は揺らぎようのない確固たる前提を暴き出しその上に楼閣を築いた。
しかしまったく違う前提から始めてみたら、どうなっただろうか。
絶望的な基盤をそれはそれとして脇に置いておき、まったく異なる土壌をスタート地点に選ぶなら?
その基盤は、例えば、この先に何があるだろうか? ということだった。
まだ見ぬ地に、まだ見ぬ未来に、なにがあるか。知りたい。行きたい。ただひたすらに。
そういった宇宙は、果たして想像しえないものなのだろうか。
私たちは、人間の視点から宇宙を語る。
そして私たちが自分の人生において価値をすえるとき、それらはなんらかの物質的制約を受けているだろうか。
私たちは選択において自由だ。
それは生存において闘争か逃走が必要となることと同じくらいの力強いトートロジーではないか。
それならば、私は、まだ見ぬ頂きに、自分の価値をすえたい。
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読みながら、私の好きな漫画に登場する「種まく者」という存在のことを思い出していた。
その者が行おうとしていたのは、星々に「種」を散布することで生物の発生を促し、新たな命を紡ぐということ。そしてこれは恣意的な見方になるかもしれないけれど、ある種の好奇心と、何かを残したい、という想いからきた行動のようにも感じていた。
望が願った「遠くを見たい」という感情はきっとそれに近い。そしてその想いは、SFを、物語を、科学を愛する多くの人が持ち合わせているであろう未知への渇望だ。
今いるこの場所から先にある、新たな世界を見たいという好奇心。本作にはそのような、センス・オブ・ワンダーの精神が満ち満ちており、言葉通りの意味で、”遠くへ行く”。
それは今と未来を繋げる行為とも言えるだろう。
新しい何かを見る。そのことを根本に置き、不死、惑星外探査、地球外文明との邂逅と、大きな尺度と長い時間で進んでいく”旅”は、何よりも「コンタクト」によって前進する。
しかし進んでいった先に、すでに先人の足跡が残っていたとしたら、私たちが「新しい」と感じる多くのものとは、すでに過去に存在した誰かしらの遺物でしかないことにはならないか? それは果たして「未知」と呼べるのだろうか。本作の重要なテーマとなるこの議題は、併せて語られることとなる「滅亡への欲求」をいかに避けることができるか、というテーゼとも繋がっている。
ややメタ的に語り直すならば、「物語を物語ることの意義」という自己言及的な問いかけでもあると言えるだろう。
では、新しさとはどこにあるのか。そもそも新しさとは何なのか。彼らは何らかの答えを得ることができるのだろうか。
好奇心によって始まった望の旅路は、やがて因果によって繋がり、再び縁を結び、新たな地平を切り開いていくこととなる。
すべては「コンタクト」によって。
その帰結は、私たちを勇気づけてくれる。
コンタクトによって、新しい思考、新しい論理、新しい感情を得られるのだとしたら、私たちはいま、この世界においても、発火点となるなんらかの可能性を"諦めなくていい"ということだから。
父から子へ、母から子へ、フィクションから私へ。
そうして蒔かれた種は、私へと宿る。
この本との「コンタクト」によって私の中に新たな地平が生まれる。
先人が残したものを作者自身の手で、作者だからこそ出来るかたちで語りきった『一億年のテレスコープ』。その物語を読むということは、読者の中に「種」が植え付けられるということを意味している。
望(と作者)は”賭け”に勝ったのだ。
そして、この文章もまた、誰かに読まれることで、誰かに宿る可能性を秘めている。そうであってほしい。
そのような、残すこと、届けること、繋げることについての物語。
本年度のベストSF候補です。
私の愛するSFが、確かにここにありました。
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学生男女3人の天文サークル青春SFかなって余裕かましてたら、ドカンとやられましたよ。遠未来、現在(から未来と言おうか)、遠過去と、3つの時代・空間が一章というセットで、第9章まで物語が展開するのだけど、その怒涛の展開たるや、こんな人(作者)が地球にいたのかと驚くしかないほどだ。が、宇宙が舞台の数億年に及ぶ物語ではあるのだけど、あくまで主人公の望(のぞむ)は天文サークルの学生マインドな純粋さで時代を、空間を、そしてアレを軽々と渡っていく。その等身大さと物語の壮大さのギャップが起こす目眩を楽しめるのは、まったくもって幸せな経験だなとしみじみ思うわけです。
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読みながらワクワク感が止まらなかった。
3つの視点で物語が進み、それらが巡り巡って
ラストに行きつく流れは秀逸だと思う。
