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【トランプ米大統領、イーロン・マスク……】世界でエリートへの反感が強まり、既存の権威に対抗する存在が支持されている。彼らは社会をどう変えるのか。思想とともに読み解く。
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なんか学生のレポートみたい。現象としては理解した。主要な関係者とその主張もわかった。ただ、その動機は全然わからない。ヴァンスにしてもティールにしても、エリート大学に行った"優秀"な人が、なんで自己の出自を否定するような考えになるのか、がわからない。単に規制を取っ払って思うがままにやりたい放題やって儲けたい、そのためにトランプは利用できそうだ、というだけのような。。彼らの主張の中身にはあまり新鮮味は感じられないので、こういう人たちが台頭してきてしまう、今までは機能してきたように見えていた民主主義の歯止めみたいなものがなぜ無効化されてしまったのが知りたかった。
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本書で、ヤーヴィンという人が、大聖堂と言って、メディアと大学を攻撃している。その影響かも知れないが、今、ハーバード大学が、トランプ政権の攻撃にさらされている。その影響は、わが国にも及びはじめている。新聞の発行部数の落ち込み、TV視聴率の落ち込み、そして、国会で審議中の日本学術会議法改正法案、何れも旧体制の崩壊をいみする。本書はきたるべき時代の手引きのひとつになるかも知れない
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世界の人々の最近の思想や政治に対する考え方か良く理解できました。
リベラルな自由主義のナラティブのうちで人々が合意していたことは、明日は今日よりも良くなる、と言う物語くらいな気がします。
私も今は何かが間違っていると言う気持ちがあります。でもその気持ちを抱かなかった過去が正解だったのかと考えてみても、別に昔もそんなに正しかったわけではないよな。と言う感じです。
自分は外に立っているのに大聖堂の奴らはぬくぬくとしやがってとも思います。でもその大聖堂がカウンターエリートのお陰で壊されたとしても、自分自身の立場が良くなるかどうかまで分かりません。大きな建物がなくなって、日当たりが良くなり過ごしやすくなるかもしれませんし、逆に建物の影がなくなり直射日光で暑くてたまらなくなるなもしれません。もしかしたら壊れた大聖堂の破片が降って来てもっと痛い目を見るかもしれません。
SNSで重視される物語やキャラクターだけで、人間の社会生活に必要な大事な何かが取り返しのつかないことにならなきゃ良いなと思うばかりです。
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アメリカでトランプ大統領を支えている者が何者なのか、わかりやすく説明されている。
トランプバージョン2が用意周到に準備されていたことに、大変驚いた。
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現在は、左か右かではなく、現状維持か破壊かという世界になっている。アメリカの政治状況や日本の政治でのSNSの重要性など、さまざまな事象をこの切り口で説明できる、という内容。一つの論点として参考になった。
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アイデンティティ政治に拘泥して「本当に重要なこと」から目を逸らしている左派リベラル。それに対抗して極端な主張を繰り返す「カウンターエリート」。トランプ大統領やJ・D・ヴァンス副大統領が台頭した裏には、カウンターエリートの代表であるイーロン・マスクやピーター・ティールの支援があった。
自由な発想を繰り返して成長の原動力としてきたシリコンバレーの起業家2人がリベラルな価値観を否定してトランプ大統領に接近するのは、一見すると違和感がある。
しかし、リベラル勢力は政府、官僚機構、メディア、大学に浸透し、既得権益化している。ポリコレの名のもとに自由な発言を制限するリベラルな価値観のもとでは、空飛ぶクルマも不老不死の薬も生まれない。
かつてのシリコンバレーといまのカウンターエリートに共通するのは、既得権益に対抗してイノベーションを起そうとする「破壊主義」だった。
個人的には、直前に『創始者たち』を読み、世界を変えた起業家ピーター・ティールの優秀さに感動していたので、本書を複雑な気持ちで読んだ。
テクノロジーへの「明確な楽観主義」を掲げたカウンターエリートが、何か取り返しのつかないものを破壊してしまわないことを願いたい。
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文脈としては『テクノリバタリアン』に近いと思われるが、題材として興味深くトランプ第二次政権などの昨今の事情に関する考察としても参照するべき部分が多い。テーマが親和的なものであれば、この筆者に触れておいてよいと思う。
