ケアの仕方の考えが変わります。
2025/05/23 11:39
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:広島の中日ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
多数のケア関連書籍の編集に携わった著者が、様々な書籍を振り返りながらケアのあり方について考え直すきっかけを与える1冊です。
実際に有名なケア施設にも著者が足を運び、取材した話も紙幅を厚く当てて紹介しています。
ケアの仕方と言われるとこれ、といった固定観念が強いですが、当書を読むと実はそうではない、例えばむしろ真逆の方法で、といったことが多数書かれています。ケアのイメージが大きく変わる内容です。
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わたしは思うのだが、「原因をなくさなければ永遠に回復は訪れない」という思い込みは、人間を限りなく機械のような無生物にたとえている。─p.123
〻
何かにつまづいたとき、まず「原因」という「何が悪さをしているのか」を探す道のりを歩いてしまうのだ。そして「原因」を見つけたり、納得できる形で自分に落とし込めたら終わり、ではないのだ。そこから終わりの見えない「原因をなくすためにどうすればいいのか」という自分を追い詰めるような時間が続く。それは終わりがあるように感じられるけれど、終わりが見えない。そして自分を修理すべき欠陥品のように感じはじめる。つらい。そんな時間が私にはあった。そして今でもある。でも今は、無理に原因や対処を探したり、その物事を取り除こうとしたりするのではなく、そっとそのままを受け止めることや、受け流そうとする考えが選択肢として手の中にある。ここまで来るのに10年。長かったのか。短かったのか。
同じ“質”でも“量”の違いがつらさになること、「自分にもあるよ」で済ませないでほしいことを、なかなか声に出せないものだ。そんなしまいこんでしまうような気持ちにも、静かに寄り添ってくれる。弱いままでも朗らかでいられる。ぐっと凝視するのではなく、一歩引いて見ることで、ふと結び目が解けるような瞬間が、たしかにある。
〻
同じ“質”の上にあるけれど、“量”が違うからこそ大変なのに、そこは軽くとらえられて「自分にもある」で終わってしまう。─p.154
『ケアと編集』
白石正明
(岩波書店)
#読書記録
#本のある暮らし
#弱さと共に生きる
#原因を探さない自由
#結び目が解ける瞬間
#白石正明
#ケアと編集
#小説好きな人と繋がりたい
#読書好きな人と繋がりたいたい
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「ケアをひらく」シリーズは好きで、何冊も読んでいて、その編集をしていた方が著者で、読んだ本がどのようにできてきたのか、各本の著者が個性的なのも伝わってきました。
マジョリティからではなく当事者から見た世界観、つまりモノサシを変えれば、今まで見えていた世界がガラリと変化するのは、ケアをひらくシリーズの特徴で、読む度に目から鱗がポロポロおちるのですが、そうしたモノサシの転換が困難なケアの世界を生き抜くヒントでもあると、著者の体験から綴られていて、納得でした。
これからも、目から鱗の体験をケアをひらくシリーズから、たくさんしていきたいです。
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出版社(岩波書店)のページ
https://www.iwanami.co.jp/book/b10132806.html
内容、目次、著者略歴(シリーズ<ケアを開く>の簡単な紹介あり)
白石正明氏に関する記事
朝日新聞「(インタビュー)ケアの語り方 編集者・白石正明さん」2024/5/10
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15931241.html
読売新聞「ケアって何? 医学書院の元“名物編集者” 白石正明さんが「精神看護」特集記事で語った思い」2024/06/27
https://www.yomiuri.co.jp/column/anshin/20240625-OYT8T50012/
毎日新聞「人生8割は偶然 白石正明さん、因果の呪い解く「ケア」の哲学/上」2025/4/22
https://mainichi.jp/articles/20240329/k00/00m/100/230000c
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ケアも編集も二元論をずらす、みたいな発想なのかな。
「ケアをひらく」シリーズはそれほど読んでいないが、そのエッセンスがまとまっているという印象。
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ケアに関する書籍は多いが、そういった書籍を手掛けてきた有名編集者が過去の担当書籍をふりかえりながら、ケアと編集を記した内容。朝日新聞などメディアで知った方も多いかもしれない。
個人が前面に出ることも多い、ビジネス書などの編集者のノウハウ書が多いが、専門書の編集者のものは貴重だと思う。
編集も、文章の編集だけではなく、いろいろな仕事やプライベートのアレンジにも応用できることと思うが、ケアを類書と違った視点で読みたい人にはマッチするかもしれない。
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編集それ自体とケアの関係性という表題の問題についてはそれほど納得に至らなかったが、ケアをひらくシリーズの編集者としての功績や繋がりを得た人々についての語りを通して、筆者自身の個人的な部分が見え、学ぶところもあり好感を持てた。
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人間とは関係であり、場である。これは倫理観とも呼べるものであり、あらゆることに通じると思う。一気に通読できるテンポのよさもある。
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ケアをひらくシリーズを編集された方の著書。このシリーズがいかに産まれたかを述べられる舞台裏を見る楽しさ満載の書である。本書はそれぞれのケアをテーマにした作品を、編集作業でケアをしていく、ケアの重層的な内容で語られている。新書であっという間に読めるが、行間にもケアが溢れており、繰り返し読むことで味が更に出ると思われる。
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また、読みたい本が増えてしまった。
困ったなーw
・・・・
勉強会で紹介された本。
すごく興味を引く題名・内容だが、
今の積読本の多さから、今回は見送らせていただこうと思っていた。
しかし、
行く先々で、旅先でも、表向きで本棚に飾られており、
こちらに視線を送ってくる。
いや、こちらが出向いているのかもしれない。
かくして、自分の手元に。
(あの時の決意はどこにいったのか)
手元に来てから
他の積読本の前に「少しだけ・・」と読み始め、ほぼ一気読み。
「ケアとは何か?」の視点が、また増えた。
こんなにクリアに言語化してもらえる体験が待っていたとは!