普段SF小説はあまり読まないけれど、この小説はとても楽しみながら読めた。
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「法治の獣」の春暮康一の最新作「一億年のテレスコープ」は先行してSFマガジン8月号に冒頭170枚を掲載するという早川書房の熱の入れようを感じた。作者初の長編とのことなので、この続きは単行本を買って楽しんで下さいということだ。巨大な電波望遠鏡(テレスコープ)を作るために宇宙を旅するのかと思いきや、全く想像のつかない話に展開していくという、作者の途轍もない発想力に脱帽した。これは今度の星雲賞を筆頭としてあらゆる賞を総なめしようと目論んでいるな。まあ、それに相当することは間違いないだろう。小松左京のようなスケールの大きさや光瀬龍のような宇宙の寂寞感も感じ取ることができる一方で、語り口は現代調でとても読み易かった。地球外生命とのファーストコンタクトのオーソリティーであることは有名だが、本作品はそれを上回るスケールの大きさが特徴。アニメ化するのにはかなりの工夫が必要と思われるが、誰かコミカライズしてくれないかな、難しいけど。
一昨年、NHKのサイエンスZEROで「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」の特集をやっていたのを思い出した。有名な「ハッブル宇宙望遠鏡」よりもかなり高精細な画像に驚いた記憶がある。可視光線(VIS)よりも赤外線(IR)を観測した方が、遠くの宇宙を見るだけではなく分光学を用いて大気の成分まで観測することができるのはかなり大きな利点であると腑に落ちた記憶もある。本書の他にも手を変え品を変えた望遠鏡に関するSFが最近多くなってきた。サイエンスZEROでの高精細画像はそれほど巨大なインパクトがあったのだろう。これからもこの望遠鏡にインスパイアされた作品が出てくるのではないだろうか。
この作品を読んでいる最中に、WEB本の雑誌(文:牧眞司)を見てしまった。しっかりと読んでしまった。これにはあらすじがしっかり書かれていた。まいっちゃったな。気づいた時にはこのあらすじを最後まで読み切っていた。あらすじは書いちゃいかんよ、あらすじは。もう心が折れてしまって、一気に読書欲が減退し、これ以上読むのをやめてしまおうかと思ったが、あらすじ以外にも重要な部分が満載だったので、本当に途中でやめなくて良かった。
本書は9部構成で、大まかに3つのお話(本編・遠過去・遠未来)が並行して進む。推理小説で多く使われる手法だが、これよりも遥かに予想を上回る結合力を最後に見せてくれた。強烈なのは最後の2行。これに尽きる。もう一つの仕掛けは目次にある四角囲み数字に。最初は何かの順番だろうと思った程度だったが、本書を読み終えてもう一度四角囲み数字に従ってざっと読んでみたら、そうか、そう言う事だったのかと改めてこの作品の素晴らしさを実感できた。これは一冊で二度美味しいということですね。
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実は半分過ぎあたりまではちょっと退屈しながら読んでた。宇宙物理学とか工学とかの話はまるで頭に入らず、靄がかかったみたいになって、情景を想像したくてもイメージも湧かず、置いてけぼりにされてる感じで。もちろん、そんなにがっつり理解できなくても大筋に影響はないんだけどさ。それにしても、読了したみなさんの評価めっちゃ高いから、これで終わるはずない!と読み進めたら、大団円に向かって怒涛の展開ですよ。いやー、最後まで読んでよかった。
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現在 過去 未来 3つの時間軸により、物語は展開されていく。
望 新 縁の3人が夢見た遠くを見に行くという情熱は冷めることなく、宇宙探査は続いていく。探査の中で様々な生命体と邂逅し、交流を深めていく様は読んでいてワクワクさせてくれた。また、探査を続けていると既に絶滅した(厳密には保護されている)文明の残骸なども荒廃的な世界観があってとても良かった。
締めの8~9部は望がブラックホールの特異点の先にあるものを見に行くということで、今までとてつもない時間を旅した仲間との別れなどが描かれており、この先どのような結末が待っているのかと読み進む手が止まらなかった。
望が見てきた一億年と共に仲間との再会を果たし、どのような旅をするのか、想像を膨らませてくれる作品だった。
宇宙は冷たく、虚無な空間ではなく、熱を持った希望のある空間であることを願わずにはいられない。
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電波望遠鏡の仕組み自体は単純で、実際現代でも普通に使われているくらいなのだけど、その数と配置を工夫することでどんな遠くまでも見に行ける…というのは素晴らしいアイディアだね。複数のドローンを使って空に映像を浮かべるショーに似ている。まさに数は力なり、というわけだ。
