非線形非平衡多自由度系
2025/04/11 16:17
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投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
脳全体のパフォーマンスで知能を実現している。現実世界のシミュレーターとしての脳の機能(知能)を通して、大量データを高速に扱える生成AIの進化と自我の獲得の問題を語ることによって、シンギュラリティは非現実的と考えている。
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結局、知能とはなんだったのだろうか。人間の脳については分からずじまいだ。生成AIとは、人間の脳の仕組みをまねることをあきらめて、単に人間の脳と同じようなはたらきをしているように見えるもの、と考えていいのだろうか。技術の進歩によってそういうものを作ることに成功したということなのだろう。著者がどこかで「こんなスカスカなもの」と書かれていたと思うが、僕の脳の中にも最近の生成AIについてはそういうイメージが出来上がっている。しかし、だからこそ、すごいものを作ったなあ、という感想なのだろう。もっとも、僕なんかはスマホでちょこっと調べ物をするときにたずねるくらいで、そんなにご利益は感じていないし、ちょっときわどい質問でもすれば、「そういう質問にはお答えすることができません」なんて逃げられることもあるから、こいつ大したことないなとか思ってしまう。まあ、人間でも同じような答えしか返ってこないのかもしれないが。ところで、最後にジャイアントロボの話が出て来るが、そんなのはすっかり記憶の彼方に行ってしまっていたから、ちょっと懐かしく思った。それで思い出したのがマグマ大使だ。笛を吹いて呼び出すのだったかな。僕はどちらかというとそっちの方が好きだったなあ。なにしろ、小学生になるかどうかくらいのころの記憶だから定かではないが。さて、本書には非線形非平衡多自由度系ということばが何度も出て来るが、僕自身、学生時代、沢田康次先生の「生体物理学」という集中講義を受けて興味を持ち、プリゴンジンの本なんかも何冊か読んでいたので、大変懐かしい思いがした。40年くらい前の話だけれど、カオスとかフラクタルとかの話をワクワクしながら聴いたものだ。非整数次元とか衝撃的だった。津田先生の「カオス的脳観」が注に上がっていたのもうれしい。3年間、東京で編集の仕事をしていて、唯一自分で企画編集した本だったから。あとは、甘利先生がノーベル賞を取っていたら言うことなしだったのだけれど。2個見つけた誤植。図表9-1でリザバーとある。こういうのこそ、AIがしっかり見つけてくれたら良さそうなものだが、図版の中だから無理だったのだろうか。それともう一つ、39ページ後ろから7行目のSはいったい何の間違いなのだろうか。
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著者自ら評価する通り、生成AI研究の間近にいながらその可能性を見抜けなかった人なので、この人の未来に関する見通しはアテにならないが、これまでのAI 研究の経緯や動作原理などは非常にわかりやすく書かれていて、素人でも十分に深いところまで理解できる。自然言語処理がこう言う原理で動いていたなんて驚き。単純に確率だけで次の言葉を選んでいると思っていたが、脳内(メモリ内?)に関連度の距離に関する地図を持っているのね。その意味では人間の言語処理と似ていると思った。その地図がもっと精巧で広範囲になればヒトが持つスキーマに近いものになると思われる。恐らく時間の問題だろう。
ただ知能が高いことと、意思や感情を持つことは全く別なので、ロボットが人間を支配するようになるには別の発明が必要になるだろう。そしてそれは案外良いことなのかも知れない。少なくとも自民党の爺さん達よりは優秀そうだ。
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【いくつかのポイント】・非線形系非平衡多自由度系
・実は、私たちは「そもそも知能とはなにか」ということですら満足に答えることができずにいる。
・生成AIも人間の脳も現実のシミュレーターに過ぎず異なった限界を持っている。
・生成AIと脳という二つの別の「知能」があり、それらは全く異なった形で現実を解釈するシミュレーター。今後も無限個の「異なった現実シミュレーター」としての知能が出現する。
【目次】
第0章 生成AI狂騒曲
第1章 過去の知能研究
第2章 深層学習から生成AIへ
第3章 脳の機能としての「知能」
第4章 ニューロンの集合体としての脳
第5章 世界のシミュレーターとしての生成AI
第6章 なぜ人間の脳は少ないサンプルで学習できるのか?