好きな部分は、
本筋からずれるのかもしれないが、
”わたしの隣の席に座った援助職の人がおそらくいつもの仕事のように、額に傾聴&共感マークを張り付けて首がちぎれんばかりに傾く「援助者しぐさ」をしていたのがおかしかった。”
の部分。
おかしかった。
援助者が「自然なしぐさ」ではなく「援助者しぐさ」で対応していることは、周囲や相手はわかったうえでそれに乗ってくれている、
と、援助者は理解しておいた方がよさそうだ。
ふー、
本書のもととなっている<ケアをひらく>シリーズ。
もう・・・、読むしかない、じゃないですか。
また、読みたい本が増えてしまった。
困ったなーw
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文章が少々冗長に感じた。が、ケアをひらくシリーズの各本の解説は面白く、『逝かない身体』は絶対買ってみようと思った。『あらゆることは今起こる』も読みたい。
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配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=01438035
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身内の介護経験と、傾聴ボランティアから始まり福祉業界の片隅にいたことから、〈ケアをひらく〉シリーズは『驚きの介護民俗学』に始まり、10冊以上読んで来た。そのすべての編集に携わってきた白石正明さんが定年退職するにあたり書き下ろした本書が、おもしろくないわけがなく。あとがきに紹介されている熊谷晋一郎さんのエピソードもさすが!まだまだ読むべき本を発見したのも嬉しい。
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☟感想など
https://open.spotify.com/episode/46ScszCzKQoAqIIPms0wSM
以下、気に入った部分の引用。
・いいも悪いもなく、そんな貴重な経験をして、自分の身体で実験をしながらオリジナル技術を開発しているあなたのことについて教えてほしい」というのが彼のいつものスタンスである。
・その人自身を変えないこととセットで、その人の背景を積極的に変える。〈図( =形)〉と〈地( =背景)〉の比喩でいえば、〈図〉は変えないけれど〈地〉を変える。
・実は、統合失調症をもつ人たちは、幻覚や妄想という〝かどわかし〟の世界から抜け出ることに躊躇している人でもある。その背景には、「生命感覚」と「人とのつながり」という生々しい現実に降り立つことへの恐れがある。しかし、当事者研究のもつユーモア精神をまじえた遊びごころと、幻聴を「幻聴さん」と呼ぶような、〝かどわかし〟の世界のさらに上をいく〝かどわかし〟によって、メンバーは安心して現実に降り立つことが可能となるのである。
・多くの人がコミュニケーションの「内容」しか見ないのに対して、向谷地さんは一貫してコミュニケーションの「形式」だけを見ているのだと。形式というのがわかりにくければ、「どんな話の内容であれ、それでコミュニケーションが取れているかどうかだけを向谷地さんは見ている」と言い直してもいい。
・問題設定をズラすことが編集だ」、率直な体感で言えば「問われた問題に答えないのが編集だ」
・依存症の人は依存が足りない
・圧倒的な量の自分を応援する声がまたどこからか聞こえてきて、思わず身を任せてしまう。 そんな体ごと巻き込まれるような受動的な体験が、人を救うときもあるだろう。
・先の見えない道を共にする、言い換えれば、ある程度のリスクを共有することも厭わないというスタンスなしには、お互いは通じ合えない
・目的論的追い込みが、「道を共にする」ことを阻んでいる。
・社交には、すぐに結果にたどりつかないように、さまざまな礼儀作法がある
・対話を長く続けるためには大事な心得は、「大事な話ばかりしないこと」です。
・社交に参加する人は、する(能動態)でも、される(受動態)でもなく、中動態としてその時を過ごしている。だから楽しいのであり、悲しいのであり、要するに世界を十全に味わっていて、そのとき人はもっとも充実しているのではないか
