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電子書籍

日本はなぜ敗れるのか――敗因21ヵ条 みんなのレビュー

  • 著者:山本 七平
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みんなのレビュー8件

みんなの評価4.3

評価内訳

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8 件中 1 件~ 8 件を表示

或る力の存在

9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:北祭 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 歴史資料というものは「現地性」と「同時代性」という基準に照らされなければならない−とは林屋辰三郎の言葉である。この言葉は現代史の資料にもあてはめることができよう。ただし、山本七平氏のみるところ、仮に、ある記録が二つの基準を満たしていたとしても、そこに対人関係や対社会関係、あるいは時勢への配慮などがあれば、その記録の信憑性には疑問が生じるという。その点では横井・小野田両氏の記述ですら例外ではない。それなら大東亜戦争における兵隊の体験についての正確な記録はあるのか。それがあったのである。小松真一氏による手記『虜人日記』である。

 小松真一氏は、軍人ではなかった。陸軍に動員され、ガソリンの代用となるブタノールを粗糖から製造する技術者として、昭和十九年一月に比島(フィリピン)に派遣を命ぜられたのであった。その戦地で他の軍人と共に辛い体験を重ね、終戦を迎えた。昭和二十年九月一日に投降してPW(捕虜)となり、ルソン島の労働キャンプに投げ込まれた。小松氏は、毎日の労働から解放される夕暮れ時に、記憶を呼び起こしてその日記を書き連ねたのだという。

 『慮人日記』が「現地性」と「同時代性」を備えているのは言うまでもない。さらに、小松氏は、軍に属しながらも軍隊という組織に組せぬ技術者であったがゆえに、組織への配慮や、責任を回避する必要がなかった。また、捕虜の身なれば、内地の情勢はいっさい知らされず、軍部の圧迫とかアメリカ民主主義の圧力とも無縁であった。ただ、小松氏は自由に常識で考えて日記を書いたのだった。それは、まさに稀有な記録といえるかもしれない。

 小松真一氏は日本の敗因を分析して見せ、それを二十一ヵ条にまとめた。餓えに苦しむ兵隊が、あろうことか友軍をせん滅せしめてその肉を食うという修羅場を見たり聞いたりした人の言葉である。そこに見られる諸要素は、厳しい弾劾に終始し、弁護は一切ない。そして、日本人には大東亜を治める力も文化もなかったとの結論にいたるのである。ただし、反戦思想とか、戦争の恐怖をあおる類の記録ではない。小松氏は祖国のために、比島のブタノール試験工場の設立に向けて全力で奮闘したひとであった。一介の化学者として、冷静に、人間の本質を見たまま聞いたまま感じたままに日記の中に書き残したのであった。

 山本七平氏は、その『慮人日記』の敗因二十一ヵ条に沿い、日記本文の要所を引用しつつ、ときに自らの体験と重ね合わせながら、日本陸軍の敗れたる行動を白日のもとにさらしてゆく。そして、『慮人日記』を綴る小松氏の態度から感ぜられる「或る力」の存在へと論をすすめてゆく。常識を破壊し、軍人にあらぬ行動をとらしめた「或る力」とは何か。山本七平氏は、この厚めの新書に収められた全篇をかけて「その力」をあぶり出してみせる。自由を束縛する「その力」は、未だにわれわれを拘束し続けているとの指摘で本書は結ばれている。

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新聞の読み方にも歴史がある。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

