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旅券のない犬 みんなのレビュー

  • 著者:西村 寿行
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紙の本旅券のない犬

2014/04/14 23:07

サバンナに紀州犬

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る

「犬笛」「黄金の犬」は作者畢生の傑作だ。さらに世界を駆ける犬の物語を作ろうと思ってもいたしかたない。紀州犬のジュウベエはケニアで飼い主を失い、故郷の日本を目指す。
それは科学では未だ説明できない、人智を越えた能力のなせるわざだが、その道のりは果てしなく遠い。ただアフリカ大陸、そしてユーラシア大陸を疾走する姿を夢想すれば、ロマンを掻き立てられる。その物語を書かずにいられない、書くだろう、書いた。
アフリカでの試練は、豊穣な野生動物だ。ワニだの、ライオンだぜ。紀州犬はそれらとどう対峙するのか。いくらなんでもライオンに勝てるわけが無いぞ。
ユーラシア大陸では、人間の間の争いにも巻き込まれる。各国の諜報機関は動物の超能力の研究のために、ジュウベエを確保しよとする。バスク地方の山村を通過しようとすると、謎の武力集団の狼藉に巻き込まれる。だがどんな時にも、人々の優しさがジュウベエを助け、国境を越えさせる。純粋に動物への博愛、力強く疾走するものへの憧れ、飼い主へか故郷へかの一途な思いへの憐憫、そういった思いが万国共通なのかは知らない。知らないが、それはきっとあるのだと信じられる。そうでなければジュウベエが走り続けられるわけがないからだ。
そして共産圏である東欧を通り、アルメニア、グルジアなどのソ連圏に入り、滅びる寸前の狼の群れと古代黄金都市の伝説に邂逅する。ここで野性に還り、子孫を残し、伝説を守護する精霊となるのも一つの大団円であったかもしれないが、東西冷戦の論理がここでも顔を出す。
いったい、どれだけの荒野を渡り、山脈を越えてきたろう。世界の広大さを生身の肉体に刻み込んだ、そのこと自体が他に比肩することのできない大きなスケールのロマンとなっている。人間の欲望もイデオロギーも、ただ一匹の犬の挑戦を妨げることはできない。舞台を大きくしたことは、それだけの効果と意義を生み出し、そして高密度な、国際冒険動物小説となったのだ。

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