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投稿者:エムチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
現代のSNSのフォロワーってそんなに大切なのか、たくさんいないと落ち着かないのか、なんだかなぁ、みたいな感覚でした。その上、この作家さんの作品は、前に読んだものもそうでしたけど、表現が独特で、ちょっと癖有りなんですよね。
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時代がほんの数年あってない気がした。それとも私がSNS離れしてるからかな…今もそんなにフォロワーフォロワーな世の中なのかしら。
久しぶりの本谷有希子さんの新刊楽しみにしてたけども、相変わらず表現が独特で少し気味悪くて楽しかったけど、ちょっとずれを感じたかな…
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常に他人に攻撃して、その実自分も攻撃していて、更に読者も攻撃するような。
攻撃力が高い。
弱いのに強い、とか。弱いから強く見せてるのかとか。
そんな矛盾とか複雑さをずっと感じながら読んだ。
自分の価値や居場所をなにかに委ねながら生きる辛さは計り知れないだろうなと他人事みたいに思うのに、何故かあぁ分かるなって感じる部分もあって、本当にチクチクと抉られるような具合で最後まで読み通しました。
過剰な思考。よかった
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2025.2.21 読了
初めての本谷さん作品。表現が独特で「玉ねぎが溶ける」、「顔がイソギンチャク」などの表現はぶったまげたよ。
主人公に共感しつつも、店員さんにマウント取ったり、アップルのスタッフさんへの近すぎる距離感にはドン引きでした。
これを読んでいたら、承認欲求モンスター映画「シックオブマイセルフ」を思い出したのでこちらも合わせて観てみても楽しいかも!
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“承認されたくて承認されたくていつも死ぬほど震えているのに、目の前の人間からの関心は煩わしいとしか思えない”
じゃあ彼女は/私は誰から何を承認されたいんだろうな。自分を深掘りされたくはないけど注目はされたい的なことなのかもしれないけど、すごい孤独だなそれと思った。
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都内を舞台に、SNSのフォロワーをひたすら欲しがる女性の連作短編。精神的双子である相方の港区女子感つよいソラちゃんとは違い、語り手のミクルちゃんは思考が過剰に働く様子が凄まじい。欲求と自意識の果てはそう自認しても破滅的にならずをえないのか。場末の描写はどこかキューブリックの『2001年宇宙の旅』みたいでおかしかった。
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主人公に共感できなすぎて新鮮。痛々しさや醜悪さがクセになる。病んでる人しか出てこない。病んでる人は病んでる人としか出会わない。
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店員にマウントを取り、人の投稿をパクり、食べたくもないスイーツを食べる主人公はSNSに生活全てを支配されている。
アテンションエコノミーの犠牲者ともいえる主人公の姿は、滑稽でもあり哀れだ。
だが、現在私たちの生活には多かれ少なかれSNSが関わっており、笑い事として見られない恐ろしさも感じた。
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本谷さんの本は好きなんだけど、これはかなり抽象的だった!
現実と妄想の境目が曖昧な状態で語られていて
読むのがちょっと大変だった。
自意識と承認欲求から生まれ
フォロワー数=自分の価値だと信じている(信じたがっている)ミクル(偽名)。
虚像から抜け出したいのに抜け出せない、
フォロワー数だけを頼りにする生き方から逃げたいのにやめられない、
儘ならなさに狂っているミクルの現実と妄想。
自分で理解してるからこそ、憐れだな。
二度は読まないかな。。。
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承認欲求の凄さと主人公の癖の強さがすごい…
好き嫌いが分かれそうな本だけど、あまりにも主人公がこじらせているのでシュールでちょっとおもしろかった。
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手元のスマホで24時間365日承認欲求マウントバトルに明け暮れる女性の話。
記入ハラスメント、承認欲求テロ、ニメーバ、自分自身より大事なスマホッ。、もう二度とSNSができない身体にしてほしい…パンチラインの連続。
フォロワーの数がその人の価値であると信じていたのに(信じているふりをしていたのに)実際にそうなってみればフォロワー数なんて救いにも希望にもならない現実に直面する。フォロワーが増えたところで人生も世の中もクソのまま。かと言ってスマホを捨て去る、アカウントを削除することはできない。
中盤までは面白い。終盤は微妙。ラストは映画2001年宇宙の旅みたい。
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SNSでは承認欲求の塊なのに、目の前の人間からの評価は気にしないという気持ち悪さ。フォロワー数というただの数字でしかないステータスを求めて生きていく主人公に共感出来なかった。日本語の使い方が独特で純文学作品としては楽しめました。
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寄生虫の一種にロイコクロリディウムというのがいて、かれらは中間宿主であるカタツムリの意識を収奪してゾンビ化させると、終宿主である鳥類に見つかりやすい明るい場所へと誘導する特徴を持っている。なぜこの生き物の事を書いたかといえば、本作のキーであるSNSや所謂映えにそれと近いものを感じたからだ。主人公は何がなんでもフォロワーを増やしたい正に寄生されている側の人間である。ただひとつ違うのは自らを承認欲求と自意識が生み出した子だとはっきり認識している点。絶対的な価値基準をフォロワー数に置き、他者と接する時マウントを取らずにはいられない、実に卑小で滑稽な人間ではあるものの、他でもない本人がその卑小さ滑稽さから逃れられない懊悩に常に喘いでいる。その姿を私は安易に一笑に付すことは出来なかった。《もう二度とSNSができない身体にしてほしい》という作中の言葉が示すとおり、いまを生きる世代が抱えるあまりにも哀切な物語である。
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久しぶりに本谷ゆきこの著書を見つけ、嬉々として手にした。
各章の数字は、なんなんだろう、とずっと思いながら読んで、わからないまま読み終えて、コレを書き始めて、もしかしてフォロワー数?
店員さんにマウント取ることが生き甲斐的な主人公。その振る舞いの気持ち悪さに震撼したが、章が進むにつれ、SNS中毒の人の苦しみや葛藤(みんながみんなそんなに思慮深いわけではないだろうが)を読み進めるうちに、なんか、共感できるは部分があるような気がしてきた。かな?
本谷さんの文章は、難しいところも多いけど、好きです。
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SNSのフォロワーを増やすことに己の全てを囚われており、他者とは迷惑を介してしかつながり合えず、店員に難癖をつけてマウントを取ることをライフワークにしているミクルと呼ばれる女性が主人公。またの名を勘解由小路、だいなごんあずき、五百旗頭、大右近。本名不詳。
現代ではわりに見かける設定ではあるけれど、主人公の奇天烈っぷりと暴走っぷりが突き抜けていてサイコーだった。近年の綿谷りさと金原ひとみの作風を足して二乗したような感じ。
回転寿司店で、寿司ネタに唾を擦り付けるという迷惑行為をくり返すきょうだいを目撃したとき、勝手に姉のようなシンパシーを感じているシーンが好き。