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●現行システムを「破壊」する新勢力・カウンターエリートとは何者なのかを分析した本。
●カウンターエリートとは何か、彼らが世界に何をもたらすのかを知る。→カウンターエリートが台頭してきた背景はよく理解できた。
●本書は、トランプ支持を表明したテック界の巨頭ピーター・ティールや、その背後にある思想家カーティス・ヤーヴィンの理論を補助線に、今世界で起きている「エリート対アンチエリート」という単純な二項対立では説明できない、より深い構造変化を鋭く描いている。「カウンターエリート」とは、既存の学歴や社会的地位、富を持ちながらも、政府・官僚・学術界・メディアといった「既存の秩序」を既得権益とみなし、その解体と再構築を企てる勢力だという。本書で重要な視点は、対立の軸が「リベラルか保守か」ではなく、「現状維持か破壊か」にシフトしているという現実である。本書は、単なるアメリカ政治の解説書にとどまらず、日本を含む先進諸国が直面している「リベラルな秩序の終焉」を予感させる一冊である。
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イシケンさんが考案したカウンターエリートとは、反エリートではなく、ドナルドトランプやピーターティール、イーロンマスク、レーガン、石丸伸二、斎藤元彦などを指し、既存の官僚、政府、教育、マスコミなどが既得権益的に社会がまかり通っているところにちょっと待った!と言って横からツッコミを入れるエリートらしい。
そんなに悪くないかもと思ってしまうけど、どうなんでしょう。
スマホの普及により、SNSやYouTube など自分好みの偏った情報やフェイクニュースなどが当たり前になってからカウンターエリートが増えたように思うが、実は民主主義国家が生まれた18世紀頃からカウンターエリートのようなことは存在していたようです。
もしもカウンターエリートの言う通りに能力主義、民主主義の終焉、人間社会のため経済が良くなるなら地球環境はどうでもよい、お金を稼ぐ人を優先した社会とかになってしまったら、ちょっとヤバいかも。
でも若干いまそうなってきている。
早い話しで言うなら、右か左か、民主党か共和党か、自由主義か保守主義かではなく、「破壊主義か現状維持主義か」となるらしい。結構極論。
もしトランプがあと2,3年後にアメリカ国民の貧困層が減って、世界の戦争も阻止できたのなら、意外とトランプやるじゃん、となるとカウンターエリートいいねぇとなるかもしれない。
結局いいのか悪いのかわかりませんが、日本の国民も既存のままだと生活が豊かにならないのであれば、カウンターエリートも悪くないかも、となりますね。
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★「エリート」の意味が違うんだ★トランプを支えているのは経済的成長から取り残された白人労働者、とのイメージを引きずっていて、なぜ恵まれた環境で育ったエリートであるトランプに熱烈に同調できるのか、と長く不思議に思っていた。エリート臭がさらにきつい民主党よりマシ、という理由なら、そこまで熱狂的にはならないだろうにと。その疑問の設定の仕方が間違っていたことを本書は教えてくれる。
成長においていかれた米国(日本よりかなりマシとは思うが)にはびこるのは、「何かが間違っている」「本当に重要なことが無視されている」という意識。それが、現状の穏やかな変化をめざす(そして成果を得られなかった)リベラル層への不満につながり、破壊主義者であるトランプの支持へと至る。破壊主義者は、民主主義といった当たり前とみなしてきた概念そのものに疑問を突きつけ、ゲームのルールを超えていく。
そこにシリコンバレーの成功者たちの、破壊的な変革の意思が重なる。トランプ1期目は怪しい右翼が支え手となったが、2期目はピーター・ティールやイーロン・マスクの現状に対するいらだちが後押しとなったという。そして1期目は移民排除が全面に出たが、2期目はシリコンバレーを模範とした国家CEOによる君主制を目指すという。
エリートという言葉は「既得権益者」という意味で用いられていて、カウンターエリートはそれを打破する人たち。育ちや経歴とは関係ないことが理解できた。「エリートはグローバリゼーションというコピペをしているだけで、新たなものを生み出していない」というカウンターエリートの認識は、まさにシリコンバレー的だ。
ティールの主張などはよく分かったが、理解しきれなかったのは、若者がトランプを大きく支持した理由だ。カウンターエリートの影響力が高まった背景として、「何かが間違っている」という不満がリベラル・デモクラシーの行き詰まりともに顕在化し、増幅装置としてのSNSがマスメディアに取って代わり、キャラの立ったストーリーテラーが席巻した、分析する。
後者2つが大衆を取り込んだとするようだが、熱狂・分断に至るまでのうねりは増幅装置とキャラだけで広く巻き込めるのだろうか。そのあたりは若者側の思いに則した分析をぜひ読みたい。
アイン・ランド著「肩をすくめるアトラス」は読んでみよう。
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カウンターエリート?トランプ ヴァンス 石丸伸二 尹錫悦 イーロン・マスク?