・そこには当然リスクもあるが、そのリスクをちょっと背負ってくれて、さらにいえば、そのリスクがワクワクに変わっていく姿を見せてくれる人。そんな魔法体験の共有こそが、世界を我が身に取り戻すチャンスではないか。
・当事者研究は「他者経由のアイデンティティ」を探る試み
・ 「話す」ためには他者に通じる言葉が要る。言葉は他者と語彙と文法を共有している。つまり言葉を話しているという時点で、他者とのあいだにすでにして最低限のコミュニティが成り立っているのである。
・「ハーモニーよりポリフォニー」とはオープンダイアローグでよく言われる標語だ。つまり、調和とい��暴力にさらされることなく、違ったままでそこに居られること、「一人でいても寂しくない」ことを目指す。
・社会的な約束事から遠く離れて「研究」をし、それを「芸術」作品のように意味を離れて味わう。そんな規範から逃れたアジール(避難所)にだけ、いい波はやってくるのだ
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面白かったー!まだまだ読んだことないシリーズケアをひらく本はあるので、少しずつ手に取りたい気持ち…。
自分は現在を刹那を大切にしたいと思っているし、進歩観的な価値観・時間に対して疑義を持つようにしているけれど、それでもそういったものに縛られているのも事実で、それに限界も感じたし、自分がドツボにハマっていることも気づいてはいたけれど、どうしようかと思っていた。友人に何を言われても素直に受け取れなかったのに、本という媒体を通して受け取れてうれしい。良かったです、今このタイミングで読めて。
「信じる」問題は扱いがむずかしい。普通は「信じる/信じない」の二項対立となって埒が明かない。ふしぎなのは、信じる要素をいくら挙げても、信じない要素を一つでも挙げられると、なぜか議論の勝負は信じない側に傾く。そして信じないほうが賢く見える。…具体的な対人関係において、「先に」「ちょっと」信じる。この最初の一歩によってお互いのあいだに、信じるがやってくる。それが勘違いだったらあっさり引っ込めればいい。だけど最初のカードは「信(仮)」以外にない。こう考えれば、上目遣いに相手の「真意」を探ったり、相手の微妙な口ぶりから「隠された真の欲望」なんてものを推し量る必要もなくなる。
このように向谷地さんの話は、先に自分の中の「信」の確かさを探索してから行動に移るという近代人的厄介さから解放してくれたのだ。同時に、真面目な人であればあるほど自らの信に潜む不信に気づき、誠実であればあるほど「不信を隠す自分」に不信感を感じてしまい、不信の人になったほうが楽だし偉そうにできるという、SNS界隈によくいる中二病的やさぐれに落ち込むことを防いでくれた(p.84)
…中井久夫さんは、「信じられなければ「念じる」だけでよい」と別の言い方でさらにハードルを下げてくれる。(p.121)
…十全な、今ここでの満足。(p.108)
…「俺はさあ、ひとっつも変わろうと思ってないよ。治ろうとか成長しようとか。もう今で完全なんだよね」と。(坂口恭平)…その人の傾きは傾きとして、傾きを正す方向じゃなくて、むしろその傾きを強調することによって、逆に魅力してしまうような方法。こうして「そのものが魅力になるような背景をどう整えるか」という向谷地さんの仕事が模範になってくるわけだ(p.126)
蘭の花を育てるように大事に守ればいいのである(p.180)
読みたいー!
「内面」という無間地獄に落ちる前に
…人はなにより環境とのインターフェイスによって行動するのだから、行動の根拠を個人の内面にだけ求める必要はないのではないか。…なんでそんなに個人の内面にこだわるんだろう。なんで「最後は個人」なのだろう。外部(環境)の支配に抵抗するのが「真の人間」だという物語に、なんでこんなに依存しているのだろう(p.198)
…個別性というのはつねに受動性や偶然性という自分がコントロールできない契機をはらんでいるから、次の機会にそのまま使えるわけではない。つまりきく側の役に立たない。「方法」というのは結局、周囲の環境から影響を受けてしまう受動性や偶然性を排して、「どんな状況でも使える」やり方を指した言葉な���だ。それだと、肝心なポイントを取り逃してしまう。(p.208)