第7章 古典力学はまがい物?
第8章 知能研究の今後
第9章 非線形系非平衡多自由度系と生成AI
第10章 余談ロボットとAI
あとがき
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生成AIが「知能」であるかどうか?そもそも「知能」とは何かに、迫る解説。
生成AIの実体を理解するのに大切な視点が得られる。
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知能とは非線形非平衡他自由度系によるシミュレーションである、という主張はともかくとして、近年のDL, AI の進展が要領良くまとめられている。1990頃までのneural network の研究と本質的な違いが無いのに、コンピュータ性能の向上によって莫大なデータを扱えるようになったことにより、パラメータ数も格段に増やしたにもかかわらずoverfittingの問題が何故か回避されてしまった、その理由は分からない、という専門家としての見識がこの本から得られる最も貴重な情報であろう。さて、知能というのもこの宇宙で起きている自然現象の一つであるから、非線形非平衡他自由度系で起きている現象であるという主張には納得がいく。しかし旧来の所謂人工知能研究で対象とされていた人工言語が論理を基礎に作られようとしていたものが役に立たなかったという評価であるが、こちらは「知能」とはちがう「知性」と深く関わっているという思いが残る。
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借りたもの。
AI研究の歴史を概観しつつ、現在の生成AIを「非線形非平衡多自由度系」という物理学の概念を用いて分析している本。
松尾豊『人工知能は人間を超えるか』( https://booklog.jp/item/1/4040800206 )でも言及されていた過去の知能研究や、脳の機能を比較して、その違いを踏まえた上で、物理学的な考察へと議論が展開されていく。
AIと人間の脳を「現実世界のシミュレーター」として比較する視点が提示されており、両者の違いを非線形非平衡多自由度系――多くの要素が複雑に影響し合い、予測が難しいシステムのようだ――から解説。
何より、AIが自律的に進化して人間を超えるというシンギュラリティの可能性についても、著者は懐疑的な見方を示している。
何故なら、人間の知能――生物学的知能――と、AIの「知能」――アルゴリズム的知能」――が構造的に別物であるためだ。
AIが大量のデータを効率的に処理できる一方で、人間のような柔軟性や少ないデータからの学習能力に欠けている点を指摘。
…しかし、人間の脳然り、ディープラーニングさえもその解析の行程がブラックボックスであろうし、私自身がこの分野に無知なので……私は読んでいて次第に、人工知能は似て非なるものでありながら人間とは異なるアプローチで自我のようなものを持つのではないか?とファンタジーな妄想に走ってしまいそうになる。
だが、それもお門違いなのだろう。
「知能」とは現実世界をシミュレートするための装置であると定義しなおす。
人間の脳もAIも、それぞれの方法で外界のモデル(仮想世界)を頭の中に作り上げ、未来を予測したり判断を下したりしているという視点で語る。このシミュレーター理論によれば、一見共通する機能を持つように見えるヒトとAIの知能も、その中身は大きく異なってゆく。
すなわち、人間の脳は“「もっともありそうな」仮説(実用的な近似)を無意識に選んでシミュレーションする”のに対し、AIは“人間とは異なるアプローチで「それらしく見える」世界を作っている”に過ぎない事を指摘している。
あとがきには姉妹シリーズである講談社ブルーバックスから出ている『はじめての機械学習』( https://booklog.jp/item/1/4065239605 )も紹介。
…こっちを先に読んだ方が良かったか?