小松真一著「虜人日記」に寄り添うようにして、山本七平がみごとな解釈をほどこした一冊。まるで原石に対して、新書の各章ごとに磨きをかけていくようなダイヤモンドの光りだす瞬間を目撃するのです。
この新書、ところどころ新聞・新聞記者が登場するのですが、
それが読後印象鮮やかに浮かびあがります。
たとえば
「岡本公三の裁判のとき、ある新聞記者は、ホテルから通訳のⅠ氏に電話をしただけで、一度も法廷に姿を現さないで記事にした。・・Ⅰ氏が久しぶりに帰国してその新聞を見ると、何と、法廷で自ら取材したように書かれていたという。私はそれに興味を感じ、その新聞を捜し出して丹念に読んでみた。確かに秀才の文章、きわめて巧みに整理され、Ⅰ氏から電話取材した現場の情景が、巧みに、形容句のような形で文脈に挿入され、叙述それ自体はまことに【格調の高い】もので何ら破綻がない・・・・・『見る』は同時に『知る』『理解する』の意味である。通念・通説・他人の判断の受け売りは、見ることでも知ることでもない。従ってそういう文章をいくら読んでも、人は、何かを知ったという錯覚を獲得するだけで実際には何も知ることはできない。それでいて、何もかも知ったと思いこむ。そしてこうなると『知る』とはどういうことなのか、それさえ知ることができなくなってしまうのである。そういう状態がきわめて日常化した今日・・」
(第三章 実数と員数)。
こうして、
第一章「目撃者の記録」から第十二章「自由とは何を意味するのか」まで「きわめて日常化した」「そういう状態」を多角的に浮かび上がらせながら解明してゆく手腕は、まるで小松真一著「虜人日記」との30年という時空を越えた手紙のやりとりが目の前にくり広げられているような緊密な味わいを伝えております。
第二章「バシー海峡」では、小松真一氏の敗因21ヵ条の中の「バアーシー海峡の損害と、戦意喪失」を取り上げ、山本七平氏も「私も日本の敗滅をバシー海峡におく」と同意しながら、その根拠を示してゆきます。そこにも新聞への言及を指摘してゆきます。
「なぜ氏は、この21ヵ条の中に、レイテをあげずにバシー海峡をあげたのであろうか。また一方、戦記とか新聞とかは、なぜ、だれもただの一度もバシー海峡に言及しないのであろうか。ここに、戦争なるものへの、決定的ともいえる視点の違いがあり・・いわゆるジャーナリスティックな刺激的・煽動的見方への偏向がある」
敗因を追いながら、そこに展開されていくのは、現代でも繰り返し言葉によって隠蔽されてゆく落とし穴への指摘に満ちておりました。
私は養老孟司著「無思想の発見」の引用本として読んだのですが、
この新書の黄色い帯には「奥田碩会長が『ぜひ読むように』とトヨタ幹部に薦めた本」とありました。
言論のもろさを見据えるには、この箇所しかないという歴史上の一点を示し。そこに各章ごとの思考のさまざまなチャレンジを繰り返してゆく姿は圧巻で、山本七平節の変わらぬ生硬な語り口もありますが、テーマが絞られているからか、分りやすく息をのむような読後感があります。とにもかくにも、現代日本の言語空間を深く知る手がかりを秘めた一冊として座右に置きたい新書です。

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日本人と日本文化の欠点をあらためて認識

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る

毎度のことではあるが、著者の見識には驚かされる。小松信一氏の「虜人日記」の価値を見逃さないことが、まず第一にあげられる。その日記に記載されている、敗因21か条について、日記に書かれている具体的体験事項と、著者自身の軍隊と捕虜時代の体験事項をもとに、補足解説している。これまで意識されたこなかった、あるいは意識的無意識的に無視してきた、日本人および日本文化の本質に基づく、第二次世界大戦の敗北の原因が、抉り出されている。反省反省と口では言うが、真の要因まで掘り下げて原因を追及し、反省してきたことが無かった、これかもしないであろう日本人の性格と、それを問題視しないで仲間うちで許しあう日本文化の問題が、自分自身の奥底に存在していることを、実感として思い当たる。旧日本軍の問題として片付けてしまっているが、現在の日本社会のあらゆるところに、今も反省されず残っている問題であり、個々人では解決できなくとも、良く認識しておくべきことだと思う。

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山本七平は常に新鮮である

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:GAWA - この投稿者のレビュー一覧を見る

山本七平氏の著作にはじめて触れたのは、学生時代(十数年前)のことである。湾岸危機だったか湾岸戦争のころに氏の逝去を悼む記事を読み、それがきっかけで読み始めた。以来学生時代のうちにおよそ入手可能なものはほぼ入手したし、何年か前には文春から全集も出たので単行本でそろえられなかったものだけを買い足して私設「山本七平ライブラリー」を完成したつもりでいた。
ところが、没後十数年を経てまったくの新刊書が出た。
読み終えてしみじみとおもったことは、結局その後の日本は山本七平氏の提起した課題に何一つ応えていないということである。

