雑談から人生の生き方について考えるかなり奥深い内容の書籍です。
2025/12/20 15:13
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投稿者:広島の中日ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
雑談をする場を設けるというビジネスに携わる著者が、雑談をキーワードに人生の生き方について持論を展開する1冊です。
当初、タイトル通り「より良い雑談ができるにはどう対策すればいいのか方法を伝授する」という内容だと思い込んで、当書を購入しました。
しかし、読んでみたらもっと奥深い、人生について考える内容だったことに気付き、驚きました。
ですが、書かれていることはごもっともなお話。気を張らずに雑談ができる人生がいかに自分自身を大切にしたものか、という主張には心から納得しました。雑談をすることに身構えてしまう、真面目すぎて生き方に辛さを感じている方々には是非、手にとってほしい1冊です。
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雑談とは「あなたに世界がどう見えているか」の交換で、自分のクセに気づく機会なんだなーと。
自分の過去を考えることにも、自分の未来を考えて行動を起こすにも、その「クセ」をどうするか、自分はどうしたいかがベースにあるわけで、話すことがあって雑談するというより、雑談の結果思考が巡る。
30代40代で自分の感情を放置してきたことによる不具合に直面する のがまさに自分のことで、それに対してもがいてる人が他にもたくさんいるんだなと思って少し嬉しかったし、「お茶しよ」「おしゃべりしよ」って言う勇気が出た。あの人の話を聞きたいし、自分の話も聞いて欲しいのよねと。
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雑談は自分の欲を知ること、それに尽きる。
自分の欲を知れば、相手の欲も知りたくなる。
雑談を好きになるためには、まずは自分を好きになることが近道ということかな。
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雑談のスキル上達を目指している人には肩透かしな内容になっていて、雑談をすることで自分がどう変わっていくかを教えてくれる本だと思う。
確かに、ふとした雑談のなかで、無意識下にあった自分の欲望が出てくることがある。対話によって、自分自身について深掘り、新たな自分に出逢えたりする。
特にプール理論で、プールのなかの「感情の泉」と「思考の水車」を例えに出して他者と自己を分ける話は、アドラー心理学を彷彿とさせて面白かった。
この本で雑談の可能性を知ることができたが、そもそも、雑談できる相手を見つけることが意外と難しいのかも、、
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自分のやりたいことがわからない
自分の考えや思っていることを話すのが好きではない
こういった原因は、性格ではなくて過去に自分の感情に蓋をされてしまったり、適当に話を聞き流されていた経験からなのか!など色々な発見があった。
話し相手がしっかりと聞いてくれてると感じる時の満足感や、ちゃんと聞いてくれてないなと感じたときのモヤモヤな後味もすごく共感した。
サクちゃんと私もぜひ雑談したいなー
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特に第1,2章が興味深かった。他人にどう思われるか、どう思われたかと自分ではコントロールできないことを考えて、自己開示ができず言葉が出ないことはよくあるが、それは他人をコントロールしようとしてしまっていることなのだと改めて感じた。
雑談について考えると、やはり家族との関係性や家族環境って大事だなと感じた。
自分を知ることを雑談の中で見つけるというのは、雑談をするなかで気づけてなかったので、雑談の大切さを改めて認識した。
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イメージしていた「雑談」についての本ではなかった。コミュニケーション全般についての本だと感じた。自他の境界や自分の欲(やりたいこと)をはっきりさせることなどの重要性が噛み砕いて書かれている。雑談が生じやすい職場や学校では継続的な人間関係があるので、実際に著者がいう「雑談(お互いに評価やジャッジ、アドバイスなどをなしにして、正直に自分のことを話し、相手の話を聞くこと)」をすることは個人的にはかなり難しく感じるが、利害関係のない相手に素直な気持ちで自分の感じていることを話すことができれば、確かに精神的な安定につながるだろう。相手の気持ちを勝手に推し量りすぎないというのは心がけたいと思った。