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田口先生の2冊目。いずれもAI関連。ChatGPTが人間とは別方式の世界シミュレータだという見方は当たっていると思う。
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AIの歴史や概要について掴むのにわかりやすい本。人工知能の研究に、人間の知能から進めていって行き詰まり、全く異なるアプローチが今の人工知能に繋がるというとは面白い。
そういう観点で見ると、今の生成AIはスカスカで、自我に繋がるものでなく人間の脅威に当たらないというのは論理的にすっきりしている。
また、人間の脳も現実のシミュレーションの一種に過ぎないというのもなるほどと納得できる。
しかし、今後のAIの進歩についてはどうなるのかという点はあまり書かれていない。
画像と深層学習の組み合わせを考えれば、現実社会への浸透はどんどん進んでくるだろう。
そもそも人間の生活のほとんどは知能ではなく、習慣とルールで成り立つものであり、自我のないAIで十分対応できるもの。
効率的な社会の実現により、ますます多数の人間が不適合になるのではないかと危惧している。
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議論の設定だけをみれば、昨今のAi技術の興隆の中ではありがちなもののひとつであるが、物理学者としての見地と、過去の研究におけるAI技術のブレイクスルーとの類似性といった観点からの解説は、哲学上の議論やAI開発者の理論とも異なる視座として貴重に思われた。内容自体は比較的初学者にも優しい。
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田口善弘氏の『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』についての対話を通じて、この本が示す「知能」の捉え方の斬新さと奥深さを強く実感しました。本書は知能を「多自由度で非線形かつ非平衡な複雑系の動的生成過程」と定義し、人間の知能だけでなくAIの知能理解にも新たな視点をもたらしています。
対話の中では「メタ認知的視点」の重要性が浮かび上がりました。問いを立て、筆者に“なりきって”考察することで、まさに「知能を知能する」行為が繰り返され、私たちの理解は深まり、知能の本質に迫る動的な生成が生まれているのだと感じました。
また、本書のキーワードである「非線形非平衡多自由度系」「散逸構造」「動的平衡」といった複雑な物理学概念が、日常の具体的な例えや現象に巧みに落とし込まれている点も印象的です。例えば大阪のおっちゃん風の「知能はタコ焼き器のように、たくさんのパーツが動き、毎回違う味のタコ焼きを作り出す」という説明は、難解な理論を親しみやすく伝える巧妙な工夫であり、複雑系としての知能を感覚的に捉える助けになりました。
人間の知能が「少ないサンプルで学習できる」というテーマでは、先天性バイアス説、制約条件説、ベイズ統計説などの理論とともに、乳幼児の遊びや身体性が実は知能形成の重要なプロセスであることが際立ちました。単なる「遊び」とみなされがちな行動が、身体と環境の相互作用を通した非線形かつ動的な知能の自己生成の証左であることが、本書の複雑系的知能理解と見事に合致しています。
さらに、AIの進化やシンギュラリティに関する「相転移」概念の議論からは、科学的厳密さと社会的メタファーの使い分けという鋭い視点が示されました。筆者が物理学的現象としての相転移を重視しつつ、未来の変革を象徴的に表現する「相転移」との落差を明確に区別している点は、AIの発展を理論的に考えるうえでも刺激的でした。
サム・アルトマン氏がGPT-5の驚異的な対話能力に困惑したという話も、本書を通じて知能の多様性と複雑性、そしてコミュニケーションの本質に思いを馳せるきっかけとなりました。AI同士の高度なやり取りが人間の理解をどこまで超えていくのか、その共存と調和は今後の重要なテーマであることを強く感じました。
総じて本書は理論書の枠を越え、人間の認知や意識、身体性、環境との複雑な関係性の中に深く切り込む科学的探求書といえます。私たちが問いを重ね、多角的に思考し続けること自体が、この知能という難問の動的な生成過程を体験することであり、これが本書のテーマと呼応しているのです。
『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』は、AIや知能に関心のある人のみならず、認知科学、哲学、物理学、生命科学に興味を持つすべての読者に示唆深い洞察を与えてくれる一冊です。読了後には、知能という言葉の概念が格段に重層的かつ動的なものに感じられ、AIへの見方も大きく変わるでしょう。今後も知能研究やAIの進展とともに折にふれて読み返したい、そんな刺激的な本でした。
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AI研究の発展と知能研究の交差や関係について物理学者の目線で語るという内容。昨今の生成AIの隆盛の中で開発に関わる技術者からの解説や、あるいはAIと人類あるいは社会との関係を哲学的な視点から考察するものなど、関連する書籍は多数あるが、本書の特徴はAI研究という意味で関連はしているけれど生成AI的なものを生み出すには至らなかった分野の物理学者として、これまでのAI研究の技術的な変遷などが俯瞰的に構成されていて全体像がわかりやすいという意味で新書として良い内容だと感じる。
知能とは世界をシミュレートするものであり、生成AIもまた世界シミュレーターだが人間の知能とは異なるやり方でそれを実現しているのであり、生成AIによって知能が再現されたということをどう捉えるのか、という辺りの話は面白かった。生成AIの発展によって知能とは何かという問いに新たな発見や考察が今後も生まれてくるのだろうなという感覚を得られて良かった。今後が楽しみです。
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生成AIに知能はあるのか、そもそも知能って何?について科学的に解説した本。
自由意志に興味があって、それの理解の一助になればいいなと思って読んだけど、専門家じゃない人にも優しく説明しているんだろうが、いかんせんこちらが理科オンチすぎて何が何だかわからなかった…ところどころ出てくる専門用語でお手上げでした…
でもシンギュラリティはない(あっても人類をどうにかするようなことはない)と書いてあった気がして、得るものはありました。
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なぜ物理学者が「知能とはなにか」を問うのか?