数年前小林よしのり氏の「戦争論」(幻冬舎)を読んだ時にある違和感を感じだが、結局それは、補給無視・現地事情無視・思考停止の政府・軍首脳によって遂行された戦争を手放しで称揚することはできないということに尽きる。

小林氏(及び「つくる会」)のあの当時における一連の活動の意味は、戦後50周年以降勢いを得た懺悔ムードという「空気」を、雲散霧消させるために別の「空気」を持って来たに過ぎないのではないかと考えられる。

所詮「空気」は「空気」にすぎず、情勢が変われば雲散霧消し、実態を正確に把握し、失敗があったのであれば原因を究明し、再発を防ぐべく対策を講じるといった方向へは結びつかないものであるという趣旨のことを山本氏は「空気の研究」で述べておられたと記憶している。
つまり、実体のほうは何一つ変わっていないのに情勢次第で変わったような気になっているに過ぎないというのが日本社会の実態なのである。

私は会社に入ってかれこれ十年近くなるが、本書の記述で身につまされるような箇所がいくつもあった。自分の勤める会社が大日本帝国のようにならないよう自分に何ができるか考えるためにも本書をはじめ、山本氏の著作を何度でも読み返さねばと思った。

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「戦後の克服」とは何を意味するのか

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:後藤和智 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「戦後の克服」ということがまことしやかに語られている。それを主張する多くの人は言う、敗戦を契機に戦前を全否定したからこそ、現代のような荒廃した光景が広がるようになったのだと。もちろん、「左寄り」を自称する私はこれには違和感を覚えるが、かといってこれに反駁するためのレトリックは、「あなた方の言っていることは所詮「若者論」でしかないのだ」というものしか持ちえておらず、根本的な批判をすることはできずにいた。
 そのため、本書を読んで胸のつかえが降りたような気がした。わが国に必要なのは「戦後の克服」ではない、「戦争の克服」なのだ、と。
 本書は、先の大戦でフィリピンに派遣され、米軍の捕虜になったある技術者の迫真の記録を読み解き、日本人はどのように戦い、そしてどのように敗れたのか、というものの考察であるが、戦後の一部の左派系論壇人がやるような空疎な批判ではなく、自らも似たような体験をしたものとしての根源的な批判を行っている。
 例えば、敗戦の原因となった「場所」として、現在の多くの「文化人」が取り上げるのはミッドウェーやルソンなどであるが、著者は「バシー海峡」こそが敗戦を決定的にしたものである、と説く。バシー海峡とは、台湾とルソン島(フィリピンの最も北の島で、マニラもこの島にある)の間にある海峡だが、旧日本軍はその土地に、「攻勢」のために定員の数倍の人員を乗せた船を送った。無論この作戦は失敗するのだが、失敗したことが明らかとなると、今度は派遣する人員数をもっと増やして同じことをやってしまった。当然の如く、このような船は簡単に落とされてしまうのだが、そのシステムは、あのアウシュヴィッツをも凌駕する効率で人命を犠牲にしてしまう……!
 著者は言う。
 《ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、…それを投ずるために払った犠牲に自己満足し、それで力を出し切ったとして自己を正当化しているということだけであろう。》
 これは単なる一例に過ぎない。他にも著者は、「精兵のいない精兵主義」「恐怖に裏打ちされた以外の秩序を持たない」「独りよがりで同情心がない」「反省力がない」などといった「敗因」を、捕虜の日記から読み取っている。そしてこれらの批判は、戦時中のみならず、この本の元原稿が書かれた1970年代どころか、さらに30年がたった現在にも大いに通用する。1991年に逝去しているこの著者の未発表原稿が今になって刊行されるのも、編集者や附註者の覚悟があるのかもしれない。
 著者は大東亜戦争と同様の負け方をした過去の戦争として、明治維新期に起こった西南戦争を採り上げている。西郷隆盛は、徴兵制で作られた政府軍に武士の軍隊が負けるはずはない、と確信を持っていたのだが、結果としては負けてしまった。そしてそれが反省されずに、大東亜戦争という無謀な戦争に突入してしまった。
 果たして現在、西南戦争——大東亜戦争の教訓は生かされているのだろうか? むしろ、それらの戦争と同じような精神主義が復活し、わが国は同じような敗北の道をたどっているように、私には思える。
 わが国は、来年、大東亜戦争敗戦後60年を迎える。