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今ちょうど人に言われたことで、傷ついている。なんでそんなこと言うのだろうか、その意図はなんだろうか、とずっと考えていて答えに辿りつかない。それは考えても仕方がないこと。それよりも、なぜその言葉に傷ついたのかに思考を変えようと思った。
自分を知ること=欲を知ることで、今後の人生のヒントにしたいと思った。
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この本は、単なる「雑談の技術本」ではない。雑談がうまくできない背景にある心理や思考の癖、さらには自己理解と他者理解の構造にまで踏み込んだ一冊である。読み進めるうちに、「自分はなぜ雑談が苦手だと思ってきたのか」という問いが、表面的なコミュニケーションの問題ではなく、もっと内側の問題であることに気づかされる。著者は3,000回以上のマンツーマン雑談セッションを重ねてきた経験をもとに議論を展開しており、その記述は抽象論にとどまらず、実践と観察に裏打ちされている。
本書の核にあるのは、「考える」という行為の二面性である。著者は、考えることには大きく二つの方向があると述べる。一つは「行動を決めるために考える」こと。もう一つは「自分について考える」ことだ。前者は未来志向であり、「どうすればいいか」「どう動くべきか」といった答えを導き出す思考である。これは多くのビジネス書が扱う領域でもある。一方で後者は、自分の思考や感情、欲望や恐れを観察する「内省」に近い。この二つは似ているようでいて、実際には性質が大きく異なる。本書は後者、すなわち内省の重要性を強く打ち出している。
雑談が苦手だという状態は、単なるスキル不足ではなく、この二つの思考のバランスが崩れていることと関係している。どう振る舞えばよいかばかりを考え、自分が本当は何を感じているのか、何を恐れているのかを十分に見ていない。あるいは逆に、内面に潜り込みすぎて行動に落とせない。著者は、深く考えることと行動に移すことの両立の難しさを指摘しながら、雑談はその両方をつなぐ場になりうると示す。
とくに印象的なのは、「内省だけでは、自分の欲を取り出すのは難しい」という指摘である。自分がどんな人間かを知ること、自分にとってよりよい状態に向けて行動することは重要だが、その二つをつなぐには「自分の欲を知る」ことが欠かせない。しかしこの欲は、一人で静かに考えているだけでは見えにくい。他者との関わりの中で、反応し、揺さぶられ、違和感を覚えることで初めて浮かび上がる。本書ではこれを「他者を通して自分を知る」と表現している。
ここで再定義されるのが「雑談」である。一般に雑談とは、間を埋めるための軽い会話、内容の薄い世間話と捉えられがちだ。しかし著者はそれを否定する。雑談とは、「あなたには世界がどう見えているのか教えてほしい」と交換する行為であり、自己開示と他者理解の往復運動であると述べる。これは単なる技術論ではない。雑談を通じて、自分の思考の偏りやクセ、思い込みを観察することができる。自分がなぜ特定の話題に反応するのか、なぜ相手の言葉に過剰に緊張するのか。それを丁寧に見ていくことが、雑談の本質だとする。
また、本書は「雑談が苦手な人ほど、意味のある話をしようとしすぎる」という点も指摘する。深い問いや結論を求めてしまい、軽やかなやり取りを軽視してしまう。しかし実際には、多くの人間関係はその軽い往復から始まる。雑談は、問題解決のための会話ではなく、関係性を耕すための土壌づくりである。この視点は、雑談を「役に立たない会話」として切り捨ててきた人にとって、大��な転換になるだろう。
さらに、雑談が怖いと感じる背景についての分析も具体的である。「人と話すのが怖い」と感じる人に対して、著者はその感覚を単なる対人スキルの問題とは捉えない。そこには、「他人は自分を傷つける存在だ」という前提や、「自分の話は価値がないのではないか」という思い込みが潜んでいる可能性がある。こうした思考のクセを自覚し、観察することが第一歩になる。これは心理学的な自己観察に近いが、抽象的な理論に流れず、実際の対話場面に即して説明されるため理解しやすい。
本書の終盤では、雑談とは表面上の会話だけでなく、「自己開示」と「他者理解」を含む行為であると明確に述べられる。つまり雑談は、単なる会話の一部ではなく、自分と他人との距離を測り、調整し、更新していくプロセスそのものだということだ。ここまで読んでくると、「雑談が苦手」という感覚が、単なる技術不足ではなく、自分自身の在り方に関わるテーマであることがはっきりする。