読み進めるにつけ、隔靴搔痒、何か、わかるような気がするんだけど、
やっぱり何言ってるかわからない、そんな焦燥に駆られた。
著者が言いたいこと、言ってることと、その例として挙げられる著名人が、
どうも結びつかないのだ。
ただ、、、次第に、、、一つの言葉が浮かんできた。
それは
ガラガラポン
数十年前に大前研一先生が唱えたことば。
政府官僚組織をガラガラポンしないと日本は立ち直れないと。
もしかしてカウンターエリートはこれに近いのか?
そう思うとなんだか気分が悪くなってきた。
私も思いは同じ。
てことは私もカウンターエリートなのか?あ、エリートじゃないか。
おわりに に カウンターエリートは 破壊主義者 だ、と
はっきり書いてある。
んーーーー。
トランプは破壊主義者なのか?イーロン・マスクが?
私と思いを同じにするのか?
納得できない。
彼らのやってることはめちゃくちゃだと思う。
それに、破壊と言いながら、現体制を利用しているようにも見える。
ずるくも見える。
なんか違うんじゃないか。
結局この新書を理解していないのかもしれない。
ただ、、
先進国、特にアメリカのいらだちの部分に関しては納得がいった。
ここからは私の考察。
アメリカは第二次大戦後、1950-60年代は黄金期だった。
日本もそのおこぼれに預かった。
トランプが一番好きな時代はこの時代だ。
その最大の理由は、後進国がおとなしかったからだろう。
それが1970年代になると後進国は目覚め、「発展途上国」として、
今まで先進国に搾取されていた富を取り返そうとし始める。
当然先進国は今までの栄華、贅沢ができなくなる。
限られたパイを分け合う数が増えるのだから。
今までの先進国がずるかっただけなのだ。
しかしトランプはそれが面白くない。
富が減ったために没落した白人労働者をけしかけ、
MAGAを叫ぶ。
世界の環境が違い、そんなことはもうできるはずもないのに。
日本人ファーストも似たようなものだ。
元より日本人は「ガイジン」を見慣れておらず、
「バケバケ」ではないが、鬼扱いしたりしていた。
ただ、畏敬の念はあった。日本人としての道徳観をもって。
貧しくとも礼儀正しかった。
そうしたものを失って、ただ嫌がるのが今の風潮。
彼ら彼女らがいなければ生活が機能しないことを知ってか知らずか。
そういう動きが「カウンターエリート」だと、なんだかこんがらがる。
ただの時代錯誤のアホに思えるが、、、
はじめに
第1章 選挙イヤーに誕生したカウンターエリート
第2章 ピーター・ティールの思想
第3章 シリコンバレーの欺瞞
第4章 カウンターエリートの導師
第5章 利己的なリバタリアンか、反Wokeの差別主義者か
第6章 そして世界に広がった
第7章 カウンターエリートが台頭する三つの理由
第8章 カウンターエリートがもたらすもの
おわりに
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なぜトランプ大統領がある一定の賛同を得ているのか、何が起こっているのかと思って手に取った本。
差別的な発言や独善的な発言ばかりに気を取られていた自分に反省した。
なぜある一定の賛同を得たのか、その背景(「何かが間違っている」という頭打ち感が中間層を中心にあることなど)が説明され、その間違っている世界に変化をもたらす方法や行動がカウンターエリートは破壊的であることが説明され、破壊的な変化がもたらすその先は・・・・・・
この本を読んで、経済の重要性が身に染みたような気がした。
「何かが間違っている」というその漠然とした気持ちの正体を見極める必要もあるのかなと思った。
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ある意味1番の驚きはオルタナティブファクト
読まなければ全く知らなかった事が知れたし、考える機会にもなったので、これらも咀嚼したうえでどういうスタンスでいるか。が大事か
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アンチエリートではなく
カンターエリート
現行システムに依存する人々と、新たにつくり直したい人々との対立
どこかで流行ったことを別の地域に持って行きビジネスを成功させる、それはコピペであり技術的な進歩はない。そんなことばかりやっているからドラえもんの世界は実現しない。そんなことを思う人が増えてきたようだ。
大物投資家 ピーター ・ティール