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崩壊に至る組織

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:hisao - この投稿者のレビュー一覧を見る

昨年毎日新聞“この国はどこに行こうとしているのか”で老碩学が“小泉さんは戦争を知っているのだろうか?”と嘆いておられました。
すでに太平洋戦後60年、日本の国のおおよそが私同様“戦争を知らない子供達”によって経営される時代になりました。
かって心の底から“不戦の誓い”をたてた日本が“戦後処理”と言う事ですが いまだ戦火くすぶるイラクに軍隊を派遣し、“識者”達の間で“憲法改正”が臆面もなく論じられるこの時代、山本七平氏のこの“遺書”を30年ぶりに復刻されたお弟子さん方のお気持ちが察せられます。
山本氏は太平洋戦争・フィリッピン戦線に徴用された一人の“常識人”小松真一氏が戦後の収容所生活の中で綴った戦争目撃者の記録”虜人日記“を解説しながら”組織崩壊の論理“を検証します。
氏はとりたてて“反戦主義”を振りかざすわけではありません。氏の終生の仕事は“世論”と言う大きな虚構によって動かされる国や社会からの“常識”の擁護でした。
断末魔の大本営が無我夢中で投げつけているのは“もの”ではなく“人間”であった。
恐怖にわけが解らなくなった“ヒステリー女の手当たり次第のもの投げ”
もはや戦の目的は何人の人間を投入したか、つまり何人の人間を“死へのベルトコンベアー”に乗せたかになる。“アウシュビッツのガス室よりはるかに高能率な溺殺型大量殺人機構の創出”
リーダーに勝算のない戦い、“ストーリー”のない戦いは かくも無益で無惨な“集団ヒステリー”を演出する。
兵器も食糧もなく ただ闇雲に投入された“精兵”と言う“員数”。全員の内9割がただ標的として殺されるためにだけ存在する。軍功主義有って軍事力無く、精兵主義有って精兵無く、客体への正確な評価を踏み絵に変える権力。
“心理的高揚”“心理的解決”に同調しない者を“敗戦主義者”として糾弾。
高まる厭戦気分の中での無意味に叫ばれる“精神主義”
ストーリーのない精神主義が無目的・非合理的な価値体系をでっち上げる。
なぜ日本の組織はこうなったか?
“日常性という現実を意識させない事”が逆に一つの通常性になっているため、自分が本当に生きている“場”を把握出来なくなっている状態、これが日本を敗戦に導いた最大の原因である“
では何故日常性に依拠した思考体系が成り立たなかったのか?
山本氏はその鍵を“自由な談話”に求める。
さらに“自由な談話”にもとづく“文化”をつくりあげ得なかった理由を日本近代の後進性“外的”ものまね文化“に求めます。
この論理は“近代主義”かも知れません。
しかし太平洋戦争は帝国主義間の闘争という側面の一方に “国家主義”対“自由主義”の側面も確かに存在していたわけです。そして60年経過した現在 日本の先達達が血でもって購った“自由と平和”の意味が再び問い直されています。

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戦略的思考

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投稿者:スーさん - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本には戦術はあっても戦略がない。過去の経験にたよって劇的な変化に対応できない。などなど、日本が破れる理由は本書に限らず指摘されてきた事。しからばそれを克服するには?やはり教育ふぁろう。自ら考え、答えを出す教育を小さい時からやらねばならない。正解のある問題を暗記して解く教育を続ける限りまた破れる。

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考えさせられました!!

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:SH - この投稿者のレビュー一覧を見る

戦後、戦後とあたかも考え方が変わり、あたかも新生日本かのような認識が蔓延している我が国の雰囲気に反して、実は、西南戦争以降反省なきまま今を迎えているとの記述に、考えさせられました。

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