読み終えたとき、雑談に対する見方が変わっていることに気づく。以前は「うまくやらなければならない場面」だったものが、「自分を知る機会」に見えてくる。苦手意識の裏には、評価への過敏さ、曖昧な関係性への不安、自分の欲や本音を直視することへの抵抗といった心理構造が絡んでいる。それを理解することで、雑談そのものに対する姿勢が変わる。
『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』は、雑談を上達させるためのテクニック集ではない。雑談を入り口にして、自己理解と他者理解の構造を丁寧に解き明かす本である。深く考えることと行動に移すこと、内省と他者との関わり、その両方をどうつなぐかを考えさせられる一冊だ。雑談が苦手だと感じている人にとってはもちろん、対話の意味を改めて考えたい人にとっても、長く参照できる価値を持つ内容である。
#2026年8冊目
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「雑談」と聞くとどういう会話を想像するだろうか?
私は過去に読んだ本と紐づき、ビジネスシーンで有益な情報交換や信頼関係を構築するためのツールとしての雑談、または場を盛り上げる一過性のたわいもない雑談、を想起する。
本書の雑談は、異なる様相を呈している。自分を知るため、感情に素直になるための手段なのである。
ということで、場を盛り上げるためのチップスや相手とラポールを築くためのハックというテクニカルな話は本書にはでてこない。寧ろ著者の過去の体験を追想し、今まで経験した挫折苦難を吐露し、どのように乗り越えたかが綴られている、エッセイ的な要素がある。
個人的に核心に迫る内容が多く、苦しみながらの読書であった。著者の心情と自分の当時の思いがリンクする。
例えば、人に頼ることが苦手なところ。私も若い時分は家庭環境の影響もあって、人に素直に頼ることができなかった(今も躊躇することが多々ある)。
そこに著者が提示する「プール理論」が胸に来る。
他者を頼るとは他者にすべてを委ねることではない。自分の困難を自覚し、それを開示することで困っている様子を見てもらい助けてもらういうプロセス。つまりは、自分を正確に理解することが先決なのである。
もう一点、自分を卑下することへの苦言。私なんて、という思考回路が癒着しきっていて、そうふるまうことは誠実なのだと考えていた時期もあった。
この態度、不遜な態度と同様に傲慢であると著者は述べる。自分の「正解」を相手に押し付けている様式が同じであると。この発想は目から鱗である。
しかしながら、本書にも名前が挙げられている東畑開人の著作にみられるように、この雑談によるアプローチは既に熟達者の域に達しているように感じる。
一般的な友人同士で繰り広げられるそれこ他愛もない雑談とは、土台が異なると感じる。そういう意味で、「雑談」に惹かれて本書を手に取ると違和感はぬぐい切れない。著者のような適正もあり経験も培った人に許された手法で留まっているのがもったいない。素人同士でも実践できる具体的な手段が提案されていると、さらに読み応えが増す。その点を深堀って売れることを期待する。
雑談の軽妙な印象を転換させる点で、意義深い。
雑談は小手先のテクニックで乗り切るもの、という印象を見事に裏切られた。自分の話をすることに躊躇してしまう人は、ぜひ手に取ってみてほしい。
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手に取ったきっかけは私自身が雑談が苦手だということではなく、私の推しのジェーン・スーが推しているから読んでみようという軽いノリだった。
が、こんなに丁寧に雑談、つまりは人の話を聞くと言うこと、自分のことを語ると言うことを分解、説明してくれていることに驚きの連続と発見の嵐であった。
言葉を雑に扱わず、丁寧に考えてきたからこそのわかりやすさ。
最も刺さったのはプール理論と相手の扱い方、自分の扱い方。
これはビジネスシーンでも日常のコミュニケーションでも何にでも使える、心をヘルシーに保てる書籍。
最近読んだビジネス本の中で最高得点です。
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相手がなぜそういうことを言ったのか、を考えてもわからない、で終わる。私は何が嫌だったのかを考える。その答えがわかると考える事を終えられる。
私はこう思う、あなたはそう思うんですね、でいいのにジャッジする人が多い
オチはなに?と言われた経験から話せなくなった
ポッドキャストを聴いてもわからなかったが文章で読んで理解できた。
考え方のクセを変えなければいけない、ということを忘れてしまう、まずこれを忘れないようしないと!!