宇宙全体を変えた主人公の始まりが、父親から語れた名付けの(もしかしたら与太話かもしれない)由来というエッセンスがよかった。
坂を転がるボールのように、行くべき道が偶然でも決まっていく。
時間も空間も因果も飛び越えて、未知を見つめる少年のお話。SFというよりは冒険譚にちょっと近いかな。
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壮大な、途方もなく壮大な話でした。
導入はヤングアダルト文学のようで、読みやすく、主人公たちに感情移入し、宇宙の深淵を追求したいという気持ちを楽しめた部分もありました。
地球外生命体がなぜ友好的か、主人公たちと同じような探究者なのか気になったので、そこがもう少し知りたかったです。
出版社の売り文句「レム、イーガンに匹敵する」(Amazonより)のイーガンは、グレッグ・イーガンの短編「鰐乗り」(『ビット・プレイヤー』収録)から来ているのだと、後で気づいた。
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小松左京氏の未完の小説『虚無回廊』の完結編という感じを得た。ファーストコンタクトもので、ハードSFの傑作と言って良いだろう。
各章は「遠未来」、メインエピソード、そして「遠過去」から構成されている。「遠未来」は一組の母子が、大始祖の伝説を検証するために、銀河を横断する旅に出る。その伝説では、大始祖は大昔に星々に〈梯子〉をつなげ、最終的にブラックホールに飛びこんだといわれている。「遠過去」は、二千億の星からなる宇宙空間を〈飛行体〉は探査をおこなっている。〈飛行体〉はいくつもの知性体を見つけ、それらがたどる運命を観察する物語。
メインエピソードは、少年の頃から地球外文明に興味を抱いてきた鮎沢望が、大学生のとき天文でつながった千塚新と八代縁とともに、太陽系の複数の天体に電波望遠鏡を設置し、そこから得られたデータを総合して、遠い宇宙を観測するVLBI(超長基線電波干渉計)を計画するところから始まる。そして望たちが寿命を迎える前に、精神アップロードの技術が実用化し、仮想的な人格として太陽系VLBI建設に取り組むことになる。そして、別の恒星系からの有意な信号をキャッチすることに成功する…
うちの町にVLBIの観測施設があることもあり、非常に興味深く読めた。しかしながら、前述のような構成をとっており、決して読みやすい作品ではない。我慢して第三部まで読み進めると、作品の全体像がわかってくるだろう。
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観測できる世界は宇宙からまた違う果ての宇宙までどこまでも広がっていて、想像以上に多くの生命体が存在して、その生命体を観測することで社会を知り、また大きな別の生命体が存在することがわかったのならどうするか。地球人はちっぽけな情報体のひとつにすぎないし、宇宙旅行を安全なコースで行ったって新たに掴める情報は少ない。観測しなければ何も見つからないから、遠くへ行き観測をすることを繰り返す。主人公は望む、その名は遠くを見ることと親に与えられたとおりに。疲れるような長い話だが、望は情報の全てを使って延々と観測する。観測し終える日は来ないと理解して全てを注ぎ込んでいる。
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2025-02-03
小さな、今まさにどこかでなされているかもしれない希望に満ちた妄想が、遠大な時空を超えて実現する物語。物語の構成上、ラストシーンは十分予想できるものだったが、そこまでの過程が目眩がするほど芳醇。
いい物語です。
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おそらく初めて読んだハードSFでしたが、私の持つ「SFは没入し難く読み難い」という偏見を取り払ってくれる作品でした。第5部は中弛みを感じましたが、その前後はテンポ良く読めたと思います。終盤はダイジェストのように感じて、もう少し各々の思考(哲学)をしるしても良かったんじゃないかなと思いました。舞台装置的に扱うところは情報をカットした感じなのでしょうか。
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「SFが読みたい」国内部門第1位とのこと。
地球外知的生命体との邂逅がリアルに、鮮やかに描かれる。遥か遠くを見たい、知りたいと願う主人公が、異文明との接触の果てに行き着く選択とは。#プロジェクト・ヘイル・メアリー とも #三体 とも一味違う、#SETI の物語。
#読書好きな人と繋がりたい