物理学者の書いた本を普段読むことはないのだが、取り合わせの妙というか、「なぜ?」という思いがぬぐえず、読むことにした。
結論として、筆者によれば「知能とは現実世界のシミュレーター」。
人工知能は「意味」を理解していないが、事物の関係の地図=世界を構築することができる。
膨大なデータが利用できるようになり、一時はとん挫していたAI研究が一気に進み、今や実用化した。
著者によれば、「現実世界のシミュレーター」である点では、人間の脳もAIも等価である、と喝破する。
もちろん、仕組みの違うシミュレーターであるとも言っているので、同一視はすべきでないのだが。
知能とは何かという問題に関しては、脳科学者も、人工知能研究者も取り組んできたけれど、きちんとした答えはまだ出ていない状況なのだそうだ。
脳から知能を研究するアプローチでは、部位と機能の関係についてのデータは蓄積されているが、知能の定義には至っていないのだとか。
人工知能研究はこれとは違った知能についてのアプローチ法を提供した。
複雑な知的作業も、単純な論理演算で実現できるのだから、脳の機能がわからなくても、それを再現できると考える「古典的記号処理パラダイム」が生まれる。
ところが、論理では導き出せない「常識」の学習でつまずき、頓挫する。
これを打開する二つのアプローチがさらに考え出され、その一つがニューラルネットワークだったのだが、花開かずに消えたもう一つのアプローチが面白い。
人工知能に身体を持たせてしまえ、というものだ。
ちなみに、このアプローチが進展しなかったのは、一つは残存する「古典的記号処理パラダイム」との対立と、ロボット研究との境界があいまいであったことだそうだが、この考え方が将来また芽を吹いたりしないのかな、なんて夢想したりする。
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近年盛り上がっている生成AIと人の知能を比較することで、知能について考察した本。
著者の田口氏の本といえば、30年ほど前に『砂時計の不思議』を読んだことがあります。
非常に面白かった記憶があるので、本書は、著者の名前を見つけた瞬間に手に取っていました。
現在の生成AIは、「非線形非平衡多自由度系」と呼ばれるモデルの延長線上にあるそうで、これは、人の知能とはまったく違う形での知能の実現、とのこと。
かつて非線形非平衡多自由度系の研究者であった田口氏は、生成AIに到達できる可能性があったわけで、そのことをかなり悔しがっているように見受けられます。
それゆえ、若干感情的な論調なので、「客観性に欠けるのでは?」という印象も受けました。
ちなみに、「知能とは何か?」について、学術的な定義は現時点では確定していないようですが、田口氏は「現実世界のシミュレーター」と定義。
これについては、生成AIと人の知能の比較から、納得できる定義だと思いました。
しかしながら、シミュレートの方法が、生成AIと人の知能ではまったく異なるため、生成AIが人の知能の脅威になることはないだろう、というのが田口氏の見立て。
とはいえ、「現実世界のシミュレーター」にはいくつも方法があると考えられるので、人の知能を脅かすAIが登場する可能性は否定できないのかな、と。
現在の生成AIは、かつて田口氏が研究に携わった「非線形非平衡多自由度系」の延長線上にある、ということで、全体的に生成AIに対して斜に構えていて感情的なのですが、ご自身もそのことを理解しているようです。
そのあたりをうまく差し引いて読むことができれば、もう少し高評価なのですが、自分にはそれができなかったので、★★★☆☆で。