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「傷つけられた」のではなく「傷ついた」
なるほどねぇ…
アドラー心理学とも通じるところがあるような
しかしほんと、ひたすら自分を見つめるしかないのだな
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Howto雑談、な内容かと思ってた。
とんでもない。哲学だった。
思い当たる節が多すぎて、読んでて辛くなった部分もあるが、読み進める間、ずっと背中をさすってもらってる気分にもなり、泣きそうになる部分も多かった。
常に聞き役だった。今もそう。
なぜか、そのほうが「良い」と思ったからだ。
話を聞ける人って、頭良さそうじゃない?
話を引き出せる人って、かっこいいじゃない?
「ここで否定せず、受け入れて…」ってスキルを持ってる自分、すごくない?
そんな思いがあった。いまもある。
一方で、面白く話せないかもしれない、という自信のなさを隠したかった。ダサく見られたくなかった。これも、いまもそう。
言葉の選び方を間違えたらカッコ悪いな、とか
ばかみたいな考え方してるなって思われるかな、とか
話さないことは、自分をかっこよく見せられると思い込んでいたし、自分の良くない(と思ってる)ところを人に見せないようにする手段だった。
でも、この本を読みながら、心はたしかに「話したい」と感じた。明確に。泣きそうになるほどに、聞いてもらうこと渇望した。
うまく言葉が紡げなさそうだが、私の友人はきっと受け入れてくれるだろう。
雑談をしに、会いに行こうと思う。
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なるほどー。
「雑談」がテーマなのだけど、「雑談が苦手な自分」とは何ぞ、ということを深掘りしていく感じ。
話をするなんておこがましいと感じる自分。
話したって分かってくれないだろうと感じる自分。
そんな自分自身を知ること、向き合うことの一歩として、他者を、雑談を始めてみませんか、みたいな。
いいなあと思ったのは「自分に向き合いすぎないように、人と話す時間が必要だ」という言葉だ。
確かに、自分だけがいる世界では、自分で架空の他者を作り上げてしまったりする。
その架空の他者が、やたらと自分を責めてきたり、傷つけてきたりする。分かる。
ここからは、私の個人的な話になる。
この本を読もうとした時点で、おそらく私は「雑談が苦手」と感じている。
特に、見ず知らずの人とさせられるアイスブレイクなんて、地獄の極みである。
どの話題を振れば、相手が応えてくれるのか。
カードを切りながら、ともすれば、別にしたくもない自己開示をしてしまい、自分の考えの浅さに、後から恥ずかしくばかりだからだ。
この本を読んでも、多分、恥ずかしさに悶える自分が、大きく変わることはない。
でも、自分が話した自分像、が相手にとって正解だったかどうかを、私は気にしていたんじゃないかな……ということに気付けた気がする。
正解を模索しなくてよい雑談ってなんだろう。
なかなか、良いテーマだと思う。
カウンセリング的な一冊だなあとも感じた。